第6話 沈黙の勇者
大剣を背負ったメガネの女の子が、僕のことを珍しがってジロジロ見始めた。
向こうからしたらコスプレっぽい服装で歩きまわってるのは僕の方なんだろうから、その気持ちもわかる。パーカーにエプロンの僕の格好、この店で浮いてるもん。
「僕は別に、勇者候補って言うわけじゃないんですよ。アルバイトとして呼ばれただけで」
「勇者のアルバイトとして召喚? だったらわたしのお手伝いをする……ってことになるんですかね?」
「え?」
「あっはは、いやー冗談ですよ。冗談ですけどね?」
笑いながらその女の子は、自分の身の上を明かしてくれた。
「わたし、勇者見習いのユーベラルって言います。魔王軍の残党と戦うために、勇者候補として修行の身なのです!」
「へー……勇者候補? そんなお仕事もあるんですね? 僕この世界にさっき来たばかりで、右も左もわからなくて……」
「向こうから来た方はわからないことが多くて大変ですよね。同じ勇者候補同士、支え合っていきましょう!」
「いや僕は勇者候補ではないですけども」
「あはははは! まあまあ、そこはいいじゃないですか」
気さくなお客さんだ。しかも勇者……候補? 魔王軍の残党とかいるんだな、この世界。
このまま話して聞きたいこともいっぱいあるけど、僕は一応アルバイト中だ。お仕事もしないと。
ベアードさんに渡された映魔ディスクの空パッケージ――この世界で言うところの映魔導書だ――を棚から探して、そこにディスクを戻していく。
戻すディスクのタイトルを見る。『沈黙の迷宮』だ……。
さっき水晶球でチラ見した、僕の世界にはない方の沈黙シリーズだ。オールバックの剣士が装備を投げ捨てて素手でモンスターなぎ倒してたやつだ。この俳優さんも若干似てるんだよな……。
うわっ、ていうかアクションの棚にいっぱい沈黙シリーズがある! 『沈黙の城塞』とか『沈黙の湖畔』とかある。
『沈黙の城塞』って本家のシリーズにもなかったっけ? それは要塞だったかな?
「あっ、『沈黙の迷宮』! ちょうどよかったそれ借ります!」
勇者見習いのユーベラルさんが、僕が石版を戻したばかりの映魔導書に、手を伸ばしてきた。
「あ、これですか? これ……面白いですか?」
「面白いも何も、わたしこの人に憧れてるんですよ。だから色々見てるんですよね。チンメイはまだ見てなかったから、これにしよーっと」
「略称があるぐらいメジャータイトルなんだ」
そしてこのすごく強そうなオールバックの人に憧れてるんだ、ユーベラルさん。
勇者ならではなのかな……?
「これも勇者候補同士の、何かの縁ってことで。今日はあなたが持ってきてくれた、この映魔を借りていきます! 見たら感想お伝えしますね!」
笑いながらユーベラルさんはカウンターに向かっていった。あのコミュ力の高さも、勇者の特権なのかなあ……。
そんな僕の返却カゴを覗いている男性が、いつの間にかひとりいる。片手にフラスコを持っている、学者っぽい印象の男性だ。
「あのー、借りたい映魔が帰ってきてるか知りたいんですけど」
「あ、はい! なんでしょうか」
「『キャッスル・シャーク2』です」
「『キャッスル・シャーク2』ですか!?」
ダメだ、不意をつかれてめちゃくちゃ笑いそうになってしまった。お仕事中なのでこらえた。
異世界にもサメ映画あるんだ。いや、サメ映魔?
キャッスルに出るんだ、サメ。
2なんだ……続編なんだ……。
「僕が持ってるカゴの方には入ってないですね。カウンターに返却されてるかもしれないので、そちらで確認してみますね」
カウンターに戻ってくる僕。勇者候補の女の子が、さっきのチンメイ(沈黙の迷宮)を借りて帰るところだった。
ベアードさんに『キャッスル・シャーク2』のことを聞くと、水晶球をいじって何か調べたあとで、「まだ戻ってきてない」と教えてくれた。
フラスコを持った人は「そうですか……」と肩を落として店を出ていった。
お客さんが去ったところで、ベアードさんが僕に言う。
「順調そうだね」
「はい、棚に戻すのは慣れてるのですぐできますね。お客さんと話し込んじゃって作業遅れてて、すみません」
「いいよ。むしろアリ。お客さんと話すのは任せる」
言葉少なに告げるベアードさん。ユーベラルさんと話していた僕に、嫌味で言っている風でもなさそうだ。
接客があまり得意じゃないタイプなのかな……? 僕と話している間もあまり喋りたくなさそうにしていて、何か嫌がられることをしちゃったのかなって思ってたけど。
普通に口下手なのかもしれない。
「あと、追加でこれも棚に戻しといて」
そうだった、棚への返却作業の途中だった。映魔ディスクを入れていたバスケットに、5本ほどヤクザ映画が追加される。
えっ? ヤクザ映画あるのこの世界。映画じゃなくて映魔だけど。
しかも5本とも違う作品なんだけど。『ゴブリン仁義』『極道魔道士』『静かなるオーク』『静かなるオーク8』『真ゴブリン仁義』どれもそれっぽい!
「こんなにあるんですかヤクザもの……? え? この世界で流行ってるんですかこれ?」
「ぷっ」
ベアードさんが小さく吹き出す。この人の表情がまともに変化したのを、初めて見た気がする。
すぐに真顔に戻ったベアードさん、カウンターを出てすぐ脇にある棚を、スッと指差す。
何かと思って指の先を追っていくと、そこには『ヤクザ映魔』とジャンル名が書かれた棚が、バーンとひとつ置かれている。
「カウンター横の目立つところにこの棚があるってことは……このお店のイチオシなんですかこれ?」
「タツヤくん賢いね。そうだよ」
肯定の言葉を返してくれるベアードさん。
ま、まあまあ。レンタルビデオ屋って言えばVシネマが覇権だった時代もあるわけだし。ある程度はわからなくもないけど。
こんなに無数のタイトルが作られるほど異世界にもいっぱいあって、店のイチオシになってるなんて。
カウンターの目の前が新作映魔、カウンター脇がヤクザ映魔。これがこのお店の、鉄板の布陣なのか。
「ヤクザ映魔は人気商品だから。優先して戻しといて」
「そうですね。人気あるなら早くしないと」
言われるままにヤクザ映魔を棚に戻していく僕。
改めてタイトルを眺めていると笑い出しそうになる。『静かなるオーク』の何作目をどの魔導書に戻せばいいのかに、気を使う日が来るとは思わなかった。
映魔導書の表紙はどれも代わり映えのしない、スーツにサングラスのオーク。
「ぶふっ!」
我慢の限界だった。仕事中に吹き出してしまった。ごめんなさい。
笑いをこらえている僕の横を、めちゃくちゃ光っている人が通り過ぎていく。
……今度は何……?
光りすぎていて人かどうかもよくわからないが、ぼんやりと人の形をした塊といった感じ。驚いている間に、横をスーッと抜けていった。
今のもお客さんなのかな……? まあいいや、おかげで笑いが収まったから、仕事をしよう。
お店の一等地にあるヤクザ映魔の棚に作品を戻して、沈黙シリーズのあるアクション映魔の棚にも戻して、後は手元に残ってるのは『十二人の不敵な冒険者』というタイトルの映魔。ドラマかなこれ。陪審員制度の話なんじゃないかこれ……?
ってことはだいたい店の奥まったところだよね。成人向けとはまた別方向のはずだから、お店の右奥……あったあった。
地味目の作品とか名作系とか、カルト系とかが集まってる場所だ。レンタルの回転があまり良くないから隅っこに置かれがちだよね、こういう棚。
やはりというかこのコーナーは人気も少ない。ひとりだけ、男の子が座り込んで映魔導書を眺め、あらすじをひとつひとつ読んでいた。
青白い肌に赤い目の少年。ぐるぐると巻いたねじれ角が、頭に生えている。年齢は僕よりもずっと若そう。中学生ぐらいかな。この世界に中学生いないだろうけど。
男の子は僕を一瞥して、こう言った。
「転生者か……」
こちらに話しかけているようでもなくて、独り言っぽかったので、それに対して僕は答えなかった。
青白い肌の少年はスタスタと歩み去り、店から出ていってしまう。
……今の、僕が良くなかったのかな。お客さんに悪い事してなきゃいいけど。後でクレームが来たら面倒だし……。
なんて考えていた僕の耳に、まさしくクレームらしき叫びが届く。カウンターの方からだ。
「だーかーらぁ! 貸せっつってんだヨ!!」
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