第7話 極道の妖魔たち

 おずおずとカウンターを覗きに行くと、叫びの主は緑の肌の小鬼。ゴブリンだった。ベアードさんが「無理ですね」と言ってゴブリンに立ちふさがっている。

 席を外していたシュライフさんは、カウンター内に戻ってきていた。ゴブリンのお客さんに何か説明をしている様子だ。


「ですからね、会員証を作っていただかないと、映魔をお貸しすることはできないんですよ」

「会員証を作るのに何が必要だっテ?」

「身分証明証ですね」


 身分証明証あるのこの世界。え? 免許証とか保険証とか?

 そりゃレンタルビデオ屋だったら入会しないといけないだろうし、そのためには身分証明証もないとダメだろうけど、ファンタジーの異世界にあるの? 身分証明証……?


「身分証明証なんか、ねえつってんだろうがヨ!」


 ゴブリンのお客さんがシュライフさんにキレている。よかった、やっぱりないんだ身分証明証。いや、よくはないか。


「では会員証をお作りすることはできませんねぇ」

「チッ。じゃあ、大魔組の名前で貸せヨ」

「そういうのもお受けできないもので……」


 シュライフさんが断固断り、ベアードさんが無言で立ちはだかる。

 僕はその様子を見ながら、今のワンフレーズが気になっていた。

 ダイマグミの名前?


「バカバカしい。覚えてろよてめえラッ!」


 ゴブリンは悪態をつきながら、退店した。店全体がピリつき、シーンとなる。

 僕はそっとカウンターに近寄った。


「大丈夫でしたか……? シュライフさん、ベアードさん」

「ああ、タツヤくん! よかったよかった。君が怖いお客さんに巻き込まれなくて」


 魔物に脅されていたにもかかわらず、シュライフさんは僕のことを心配してくれているようだ。

 その横でベアードさんは「怖くはないでしょ」と漏らしている。「いや~初見モンスターは怖いでしょぉ~」とシュライフさん。


「やっぱりさっきのお客さん、モンスターだったんですね。ゴブリンですよね?」

「おや、ゴブリンもご存知で! も~、なんでも知ってますねタツヤくんは? このお店で知らないこと、実はひとつもないのでは?」

「蛇でピッてするやつとか、モンスター主演のヤクザ映画とかは、全く知りませんでしたしまだ見慣れてないです」

「なるほどなるほど。意外と常識的なところに知識の欠落がある、と……」


 僕の話を聞いて、シュライフさんがメモを取り始めた。

 自分のローブに直接書き込んでいる。そこに書くんでいいんだ。


「そうなるとタツヤくん、お店のお仕事以外にも教えておかないといけないことがありますね。初日は覚えることがいっぱいで大変ですが……! そこをなんとか、乗り切ってもらえればと……!」

「だ、大丈夫です。そんな下から目線で来なくても大丈夫ですってシュライフさん。僕、なるべく覚えますから」

「心強いお返事! いいですねぇ~若い人材はねぇ~。それじゃあタツヤくん、こっちこっち」


 シュライフさんがカウンターの奥に僕を手招きする。僕が休憩を取った、タイムカードがある場所とは反対側。事務スペースのようなところに招き入れられる。

 そこだけ暗くなっていて明かりがかすかなので、シュライフさんには失礼だけど、なんだかお店の亡霊みたいだ。ファントム・オブ・シュライフさん。

 亡霊じゃなくてこのお店の副店長だと僕は知っているので、安心して手招きに誘われた。


「お客様の前で業務とは関係のない話をするのは、あまり良くないですからね。うちのお店は私語厳禁ということはないですけど、客前で度を越すのも良くないですし」


 言いながらシュライフさんは、机に着く。僕はその横で話を聞く体制になった。


「まあ、業務とまったく無関係のお話というわけでもないんですけどね。このお店の立地などのお話です」

「立地……。えっと、ここってダンジョンなんですよね?」

「そうです。ダンジョン地下一階の一角に、このお店が構えています。なのでお客様は冒険者であったり、王都から映魔を借りに来た方だったり、ダンジョンに住むモンスターだったりするんですよ」

「モンスターがレンタルビデオ屋に来ることが……!? あり……ましたね、ついさっきゴブリンのお客さんが」

「そうなんです。お店に目的があって来ているので、危険性は少ないとは言えですね。どうしてもそうした、怖いお客さんは来てしまいます。それに……」


 シュライフさんは声を潜める。


「これは決して、癒着とかそういうものではないので安心していただきたいということを、前置きした上でタツヤくんにお話するのですが……」

「なんでしょうか」

「モンスターのお客様は、当店の得意先のひとつでもあるんですよね。ほら、ヤクザ映魔がいっぱい棚に並んでいたでしょう?」

「並んでましたね。僕、返却されたのを棚に戻しに行きました」

「モンスターの皆さんは、よくお借りになるんですよ。ヤクザ映魔を。冒険者の方にもわりかし、お好きな方がいらっしゃいますね」

「モンスターと冒険者にヤクザ映魔が人気」


 面白いフレーズは口にしてしまうくせが僕にはある。口にすると面白さが増すからだ。

 仕事中なので面白さは増さないほうがいいはずだけど、言ってしまった。自爆しそうになって笑いをこらえる僕。


「というわけで、当店の主力のひとつがヤクザ映魔で、それを借りに来られるダンジョンのモンスターもよくいらっしゃるというのをね、まずは先んじてご説明いたしました」

「状況がわかって助かります、シュライフさん」

「あっ、言うまでもないですけどタツヤくんは、あれですよ? モンスターのお客様と対峙して危ない目に合う必要はないですからね? わたしやベアードくんに任せていただければと」

「わかりました。あの、ついでに質問させてもらってもいいですか?」

「どうぞどうぞ!」

「さっき言ってた、身分証明証ってなんですか? ゴブリンのお客さんに帰ってもらうために口実で言っていたとか……ですか?」

「いえいえ、ありますよ身分証明証! ないと会員になれませんから!」

「あるんだ……」


 それもチートでついでに発生したやつなのかな。「レンタルビデオ屋をやりたい」だけで映魔を生み出したっていう、始祖のスーパーチート力なら、運転免許証の交付も造作もないのかも。

 何の運転免許なんだろう。馬車? 4頭立て馬車だと大型免許になるとか?

 まあいいやそんなことより、もうひとつ気になってたことがある。


「あともうひとついいですか、シュライフさん。さっきゴブリンのお客さんがダイマグミとか言ってませんでしたか?」

「ああ。大魔組ですね」

「組ってまさか……暴力団とかじゃないですよね。さすがにないか」

「いえ、おっしゃる通り。このダンジョンの暴力団です」

「このダンジョンの暴力団です!?」


 おもしろフレーズセンサーがまた発動して、オウム返しをしてしまった。


「ダンジョンに暴力団があるんですか……?」

「魔王会系の直系の大魔組の方たちですね。ダンジョン内に事務所があって幅を利かせていますが、先程も言ったように当店との繋がりもないですし、無理なレンタルはキッパリお断りしていいですよ」

「事務所もあるんですね……? だからヤクザ映魔の人気が高いってことかあ」

「皆さん借りにきますよ。ちゃんと入会されているお客様としてね」

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