第36話 招待

 タケルとカレン。

 ライアーとスクナと黒騎士。

 それぞれが向き合った状態で、スクナはやる気満々だ。


「よーし! やるぞー!」


 そんな様子をタケルとカレンは睨みながら見ていた。


「あんた、あいつらのこと知ってるの?」

「魔族……人と同じ言語を操る、人類の敵です」

「へぇ、あれがねぇ……」


『魔族が……人に似た姿をしただけの残忍な化物だったからさ』

 

 カレンは五十嵐の言葉を思いだす。


 ――あ、スクナちゃんが怪我したら姫様が私を怒るのでほどほどにね。

 ――わかってるよー。


 カレンの目には、じゃれ合っている姿が化物というより、少し変わった見た目をした人間にしか見えなかった。

 だがそれで油断をするようなら、とっくに死んでいる。


「来ます!」


 そしてスクナが動き出す。

 弾丸のような速度で楽しそうに飛び出した。


「あははははー!  どーん! ……お?」


 飛び出した瞬間、小柄な彼女全体を覆い被るような黒い影。

 スクナが見上げると、天井からイフリートが隕石のように落ちてきて、ドーンと音と共に彼女を叩き潰す。


「えぇぇぇぇっ――ぶべっ!」

「まず一体」


 イフリートは潰しただけでは飽き足らず、そのまま何度も拳を振り落としてスクナに攻撃を続ける。

 それを一瞥したあと、冷たい瞳でカレンが動かないライアーと黒騎士を見るが、彼らに焦る様子は無い。

 むしろ余裕すら感じられて――。


「どかーん!」

「――っ⁉」


 炎の中からスクナの声が聞こえたと同時に凄まじい轟音が鳴る。

 イフリートが殴り飛ばされ、炎の塵となった。


「あはっ♪ いいねぇ! 熱いねぇ!」

 

 炎の中、多少焦げた跡があるものの、ほぼ無傷のスクナが嗤いながらゆっくりと近づいてくる。


「それじゃあ今度は、スクナの番!」


 スクナが飛び出してカレンのお腹を突き破る。

 と同時に蜃気楼のように彼女の身体が揺らめき、カレンの身体が炎の百合のように花開く。


「ほえ?」


 ――狐百合グロリオサ


 そして一気に燃え上がり、爆発が起きた。


「もう一発!」


 炎の蜃気楼に隠れてスクナをやり過ごしたカレンは、再びイフリートを召喚して、スクナを押し潰す。

 ほんの一瞬、スクナの動きを止め、その圧力から解放されたカレンが吐息を吐く。


 そんな彼女の心の隙を射貫くように、カレンの周囲に菱形の魔方陣が生まれ、鎖が飛び出した。


「っ――やっば⁉」


 だがそれは間に入ったタケルによって一瞬で全てを破壊される。

 ほぼ同時に、黒騎士が剣を振り上げながら飛び込んでくるが――。


「邪魔だ」


 ――フィジカルブースト


 タケルはブラッディオーガを射貫いたときのように力強く踏み込み、殴り飛ばした。


 黒騎士はライアーの横を通り、大型トラックに吹き飛ばされた人形のように扉の奥まで飛んでいく。


「カレンさん」

「なによ」


 背中合わせの状態でお互いの顔は見えない。

 油断なくそれぞれの敵から目を離さず、タケルはカレンに頼む。


「少しの間、あの魔族を抑えて貰ってもいいですか?」

「……あんたさ、私を誰だと思ってんの?」


 その言葉が自分を心配する言葉だと分かり、長らくそんなことのなかったカレンは思わず笑ってしまう。


「すぐ倒して私が加勢してあげるから、待ってなさい!」


 その言葉と同時にイフリートの攻撃が激しくなり、タケルは飛び出してライアーへと迫る。


「さぁて……」


 カレンは若干顔から冷や汗を流し、思わず頬を引き攣らせながら笑う。

 炎の中で激しい轟音。そして――。


「けほ、けほ……うー、あっつー……」


 イフリートを引き裂きながら炎の中から出てきたスクナが、大したダメージを受けた様子を見せなかったからだ。


「私の攻撃をあれだけ受けて無傷とか、どんな身体してんのよ」


 ――並の魔物だったら塵一つ残さない威力はあるってのに……。


 イフリートの直撃を二度も受けてこれは、カレンも戦ったことのないほどの頑丈さだ。


「化物め」

「本当はお兄ちゃんと遊びたかったけどぉ……」


 スクナは自分の身体に付いた煤を払いながら、カレンを見る。

 まるで新しい玩具を見つけたような、そんな表情だ。


「お姉ちゃんも強そうだから、先にこっちであーそぼっと!」

「はっ、上等! かかってきなさい!」


 かつてない強敵を前に、カレンは同格以上であろう敵を任せたタケルのことを思う。

 



 ――エリアルブースト。


 炎の剣を持って飛び出したタケルは、ライアーに狙いを定めて一気に加速する。

 ライアーがこの三人のリーダーであり、最初に仕留めるべきだと判断したからだ。


「ちっ!」

「……」


 だがそれは扉の奥からとてつもない勢いで飛び出し、間に入った黒騎士が剣で止める。

 背後のライアーは焦ることもなく、普段通りの表情でタケルに語りかける。

 

「いきなり首狙いとは穏やかじゃないですねー。ちょっとは話を聞こうとか思わないんですか?」

「魔族の言葉を聞くつもりはない」


 黒騎士を剣で突破しようとするが、とてつもない技量の持ち主でタケルも簡単には突破出来そうにない。

 なにより、黒騎士の剣に既視感があった。


 ――こいつ……。


 タケルと同じような剣術を使いながら何度も打ち合いが続く。


「食らえ」


 剣を交えたまま、黒騎士の至近距離からフレアバーストを放つ。

 吹き飛ばすつもりで放ったそれは、しかし黒騎士は一歩も引かずに受け止め、そのままタケルに突きを放ってきた。


「ちっ――⁉」


 躱したタケルは鎧を蹴り飛ばし、同時にすぐにライアーとの距離を詰めようと動いた。


 タケルの周囲の空中から菱形の魔方陣が浮かび上がると、そこから鎖が襲いかかってくる。

 それを弾きながらタケルはスピードを落とさず突き進んだ。


 ――この程度じゃ足止めにもなりませんか。


 ライアーからは、タケルがまるで黒い魔力で覆った怪物にも見えた。


「まるで殺意そのもの。ですが……」


 一切の油断もなく、ただこちらを殺すという殺意だけを纏ったタケルに、ライアーはそう感想を零しながら指を動かす。


「正面突破をしてくるだけなら、獣と一緒です」


 すると一瞬で鎖がタケルの前に壁を作ったかと思うと、四方上と周囲も塞ぎ、四角い檻を作って閉じ込めた。


「はい、これでお終い――」


 爆発により、鎖の壁がはじけ飛ぶ。

 そして中から無傷のタケルが出てきた。


「この程度か?」

「……スクナちゃんじゃないんだから、ちょっとくらいダメージ受けて下さいよぉ」


 想像以上のタケルの強さに、ライアーも言葉とは裏腹に真剣な表情をする。


 ――これが姫様の言う、予言の……。


「っ――⁉」

「死ね」


 ライアーが考え事をしていると、再びタケルが迫り咄嗟に鎖で防ぐ。


「本っ当、話を聞かない人ですねぇ!」




 カレンとスクナが戦う。

 タケルと黒騎士、そしてライアーがぶつかり合う。


 カレンはスクナと戦いながら、互いの立ち位置を調整していく。


「あはは! 楽しいねー! 次はどんなの見せてくれるのぉ⁉」

「ちぃ!」


 自分の防御を一撃で越えてくる。

 それが分かっているカレンは、スクナの攻撃を躱し、躱し、躱し……。

 冷静に見極める。


 ――こいつは正真正銘の怪物だけど、動きは素人……。


「その身体能力(スペック)で、一方的に相手を倒してきたんでしょうけど……S級舐めんなぁぁぁ!」

「うえっー⁉」


 イフリートがスクナを両手で掴んで身動きを一瞬止める。


 ――今!


 スクナ、黒騎士、ライアーが一直線の位置に来た瞬間を狙い、杖を真っ直ぐ突きつけた。

 国内最大クラスの魔力を持って生まれた西条火恋。


 普段は完璧に制御された魔力を、彼女は威力を上げるそれだけのために制御を解き放つ。

 暴走にも似た魔力の高鳴りは、離れたところにいたライアーが警戒するようにそちらを見るが、時すでに遅し。


「タケル! 避けなさい!」

「っ――⁉」

「全員まとめて、ぶっ飛ばす!」


 ――不敗の太陽ソル・インウィクトゥス


 太陽光を収束したような極太のレーザーがスクナを飲み込み、そのまま黒騎士、そしてライアーも吹き飛ばそうとする。

 流石にこの威力は制御出来る出来ない以前に、そのまま奥の扉を吹き飛ばして部屋の中を貫通、そのまま突き抜けていった。


「ふぅ……」


 一気に魔力を消費したため、カレンも一息吐く。


 破壊された扉の奥から、魔族たちの気配が残っていた。


「……あいつらまだ生きてるわね」

「追います!」


 二人が飛び出し、奥の部屋へと追撃しに入る。


「「っ――⁉」」


 そこはなにかの研究施設だったのだろう。

 まるでSF世界に出てきそうな人がすっぽり入れる大量の巨大試験管と壊れた機械。

 

 それが何本も壁に並び、カレンの一撃で吹き飛んでいなければ、そこにも置いてあったであろうことがわかる。


 全ての試験管が破壊されて、中にはなにも残っていない。

 ただ、ここで行われていただろう研究は、なにかおぞましいものだったのではないか。

 そう予感させるようなほどに不気味な場所だった。


「これはいったい……?」

「……私たちが育った地下に、こんなものを?」


 タケルたちはその不気味さに一瞬戸惑う。


「いやぁ……大した威力だ。黒騎士君とスクナちゃんが庇ってくれなかったら私も少し危なかったです」

「うー。今のは痛かったよぉ」

「……」


 ライアーは苦笑し、スクナは本当に痛かったらしくちょっと凹んだ様子で半泣き。

 黒騎士は変わらず無言のまま。


「……あれで一体も倒せてないとか、洒落にならないんだけど」

「あいつら、魔族の中でも上位ですね。けど、倒せないほどじゃない」


 これまでの戦闘で、三対一でも倒せる、とタケル確信した。


「私たち三人相手に、ずいぶんと余裕なことで」

「今の戦いで、お前たちも実力差はわかっただろ?」


 ざっと三人に向かって足を進める。


「俺を倒したかったら、魔王でも連れて来るんだな」


 その一言に、ライアーの瞳がすっと鋭くなる。

 タケルとしては魔族相手に比喩で使っただけの言葉だが、ライアーからすれば自分たちの事情を知っているかのような口ぶりだったからだ。


 ――ええ、その通りだわ。


 城で一部始終を見ていた魔族の口角がつり上がり、小さく呟く。


 

 強大な魔力が発生し、同時にタケルたちと魔族三人の間に青い球体が生まれた。


「「っ――⁉」」

「これは、まさか――⁉」

「お姉ちゃんだ!」

「……」


 ――でもいつの時代も、魔王は勇者を待ち受ける者よ。だから、貴方がこちらに来なさい。


「カレンさん、逃げ――」

「っ――」


 青い球体が光を放ち、そのまま二人を飲み込む。

 ライアーたちの姿も消えて、そのまま誰もいない、無人の研究所だけが残された。



 光に飲み込まれた二人は、気付けばまるで別の場所に立っていた。


「くっ……」


 カレンが顔を上げると、タケルの背に庇われている状態だった。

 そして周囲を見渡すと、ヨーロッパの城を彷彿とさせるエントランスに調度品。

 正面には大きな階段があり、地面には赤いカーペットがその奥ある扉まで繋がっていた。


「なにここ……」

「馬鹿な。ここは……まさか……」

「タケル?」


 タケルが驚いた声を上げるのは、見覚えのある場所だったから。

 

 正面の階段の先にある、大きな扉がゆっくりと開く。

 まるで自分たちを迎え入れるかのように。


 ――さあ、こちらよ。


 扉の奥で待ち受ける女性が、楽しげに笑うのであった。



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