第3話 思惑

 馬を走らせながら、森を進む。

 この森は、コッツウォート王国の端に位置する大きな森だ。

 少年の生まれ育った国。

 派手さはないが、木材や、果実、果実酒などに匠な技を魅せる職人達が、多く住み他国から外貨を得ていた。


 真ん中に大きな一本道があり、森は分断されている。

 王都を背にして右側の森は、王都に近く、王国を継ぐ第一王子の所領。

 左側の森は、腹違いの弟第二王子の所領だ。

 それぞれに街があり、街を囲むように森があり、街を抜け、緩やかな斜面を登るような森を抜けると断崖絶壁になっている。

 ここがコッツウォートの国境だ。

 コッツウォートに入るも、出るも真ん中の大通りを進むしかない。


 大通りを左手に見ながら、テオグラードは、馬に乗り崖っぷちを走っていた。


 いつもなら、もっと早く馬を走らせるところだが、リリアーナを前に乗せているため、ひどくゆっくりに感じられた。


 左手崖下を覗くと負傷兵を伴い、急ぎきれない兵列がいた。


「もう少し先に行かなければ合流できないな」


「お兄さまは、ご無事かしら?」

 震えながら囁く声に、

「ああ、大丈夫だ。たぶんあれが君の兄上だろう」


 少年が指差す先に、細身だが、美しい甲冑を纏い威厳ある姿が見えた。


 フレール王国が、我が国に加勢していればと、手綱をきつく握りしめる。


「行ってしまうわ。」


 我に返り慌てて、馬を進める。

 その時、後ろから馬の嘶きがすると、一本の弓矢が、後列にいた歩兵の背中に突き刺さる。


「まだ、追っているのか」


 先ほどより、少ないが殲滅させる気だ。

 少ない兵数だけに、早い。

 歩兵を捨て逃げるか、迎え打つか。

 馬が前足を上げ嘶くと、美しい甲冑が追ってと相対する。

 剣を振り上げ、剣先を追ってに向ける。

 少女の兄の雄叫びと兵達の雄叫びと共に動き始める。


 突然追って達が弓矢の奇襲を受け倒れていく。

 少年は反対側の崖の上から、弓矢を射る兵を見て喜びの声を挙げる。


「兄上!」


 彼より4歳離れた兄は、少年には気づかず美しい甲冑を纏った王子に鋭い眼光を向けているようだ。

 追ってをすべて倒したのを確認すると兵に片手を挙げ、森に前進を促す。


 崖下では、美しい甲冑を纏った王子が苦虫を噛み潰したような顔で、森の中に消える兵達を見送った。


「殿下、あれは、」


「同盟とはこうすることだと、見せつけられたのだ。くそっ。城に戻るぞ!」


「はっ!」


 王子の後に、兵が続く。


 王子の名はクラウス。

 フレール王国の王継承者。

 男は彼一人。幼き頃から、いずれ自分が王になると生きてきた。

 周りももちろん彼に膝を折り、頭を垂れる。

 17の年に、王から軍を授かった折りは、高揚したものだ。


 西の情勢が不穏な動きに変わり、先立って行われた会議でも、コッツウォートからの援軍を求める声に、クラウスもすかさず賛同の声を挙げた。

 だが、その願いは退けられ、妹を結婚相手に届けるため、イリヤ王国へ。


 イリヤ王国は、コッツウォートより先の西に位置する。


 西の不穏な動きに、フレールの王兵を西に向かわす一方、クラウス王子の兵が、リリアーナをイリヤに向かわすこととなった。


 その途上、クラウス王子は、王兵からの使者により、同盟国になる予定であったイリヤが陥落し、コッツウォート王国が陥落した報告を受けた。

 コッツウォートに近いところにいた、フレールの王兵が静観したことも聞いた。


 王兵とは、大分離れてイリヤに向かっていたクラウス王子の兵は、少ない兵数ながら、助けられる民がいればと、コッツウォートに向かい、敵と鉢合わせしてしまったのだ。


 自国へ、向かいながら、クラウスは口に出さずにはいられなかった。


「いったい、父上は何をお考えか!そして私は、何をしているのだ!」


 強い憤りを感じた。

 それと同時に自分の不甲斐なさに嫌気がさした。

 何も出来ない上に、妹も行方知れずにしてしまった。

 クラウスは、先程のコッツウォート王国の王子の蔑む顔を思いだし、唇を強く噛み締めた。


 我が国、父上はしくじった。

 敵を侮った。

 イリヤとコッツウォートは敗れた。我が国だけでどう戦うつもりか。


 フレール王国は、大国だ。海もあり、漁業、農業、酪農、気候の良さが国を豊かにし、隣接する国にも恵まれていた。

 すでに、王の妹と娘を嫁がせ同盟を結んでいる。

 王は、戦いに出たことがなかった。

 暗雲たる噂が、自国で囁かれ始めた時も、遠いところの話しとして、気に止めてなかった。

 自国の議会で、ようやく議題として上がったことで、仕方なく対処した。

 それが、第二王女リリアーナを嫁がせることだった。

 隣接する同盟国は、小国でフレール王国によって成り立っていて、軍とは名ばかりだった。そのため、娘を嫁がせるという人質で治める案に、渋々従った。


 リリアーナは、当初コッツウォート王国の第二王子に嫁がせるはずだった。

 急遽、イリヤ王国に嫁がせることになったが、王はコッツウォートより、イリヤを気に入っていた。

 小国ながら、鉱山を持ち、商業に長けていた。

 フレール王は、商業に長けたイリヤが金で交渉し、西側諸国を上手く治められると思っていた。


 しかし、情報収集を怠り、他国の忠告も無視した結果、単純かつ安易な打開策は簡単に終わった。


 同盟を結ぶはずのイリヤ、同盟を破棄したコッツウォートが陥落。


 フレール王の思惑など、成り立たさない敵だった。

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