第10話 エイリアン・ネイチャン
お客さんのいない、僕ひとりだけのレジカウンター。深夜のアルバイトでよく見る光景になった。
ここはダンジョンの中らしいし、人気のない今の状況が本来は正しいのかもしれないけど。
カウンターから見える一等地の棚に並ぶ、新作の映魔。アクション映魔。ヤクザ映魔。ドラマっぽい映魔なんかも、色々とある。
僕はわりかし雑食な方なので、ジャンルに拘らずに映画を見る。中でも特に好きなのが、群像劇だ。
色んな人がいて、それぞれに思惑があって、舞台となる場を各自行き来して、すれ違ったり重なり合ったり。
最後にぎゅっとその行動が一本の線につながっていくのとか、たまらないと思う。
僕が今このお店で体感していることも、そう言う群像劇の最初のシーンなのかもしれない。お店の人やお客さんが一人ひとり現れては消えて、後に複雑に絡み合う。
どういう着地になるんだろう、この映画は。いや、この映魔は?
なんてことをぼんやり考えていたら、新しいお客さんが入店した。「おらあー!」と叫びながら斧を持って特攻してくる、蛮族風の女性だった。
「いらっしゃいませー」
僕が挨拶するとその女性は斧を振りかぶったままこちらに走ってくる。血眼で、まるで戦闘中のようだ。
目と鼻の先までその女性はダッシュしてきて、振り上げた斧を僕の目の前でぐいっと下ろし、カウンターにザシュッと刺して立ち止まった。
「いらっしゃいませだあ……???」
不思議な顔をしている女性。
……ん? もしかして僕は今、この斧で斬り殺されそうになってなかったか?
斧を振りかぶった女性の近くに、フェアリーのような小さい生き物が飛び交っていて、僕を指してこんな事を言う。
「大丈夫、この人に敵意はないよ。っていうかここ、なんだろう……? モンスターはいないっぽいけど……?」
更にお店の入口付近では、子供と大人の話し声も聞こえてきた。
「これは王都で聞いたことがある。ダンジョン内の店というやつだな」
「あー、だから敵意がないってこと? なら安心して入ろっか……」
追加でどやどやと入り込んできたお客さんは二人。鎧を着込んだ騎士っぽい小人と、ローブを頭からかぶって目元が見えない男性。蛮族風の女性の仲間らしく、その隣に並びだす。
時を同じくして、ベアードさんが駆け足でカウンターに戻ってきた。僕に「平気? なんかされた?」と尋ねるベアードさん。
「僕は大丈夫です。カウンターに斧が刺さっちゃいましたけど……」
「悪い。夢中になってて遅れた」
夢中になってて? 成人向けの返却作業に夢中だったってこと……?
ベアードさんのそっちの発言も掘っていきたいのは山々だったけど、目の前の特殊な状況に対応するのが先決だ。僕らは向かい合い、話し合いをした。
お客さんと店員の間柄ではなく、ダンジョンで出会った謎の
そして話してみると、すぐにわかった。斧の女性と、ローブの男性と、小人の騎士の3人組は、このダンジョンに潜って宝を手に入れようとしている冒険者一行だった。うちのお店のお客さんではなく、不意に飛び込んできたイレギュラーだ。
ダンジョン内で戦闘をしたりトラップを回避したりしてこのお店にたどり着き、「次も敵がいるかもしれないから戦士に特攻させて、ローブの精霊使いがサポート。後は室内の状況に合わせて臨機応変に」と作戦を立てて入ってきたらしい。
ところが飛び込んだ先がダンジョン内のレンタル映魔ショップだったので、「いらっしゃいませー」の挨拶で面食らったというわけだ。
「たまにあるんすよね、こういうの」
「そりゃそうだろ。なんでこんなところに店構えてんだよ!」
ベアードさんの受け答えに、蛮族風の女性が至極当然の噛みつきをしている。
お互い無言で見つめ合い始めた。ラブロマンスが始まりそうでもないけど、殴り合いに発展しそうでもない。引き下がれないメンツというか、怖い人同士のシマ争いみたいになっている。いわゆるガンの飛ばしあい。
にしても、この女性の言うことには一理あると思う。僕からしたらレンタルショップのほうが異世界のあれこれより馴染みがあるけれど、だからってダンジョン内にレンタルショップが構えてるのはだいぶおかしい。
お客さんじゃなくて冒険者が流れ込んできたことがイレギュラーというよりは、このお店がダンジョン内にあることのほうがイレギュラーなんだ。
僕がそう納得している間に、ベアードさんと蛮族風の女性の見つめ合いが、言い合いに変わっていた。
「どうしたよエルフ、睨みっぱなしで。ウチらに興味津々か?」
「さっきダンジョン内で戦闘が起きてるって聞いたけど、あんたたちか?」
「あ? まあ……ウチらかもな? スケルトンぶっ潰してからこの部屋に来たから」
「マジか。この後まだ戦闘しそう?」
「まだ潰してないスケルトンの親玉がいるから、行くかもしれないな」
「バイト終わったら参加していい?」
「あ? うーん……いいが?」
言い合いっていうか、なんか打ち解けてるっぽい。ベアードさん、冒険者一行に混ざって戦闘に参加したいっぽい。この後合流して一狩り行く相談をはじめてる。
バイト中に何やってんだこの人。
新手のナンパみたいにも見えるが、なんか単に戦いに混ざりたそう。「近くで戦闘やってるよ」ってギョウカさんが言い残したときに「よし」って拳を握ってたのは、こういうことだったのか。ベアードさん戦闘狂なんだな。
「ところで入会がしたいのだが」
冒険者3人組の小人騎士が、不意にそう言ったのでびっくりした。
え? 「ダンジョンアタック中の冒険者」と、「ダンジョンでレンタル映魔をやってるアルバイト」というお互いの立場を理解したから、後はもう解散かなーみたいな流れだったのに?
虚を付かれた顔で、ベアードさんが受け答える。
「入会するんすか?」
「ああ。この部屋にたどり着いたのは偶然だが、王都で噂を聞いて映魔というものに興味は持っていたのだ。ここに書かれている規約に従えば、店の会員になって映魔を借りていくことも出来るのだろう?」
「もちろん。じゃあお客さんっすね」
「映魔ってなんだあ?」
これだけ話していても、蛮族風の女性には映魔というものがそもそも伝わっていなかったようだ。その荒々しい毛皮の服やボサボサの髪を裏切らない、蛮族風の受け答えだった。ベタでちょっと笑いそうになり、こらえる。
それはそうと目の前で起きている話に関しては急展開だった。どうやらこの、鎧を着込んだ騎士っぽい小人が、話している間に気が変わって、映魔を借りていくことにしたらしい。
ここからは我々は、ダンジョンで出くわした謎の
そこにちょうどシュライフさんが休憩を終えて戻ってくる。
「おや? 新規の方ですか?」
一見して状況を察したシュライフさん。
簡単に事情を伝えると、「ではわたしが担当しますよ。ベアードくんは今のうちに休憩を」と引き継ぎがスムーズに進行。
ベアードさんと斧持ちの女性もスムーズに進行。
「抜けられるならちょうどいいな。潰しそこねたスケルトンの親玉ってどこ?」
「エルフお前、やる気満々だな! 気に入ったぞ」
「バイトの休憩時間だから見に行くだけ」
「バイトってなんだあ?」
前衛職ふたりでスケルトンの親玉を見に行ってしまった。ベアードさんの休憩ってそれでいいんだ。
休憩上がりにドクロ持って帰ってきたら笑っちゃうから、それだけはやめてほしい気持ちと、むしろそうであってほしい気持ちが、僕の中でせめぎ合っている。
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