第3話 ワンダとプコと怪しい客ら
シュライフさんの面接を受けていたこの小部屋には、窓もなく外も見えなかったが、ドアを出た先でもその景色は変わらなかった。天井が低く、石壁に囲まれていて、若干カビ臭い。
おそらくこの一帯は地下、シュライフさんの言葉に従うなら
小部屋から伸びる通路は二本、一本は長く続いていて先がよく見えない。もう一本は目の前ですぐ行き止まりになっていて、扉がある。先程の小部屋のドアに比べると豪華な両開きの扉。これをくぐって中に入ると――。
約一店舗分の広さに等間隔で並べられた、見覚えのある棚。棚にはびっしりと羊皮紙装丁の書物が敷き詰められている。
そのひとつひとつを引き抜くと、見た目は魔法書然とした趣きなのにパカッと開いて、中にディスク。さっきも見せてもらった映魔のディスクだ。
そんな映魔パッケージを棚から取って眺めている人たちも、わらわらといる。剣を携えた冒険者風の女性、背の低いヒゲモジャのおじさん、フラスコを持ってうろついている人、ひたひたと前かがみに歩く小鬼っぽいの。
これは……みんな……映魔を借りに来たお客さんなのか……? モンスターみたいなのもいるけど……?
カウンターの向こうには、大きすぎて天井に頭が届いてしまっている巨人がいる。エプロンを付けていて、「一泊でよろしいですか?」とお客さんに聞いている。この様子だとこの人は店員さんだ。
すごい。全体の作りはダンジョンだし、いる人はみんな異世界全開だし、だけどやっていることは僕にとって見覚えしかないことだらけだ。
ここは……異世界のレンタルビデオショップなんだ……! いまどきこんな実店舗も減っているっていうのに、異世界に存在してたなんて。
「タツヤくんはアルバイトなので、こちらにお越しを」
シュライフさんが僕を手招きしながら、カウンターの内側に入っていく。横には先程の巨人。このでっかい人、髪がぼうぼうで顔が隠れて表情がよく見えない。
シュライフさんと並んだ姿は、絵面的には巨人を護衛に付けた老魔道士といったふうなんだけど、でっかい人が口にした「副店長おつかれっす」の挨拶で、お店感がぐっと増した。
「ではここからは我々、遅番が引き継ぎますんで。ワンダくんとプコさんはタイムカード切っておいてください」
「はーい」
長い髪の巨人がエプロンを外しながら、のしのしとタイムカードを切りに行く。タイムカードまであるの?
レンタルビデオ屋を成立させるチートで、こういうのひとしきり再現されちゃってるんだろうか。
巨人の後ろからは、ちょこまかと小さな女の子がついてきていた。一見すると子どものようだけど、ここまでの流れからするとたぶんそうじゃない。小人族の女性ってやつかな。
(今のところ想像によると)小人族の、その小さな女の子は、僕に向かって話しかけてきた。
「君がタツヤくん? 始祖が予言したっていうあのタツヤくん?」
「あ、はい……。僕もよくわからないんですが、シュライフさんからはそう聞きました」
「なんだかうちの弟に似てるわ。すっかり身内気分! あたしプコっていうのよろしくね」
僕より視点がずいぶん低い女の子に、弟みたいって言われてしまった。プコさんって言うんだ。
「ついでに言うとくと、わいは巨人族のワンダ。ついでのついでに言うとくとやな、プコ。タイムカードも一緒に切っといたで」
「ワンダさんありがとー。こっちはね、あたしの弟のタツヤくんよ」
「いやいや種族! 家庭環境複雑やな!」
「えっと、弟ではないけどタツヤです」
「いや、君が弟でないのはわかってるよ? 真面目やな~タツヤくん。訂正していくな~」
巨人の方はワンダさんと言うらしい。意外にめちゃくちゃ喋る人だ。
そうだよね、客商売だもんねこのお店ね。でっかいごっつい巨人だけど用心棒とかではなくて、僕と同じアルバイトなんだろうな。
そんな感じで名前を教えてもらったばかりの、プコさんとワンダさんのちっちゃいでっかいコンビ。とても覚えやすくてお話しやすい二人だったけれど、僕やシュライフさんと交代の時間だったみたいで、そのまま店を出て帰ってしまう。
タイムカードといい、交代シフトの概念もあるんだなこのお店。完全にビデオ屋だよこれ……。
「お客さんも今は少ないようなので、ちょうどいいですね。お仕事内容を軽く研修していきましょうか」
「よろしくお願いします、シュライフさん……あ、副店長ってお呼びしたほうが……?」
「シュライフで結構ですよ」
「わかりました、シュライフさん」
「本日タツヤくんはバイト初日なので、困ることも多いと思います。ですがわたしが懇切丁寧に教えますので! お仕事自体は無理でも、今日は流れだけ、なんとか……なんとかつかんでいただければと……!」
とても下から目線でシュライフさんが言う。ただの新人バイトに対して腰が低すぎる気もする。たぶんいい人なんだろうなと思う。
あとおそらく、心配性。胃をさすりさすり、こんな事を言う。
「流れすら全くつかめずタツヤくんに初日で辞められてしまうと、始祖の予言通りに出来なかったことの責任が、重くのしかかりますからね……。いや、立場的にわたしが責任を取るのはいいんですよ? とはいえ、ここで失敗は許されないというプレッシャーが胃に、どうしてもですね……」
「そんな気に病まないでください。流れぐらいなら僕、ざっくりわかりましたよ。お客さんが棚から映魔を持ってきて、カウンターで受け取ってレンタル処理をしてお渡しする感じですよね? あとは返却された映魔を棚に戻しに行く……とかですか?」
僕の言ったことに対してシュライフさんが、「えっ!」と目をむいて驚く。
「そっ、そんな……えええっ!? も、もうそこまで流れがつかめているんですか?」
「またそんな大げさなリアクション、やめてくださいよ。レンタルビデオ屋でバイト経験があるから、だいたいわかるだけですって」
「な、なんてことだ……! これはとんでもない逸材が当店に入りましたよ……? 異世界転移者特有の『何を驚いているんだ? 俺は今レンタルビデオを理解しただけだが……?』みたいなやつですかねこれ、タツヤくん!」
「だから大げさですってば」
「いいえ、大げさではありませんよ! このお店のバイトに来る人は、知恵に優れた異種族や賢者でも、チートに守られたこの店特有の『映魔レンタルショップ』という概念を理解するだけで一ヶ月はかかるんです」
「一ヶ月も!?」
今度はこっちが大リアクションで驚いてしまった。概念を理解するだけでそんなに?
……あー、でも……。映魔がどうこうは置いとくとしても、レンタルや返却とかの概念は、ある程度は現代寄りの世界じゃないと成立しにくいのかもしれない。
剣と魔法のファンタジー世界にレンタルショップがそもそもある気がしない。お金の貸し借りなんかが、せいぜいなのかなあ。エクスカリバーレンタルショップとか、成立させられないんだろうし。
そう考えると、僕の態度が異世界転移者しぐさになっていたっていうのもうなずけるかも。僕にとってはなんてことのない常識でも、この異世界では身につけるだけで時間が必要で、免許や資格のような扱いになっているとしたら。
僕がやったことは、「ざっと見ただけで
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