第2話 狼たちと鷹


 洞穴の前で少年と別れたカイとミッヒは、森の中へ遠吠えをあげる狼に向かって走るが雪に足をとられ体力を消耗していた。

 しかも、カイは肩に矢を受け、遅れ始めていた。

「カイ、お前はあの岩場で待て。」

「すまない。」

 矢はすでに取り除ぞかれていた。

 しかし、少年の力では治癒はできず、止血をするのみだった。


 突然上空から鷹の鳴き声が響き渡る。


 鷹が餌を採るようにカイに向かってきたが、葉が数枚落ちてきただけだった。

「ニーナ、ありがとう。」

 ミッヒのお礼の言葉に鷹が答えるようにまた鳴き声が響く。

「…俺はニーナと結婚するよ」

 苦しげにカイが呟く。

「やめとけ。ニーナは、王子様を待つ乙女なんだから」


 馬の嘶きで話しが中断すると銀色の狼を先頭に数頭の狼達が三頭の馬を囲むように現れた。


 戦闘の中、主を亡くした馬だろう。鞍が着いたままの状態だ。狼に囲まれ静かに様子を伺っている。


 急いで鷹が落として行った葉を揉み、葉から液体が出てくると、岩に寄りかかっているカイの肩を掴み急いで傷口に押し付ける。

 鷹が落とした葉は薬草として皆がよく知り、冬場でも手に入る貴重なものだった。


 国土のほとんどが森と草原の彼らは、木や草花に精通していた。


 早く近くの街でカイの治療が必要だ。肩の傷口も心配だが熱が上がり体が震え始めていた。


 応急処置の間に銀色の狼が、仲間を連れミッヒ達が走ってきた方向に進みだした。

「カイ、このままもう少し我慢してろよ。すぐ戻るからな。」

 一頭の馬の手綱を掴み、馬に跨がると急いで狼達の後を追った。



 先程の洞穴の近くまでたどり着くとミッヒは急いで馬が逃げないよう背の低い木の枝に手綱を巻き付けた。

 急いで洞穴の前にたどり着くと、混乱した。

 洞穴の前では少年が狼達に囲まれている。左手を広げ、右手に剣を構えている。


 銀色の狼が前に進みでると、黒い狼が立ちはだかる。

 辺りは激しく争ったのだろう。5人の男が雪の上で死んでいた。

 死体は皆、首から多くの血を流していた。

 雪の上を引きずりまわされた後がはっきりとわかり、剣ではなく獣に襲われた死体だった。


「…何があった」


 狼達が5人の見知らぬ男を殺したことよりなぜ少年を狙っているのか。ミッヒは困惑した。


 よく見ると狼達が狙っているのは、少年の後ろにいる者だった。


 一頭の狼が威嚇しながら前に進んでくると、ミッヒの位置から少年の後ろにいる者の顔が見えた。


 綺麗な薄い水色のフード付きのコートから少しだけ見えた顔は、まだ14、5歳の少女で雪のように白い肌に、美しい金色の髪をしていた。

 コートの襟に小さな紋章があり、ミッヒはその確証で怒りが頂点に達した。


 大きな唸り声と共に少女に突進した。


 振り下ろした剣は少年の剣に受け止められ、互いににらみ合いになった。


「やめるんだ!」

 少年が怒鳴りつける。


「僕が知っている騎士達は武器も持たない女子供に剣を向けない。」

 少年の頬を涙が伝い落ちる。

「僕は知っている。貴方達が強い騎士だということを!」


 膝をつき、両手が地面に落ちると白い雪を強い力で握りしめる。

「くそ!くそ!くそ!」

 ミッヒが嗚咽と共に白い雪を殴りつける。

 ミッヒは弱々しく立ち上がると、背を向け森の方へ歩きだした。

 それと同時に、他の狼たちも、引き下がる。

 どこか納得いかないように、唸りつづけながら、ミッヒの後に着いていく。



「彼女を引き渡してくるよ。」

 黒い狼に告げると少年は少女に向き直った。

 顔面蒼白で立っているのがやっとのようだった。

 そっと少女に手を差し出すと震えている華奢な手が乗せられた。

 ゆっくりと少女を誘導し、ミッヒが連れてきた馬の元にくると黒い狼がマントの裾を引っ張る。

「ダメだ。連れて行けない。」

「大丈夫。」少年は黒い狼を優しく撫でた。


 少年は、馬に乗ると、少女を自分の前に引き上げた。

 少女は不安になりながらも、少年を見つめ、少年を見送る狼に視線を移した。


 少女の名は、リリアーナ。フレール王国の第二王女だ。

 リリアーナは、先ほどの狼たちのことを考えていた。

 まるで、人間の言葉が分かるような行動で、悲しげだったり、心配そうだったりと、リリアーナは不思議に思った。


「あの狼たちは、あなたが飼っているの?」


「飼う?違う!命の恩人たちだ!」


 少年の強い返答に、リリアーナは驚いた。


 狼たちにも、この少年にも強い非難が込められているように感じ困惑していた。


 リリアーナは、意を決してもう一度少年に話しかけた。


「私はリリアーナと言います。あなたの名前を聞いても…」

 語尾はだいぶ小さな声になった。

 ただ、自分のために、亡くなった侍女を思いだし、彼も私を助けてくれている。

 せめて名前を聞いて、国に帰ったら恩賞を与えて貰えるように父に話してみようとリリアーナは考えていた。


 この時、リリアーナには、今の状況がまったく分かっていなかった。

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