第8話 TIME/タイム・イズ・マネー
シュライフさんに驚きの情報を聞いている間に、お店が混み合ってきた。
ベアードさんがひとりで回していたけれど、ワンオペでは限界がある。シュライフさんがカウンターへとヘルプに向かう。
「あ、僕も何か手伝いますよ」
出来る仕事はまだまだ全然だけど、忙しいときに僕だけが休んでいるわけにも行かない。一緒にカウンターに向かう。
「では返却の処理をお願いしてもいいですか? 延滞料がかからないものだけでも、ピッとやっておいていただけると助かります」
「わかりました」
レンタルのお客さんに混ざってカウンターにやってくる、様々な異種族の人や、人じゃない人。たぶんこういう人はモンスター。
そういうお客さんたちが映魔を返しに来るので、それを僕が受け取る。
レジの蛇を、じっと見つめる。
こいつは噛まない……毒もない……。ただのバーコードスキャナーと同じだ……! 平気平気……!
自分によく言い聞かせてから蛇の頭をそっと握った。ひんやりしていて「ヒッ」となる。
大丈夫だってば、冷静になれ。レンタルビデオ屋のバーコードスキャナーだって、ひんやりしてただろう。スキャナーがほんのり温かいほうが怖いんだ。だから恐れることはない。
返却で受け取った映魔に、蛇の頭を近づける。蛇の眼が一瞬光って「ピッ」って言った。
水晶球に今読み込んだ商品の情報が出る。『キャッスル・シャーク2』、延滞料はゼロ。
「延滞あるかしら?」
「ないです。お支払いはありませんよ」
「ぼうや、新人? がんばってね」
「ありがとうございますー」
お客さんとのやり取りもスムーズにこなせている。昔取った杵柄というかなんというか、初めての場所や道具でもなんとなくレンタルビデオ屋の作業はできるもんだなと思う。
相手がリザードマンでもツリーマンでも全然行ける。職種が同じなら異世界でも働けるんだ……。
流れ作業で返却受付をしていたら、延滞料のある商品を持ってきたお客さんがいた。年季の入ったサーコートを着た男性だった。
延滞料のある商品は、シュライフさんたちに任せるんだったよね。僕にはまだお金の扱いは早いだろうし。研修も受けてないバイトに初日でお金を任せるの、怖いだろうし。
ところがそのサーコートのお客さんが、僕に言う。
「ねえ、これ延滞ある?」
「ありますね。少々お待ちいただけますか?」
「急いでるんだけどな。お金だけ払いたいんだよ」
お客さんの言い分はもっともだ。返却だけで店に寄ったなら、支払いを済ませてすぐ帰りたいだろうし。
延滞がなければサッと置いてサッと去ればいいが、払うべきものがあるなら払わないといけない。
じゃあまあ、いいか。僕がやっておいても。ぶっちゃけこの程度の作業ならやり方はなんとなくわかるし、お釣りが必要ならその分だけ計算してシュライフさんに伝えてお釣りを出してもらって……。
「では僕の方で承りますね」
「助かるよ、いくら?」
「ええと、延滞104日で金貨2枚……」
延滞104日!?
嘘でしょこの人、「1~2日返すの遅れたからさ」みたいなノリだったのに。水晶球に出た情報を読むと、すごい期間借りてる。
延滞料金が金貨2枚っていうのもインパクトが大きい。この世界の貨幣単位とかがわからないけど、金貨2枚って響きからして相当な額じゃないのかなこれ。
え、払えるの?
「じゃあこれでお釣りなしね」
サーコートのお客さんがポケットから金貨2枚を出した。払えた!
金貨、預かった感じ思いっきり金。重いし。確実に高価な貨幣だ……!
「また来ます」
「ご、ごめんなさい、ちょっとだけお待ちいただけますか? シュライフさんすみません!」
そそくさと帰ろうとするお客さんを呼び止めてしまった上に、他のお仕事で忙しかったシュライフさんも呼んでしまった。
こんな大口のお金が動くと思っていなかったので、さすがに僕だけで処理していいかが、わからなかったからだ。「副店長金貨2枚入りま~す」だ。
「はいはい、なんでしょう。ああ、延滞料金貨2枚ですね。たしかに承りました」
水晶球に映った情報と、お客さんの顔を見て、シュライフさんは納得した様子でサッと金貨を受け取った。
その上、「他にもなにか借りてたっけ?」「お借りになってますね」「何日?」「85日です」「わかった、次返す」というやり取りもサクッとこなしていた。
仕事が早い。「まだ85日借りてる作品があるんだこの人……」という気持ちを咀嚼するよりも早く、業務がこなされていく。
今の一連の作業だけじゃない。店内の時間と作業の流れが、さっきからずっと早い。もしかしてこの時間が、お仕事のピークタイムなんだろうか。次々にお客さんが来て、借りて、返していく。
シュライフさんとベアードさんは休む間がない。僕も手伝ってはいるものの、やれている仕事が返却映魔の受け取りとそれを棚に返しに行くぐらいなので、お店の戦力になっていない。人手が足りない。
その時だった。ひとりの男性が入店するなり、さっそうとカウンター内に入ってくる。印象的なダミ声だった。
「うい~す」
恰幅のいい男性で、つるっとした良い生地で出来た丸っこい帽子をかぶっている。背にはリュック。腰にはベルトポーチ。旅装の商人みたいな風体だ。
シュライフさんもベアードさんも「こんばんは」と当たり前に受け入れているので、たぶんお客さんではないんだろう。
この商人らしい服装と、店の中での自然な存在感、じっとりとした目つき、口元にはうっすらとした笑み。妙な貫禄がある……。
多分この人は、店長さんだ。シュライフさんが「副店長です」と名乗っていたときから気になっていた、このお店の店長さんが、ようやく出勤してきたわけか。
カウンター内に並んでいる、返却されたばかりの映魔を眺めたあとで、店長さんが僕を指さして質問してきた。
「彼、新入り?」
シュライフさんたちが質問に答える前に、僕の方から自己紹介をした。
「はい、
「ああ~。例の予言の?」
納得した様子の店長さんは、「じゃあ彼に働いてもらうかあ」と、カウンター内の新作映魔を2~3本見繕って僕に渡してきた。
「これ借りていくわ。一泊で。はい、お金」
「……? はい」
店長さんなのにどうしてお金を払って映魔を借りるんだろう。まあいいか、払ったお金がそのまま懐に戻っていくんだろうし。
レンタル業務については僕は正式には教わってないけど、シュライフさんの見様見真似でなんとかなるかな。
あ、そうか。店長さんにやり方を聞きながらやればいいのか。つまりこれも僕のお仕事の練習ってことなのかな。
「ところでさ。君、タツヤくんだっけ?」
「はい、なんでしょう」
「店長いる? 今日」
「え? ここに……?」
ここにいるあなたが店長じゃないですか。そう言いかけて気づいた。
来店してからこの人、店長だって一度も言ってない。じゃあ店長さんじゃないってこと? 僕の勘違い?
「今日は店長は来ておりませんよ、ギョウカさん」
シュライフさんが話に入ってきた。
「そっか。メシ食いに行こうかと思ったのにな。代わりにシュライフさん、どう?」
「わたしは今日はここを離れられませんので……。新人がいますし」
「ああ、予言の子ね。ならしょうがないな」
ギョウカさんと呼ばれた商人風の男性は、借りた映魔を手にして退店していく。
去り際に僕の肩に手をポンと置き、「近くで戦闘やってるわ。気ぃつけて」と一言教えてくれた。
近くで戦闘……? お店の近くでってこと? なんで僕に言ったの?
ベアードさんが「よし」と口ずさみ、拳を握っている。何がよしなんだろう。
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