第9話 招かれてる客

「……ふう。まあまあ一段落しましたね」


 シュライフさんが一息をついた。店長もどきのギョウカさんが帰った辺りで、お店の忙しさはだいぶ落ち着いた。

 急にお客さんが来てレジが混むことは、接客業ではままある。それぞれ別のお客さんだし、セールが始まったとかでもないのに、何故かまとめてレジに来て並ぶ。「団体さんが来た」などと揶揄されることもある。

 さしづめ今は、団体さんがお帰りになった形だった。

 お客さんの流れが緩やかになった店内で、ベアードさんがシュライフさんに話しかける。


「シュライフさん。今のうちに休憩してくださいよ」

「そういうベアードくんこそ! わたしよりバイトの方に休んでいただかないと」

「俺は体力あるんで平気っす。シュライフさん、今日休んでないでしょ」

「まあ、そうですね……。ではお言葉に甘えて、お先に。まだ夜は長いですもんね」


 細身の体の印象そのまま、シュライフさんは体力少なめで、お疲れのようだ。

 首をコキコキやりながら、店の外に出ていく。


「休憩って、どこで取るんですか?」


 よく考えたらここはダンジョンのはずだ。店を出てシュライフさんはどこに行くんだろう。そう思って僕は、ベアードさんに疑問を投げかけた。


「面接した時、小部屋にいなかった? あそこ」

「あ、なるほどー」

「バイトはカウンターの中で休むぐらいだけど。タツヤくんが座ってたとこでさ」

「こっちはアルバイト用の小休止スペースなんですね」


 カウンターを入って右奥の、小さな休憩所。謎の文字盤のタイムカードや、お茶菓子なんかがある。

 カウンターを入って左奥の明かりがかすかな一角もあって、こっちは僕が先程シュライフさんにダンジョン内の暴力団の話を聞いたところだ。そっちには事務机のようなものがあったので、作業場なんだろう。入会用の書類っぽいのが束になってた。


「ベアードさんは休まなくて平気ですか?」

「平気。エルフだけど鍛えてるから」


 やっぱりエルフなんだベアードさん! 休憩について軽く質問したらこのタイミングで発覚。

 シュライフさんも細身だし、僕も細身で体力がない。ベアードさんも細身なのは間違いないけど、筋肉で引き締まった体だというのは嫌というほど見ていてわかる。上半身が裸なので。

 少なくとも僕たちの中で体力が一番高そうなのは、この人ではある。


「あのさ。この店、変わった客が多いんだけどさ」


 ベアードさんがふいに別の話題を振り始めた。

 お店が暇な時間を使ってのレクチャータイム、あるいは雑談かもしれない。

 ベアードさんはキリッとした目つきの静かなトーンで話し出すので、すごく深刻な話を始めるんじゃないかと思って、僕は毎度小さく構えてしまう。


「変わったお客さん……ですか?」

「常連客だったら、多少特殊な客でもオッケー扱いになってるから」

「へえ。信頼度の差っていう感じですかね」

「そういうこと。さっき延滞の人の相手してたよね?」

「金貨2枚のお客さんですか?」

「そう。あの人も常連だから、延滞長くても気にせずお金だけ受け取っとけばいいから」

「もしかしてあの方……いつもあれぐらい延滞するとかですか? シュライフさんも普通に受け入れてましたけど」

「するする。あれが毎回っていう、そういう常連さん」


 なるほど、高額の延滞料金でも誰もうろたえなかったのはそういうことか。

 しょっちゅう2週間遅れとかで延滞するタイプの人は、僕が働いていたお店でもたまにいたけど、延滞日数が3桁を超えるとびっくりする。

 そう言う商品は普通、もう帰ってこない。紛失して買い取りになるとかのパターンだ。

 もしくは延滞料を払いたくなくてそのまま持ち逃げになっちゃうとか。

 だけどあの人は、当たり前のように返しに来て金貨2枚払ってくれる。この世界での金貨の価値はわからないけど、素材そのものが金っぽかったので、高価な貨幣なのは間違いなさそう。

 そんなものをレンタルビデオ屋でポンと払ってくれる常連さんがいるなら、喜んで受け入れるよね。


「ギョウカさんでしたっけ? 商人っぽい見た目の方がさっき来ましたよね」

「来てたね」

「あの方も常連さんってことですよね」

「常連も常連。グレーター常連だよ」

「グレーター常連!」

「いや常連君主ロードか」

「ダンジョンでもめったに遭遇しないタイプの最高位ですね……」

「ギョウカさん自体は毎日来るけどね」


 突然発表された常連ランク制度のおかげで、今まで盛り上がらなかったベアードさんとの会話が盛り上がっている。単にお店が暇とも言う。

 せっかくなのでこのチャンスにもう少し打ち解けられるかな。


「常連さんにもそう言う階級とかあるんですね……! ラノベとかである、ギルドの冒険者ランクみたいな感じですか?」

「階級なんかないけど」


 真顔でベアードさんが返す。


「え?」

「タツヤくん、冗談真に受ける人だ」


 眉ひとつ動かさず、整った顔立ちの真顔でベアードさんがこちらを見つめる。

 この人、むずかしい。シュライフさんは「冗談ですよ~」という態度でお話してくれるけど、ベアードさんはずっと真顔で淡々と話してるから、どこまでが本気でどこまでが嘘なのかわからない。むずかしい。

 ていうか、あの……なんか……感じ悪くない?


「あのー、借りたい映魔が帰ってきてるか知りたいんですけど」


 他愛もない話の途中で、お客さんがカウンターに質問をしに来た。

 手にフラスコを持っている、学者さんっぽい人だ。


「あ、はい! なんの映画……映魔でしょうか」

「『キャッスル・シャーク2』です」


 さっきも来たこの人。『キャッスル・シャーク2』のお客さんだ。

 ん? 『キャッスル・シャーク2』、さっきの忙しい時間に受け取った気がする。返却作業したよね僕。帰ってきてるんじゃないかな。

 そう思ってカウンター内を探していると、ベアードさんが話に入ってきた。「残念ですけど戻ってきてないですね」とお客さんに告げる、ベアードさん。


「そうかあ……このあと戻ってきたら取っといてもらうことって出来ますか?」

「いいすよ、今日だけなら」

「お願いします!」


 よっぽど『キャッスル・シャーク2』を借りたいんだろうか。

 フラスコのお客さんは、ベアードさんに口約束を取り付けて、気持ち足取り軽めで店を後にした。


「ベアードさん、あの人も常連さんなんですか?」

「いや知らない。たぶん普通のお客さん」


 そうなんだ。相変わらず真顔なので事実なのか冗談なのかわかりにくいけど、ここで冗談を言う意味がわからないから、たぶん事実なんだと思う。


「帰ってきた作品の予約取り置きとか出来るんですね」

「一日ぐらいならね。その日のバイト同士で情報共有すればいいだけだし。常連は何日でも取り置きできるけど」

「へー」

「常連君主ロードのギョウカさんなんか、今日借りるものも明日借りるものも決まってて、もう取ってある」

「そうなんですか!」


 さすが常連君主ロード

 冗談で言っただけなのにこの呼び名で定着しつつあるギョウカさん。見た目の貫禄が常連君主ロードって感じだし、ぴったりなんだよね。


「そっか、だからギョウカさんは店内で映魔を物色しないで、まっすぐカウンターの中に来たんですね」

「お客さんがカウンターの中に入ってくるのは基本阻止して。ギョウカさんはいいけど」

「さすが特例の常連君主ロード……」

「でさ。ギョウカさんは店側で用意した映魔以外にも、自分が気になったものがあったら雑多に借りていくんだけど……」


 水晶球にギョウカさんの会員情報を映し出し、ベアードさんは僕に見せてくれた。


「さっき来た時ついでに借りていったんだよね。『キャッスル・シャーク2』」

「本当だ! 現在レンタル中の作品として情報が出てる。じゃあ今の人が借りれるかどうか、タッチの差だったんだ……」

「せめて戻ってきたら取っといてあげればいいかなと思ってさ。だからタツヤくん、忘れないようにしといて。『キャッスル・シャーク2』戻ってきたら取り置きで」


 指示を出した後、映魔ディスクを山盛りに入れた籐製のバスケットをベアードさんは持ち上げる。

 映魔ディスクは石版だし、そこそこ重い。細腕なのにやっぱり力があるこの人。


「まだお客さん少なそうだし、棚にこれ戻してくるわ」

「あっ、じゃあ僕やりますよ」

「ダメだよ。これ成人向けだから」


 ディスクに書かれたタイトルは重なり合ってよく読めないけど、妙に扇情的なものが多いように見える。「欲求不満の」とか「ギリギリミニスカ」とか「全員サキュバス」とか。女性的なシルエットマークがついているようなものもチラチラ見える。

 確かに成人ものっぽい。


「成人向けでも僕、やりますよ? 仕事ですし」

「いやタツヤくん成人してないでしょ。法に触れそう」

「してますって成人! 童顔気味ですけど普通に成人ですよ僕」

「いや信じない。エルフ以外の年齢わっかんねーし。その顔あぶねえわ」


 かたくなに僕の成人説を疑うベアードさん。こんなところで味わう異種族の壁。

 「わかんないことあったらすぐ俺呼んで」と言付けて、ベアードさんは謎多き成人向けスペースに、成人向け映魔を戻しに行った。

 ……あの仕事、やってみたいな……。

 えっちな作品大好きというよりは、異世界の成人向けがどんなやつなのかが知りたいという興味本位のほうが大きい。

 シュライフさんが休憩から戻ってきたら、ベアードさんの誤解を解いてもらって、堂々と成人向けスペースに入っていこう。

 暇な店内で、「堂々と成人向けスペースに入っていこう」なんてくだらない決意をしている自分がおかしくて、僕はちょっと笑った。

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