第2話 王子と謎のキノコ

王子がまたいなくなりました。どうせ森でしょうけどね。

王子が住む城は、森にかこまれています。森といっても、平坦な地形の中の森で、その一部を切り開いて城をつくりました。もちろん道も作りました。三代前の国王の時代と聞いていますが、そんな土地なので、城下町というのがありません。

ですので、王子が脱走しても、まず森に行く手を阻まれます。何はともあれ、森。

でもって、王子は森を抜けられません。軟弱なので。絨毯を敷いてあげなければ。

ということで、わたしは森に向かいました。

いましたいました、迷子になっているヘローン王子。まったく手がかかる。

「王子!」

「やあ、スチュワート。今日も元気そうだな」

「王子も元気そうですね。おもに脳みそが活発なようで」

「褒めるなよ!」

「恐縮です」

さて、帰りましょう、帰りましょう。王子、城へと帰りましょう。ところが王子は帰りません。

「王子!帰りますよ!」

「ぼくはまだ帰らないぞ」

「まだとは?」

「明日帰るかもしれないし、明後日に帰るかもしれない」

「なんですかそれは。王子らしくない」

「だってぼく、王子じゃないもん」

「はい?」

「ぼくは王子だけど、王子じゃないんだ」

どういうことでしょう?

「あのねえ、スチュアート。よく聞け。ぼくは王子だが、王子ではないのだ。なぜならば……」

なぜならば?

「なぜならば、この世界には二種類の人間がいるからだ。ひとつは、生まれながらにして王である者。そしてもうひとつは、王になりそこなった者だ。王は王であるがゆえに、王にならざるをえない運命にある。しかし、王になれなかった者は違う。王になるチャンスを失った人間は、その機会を再び得るために生きなければならない。だからぼくは生きることにしたのだ。たとえそれがどんなに短い期間であっても。ぼくの人生は一度きりなのだから。……そういうわけで、ぼくはこの森で暮らすことに決めた。以上だ」

なるほど、わからん。この王子、どうなってしまったのでしょうね。

まあ、いつものことではありますが。

それにしても困った。面倒になりましたね。放置して帰りたい。でも、こんなところに王子を置いていったら、きっと死んでしまうでしょうね。軟弱だから。

なんとか連れ帰ってあげたいところなんですが……。

わたしは考えました。すると突然ひらめきました。これだ。

わたしは鞄の中から小さな箱を取り出しました。これは、王子の宝物を入れるための箱です。わたしたちはこれを「ヘロヘロ宝箱」と呼んでいます。この中には、たとえば王子のお母さまの形見の指輪が入っています。とても高価なものです。そうなのです。王子はお母様を亡くしているのです。

さて、わたしはその宝箱を開けると、中から一冊の本を取り出させました。

『はじめての料理』という題の本です。王子は食いしん坊なのです。わたしたちの旅路は常に食料難との戦いでありまして、王子はまれに野宿をするのですが、そのときはだいたいこの本を眺めています。

王子はそれを手に取りますと、ぱらぱらとページをめくって、「うむうむ」とうなり声を上げ始めました。

「よし、決めたぞ!」

王子は本を閉じて立ち上がりました。

「今日からぼくは料理人になろうと思う! この世界で最高の料理人になってみせる! まずは、ここにいる生き物たちを食材として扱えなくてはならないだろうな。それが出来なければ話にならない。さっそく特訓開始だ。まずはウサギさんを捕まえるところから始めることにしよう。それからカメノテを採ってこよう。それから、キノコや山菜も採ってきて調理しなくては。それから……」

王子はそう言うと、意気揚々と森の中へ消えていきました。……こうして王子は料理人になったのです。

めでたしめでたし。

そんなバカな。……はぁ。何がおこっているのでしょうね。

「それではスチュワート。これを料理しようじゃないか」

そう言って王子が取り出したのは、紫色のキノコでした。

キノコかー。そう来たかー。

そういえば、この前もカンナビッビを食べようとしていましたっけ。こういうの食べたがる系なんですね。将来が心配ですね。従者として、正しい道に導かないといけないと、改めて心を決めました。

それなのに、王子は勝手に料理を始めます。

「さて、スチュワート。胡椒を持ってきてくれ」

「ありません」

「ちょっとまってくれよ、スティーブ」

「世界の料理ショーじゃないんですから、名前まちがえないでください」

「手厳しいな」

「クアトロですか」

らちがありません。王子の料理は進みます。紫キノコを薄くスライスして、木の実の油でささっと炒めます。そこに、塩と胡椒。って、胡椒持っているじゃないですか。

そこらで取ってきた葉っぱを敷いて、そこにキノコを盛り付けます。

「スチュワート、できたぞ」

「そうですか。どうぞ、めしあがってください」

「いやいや、スチュワート、食べるんだ」

「いやいやいやいや、王子。どうぞ召し上がれ」

「いやいやいやいやいやいや」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

話が進まんです。

わたしはため息をつくと、仕方なく毒味をしてみることにいたしました。だって仕方ないではありませんか。

なぜなら、わたしには毒が効かないからです。

恐る恐る一口食べてみると、これはなかなか美味しいではありませんか。野性味のある味わいです。それにしても、こんなところに生えているキノコにしては随分といいものを使っているようでございますね。

王子を見つめると、彼は嬉しそうな顔をしています。そして、こう言いました。

「ぼくたちは友達だからな!」

友達? 友達と言いましたか今?……なんてこったい。王子と友達になってしまいました。

わたしは、思わず天を仰ぎました。おかしな世界に乾杯です。

あー、なんか楽しくなってきましたなー。ヘロヘロ宝箱から次のものでも出してみましょうか。

ジャジャーン。

「花です」

「おお、見事だ。スチュワート、褒めてあげよう」

「ありがたきお言葉です、王子」

次です、ジャジャーン。

「鳩です」

「見事だ」

次です、ジャジャーン。

「絨毯です」

「赤いな」

「赤いですね。王子専用ですから」

それではこの絨毯を敷いていきましょう。

わたしはヘロヘロ宝箱から次々と絨毯を取り出して、森の地面に敷きはじめました。くいくいとくねりくねり、いい感じで道ができました。

「さあ、王子、帰りましょう」

「無理」

「なんでー」

「世界が虹色に見えるので」

キノコ以前の問題で、この人おかしくなっているんでしたっけ。一歩ずつ蹴る……いや、背中を押していかないといけませんね。

それでは、よっこいしょ。

「ふらふらー」

足を踏み出す先に、絨毯を並び替えます。よっこいしょ。

「ふらふらー」

絨毯並び替えて、よっこいしょ。

「ふらふらー」

よしよし、最後は城まで直線が続きます……って。直線の道をまっすぐに進めるはずはありません。この酩酊王子ったら。かといって、ぐにゃぐにゃと曲がった道を用意するには絨毯が足りません。

……ここは最後の手段ですね。わたしの毒無効化スキルを使って、王子の体に満ち満ちた謎の毒を消し去りましょう。

どうやって?

それはもう、あれです、直接吸い出すしかありません。

「王子、こちらを向いてください」

「ふらふらー」

「いいから、こっち向けよ、プリンス」

わたしは王子の顎をくいっと持ち上げて。

そして、そして。

ズギュゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!

王子は脳天に衝撃が走ったように、びくっとふるえ、体を硬直させました。固まった体は、機械のように両手両足をまっすぐに伸ばしたまま、歩行の動作をとったかと思うと、

ダッ!

城に向かって走り出して行きました。まっすぐです、まっすぐです。直線に敷かれた緋色の絨毯の上を、まっすぐに進んで行きます。

おおっと、城の門に突進していきました。

ちらりと振り返った時に見えた横顔は、少し赤く染まっていました。

王子ったら、乙女だったんですね。


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