第34話 前に進むだけ
自分がかつて救世主として異世界に召喚されたこと。
その世界で魔王を倒し、その後異世界の人間に裏切られて処刑されたこと。
そして気付くと、何故かこの草薙尊という身体に入りこんでいたこと。
睨みながらも大人しく話を聞く姿勢を見せてくれたカレンに、タケルは身振り手振りを使って自分に起きた現象を話す。
すべてを聞き終えたカレンは、自分の頭の中を纏めるためにもう一度確認する。
「つまりー、貴方は四十年前に異世界に召喚されて、世界を救ったあと向こうで裏切られて死んじゃってぇ、気付いたらたっくんの身体になってた……ってことぉ?」
「そうなんです。あ、俺がいた異世界ってゲートの先と似てて、もしかしたら同じ世界なのかもしれません。確証はないんですが……」
初めて自分の過去を話したことで、タケルの表情は少し固い。
「そっかぁ。大変だったのねぇ」
対するカレンは笑顔。
平常通りのカレンに戻り、少し間延びした言葉遣いが逆に安心する。
――良かった……。
タケルがホッとすると、カレンは何故か少しだけ優しげな表情を見せた。
「ところで頭は大丈夫? 病院行く? 現代医学じゃ中二病は治らないと思うけどぉ、良い医者なら紹介出来るからぁ」
「そ、そういう反応されるのが一番キツいんですけどっ……」
「あは! だって嫌がらせで言ったんだもん」
タケルは罪悪感があるので言い返さないが、辛い思いはあった。
苦しげなタケルに対して、カレンは少し楽しげにそう言うが、実際は強がり。
こういう風な言い方をしないと、感情を抑えられそうになかったから笑顔で仮面をしているだけだった。
――でもそれなら、あの日からたっくんは生きてたかもしれないってこと?
カレンは誰にも聞こえないように小さく呟く。
これまで何度も想像し、現実を思い出していては絶望してきた。
タケルの言葉が真実であるならば、カレンの知っている『たっくん』は生きていたということになり、それはなによりも嬉しいことだった。
だが、そんな彼女の前の現れた希望の言葉も、安易に飛びつくには年月が経ちすぎていた。
「……アンタが魔術を使える理由はわかった。だけど、仮に身体を奪った話が本当だとして、どうやって証明するつもり?」
強がるようにタケルを睨み、縋りたい気持ちを抑えてそう言う。
だがずっと追い求めていたその姿を見る度に心が揺れる。
「っ――⁉」
十年。たとえ画面越しでも、一目でわかった。
ずっと思い描いていた姿そのものだった。
そんなカレンに、タケルは優しく微笑む。
「証明になるかわからないですが、尊の友達が言ってたんです」
――草薙尊は、世界一優しい人だった、って。
カレンから伝えられる草薙尊という人物像、友人であった沢村の言葉が一致していたから、タケルはきっと同じ人物だと思えた。
「そうよぉ。たっくんは本当に優しくて、あたしの大好きな人で……っ!」
とても愛おしい人を思い出すように色気ある雰囲気でそう言った瞬間、目の前にいるのがタケルだと思い出してハッとなる。
「今のはアンタに言ったわけじゃないから! 勘違いしないように!」
「はい、大丈夫です」
「ぅぅ……」
――たっくんと同じ顔してぇぇぇ!
少し子どもっぽい雰囲気にタケルが笑いかけると、カレンはどうしてもその見た目に戸惑い、悔しく思う。
「うあぁぁもぉぉぉ! わかったわよぉ!」
「っ――⁉」
突然叫び出したカレンにタケルが驚いていると、指を差される。
「アンタはたっくんに身体を返そうとしている、ってことでいいのね!」
「信じてくれるんですか?」
「信じられるわけないじゃないそんな話!」
「えぇぇ……」
今のは信じてくれる流れじゃ……と思ってしまうタケルに対して、カレンは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「だから、徹底的に調べるわ! アンタ名前は⁉」
「タケルです」
「は? ふざけんじゃないわよ元々の名前に決まってるでしょ?」
心底軽蔑したような冷たい視線を向けられる。
ふざけているわけじゃないのでちょっとショックだった。
「いや、本当にタケルなんですよ。大和猛、それが俺の名前です」
「……そう。なら今からタケルって呼ぶわ。大和だと、誰かに聞かれたときそう呼ぶ理由の説明が面倒だもの」
今度は胡散臭そうに見られる。
「それで、身体を返す当ては?」
「上杉さんは、元の魂はゆかりのある場所にいるかもしれないって言ってました。だから過去を調べてたんですけど、両親に聞いてもわからず手詰まりで……」
――両親に聞いて?
その言葉にカレンの瞳が鋭くなるが、今必要な情報ではないと思い続きを促す。
「だからもしカレンさんが知ってたら教えて欲しいんです」
「……ちょっとスマホ貸しなさい」
「あ、はい」
カレンはその言葉に考える仕草をすると、自分のスマホを取り出しながら手を出す。
言われたとおりロックを解除して貸すと、彼女は手慣れた様子でメッセージを交換。
そしてタケルに返すと、地図データが送られていた。
「明日、十時にここへ来て」
地図に記されたのは山の中を指しており、とても集合場所に適しているとは思えないような場所だった。
「ここは……?」
「明日説明するわ。けど、ここに来ることは誰にも言っちゃ駄目よ。サクラちゃんにも、貴方の両親にもね」
真剣な表情でそう言われ、タケルは頷く。
「んー、今日はもう疲れちゃった……話の続きはまた明日にしましょ」
カレンは身体を伸ばし少し疲れたように、曖昧に笑う。そして返事も待たずに背を向けて歩き出した。
「ここに、尊の過去が……?」
カレンを見送ったあと、タケルは改めて山のど真ん中を指された地図を見る。
――ハンター協会の件といい、尊……お前は何者なんだ?
ただの高校生だと思っていた草薙尊の過去にだんだんと不穏な空気を感じて、タケルは少し厳しい表情にならざるを得なかった。
カレンが歩いていると、公園を封鎖していた魔女の軍勢の一人、カレンの側近である
カレンを心酔している軍人のような気質の女性は、星宮学園のOGの一人。
「翠ちゃんに軍勢を全部預けるからぁ、たっくんについてもう一度徹底的に洗い出してくれるかしら?」
「お任せください。三日以内には必ず」
「頼んだわねぇ」
言葉はギャルっぽい雰囲気に戻ったカレンだが、その内心は違っている。
――たっくん……。
もう二度と会えないと思っていた彼との繋がりの可能性を知り、カレンは少し緊張していた。
翌日。
千葉県南部の山の中、高い木々に隠されるようにその研究所はあった。
かつては白く美しかっただろう外観も、雨風に晒され放置され続けたせいか、黒ずみ始めている。
巨大な病院を思わせるほど大きな施設は、かつては厳重に封鎖されていたのか高いフェンスに囲まれていたが、草木が伸びきって絡みつき、錆と合わせて廃墟を思わせる。
カレンの格好は、ゲートを攻略する際に切る黒と紅の魔女が着るようなドレスに魔女帽子。
いざとなったとき、タケルと本気で戦う可能性も考えて、本気の格好で来た。
横スライドの古びた正門の前でカレンと合流したタケルは、周囲を見ながら尋ねる。
「あの、もしかしてここって……」
タケルは以前見た夢を思い出して尋ねようとするが、カレンは黙って正門を通り、先を進む
――久しぶりねぇ……。
研究所の前に立ったカレンは、苦い思い出があるこの場所に再び来ることになるとは、という思いからそう呟く。
そして先ほどのタケルの疑問に答える。
「ここは私やたっくんが育った研究施設よ。今はもう閉鎖されてるけど、ここなら手掛かりがあるかもしれないわ」
「尊が、育った?」
尊がどういう人生を歩んできたのか、細かい事情がわかっていないタケルは疑問に思う。
「ええ。あたしが七歳のときに閉鎖しちゃったからなんの研究をしてたのかまでは知らないけど……魔力の高い人間を集めてたみたいね」
――どうして二人はそのことを教えてくれなかったんだ?
初めて聞く事実にタケルは疑問に思う。
すでにタケルの両親について懐疑的なカレンは、なにも聞かされていないのは予想の内だった。
「閉鎖後、私たちみたいな身寄りの無くて幼い子は、ハンター協会が里親を探して、引き取られたんだけど……」
入口を通り、慣れた廊下を歩くカレンにタケルが付いていく形で会話を続ける。
「家族からなにも聞かされてなかったの?」
「……はい。引き取られたってことも初耳でした」
タケルとしてはあれほど草薙尊を愛している両親に疑惑など覚えたくないが、カレンはそうは思わない。
「なら、その両親も信用しない方が良さそうねぇ」
「あの二人はそんな人たちじゃ――」
カレンは立ち止まると、タケルに対して厳しい視線を向けた。
「あたしはたっくんが死んだって聞かされてた。そのあとハンター協会から摘発があって研究所は閉鎖したけど……引き取られたってことは関係者だったはずよ。なのに、記憶喪失を取り戻したいタケルに過去の話をしないのは、怪しいと思わない?」
「……」
タケルの反論したく思うが、言葉が出ない。
抱きしめられて、いつも大切に思ってくれている両親。
――二人の気持ちは、嘘じゃない……だけど……。
自分が殺される瞬間、世界の恨みをぶつけられたことを思い出す。
あんなに信じていた異世界の人たちも自分を裏切って自分を処刑した。
なら、両親が騙していても……。
「もしも――」
そんなタケルの想いを無視して振り返ったカレンは、再び足を進める
「たっくんに起きたことが偶然じゃなく誰かの意思によるものだとしたら……」
進んだ先の扉の前で、カレンは思わず俯き息を呑む。
その先は、かつてカレンや尊が一緒になって遊んでいた、焼け野原となった広場に続いている。
かつて自分の力が暴走していしまったことによって失われた大切な場所に哀愁を感じてしまった。
しかしそれを呑み込む力強く前を向く。
「鍵はこの研究所のどこかにあるはずよ」
そして扉を開く。
彼女の思い出が詰まった焼け野原の広場には――狼や馬、猫や鳥の魔物など、動物種の魔物が溢れていた。
「「っ――⁉」」
予想外の光景に驚くタケルたちに対し、魔物たちは機敏に反応し襲いかかってきた。
最初こそ驚いた二人だが、歴戦のハンターと異世界を救った勇者だけあり、すぐ迎撃に動き出す。
カレンが炎で遠距離攻撃から魔物を燃やしていき、タケルは魔力で作った剣で迫ってくる魔物たちを斬っていく。
自分の脇を抜けて魔物を倒していくカレンの魔術に、タケルも驚く。
――欲しいところに魔術が来る……誰かと一緒で戦いやすいなんて感じるなんて、久しぶりだな……。
これまで一人で戦うことが多かったタケルだが、カレンの的確な魔術によって動きやすさを感じていた。
多くいた魔物たちは一瞬で数を減らしていき、時間を置かずに全滅する。
「まさか、どこかでゲートが開いているとか?」
「そのまさか、みたいね……」
タケルたちが入ってきた扉とは別の壊された扉から、追加の魔物たちが入ってくる。
明らかに数が多く、大規模のゲートブレイクが発生していることの証明だった。
「予定とは少し違うけど、あれを全滅させたらそのまま調査するわよ」
「はい」
そして二人は共に炎を操りながら横に並び、魔物たちを睨みつけて戦闘態勢を取った。
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