第4話 店と蛇
「やはり既にシステムを理解しているバイトは稀有で代えがたい人材です! これは先行きが明るいですよぉ~!」
「僕のアルバイト知識程度でお役に立てそうであれば、こちらとしても嬉しいです」
「超基本であるレンタルの概念が、もうそこまでわかっているのであれば! 実際のレンタルの仕方についても、説明しておいてもよろしいでしょうか、タツヤくん?」
「あ、はい。レジ作業とかですか? ……レジスターらしいものがカウンター内にないですけど」
「お客様がお持ちになった映魔などの情報は、この水晶球に映し出されますよ」
「水晶球!?」
言われてみるとレジに当たる場所にはヴェールがあり、ヴェールの奥には台座に置かれた水晶球がある。水晶球には文字と映像が浮かび上がっている。
『沈黙の迷宮』というタイトルらしき文字に、オールバックの屈強な剣闘士。剣を投げ捨てて、素手でモンスターをばったばったと投げ倒している動画が流れている。
「これ沈黙シリーズじゃないですか!?」
「おや、沈黙シリーズをご存知なんですか! さすがは人気シリーズ。向こうの世界でも有名なんでしょうかね」
「いや……こんなファンタジーっぽい作品はシリーズになかったはずなので、よく似た違う作品だと思いますけど……。僕の知ってる沈黙シリーズじゃないですねこれ……」
「ふむふむ。始祖のチートスキルと同時にこの世界に誕生した映魔は、タツヤくんの世界のものを参考にして作られたらしいので、似たものがあるのかもしれませんね」
「ローカライズみたいなものですか」
まさか異世界で新種の沈黙シリーズに出会うと思わなかった。
俳優さんも似てるけど違う人だし、別物なんだなーこれ……。レンタルビデオにありがちな、パチモノ映画みたいに見えちゃう。ファーミネーターとかああいうやつ。
ファーミネーターは猫の毛を取るやつか。映画じゃないや。
「……あれ? っていうかすごく今更な質問をいいですか、シュライフさん」
「なんでしょう? 積極的な質問は歓迎しますよっ」
「僕はどうして皆さんと言葉が通じているんでしょう……?」
あまりに自然に会話が成立しているので、気づいていなかった。
しかも「異世界なのにみんな日本語で喋っている! ご都合主義だな~」という感じでもない。違和感を覚えると同時に、みんなの口の動きが日本語の印象と若干ズレているのもわかってきた。なんだか吹き替え映画っぽい。
そしてこのおかしさに気付かされた一番の理由は、映魔や水晶球に出てくる文字を僕が読めていることだ。
これは明らかに日本語じゃない文字列で、おそらく英語とかでもない。知らない言語で書かれている。でも読めている。
「言葉に関しては、これもチートスキルのおかげですね。このお店全体に言語翻訳の魔法がかかっているので、実際に話している言葉や書かれている言葉を知らなくても、タツヤくんには翻訳して見えているはずです」
「あー、なるほど。そういう理由だったんですか……」
「立地的にも様々な種族が行き交いますからね、このお店は。みなさんがお話しやすいようにチートで配慮されているんですよ」
「あれ? じゃあここで映魔を借りて行っても、自宅で再生したら言葉がわからなくなって見れなくなる……なんてことありませんか?」
「お店にかかっているチートスキルの範囲から出ちゃいますもんね~。でもご安心を。映魔にはそれぞれ、この一帯の共通語に合わせて字幕版と吹替版が用意してありますから」
「字幕と吹き替え!」
シュライフさんと話しているその横で、カウンターに来たドワーフのお客さんが「いやーこの前借りた映魔、字幕と吹き替え間違えちゃったよ」と話している。「でも吹き替えも臨場感があって悪くなかったね」とも。
棚を物色するお客さんやタイムカードに続いて、レンタルビデオ屋日常風景、またも遭遇……! あ、あるある……! お客さんとのこの会話……!
おののく僕。シュライフさんは話を続ける。
「ちなみにこの、映魔が記録された石版の入った本は、映魔導書と言います」
「映魔導書! かっこいい名前ですね」
「その作品が字幕か吹き替えかは映魔導書に記入されているので、レンタルや返却の際に同じタイトルの字幕と吹き替えを間違えないように、よく読んで下さいね」
「それもめちゃくちゃよくあるパターンのやつですね。注意しておきます」
現世でのアルバイトを思い出して、うなずく僕。
そうそう。DVDパッケージの中に、違う石版を入れちゃうミスってよくあるんだよね。
……石版……?
映魔導書っていう心躍る言葉が出てきたからスルーしたけど、このディスク、石で出来てるんだな……? 石版なんだこの世界のDVD。
再生装置が木製で、ディスクが石製。なんとなく環境に良さそう。
どういうシステムで動いてるんだろうこれ。チートと魔法で動いてるんだろうな。考えるだけ無駄な気がする。
「他に特に気になることがなければ、話を進めてしまっても大丈夫でしょうか?」
「あ、すみません! 僕が驚いてばっかりで話が進まないですよね。気をつけて控えめにします」
「いえいえ、わからないことがたくさんあるのは当然のことですし、常識の違いで驚くのも仕方ないですよ。なにせ初出勤ですからね!」
「初異世界ですしね……」
「タツヤくんにとってはあれもこれも、初めてづくしですね~。それでですね、話を戻しますと。映魔導書に書かれている文字を、この
シュライフさんがカウンターから蛇の頭をつかんで映魔導書を読み取った。
ピッ。
「カウンターに蛇いますよシュライフさん!?」
「ええ、
「いやいやいや。いないです。だってレンタルに蛇は必要ないじゃないですか。怖いし」
「もちろん、毒はないですからね~」
「いやいやいや。毒とかそういうことじゃなくてですね。そんなバーコード読み取るやつみたいな感覚で、蛇でピッてやられても……」
話しながら僕は「まさか」と思い、シュライフさんが頭を握っている蛇の体の方、するーっと伸びている蛇腹の行く先に、視線を伸ばした。
カウンターからレジまで蛇の体が伸びていって、そこでぐるりとトグロを巻いていて、そのトグロの上には水晶球が載っている。水晶球には先程に同じく、今ピッてやった映魔のタイトルが出てる。
この蛇……「バーコード読み取るやつみたいなの」じゃない……。まさしく「バーコード読み取るやつ」だ……!! ピッって言ったし。
え、まさかピット器官で読み取ってるのかな?
石版のディスクといい、木製の再生装置といい、水晶球に映るレジ情報といい、蛇でピッてやって読み込むシステムといい。全体としてはレンタルビデオ屋っぽいのに、本来あるべきものの相当品が中途半端にファンタジックで面白すぎる。
なんだこの、店主の特殊なこだわりみたいなの。コンセプトカフェか?
「あの……シュライフさん……」
「どうしましたタツヤくん? 蛇……お嫌いでしたか? まさかもう、辞めたくなっちゃいましたか? 蛇が嫌いな人も多いですもんね……」
「いえ、あの……。蛇は少し怖いけど嫌いではないです。それに僕の世界にはこの、ピッてやる蛇はいないですけど、似たような感じのピッてやる機械があるので、だいたいどう扱うかはわかります」
「それは良かった~! いやはや、さすがさすがの選ばれしタツヤくんですね~!」
喜ぶシュライフさん。
バーコード読み取るやつの感覚で蛇をピッとやるのは、すぐには無理かもしれないけど、ここでは普通のことみたいだし、慣れよう。幸いおとなしそうな蛇だし。
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