第35話 接近

 すべての魔物を倒したタケルとカレン。

 かつて美しかった中庭は過去の出来事で燃えて焼け野原状態だったが、そこに魔物の死骸まで溢れてしまい、さらに凄惨な状況となる。


 思い出の場所が壊れている現状を改めて見たカレンは、少しアンニュイな表情となる。


 だがやるべきことをやるのがS級ハンター。

 切り換えて表情を戦闘モードに戻す。


「魔物たちはあっちから来てたわね……行くわよ。ゲートを閉じないと落ち着いて調査も出来ないわ」


 そんな彼女に対し、タケルはどうしても中庭の中心にある焼け焦げた大樹が気になった。

 ほぼ無意識に近づいていくと、かれん、たっくん、と平仮名で書かれた相合い傘を見つける。


「ここ……夢で見た……」


 振り返ると、幼いカレンと尊が木の下でままごとをし、カレンが楽しそうに相合い傘を書く幻想が見えた。

 二人はとても仲が良さそうで微笑ましい。


「……」

「なにしてんの? 早く行かないとまた魔物が出てくるわよ」

「っ――⁉」


 先に進んでいたカレンに呼ばれた瞬間、幻は消える。


「すみません、すぐ行きます」


 立ち止まっていたタケルは、呆れたような顔をしているカレンの方まで行きながら思う。


 ――さっきのは、尊の記憶? なんだか今まで以上にはっきり見えたけど……。


 カレンに追いついたタケルは、扉を出て、先に進む前にもう一度振り返って大樹を見た。

 そこには幻などもなく、ただ大樹があるだけ。そして、その扉が閉じていく。




 高い天井、白いタイルに、白の壁。実験場のような真っ白で広い部屋。

 部屋にはなにもなく、ただ頭上にはかつてそこから研究者たちが見下ろしていたであろう割れたガラスの壁が広がっている。

 

 その中心に黒いゲートと、それを守るように立ち塞がる巨大な悪魔のような魔物――バフォメット。


 山羊のような頭と黒い翼を持つ悪魔のような怪物は、禍々しい魔力を隠すことなくまき散らしながら、周囲の魔物を叩き潰して遊ぶ。

 異世界でも圧倒的な強者として振る舞ってきて、自分を止められる存在などいるはずがないという傲慢さを醸し出していた。


 最後の一匹を壁に叩きつけたとき、バフォメットがやってきたなにかの気配に気付いてそちらを見る。

 強大な力を持って生まれたバフォメットからすれば、とてもちっぽけな存在である人間が二人、そこにいた。


 新たな遊び相手が現れたのだと、醜悪に嗤う。



 ゲート前の状況に呆れた様子のカレンは、タケルに文句を言う。

 

「ほらぁ。アンタがもたもたしてるからゲートのボスまで出てきちゃってるじゃん」

「来ますよ。油断しないで――」


 その巨躯からは考えられないほどとてつもない早さ。

 二十メートル以上あった距離を一瞬で詰めたバフォメットが拳を振り降ろそうとし――腕が上空に吹き飛んだ。


「誰に言ってんの?」


 カレンの冷たい声。彼女がいつの間にか抜き放っていた杖から鞭のように伸びた炎がバフォメットの腕を切り飛ばしていた。


「さすがです」


 そのタケルの言葉とともに倒れるバフォメット。


「……」


 カレンの実力ならこれくらいは出来ると驚かなかったタケルに対して、彼女はタケルの動きに驚く。


 いつの間にか魔術で作った剣でバフォメットの首を斬っていて、その動きが見えなかったからだ。


 カレンは納得出来ず、つい睨んでしまう。


「アンタ、いつ斬ったのよ」

「カレンさんが腕を斬る直前ですかね」

「……そう」


 自然とそう言うタケルに、カレンは内心複雑だった。


 ――最上級クラスの魔物なのは間違いなかった。それをあの一瞬で殺るなんて……。


 カレンは首が無くなり倒れたバフォメットを見る


 ――コイツが本気でアタシを殺しに来たら……。


 ゲートを消しているタケルの背中を見ながら、自分の首が斬られる想像をしてしまったカレンは、思わず喉を鳴らしてしまう。




 ――まただ。


 ゲートを閉じた瞬間、見覚えのある景色だと思うと幻影が映し出される。

 

 蒼色に輝く鎧を着込み巨大な斧を持った大柄の男と、黒いフードを着て二刀の短剣を持った青年。

 タケルの知らない二人がここで戦っていた。


 離れたところでは小さなカレンが元気に応援し、尊がドキドキしながら見ていた。


 青年は二刀を巧みに操り大男に攻撃するが、そのすべてを防がれる。

 優位なのは大男で、必死に攻撃してくる青年を笑いながら受け止めていた。


 ――どっちもかなり強い……。



「消えた……」


 しばらく見ていると、過去の記憶は幻のように消える。


「やっぱり、ここになにかあるのか……?」


 何度も起きる記憶の幻。それに対してこれまでとは違うなにかを感じていた。 




 ゲートを閉じた二人は、それから研究所を巡る。

 なにかの研究をしていた跡はあり、机やテーブル、それに実験器具や機械、それにトレーニング施設などは残された状態。

 だがどの部屋も資料などはすべて燃えたか、ハンター協会に押収されたあとで、本棚や棚にはなにも残っていない。


 埃の積もった研究室でタケルとカレンはないか残っていないか調べていく。

 

「手掛かりになりそうなものはなにも残ってないですね……」

「ま、一度警察やハンター協会が調査してるんだし、仕方ないわ」


 椅子に座りながらそう言うカレンは、考える仕草をする。

 思い出しているのは、幼き日の記憶。

 

「……もう一度中庭に戻るわよ」

「え? でもあそこにはなにもなかったんじゃ?」

「昔たっくんと遊んでたときに、妙な扉を見つけたことがあるの。そのときは研究員たちに怒られて入れなかったけど、そこならなにか残ってるかも」


 カレンの言葉で、タケルの脳裏に再び記憶がフラッシュバックする。

 幼い二人が、木の裏の地面をスコップで掘っている光景。


「タイムカプセルを埋めようとした、木の下……?」

「っ――⁉ アンタ、今の……」


 自分と尊しか知らないはずの記憶を呟いたタケルに、カレンが驚いた顔をする。

 その反応で自分が無意識に呟いた言葉が実際に合ったことで、そして同時にこれまでの幻もすべて過去にあったことだと理解した。

 

「実は、ここに来てから何度も知らない光景が浮かび上がってきてたんです……尊の記憶だと思うんですけど……」

「そういうことは早く言いなさいよ!」

「す、すみません! 確証が持てなくて……」

「……まあ、今はいいわ。そう、そのときに見つけた隠し扉があるから、探してみましょ」


 そうして二人は中庭に戻り、大樹のあった場所の裏側の地面を改めて見ると、地面にカモフラージュされた扉があった。

 芝生がなくなったため知っていれば分かる程度の隙間もあり――。


「これね」


 カレンが四角い金属部分を手で押すと、ひっくり返り取っ手が現れる。


 扉を開く。地下に続く階段が伸びていた。

 光源はなく、どこまで伸びているかわからない暗闇の道。


「……行くわよ」

「はい」


 カレンが小さな炎を光源にし、降り始める。

 降りた先には人工的な広い通路が繋がっていて、真っ直ぐ伸びた一本道だった。


「「……」」


 二人ともさすがに驚くが、今更躊躇う必要など無いと進み始める。




 ――なんだか、足が重い。身体が先に進むのを拒否しているみたいだ……。


 巨大な通路を進んでいると、タケルは自分の身体に異変が起きていることに気付く。

 その違和感は進むほどに大きくなっていき、なにか拒否する理由があるような、そんな気がした。


 歩きながら、あまりにも怪しすぎる地下通路にカレンが思わず呟く。


「地下にこんな通路まで作って……あの研究所、いったいなにを隠してたわけ?」

「わかりませんが……なにか嫌な予感がします」


 二人が立ち止まると、カレンは無言で炎を消す。

 まだかなり離れた先だが、通路の先にうっすら光が見え、終わりが見えた。

 なにか空間があり、そこには予備電力が残っているらしく、明るいことがわかる。


 同時に、隠す気もない強力な存在の魔力を感知した。


「……さっきとは比べものにならないくらいヤバいのがいるわね。アンタも、いくら強いからって油断するんじゃないわよ」

「はい」


 タケルが前、カレンが後ろで駆け出す。お互い言葉にしなくても強者同士なら以心伝心で伝わる行動。


 そしてタケルが通路を出ようとした瞬間、逆光から飛び出してくる小さな影。


「どっかーん!」

「はぁ!」


 飛び出してきたスクナの拳と、タケルの拳がぶつかる。


――こいつ、あのときの魔族か!


 蛇川と対峙したときに現れた魔族だと気付いたタケルは少し驚く。


 拮抗する拳に、凄まじい魔力のぶつかり合いが発生する。

 しかしそれも一瞬。軍配を上げたのはタケルだった。


「お、おおお……⁉ お兄ちゃんだぁぁぁぁ!」


 拳を押し出されるように殴り飛ばされたスクナは、離れていきながらも歓喜の叫び。


 そのまま空中で器用にクルクルと回転し、無言で佇む黒騎士の隣に着地すると瞳を輝かせた。

 退屈だった場所に遊び相手が来たかのような歓迎っぷりだ。


 そして、そんなことは背後のカレンには関係なかった。


「どきなさい! 炎よ、すべて呑み込め!」


 タケルが飛び退いたとほぼ同時に、彼の背後の通路から炎の波が吹き出し、黒騎士とスクナに襲いかかる。


「――!」


 しかしそれは、黒騎士が剣を抜いて斬り裂くと炎の塵となって消えた。


 炎の波を放ったのは、カレン。

 彼女もS級ハンターとして修羅場を何度も潜ってきただけあり、初めて目にする魔族を相手にしても、攻撃する躊躇いなどはなかった。


「こいつらは、敵ね?」

「はい。間違いなく」

「そう……なら全員燃やしてから目的を吐かせるわよ」


 タケルの隣に並び立ったカレンが敵対する者にだけ見せる鋭い視線を向けると、扉の奥から困惑した様子のライアーが歩きながら出てくる。


「どうして調査に来ただけなのに、彼がここにいるんでしょうねぇ……」

「あ、ライアー! 今日はお兄ちゃんと遊んでもいいよね⁉ ね!」

「本当は駄目なんですが……」


 ライアーはタケルの殺気を感じて、思わずゾクゾクしながら口元を笑わせる。


「いいでしょう。姫様が気にするあの男の力、私も興味あります」

「やったー!」

「……」


 そうして魔族の三人とタケルたちは、戦闘体勢を取った状態で向かい合うのであった。

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