誓いの果て

のの

第1話 始まり


 その夜は、一面真っ白な雪に覆われ、先ほどまでの惨たらしい戦いが無かったような静けさだ。


 物取りたちがすでに必要のなくなった死者の身の回り品を漁り歩いている。


 その中をひとりの少年が狼達に先導されるように歩いている。

 狼達は死者や障害物などを避けるように少年を先導する。


 少年の傍にぴたりと寄り添う黒い狼が立ち止まる。

 少年は雪をかき分け、新品で使われることなく戦いが終わった短剣とお金を死者から譲り受けた。


 先頭を行く銀色の狼が立ち止まり少年を見ている。


 左目に大きな傷があり、残った右目で鋭く回りを確認すると危険を知らせる遠吠えをあげる。


 銀色の狼を先頭に狼達が、戦地を疾走しはじめた。


 少年も黒い狼と共に走り出す。


 冷えきった空に、馬の嘶きが響きわたる。

 背後には、持ち手を無くし、泥と雪に抑え込まれた旗と同じく、弓矢を構える勇者の旗がひるがえる。


 弓で狙うには遠すぎるのに、2本の矢が少年に向かって空を切る。


 黒い狼が少年に体当たりし、少年は顔から雪に滑り込んだ。

 矢は力強く、少年の少し先の雪を掻き分け地面に突き刺さった。


 狼の悲痛な鳴き声に少年が振り向くと、一匹の狼の肩に矢が突き刺さり、前のめりに倒れ込む。

 すぐに赤茶がかった狼が傷をおった狼の前に立ちはだかり、遠い兵士に向かって威嚇している。


 兵士がまた弓矢を構えるのが少年には見えた。

 少年はすぐに何かを唱えると空に向けて手を挙げた。

 風が地面の雪を舞い上げ兵士の狙う先は白い壁となった。

 少年は傷ついた狼と赤茶がかった狼に手を向けると力尽きて雪に倒れ込む。


 黒い狼が咆哮をあげると、少年を引きずるように服に食らい付いている。

 そこに一人の青年が少年を担ぎ上げ、後ろを振り向く。

「カイ、行くぞ!」

「ああ、すまん。」

 後ろを行くカイの肩には矢が突き刺さり、顔をしかめながら赤茶がかった髪の青年の後を追う。


 まだ白い壁は追っ手を遮っているが先程より勢いがなくなっている。


 銀色の狼と黒色の狼が他の狼たちと連携しながら少年を担いだ青年を先導していく。


 森に逃げ込み弓矢の射程から外れれば追っては来ないはずだ。今、我々は彼らの敵ではないのだから。




 赤茶がかった髪の青年が少年を担ぎながら森の茂みにしゃがみこみ辺りを確認する。


 前方の崖には怪我人と気を失っている少年を休ませるのに丁度良い洞穴が見える。


 しかし洞穴に続く雪の上を男の足跡にしては小さめな足跡が、二人分続いていた。「女だな・・・」なぜこんな戦地に。面倒はごめんだった。

 まともに戦えるのは自分一人。

「これじゃ、襲ってくれと言わんばかりだな・・・」立ち去ろうとしたが、中から泣き声が聞こえて、思わずため息がでた。

 俺はここで厄介事にかかわっている場合ではないのに・・・。


「洞穴へ…」少年の意識が戻ったのだ。



 洞穴はそれほど奥深くはなかった。

 あっという間に泣き声の主に出くわした。

 突然見知らぬ男が現れたというのに、少女は諦めた様な目を向け、地べたに横たわる女の手を寒さでほんのり紅く染まった自分の頬にあてている。


 ゆっくり近づくと綺麗な布が美しい金色の髪を隠していた。

 少女はいかにも品があり平民ではない美しさだった。

 歳は少年と同じか、少し幼いぐらいだろう。

 身代金をとるか、慰み者にされて身売りされるか、時間の問題だ。

 そう時間がない。


 少年が地べたに横たわる女の横に跪いた。

 女はまだ若く、顔だけ見ればまるで眠っているようだった。

 ただ背中に深手を負っているのだろう血だまりができていた。

 女は力なく目を開けると、

 目の前の少年を見つめると

「あなたは・・・」と小さくささやいた。

 そして「姫様を守ってください。お願い・・・。」

 唇を噛み締めるように息を引き取った。


 少女が女に抱きつきまた泣き始めた。


「時間が無い・・・」

 少年は少女を引き剥がし、女から金目の物を漁り始めた。

「やめてそんな事!」少女は少年の腕に飛びついたが少年は軽く少女をつき返した。


「君のためだぞ!君が逃げるためのお金が必要だ」

 少年は冷たく少女を見つめた。


 少女は座り込み、顔を手で覆って泣いている。

 少年は金目のものを漁り終えると、少女に手を差し出した。

 少女は少年の手を取らずに立ち上がると、途方にくれた様子で少年を見た。


「身分を証明するものは持ってないか?」


 少年の問いに少女は首を振った。


 慌てて逃げ出した事だろうし、これ幸いだ。

 姫様だと死んだ女も言ってたし、下手に身分が分かれば危険度はもっと上がる。


「無事に家に帰りたければ、これからは僕以外に自分の話をするなよ」

 少年は少女に背を向け歩き出した。


 少女は自分のために亡くなった女性に目を向けた。

 少女は彼女の名前を知らなかった。

 いつもそばにいたが少女は知る必要がないと育てられていた。

 それでも、いつも甲斐甲斐しく世話をしてくれていた彼女の名前ぐらい知るべきはずだったと思い、悔い改めた。


 ためらった後、少年の後を追いかけるが話し声に足を止めた。


「中に女がいるだろう、二人。」

 戦から流れてきた傭兵が厭らしい笑いを向けてきた。

「挨拶がしたいんだがな」

 5人の男たちが一斉に笑いはじめた。

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