第11話 未知めの遭遇

「身分証明証はございますでしょうか」


 休憩で立ち去ったエルフと蛮族の男女はさておき、シュライフさんは入会手続きを始めている。

 僕の方をちらりと見たのは、「この手続きを見ておいてくださいね」という意味合いなんだと思う。仕事ぶりを見て盗めっていうやつ。

 職人技でもなんでもないレンタルビデオ屋のバイト作業だから、そんなかしこまったものでもないけど。やり方を一見すれば、ビデオ屋経験のある僕になら概ね伝わるだろうという、信頼感の現れなのかも。


「身分の証明か……。この騎士たる佇まいこそが身分の証明となりえるかな?」


 小人の騎士がそんな事を言い、鎧を見せつける。さすがに無理がある気がする。

 シュライフさんも「申し訳ございません……」と返答しているので、やっぱりこんなあやふやな証明だとダメなんだろう。


「申し訳ございませんお客様……。その佇まいで、騎士でおられることの証明にはなるのですが」

「うむ」


 えっ、騎士だってことの証明にはなってるんだ。騎士っぽい佇まいで?

 鎧についてるエンブレムっていうか、あのレリーフみたいなやつで騎士の証明になってるのかな。武士の家紋っぽいし。


「住所のわかる身分証明書が必要となっておりまして」

「うむ」


 住所のわかる身分証明書? いやいやいや。まあそれはそうなんだけど。

 レンタルで入会するときに必要なのは、その人の住所などの個人情報だから。身分証明書で必要な欄も、住所欄ではあるんだけれども。

 住所が記載された身分証明書は交付されてないでしょ。異世界だし。

 すると小人騎士の後ろに控えていた、彼の仲間。フードを目深にかぶった男性が、話に混ざってくる。


「魔術師ギルド証とかでいいですか?」

「はい、それでしたら問題ないですよ」


 シュライフさんが普通に受け入れた。魔術師ギルド証なら問題ないんだ!

 フードの人が取り出したタロットっぽいカードには、住所らしきものが記載されている。魔術師ギルドに入ると、住所が記入された証明書が発行されるってこと……? ギルドって僕が思ってたより現代社会っぽいんだな……?

 驚いたり感心したりしている間に、入会手続きは進んでいく。結局、小人の騎士は住所がわかる証明書の手持ちがないので、フードの人が魔術師ギルド証で入会することにしたらしい。

 借りた映魔を、後でパーティーみんなで見るっぽいようなことを話している。別の意味でウォッチパーティーだ。

 ダンジョンに潜った冒険者がお宝として、レンタルした作品を持ち帰って見るの、なんかいいな。楽しそう。


「では身分証明書はコピーを取らせていただきますので、その間に入会用の書類に、記入をお願いできますか?」


 名前や住所や連絡先などの各項目を埋めるだけの羊皮紙が、羽ペンと同時にお客さんに手渡される。

 これもレンタルビデオ屋で働いていたときに毎日のように見たやつだ。僕の世界では普通の紙にボールペンだったやつが、羊皮紙と羽ペンに。

 細かいところがファンタジックに置き換えられてるんだよなー。


「……あれ?」

「どうしましたタツヤくん?」


 僕がふと疑問の言葉を口にしたのは、目の前の入会手続きで気になったことがあったからじゃない。

 いや、気になることはいくつもあるけど。住所が記載された魔術師ギルド証とか。そんなのは蛇でピッの段階で通り過ぎたレベルだから、今はもういいとして。

 お店の奥でお客さんが、こちらに手招きしているのを見たのだった。今日のお仕事中に一度横を通りすがられた、めちゃくちゃ光ってる人型のお客さん。

 光りすぎてて顔がわからないから、あのとき通りすがった人と同じ人なのかは僕には判別できない。


「あの、お客さんが呼んでるみたいなんです。奥の方で手招きしてて。たぶん僕がさっきすれ違った人ですね」

「おや。何のご用件でしょうね」

「聞いてきますよ。シュライフさんは今、手が離せないでしょうし」

「おお~、助かります! よろしくお願いしますね。わからないことだったら呼んでください!」


 入会手続きをしているシュライフさん、光っている人に呼ばれた僕、スケルトンの親玉を見に行ったベアードさん。

 気づけばダンジョン内で三人とも別行動だ。これがホラーだったら「なんで別行動するんだよ~! 犠牲者が増えるだろ~!」と言いながらポテチをかじるところだ。ここはお店だから別行動しても大丈夫だけど。

 奥から2番めの棚のあたりで、光っている人は僕を待っていた。棚にある映魔導書を指さしているので、これについてなにか言いたいことがあるっぽい。


「お呼びになりました? どういったご用件でしょうか」

「~~~~~~~。~~~。~~~~~~~~~」

「え? あれ?」

「~~~~~」


 光っている人、僕に何かを言っているはずなのに、聞き取れない。

 なんとなく光り方に応じて、「ぱぁああああ」とか「コァアアアア」とか鳴っているような気はすれど、本当に鳴っているのかすらよくわからないし、言葉として僕の耳に入ってこない。

 レンタルビデオ屋を成立させる始祖のチートのおかげで、このお店の中では翻訳が自動的に行われ、異種族やモンスターでも話が通じるし映魔導書も読める。そうシュライフさんには教わったし、今までもそうだった。

 なんでこの人だけ言葉が通じないんだろ。


「え、えくすきゅーずみー。にーはお」

「~~~~~~~。~~」


 試しに日本語以外で話しかけてみても、変化はなさそう。

 これで流暢に英語や中国語で返されても、僕もこれ以上話せないから困りはする。むしろ通じなくてよかったまである。

 カウンターを遠目に見やると、シュライフさんは入会作業をまだ続けながら、別のお客さんのレンタル業務もやっているようだ。光ってるお客さんは僕が引き受けたのに、あの忙しそうなシュライフさんに早々に頼るのも忍びない。

 僕なりにできることはやってみよう。光っている人と身振り手振りで、コミュニケーションを試みてみた。


「~~~~~。~~~~」

「えっと、そのレンタル中の映魔が……?」

「~~~!」


 なんとなくたまに感情だけはわかる。喜びとか、軽い落胆とか。おそらく僕の推測があっているときは喜ばれて、外れたときは落胆されてるとかじゃないかな。

 言葉が通じない会話での、特有のやり取りになってきた。雰囲気と感情で読み取るしかない。接客業だとたまにこういう言語の壁は立ちふさがるけど、相手が何の言葉で話してるのか、言葉なのかどうかすらわからないのは初めてだ。

 そんな中でトライ&エラーを繰り返し、僕の推測はこうなった。この人が先程から示している映魔導書が、レンタル中で空っぽになっている。ミュージカル作品のようだ。これについて聞きたいらしい。


「レンタルしたいけど返ってきてない、みたいなことですかね?」

「~!」


 当たりの気配がする。この作品が何泊で借りられてるかを調べて、返ってくる日を教えてあげればいいのかな?

 さっきベアードさんが、常連君主ロードのレンタル状況を水晶球に出して見せてくれていた。僕の知ってるレンタルシステムなら、あれと同じようなことが可能なはずだ。

 延滞するかもしれないから確実な返却日は答えられなくても、推測して「何日後には返ってくるかもしれませんよ」と教えることはできる。


「えっと、ちょっと調べてきますね。返ってくる日がわかるかもしれないので」

「~~~~」

「場合によっては取り置きもできると思いますから」

「~~~~~~!」

「オイオイ……ずいぶんと御親切じゃねーかヨ……?」


 光っている人に伝わるかわからない伝言をして振り返ると、また別のお客さんから僕は声をかけられた。「ずいぶんと御親切じゃねーかヨ」というその声には、クレーマー特有の負の感情がこもっていた。

 まずこの人は、お客さんと言っていいんだろうか? 僕には見覚えがある。

 今日、入会を断られて怒って帰っていった、ゴブリンだ。

 たしかそう……このダンジョン内の暴力団の。

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