第33話 君がため

 過去。

 異世界でまだ未熟だったタケルは、エーデルワイスに魔術を見て貰っていた。

 被害が出ても問題のない岩山で、目標となる大岩に向けて魔術を放つ。


「フレアバースト! ――うわっ⁉」


 凄まじい爆発に自らの身体が耐えられず、タケルはそのまま仰向けに倒れてしまう。

 岩山のため地面は固く、頭を打ってしまい思わず涙目になってしまった。


「いったぁ……」


 起き上がると、近寄ってきたエーデルワイスが心配そうにタケルの頭を撫でながら回復魔術を使ってあげる。


「タケル、大丈夫ですか?」

「なんとか……だけど、あれどう思う?」

「「……」」


 二人揃って大岩があった場所を見る。

 狙ったのは大岩なのに、それだけでなく地面まで吹き飛ばしてしまい、まったく魔力の調整が出来ていなかった。


「まったく魔力の制御が出来てませんね」

「だよなぁ……」


 タケルは自分が起こした結果を見て、弱った顔をする。


「これじゃあ人のいるとこで使えないや」

「タケルは魔力量が多いので、普通の人より制御が難しいんだと思います。でも練習さえすれば大丈夫!」


 そう言うとエーデルワイスは指先を振るい、離れたところにある拳大の石をポンポンポンッと爆発させていく。


「ね。慣れればこんな感じで出来ますから、頑張りましょう!」

「お、おお……」


 今の自分からしたら神業のようなことをさらっとするエーデルワイスが凄すぎて、ちょっと引いてしまう。

 だが同時に、タケルは自分がこの世界に来て自分は変わるのだと決意したことを思いだし、心を奮い立たせる。


「なにか制御のコツとかってないかな?」


 真剣な表情でタケルが尋ねると、エーデルワイスは少し考えたあと答える。


「最初は攻撃を当てるというよりも、周りを傷つけないように意識すると良いそうです。だから優しい人ほど魔力の制御が上手くなる、なんて言われてますね」


 エーデルワイスはそんなタケルを優しく見守るように微笑むと、その頭を抱き寄せ、くしゃっとした髪の毛を優しく撫でる。


「タケルなら出来ますよ……だって貴方は、見ず知らずだった私たちを救うために頑張ってくれている、とても優しい人なんですから」

「……うん」


 異世界に来て、ずっと自分を見守ってくれている彼女の言葉はタケルにとってなによりも信じられるものだった。


「よし、なんか出来る気がしてきた! 周りを傷つけないように……周りを傷つけないように……」

「タケル、頑張って」

「フレアバースト!」


 元気が出たタケルは、大岩だけでなく周囲一帯を吹き飛ばし、エーデルワイスと二人、凄まじい爆風を顔に受けながら無表情を貫いた。




 タケルの足下に迫ってくる火走りを魔術で破裂させながら、タケルは煉獄の魔人イフリートの拳と炎の剣で打ち合う。


「カレンさん! 話を聞いて下さい! 俺は――」

「煩い! その姿で、その声で私の名を呼ぶなぁ!」


 炎のドームに囲まれた芝生を走りながら何度も打ち合うが、威力は互角。


 タケルはチラッとカレンを見る。


 炎を纏うような姿だが、彼女がそれに燃やされることはない。

 カレンの手には指揮棒のような小さなタクトが握られており、彼女はそれを踊るように地面に振るう。


「駆け抜けろ!」


 その間に焔が芝生を走り、タケルの足下から襲いかかった。

 躱すために後ろに飛ぶと、イフリートに押し出される形で大きく飛ぶことになり、地面を滑る。


 再びカレンが杖を振るう。


「降り注げ!」


 タケルの背後上空。

 ドームに覆われた頭上から炎の槍が雨のように降り注ぎ、それを躱していくとイフリートが再び待ち受けていた。


「フリーズ!」

「燃え上がれ!」


 タケルがイフリートを凍らせるつもりで放った魔術は、カレンが杖を上に上げることで噴き出す炎の壁によって防がれ不発に終わり、勢いよく蒸発する氷と炎の壁によって視界が遮られ、イフリートの姿が見えなくなる。


 ほぼ同時に、炎の壁から飛び出してきて拳で殴りかかってきた。


 躱すと再び頭上から炎の槍が降り注ぎ、足下には火走りがタケルのことを狙い続け、足を止める暇がない。


 前後左右上下、あらゆる方向から襲いかかる炎だが、タケルは焦ることはなく、冷静に躱した。


 ――S級ハンター……上杉さんのときも思ったけど、この世界の人間とは思えないくらい強い。


 魔術を放つカレン、そして地面を見る。芝生はまるで風が撫でたように揺れるだけで、いっさい炎の影響を受けていなかった。


 ――これだけの魔術を連発して、狙った対象以外は一つも燃えてない完璧な魔力制御……俺も上手くなったつもりだけど、制御力は俺以上だ。


 自分が攻撃されていながらも、タケルはその見事な魔力制御に思わず感心してしまう。

 同時に沢村の言葉を思い出す。


『火属性の魔術は威力が高い分、制御が凄く難しいって言われてるよね。だけど西条火恋はそんな難しい炎を変幻自在に操ることから、こう呼ばれてるんだ』


 ――『紅炎の魔女プロミネンス』。


 煌めく炎の火の粉は炎の妖精がカレンに祝福に与えているような美しさ。

 彼女が杖を振るうと、炎は変幻自在に踊る。



「……優しい人ほど魔力制御が上手くなる、か。そういえばカレンさん、色んな人にすごく慕われてるって話だし、本当は心優しい人なんだろうな」


 エーデルワイスの言葉を思い出し、改めてカレンを見ると、冷静であろうとする瞳の億に中に燃える炎のような怒りを感じた。

 彼女は杖を真っ直ぐこちらに刺すように向け、そこから細い炎のレーザーが飛んで来るが、タケルは躱す。


 ――倒すだけなら出来けど……カレンさんは今、尊のことを想って怒ってる……。


 イフリートを斬ろうとすると再び炎が邪魔をし、攻撃の手を止めて回避する。


――彼女の怒りは尊の身体を奪った俺のせいだ。そんな人を攻撃なんて出来ない。 


 草薙尊という身体を奪ってしまったこと。

 罪悪感から、タケルはカレンを攻撃するという選択肢を奪われ、回避と防御に専念し続ける。


 ――俺はこの人に、なにを言えばいい? どうすれば彼女の誤解を解くことが出来る?


 ひたすら炎を躱しながら、タケルは自問自答する。



 そんなカレンは、タケルの超人的な動きを見て、怒りを感じながら杖を振るう。


「たっくんは、あんな動き出来ない……」


 どれだけ炎を操っても防がれる。


「魔術だって使えない……」


 どんなに追い詰めても冷静に対処しながら、自分の知らない目で見てくる


「せっかく、また会えたと思ったのに……!」


 それがあまりにも苛立ち、怒りと悲しみ、そしてある種の絶望が湧き上がって、カレンの感情をごちゃ混ぜにしていく。


 そしてフラッシュバックするのは、かつて幼い頃に力が暴走してしまい、すべてを燃やし尽くしそうになった幼き日。


 ――炎の中。

 一人で泣いている幼い自分が感じた圧倒的な恐怖に心が押し潰されそうになったとき、抱きしめてくれた小さな尊。

 彼は炎に焼かれながらも、微笑みを絶やさない。


『カレンちゃんの炎はあったかくて、すごくきれいで、僕、大好きなんだぁ』

『う、うぅ……ぁぁぁ!』


 西条火恋は、その温もりに身体だけでなく、心まで救われた。



 ギリっとカレンは唇を強く噛む。


「やっぱりアンタはたっくんじゃなかった! どうして今更、同じ顔で、同じ身体で、同じ名前で現れたの⁉ なんで……全部諦めたのに、あの時の約束と、この炎だけが私たちの繋がりだったのに!」


 涙を浮かべ、怒りの形相でタケルを睨む。


「もう二度と偽物が私たちの前に現れないよう、魂まですべて燃やし尽くしてやる!」


 そうしてカレンは魔力を全力以上に引き出して、強制的にオーバーヒートさせる。


限界突破リミットブレイク!」

「っ――⁉ これは!」


 激しい魔力の奔流は、タケルをしても警戒に値させた。


「消え、失せろぉぉぉぉぉ!」


 カレンは叫ぶと大きく杖を掲げ、イフリートを巻き込む形で絶対に避けられない一撃を放つ。

 威力を最大限に上げたそれはカレンの制御を超えて身体をも燃やすが、それすら受け入れた一撃。


 炎の波はドーム全体を覆いつくしながら、タケルに迫る。


 だが――。


「なん、で……」


 魔力で身体を覆い、炎から飛び出してきたタケルの姿を見た瞬間、カレンはかつて自分を助けるために炎を突っ切ってきた尊の姿の幻想を見た。


「違う……のに……っ⁉」


 呆然とするカレンの腕を掴んだタケルは、慌てたようにそのまま押し倒す。


「っ――⁉」

「制御が乱れてます。このままじゃ貴方の身体が燃えてしまう……落ち着いて、呼吸を整えて下さい」

「いやぁ! 離れて! アンタはたっくんじゃない! アンタなんか、知らない!」


 また、タケルの心臓が軋む。それは沢村を助けたときと同じ感覚。


 ――助けろってことだろ? わかってるよ、尊。


 暴れるカレンを抑えながら、タケルは自分の魔力で彼女の炎を消していく。

 そうしなければカレンの炎が彼女自身を焼き尽くしてしまうとわかってしまったから。

 

「……カレンさんが傷ついたら、尊が悲しみます」

「アンタがたっくんを語るんじゃないわよ! それにやっぱり違うんじゃない!」

「たとえそうだとしても!」

「っ――⁉」


 いきなり大声を出したタケルに、カレンが驚いたように目を見張る。


「この身体が草薙尊であるのは本当なんです」

「……」


 もし成長したらこうなるだろう、というタケルの姿と幼い尊が一瞬カレンの脳裏を掠め、暴れる手が止まる。


「俺はそれをなんとか尊に返したくて――」

「そんなの嘘っ!」


――だけどもし、それが本当なら……。


否定したい気持ちと、希望の気持ちに板挟みになり、カレンの感情はグチャグチャになっていた。


 だがすぐにそんな幻影を振り払うように激しく首を振った。


「違う! 違う違う違う! だってたっくんは私の炎で!」


 感情の高ぶりから、再び炎が強くなりそうになる。


「くっ! あとで謝るので、今は無理矢理にでも抑えさせてもらいます!」

「あ、あぁぁぁぁ!」


 それに対抗するべく、タケル魔力を高め、カレンの一気に炎を消しきった。



 そして――。


「なんでアンタなんかがたっくんと同じ顔なのよバカぁぁぁ」


 炎のドームが消えて、魔力が落ち着いたカレンは、女の子座りをしながら大泣きしてタケルを罵倒する。

 

「なんかその……すみません」

「こっちは殺そうとしたんだから、謝るんじゃないわよぉ!」


 そんな彼女にとてつもなく申し訳ない気持ちになったタケルは、気まずそうに謝罪する。

 タケルを襲った魔女の軍勢のハンター二人も目を覚まし、泣いているカレンを見てタケルを責めるような目で見る。


「それで、説明、しなさいよ。その身体が本物のたっくんなら、アンタの正体がなんなのかを……」


 グズッと涙を拭ったカレンは、タケルを睨みながら問い詰める。


 ――これだけ尊のことを想うこの人に、嘘は吐けないな。


 そうしてタケルは、彼女が本当にこの草薙尊のことを大切に思っていて、そんな人物に嘘は吐けないと思った。

 だからこそ、これまで誰にも語ってこなかった異世界のことも含め、自分の身に起きたことを話すことを決めるのであった。

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