第5話 熊猫は眠らない
突然の蛇で出鼻をくじかれたものの、そこからのシュライフさんの説明は、概ね予想通りだった。
レンタル可能な石版が映魔導書に挟まれて棚に入ってるので、それをお客さんが選んで持ってきたら、会員証と一緒に蛇でピッてやる。会員情報と商品情報が水晶球に映る。水晶球はカウンター内にあってお客さんには見えないっていうのは、普通のレジと同じ。
何泊借りるか聞いて、その分のお金をもらって、袋に入れてお渡し。僕にとってはおなじみもおなじみのやつだ。
「説明ばかりもなんですし、そろそろ実際のお仕事をしていただいても良さそうな段階ですが……その前に休憩を取りますか」
「僕だったらまだ、休まなくてもいけますよ?」
「まあまあそう言わず。夜も長いですし、一旦休んでください。十分後にお呼びしますんで」
カウンター内の脇の、小スペースに座らされた。お客さんからは見えない奥まった場所だが、僕の視点からはレジなどのカウンター内が見渡せる。
お茶とお菓子もシュライフさんに差し出された。今の僕、すごくお客さん待遇だな……。
シュライフさんの方はと言うと、カウンターから出てどこかに行ってしまった。その間のレジは、もうひとりの知らない人が立っている。
小麦色に焼けた肌の、すごく顔立ちが整った男の人だ。何故か上半身が裸なので、焼けた肌が余計に目立つ。耳が尖っている。いわゆる……エルフかなこの人。
「タツヤくんだっけ?」
エルフっぽい人が声をかけてきた。
「あ、はい! タツヤですはじめまして」
「俺、ベアード。今日バイト俺らだから」
ベアードさんって言うんだ。
僕がシュライフさんに教わったり、話し込んだりしている間も、お客さんはちょくちょく来ていた。その時間にひとりでレジを努めていたのが、このベアードさんだった。
「あ、さっきはあり……」
「いらっしゃいませー」
僕が話しかけようとすると、割り込むようにお客さんが来た。
ベアードさんは僕の方を見向きもせずお客さんに挨拶し、手渡された映魔のレンタル処理をこなしていく。
ひと仕事終えて「ありがとうございましたー」とお客さんを見送った後、流し目でこっちを見るベアードさん。
「……さっきは、何」
「え?」
「なんか言いかけてたでしょ。『さっきは』って」
「あ、さっきは……僕とシュライフさんが話している間、ひとりでお仕事やっててもらって、ありがとうございます。って言おうとして……」
「別に。仕事だし」
それはそう。
なので話はそこで打ち切られた。
ベアードさん、シュライフさんとは真逆に物静かで……キリッとしたまま動じない人だな。無言の休憩時間が続く……。
無言でもなんとなく間が持つ感じ、芸能人並みのあの容姿が効いているのかもしれない。いるだけで絵になるのすごい。さすがエルフ。本当にエルフなのかどうかは知らない。
「エルフなんですか?」とか、「なんで上半身裸なんですか?」とか、正直ベアードさんに聞きたいことはいくつかあったけど、初対面で聞いていいのかわからない質問ばかりだ。人種とか服装とか、この距離感で聞くことじゃない。
考えた末に、「ここのバイト長いんですか」という非常に無難な質問を思いついたところで、僕の休憩時間は終わった。
休憩途中で気づいた。タイムカードのところの変な文字盤が、時計になっているっぽい。お店のチートのおかげでそれが僕にも読めたので、十分経過したのがわかった形だ。
「えっと、休憩終わりましたベアードさん」
「ん。じゃあこれ」
ベアードさんは籐製のバスケットを渡してくる。
中には映魔ディスクが何枚か入っている。
「棚への返却作業ですか?」
「あ、マジ? 見ただけでわかんのさすがだね」
レンタルビデオ屋では、お客さんから戻ってきた商品はレジで返却処理をしたあと一旦カウンター内に置かれ、その後お客さんが手に取れる方の棚に戻しに行く。
店員が棚に戻しに行かないと、その商品はレンタル中扱いになってしまい、お客さんは借りたい商品を借りられずに帰ってしまう。だから棚に戻しに行くならなるべく早い方がいい。
とはいえ、レジが忙しいときなんかは戻しに行くヒマもない。店員が少ないお店の場合は、タイミングを狙って少しずつやらないといけない作業だ。
今がちょうどそのタイミングだとベアードさんは思ったんだろう。レンタルビデオ屋で働いていた経験がある僕も、これぐらいのヒマさのときにやるのがいいかなと感じる。
それにこの作業、バイト初日とかによくやらされるんだよね。レジ打ちは複雑だしお金を扱うことになるけど、棚に商品を戻しに行くだけなら簡単だし、お店のどこになんの映画――この世界だと映魔か――が置いてあるのかも同時に覚えられるし。
しかし改めてこの作業、今の動画配信の時代に追いつけていないなと感じる。
ただでさえ「他人がレンタルしているとその作品を見られない」というのが配信サービスには存在しないのに、返却された商品を店員が棚に入れに行かないと、返却されたことすらお客さんには伝わらないなんて。
だけどこの作業のアナログ感、嫌いじゃないんだよね。
見たい作品が借りられない、と思ったらちょうど戻ってきて借りられる! ってなったときのあの嬉しさ、なんか独特。
「では戻してきますね」
「よろしく」
バスケットを片手にカウンターを出て、僕はこの映魔レンタルショップの店内を散策する形になった。まともに店内を一周するのはこれが初めてだ。
とは言え全体の印象は「ここはダンジョンなんだだな」という感じから特に変わりはなかった。
いかにも地下っぽい石造りの壁、床、天井。天井からは光が放たれていて、店内を照らしている。油とかが燃える匂いや音もしないので、ランタンや松明の明かりではなさそう。魔法か何かなのかな。
そんなダンジョン丸出しの内装で、並んでいるのはおなじみの棚。
その棚に映魔導書がたくさん並んでいて、ジャンル区分の「アクション」とか「サスペンス」とかのPOPみたいなのも入っているし、お店自体にかかっている翻訳チートのおかげで僕にもそれらが読める。
読めるせいで「ダンジョンにビデオ屋の棚がある」っていう違和感が一層すごい。
カウンターから見て左奥、店内の最奥部にはピンク色のカーテンがかけられていて、「成人向け」と書かれている。
もう本当にどこをとってもおなじみの配置であり、でもテクスチャーが異世界っぽく置き換えられているので、奇妙な夢みたいな光景だ。蛇でピッてやるやつとか最たるもの。
あれ、正直一回やってみたい。後でやらせてもらおう。
そうやって店内を眺めていると、大きな両手剣を背負っているメガネの女の子が「アクション」の棚の前にいた。
店内のお客さんはみんな異世界然としていて、「コスプレショップみたいだ……」というのが僕の印象だった。この女の子は武器とのギャップから、特にコスプレっぽく見える。
「あれ? 転生者の方ですか?」
大剣にメガネの女の子が、僕に話しかけてきた。
「あ、はい。そうです……。転生っていうか、さっき呼び出された感じで」
「へー! 珍しい! じゃあ勇者候補ってことなんですかねー」
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