一章(8)ポンコツメイドと「ハンバーガー」

 跳ねるように階段を駆け下りて厨房に向かう途中で、三人娘とすれ違った。彼女達は厨房へ駆け込むイーディスを見て、ひそひそと囁き合った。けれどもそんなことはどうだっていい!

「料理長! レシピです! なるべく早く完成させてください!」

「よしきた!任せろ金皿十枚! お前はそこから見てな」

「ええっ⁉」

「これでも譲歩してるんだぜ。皿に近づけたくないからな」

「うう、はい」

 それを言われると何もいえない。

 料理長はチラリと渡された紙を一瞥し、休憩中だった若い料理人を一人捕まえて来て、それから材料を揃えていった。肉、玉ねぎ、にんじん……イーディスは言い付けられた通り、それをちょっと遠くから見守っていた。手伝いたくてうずうずするのを我慢しながら。

「まず、ハンバーグを薄くしたものを作るんだな?」

 イーディスは安心した。……ハンバーグはあるらしい。ハンブルク風ステーキ。

 料理長たちはテキパキと動き回る。無駄がなく、隙もない。

 包丁を扱ったと思ったらすぐ金属のボウルが出てきた。挽肉が放り入れられたかと思うと、きざんだ野菜、塩胡椒が入って、あっという間にハンバーグのたねが出来上がる。

 二人の手で薄く薄く伸ばされたそれが、フライパンに四つ乗せられた。

「四つも?」

イーディスが尋ねると、料理長は当然とばかりに返す。

「異国料理なんか滅多に食えない。研究だよ、研究」

「万が一失敗しても大丈夫なようにでしょ」

 若い料理人の男が口を挟む。コック帽から覗く赤毛。鳶色の目がくるくる動いて、それからイーディスを見た。

「それにかわいいメイドさんの分もあると見た。ね、料理長」

「余計なこと言うな、デアン」

「余計でしたか?」

 タイミングを見て、デアンと呼ばれた青年はハンバーグをひっくり返した。それを確認した料理長は、たっぷりの油を入れた大鍋を火にかけ始める。

「フライドポテト……ジャガ芋をサラダ油で揚げて火を通し、よく油を切って……おいこのレシピの字、お前さんの字じゃないな?」

 イーディスは胸を張った。

「はい、お嬢様の字です。その挿絵もお嬢様がお描きになりました」

「お嬢様が?……すごいな」

「へぇー」

 デアンが目を輝かせた。

「お金が取れそうな絵だなぁ。綺麗だ。字も綺麗だし。まさかお嬢様にこんな隠された才能があったなんて。これで一儲けできそうですね」

「金だのなんだのって、お前はそういうことしか言えんのか!」

 料理長が呆れたように言った。

 そんな軽口を交わし合いつつ、デアンは出来上がったハンバーガーのパティを見下ろし、ちぎったレタスをパンの上に載せた。料理長はからりと揚がったポテトを次々と油から引き上げていく。

「レタスの次に、ハンバーグ、チーズ、トマトソース、ピクルス、からし……?これ、からし載せてもいいんですか、料理長」

「知らん、レシピ通りに作ればいいだろ」

「ちょっとだけです!からしはちょっとだけ!」

イーディスは場外から叫んだ。「トマトソースは味付けのつもりで!」

イーディスに出来ることはこれしかない。

「なるほど、メインはトマトね」

 デアンは呟き、最後の仕上げを施していく。ソースを乗せた上からパンを乗せて、そこにピックを刺す。こうして、グレイスフィールの描いた絵通りのハンバーガーがひとつ出来上がった。

 一方で、料理長が揚げ終えたポテトに、塩が振られる。

「こんなもんかね」

「お二人ともさすがです! すごい! 天才! いよっ! レスティアいちっ!」

イーディスは拍手喝采と共に二人を労った。

「お疲れ様です! これでお嬢様にお届けできますね!」

「待て。味見だ味見」

料理長が言い、デアンがハンバーガーを差し出した。イーディスは瞬きをした。

「あじみ?」

「お出しする料理の味くらいわかっておけ。そのために余分に作ったんだ」

「あ、感想とか改善点とかあったら教えてくださいねー」

 デアンはサッとノートと鉛筆を取り出した。イーディスは二人を見比べてから、ありがたく「最初のハンバーガー」を頂くことにする。

一口め。

「うーん。ちょっとトマトソースが多いかも。ハンバーグにお味がついているので、少し控えめにして……」

「なるほど?」

「レタスはもっときっちりお水を切った方がいいですね、パンに染み込んでしまうから……」

「ほうほう」

「ピクルスとからしはこれで丁度いいです。おおむね、ハンバーガーと呼べると思います。多分」

「了解」

 デアンはメモを取ってから、二つめを作りにかかる。料理長はそんな弟子の姿を見送ってから、ポテトを盛った皿を勧める。

「これはどうだ。火は通ってると思うが」

 イーディスはポテトの皿にも手を伸ばした。

「……うん、おいしい。大丈夫だと思います。きっとお嬢様にご満足いただけます」

「よかった、あとはあっちだけだな」

「改良品、どうですかねー」

 ちょうどデアンが二つめを持ってきた。料理長がすかさず口を挟む。

「それは俺にも食わせろ」

「じゃあ切ってみますか。僕も味見したいですし」

 ナイフで綺麗に切り分けたハンバーガーを、それぞれ食べる。

 うーん、と声が漏れたのは料理長だった。

「……すごく美味しいな、いいな、ハンバーバー」

「ハンバー『ガー』です、料理長」

「さっきと比べてどうです? イーディスさん」

イーディスはデアンを見つめた。

「良くなりました。お嬢様の分も、この配分で作ってみてください」

「了解です。……なんだかイーディスさんて、金皿十枚って感じしませんね」

 思いもかけないデアンの言葉に、イーディスは目をしばたいた。金皿十枚はもはや挽回できないイーディスの代名詞だとばかり思っていたからだ。ここで働く以上、ついて回ってくる過去の汚点だとばかり。

「そう……ですか? なぜそう思うんです?」

「うーん、前の方が可愛かったからかなぁ」

 デアンは手についたトマトソースを舐めた。イーディスはなぜか目を逸らしたくなって、でもどうすることもできなくて、俯く。料理長が大きくため息をついた。

「デアン。とっととお嬢様のお召し上がりになるハンバーバーを作るんだ。俺は盛り付けるだけだからな」

「了解です」

「あの、料理長。ハンバーガーですけど」

「……いいか金皿。あいつは女となれば誰にでもああだから、惑わされるな。泣くぞ」

 イーディスの訂正は無視された。

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