第37話 あの日のこと
魔王軍幹部の力は人知を超えており、多くの人間が殺されてきた。
タケルですら苦戦を免れず、激しい戦いは大地や多くの建造物を破壊しながらの戦いとなる。
それは魔王城でも変わらず、魔王の間を守る最高幹部との戦いは激しさを増していく。
剣と魔術、どちらも最高峰の力をもった老魔族。
魔王を除けば間違いなく最強の魔族で、最盛期のタケルでも苦戦を免れない。
激しい戦いに柱や階段は破壊され、地面も陥没する。
そうして勝利を得たタケルは最後の戦いをするため、魔王の間へと歩いて行く。
――現代。
魔王城。
タケルの記憶からでは約4ヶ月年ぶりのそこは、微妙に過去の記憶と違う部分もあるが、ほぼそのまま残っていた。
見覚えのある光景にタケルが驚いていると、背後からカレンが疑問の声を上げる。
「……魔王城って、タケルがいた異世界の?」
「間違いありません。ここは魔王軍の最高幹部と戦った場所、なんですが……」
明らかにおかしい部分もある。
――戦った跡が全て直ってる?
激しい戦いの末勝利したが、それによって地面や階段、壁などはかなり破壊されたはず。
だが今は、タケルが侵入する前と同じ荘厳な雰囲気を保っている。
「……あんたが召喚された異世界だって証明されたわけか」
「……はい」
「ちっ、舐めた真似してくれるじゃない」
カレンは苛立ちげに舌打ちをしながら、警戒した様子で開かれた扉を見る。
ゲートのように半透明の黒い空間が渦巻いており、奥からかつて感じたことの無いほど、禍々しい気配を感じる。
「どうする? 断言するけど、あれ罠よ」
「そうだとしても……行くしかありません」
「……ま、そうよねぇ」
意を決して、二人はそのまま黒い渦へと入って行く。
タケルがゲートを潜った瞬間、少女の声が聞こえてくる。
――ようこそいらっしゃいました。
――
その言葉はタケルが異世界に来て、最初に聞いた言葉。
「エーデルワイ――っ⁉」
ゲートを通ると、玉座の座るカルミア。
そして傍に控える黒騎士、ライアー、スクナの三人。
「……お前はなんだ?」
「魔王、カルミア」
カルミアが嗤って言った瞬間、黒い魔力の圧が二人を襲う。
――こいつ……ヤバい⁉
カレンは、かつて感じたことのないほどの力を前に、思わず恐れてしまう。
だがタケルはむしろ冷静に、魔族を絶対に殺すという昏い瞳でカルミアを見つめる。
そしてカルミアと同等の魔力を持ってその黒い魔力を押し込み、四人を飲み込もうとする。
カルミアとタケル。二人の魔力がぶつかり合い、お互い緊迫した様子。
それによりカレンにかかっていた圧が解除され、息を整える。
「ふふ、かつての魔王と救世主の邂逅も、こんな感じだったのかしらね?」
カルミアは機嫌良さそうに笑顔を見せると圧力を消した。
それと示し合わせたようにタケルも圧力を消す。
「……」
「お名前を聞いてもいいかしら?」
「……タケル」
草薙とも、大和とも名乗らず、タケルは名前だけを告げる。
するとカルミアはなぜか親しい友人を見つめるように微笑みながらタケルを見つめた。
「懐かしいわね……私の父を殺した男と同じ名だわ」
「父?」
「ええ。先代魔王である父は、人類の救世主タケル・ヤマトに殺されたの」
「っ――⁉」
自らの名を告げられて、タケル、そして話を聞いていたカレンは思わず動揺してしまう。
その様子に、タケルの中に入っているのが救世主であると確信したカルミアは、さらに挑発をする。
「その後、彼は人類に処刑されたのだけど……貴方は理由を知っているのかしら?」
タケルの脳裏にフラッシュバックする記憶。
人類に裏切られて、処刑台で石を投げられ、罵声を浴びせられ、そして首を落とされ――。
「お前がなにを知っている⁉」
「救世主が処刑された後のことを」
そうしてカルミアは空中に過去の映像を浮かび上がらせる。
「知りたいなら、見せてあげるわ」
――いやぁぁぁぁ⁉
――な、なんで魔物の群れが⁉ 魔王はもう倒したんじゃなかったのかよ⁉
――助けて救世主様! お願いします! お願いします!
逃げ惑う王国の人々。
襲いかかる魔物の群れ。
そしてそれを率いるように先導する、カルミアとライアー、黒騎士の三人。
魔物たちが王国軍や住民を蹂躙していく。
『なぜこのタイミングで魔族が……ぐっ⁉』
その光景を処刑台から苦々しく見下ろしていた宰相の身体に、突如鎖が巻き付き拘束される。
そんな宰相にカルミアたちは近づいて行く。
『ごきげんよう、血が降り注ぐ良い天気ね』
『ふん……薄汚いドブネズミ共め。神聖なる王都を穢しよって』
宰相は拘束されてなお鋭い悪意のある眼光で魔族の面々を睨む。
周囲の人々は魔物に蹂躙されていく光景が広がってなお、その瞳には殺される直前とは思えないように冷静で、狂気が宿っていた。
『救世主を殺してくれた貴方には感謝しているのよ。おかげでようやく反撃が出来るのだもの』
カルミアは宰相の横で首がなく倒れているタケルを見る。
『でもどうして彼を殺す必要があったのかしら?」
『やつは異分子だ。魔王も死んだ今、この世界に必要ない――っぁ⁉』
その瞬間、宰相がまるで糸の切れたように力が抜ける。
そして顔を地面に落とし、ブツブツと虚ろな様子で言葉を紡ぐ。
『そう……魔族も、異世界の人間も……必要、ない……』
『……?』
『ないのだぁぁぁ!』
突然の変貌にカルミアが首を傾げていると、宰相はまるでなにかに取り憑かれたような様子から一転、勢いよく顔を上げて狂信者のように言葉を放つ。
『けひゃはははは! これからは、人と神の時代が来るのだからなぁ!』
瞳は見開かれ、目玉が前に出るほどの勢い。
醜く、まるで魔物の様な顔で宰相は狂ったように高笑いを始める。
『魔族は皆殺しだぁ! 滅びてしまえぇ!』
『……誰の仕業か知らないけど、哀れな操り人形だったわけね』
カルミアは意味深に言葉を言い放つと、黒騎士が前に出る。
『私たち魔族は、滅びないわ』
『無駄無駄ぁ! もはやこの流れは誰にも止められ――』
『やりなさい』
まるで宰相が救世主にしたように、カルミアは黒騎士にその首を落とさせる。
そして血の雨が降り注ぐ中、カルミアは宰相だった物に背を向けて、首の無いタケルを見つめるのであった。
「これは……」
自分が死んだあとすぐに起きた出来事だということは理解わかる。
しかしそれを頭が理解をすることを拒否しようとしていた。
映像を消したカルミアは、緊迫した表情のタケルに語りかける。
「救世主を召喚したアッシリア王国はこの日壊滅。そしてすぐ、魔族は人類に勝利したわ」
「……嘘だ」
「本当よ」
「あの場所にはエーデルワイスがいたはずだ! それにルキフェルも! 二人がいればそう簡単には――」
「ああ、聖女と王ね」
カルミアは三日月状に口を歪ませ嗤う。
「最後まで人間を守るために抵抗してたから、よく覚えてるわ」
「……あ、あぁぁ……」
それは、最後まで残っていた二人が殺されたことを示す言葉。
ほんのわずかな希望。それが打ち砕かれたタケルは、顔を伏せて地面に崩れる。
タケルが動かなくなり、手持ち無沙汰になったライアーは思い出したように一つのファイルを空間から取り出す。
「そういえば人間の施設で面白い物を見つけたんですよ」
ファイルを渡されたカルミアはタイトルを見て、クスッと笑う。
そして崩れるタケルを無視してファイルの中身を見始めた。
「しかしあの男もこれで終わりですかねぇ」
「……いいえ、これからよ」
ファイルから目を落としたまま、カルミアはそう呟く。
「……」
最初は静寂。
しかしそれは嵐の前の静けさでしかなかった。
「お前ら……」
どす黒い魔力が、タケルの中心から吹き荒れた。
「「「っ――⁉」」」
それは次第にピシピシと周囲の空間が音を立て始め、空間ごと軋ませる。
ライアーが、スクナが、黒騎士が。
これまでタケルを前にしても余裕を崩さず、ふざけた様子すら見せていた魔族の面々は、黒い魔力を宿したタケルに対して本当に脅威を感じて主を守る為にカルミアの前に立つ。
「タ、タケル……?」
近くに立っていたカレンも、同じ人間の魔力とは思えないタケル見て、恐れを感じた。
――なんて醜悪でドス黒い魔力……これが魔王様を殺した力ですか。
普段軽口しか叩かないライアーが真剣な表情でタケルを見て、そして隣に立って構えるスクナを見る。
――どんな戦いでも楽しむスクナちゃんが警戒して威嚇するなど、初めて見ますね。
まるで獣のように瞳を鋭くして呻き声を上げるスクナ。
黒騎士もカルミアを守るように立ち、剣を構える。
普段軽薄な笑みを引っ込め、真剣な表情のライアー。
カルミアだけは余裕のある表情でタケルを見つめていた。
そんな中、タケルが立ち上がり顔を上げる。
その表情は、憤怒そのもの。
「全員……殺してやる……」
他の三人と異なり、楽しげなカルミアが憤怒の表情をしたタケルを見ながら、そう呟く。
「さあ、来るわよ。魔王殺しの救世主が」
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【あとがき】
こちらは『漫画版』を原作者である私が集英社様の許可を得て『ノベライズ』している作品です。
そのため漫画の更新に合わせて投稿しますので、隔週『火曜日』更新となります。
漫画は【となりのヤングジャンプ】または【異世界ヤンジャン様】にて更新されますので、良ければそちらも是非読んでみてください。
詳しくは下記近況ノートで!
https://kakuyomu.jp/users/heisei007/news/16817330647516105256
※注意
こちらのお話では、ノベル限定の内容も含んでおりますが、漫画原作になにか影響を与えることはございません。
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