第38話 二つの顔

 向かい合う魔族とタケル。

 タケルの姿が消えると、同時に三人が動く。

 一瞬で間合いを詰めてきたタケルが、大ぶりの拳で魔術障壁を粉々に吹き飛ばした。


「っ――! 姫様の障壁を素手で壊しますか!」


 障壁を破壊したタケルの最初のターゲットは黒騎士。

 再び大ぶりで、スピードと以外は隙だらけの、攻撃しか考えていないような一撃を加えようと加速する。


「しかし真っ直ぐ来るだけなら魔獣と一緒ですよ!」

「どーん!」


 対して、散開していた魔族たちがそれぞれ動きを見せる。

 ライアーが鎖でタケルの腕を一瞬で巻き付け、スクナが抑えるためにタケルの腰に飛びつき、黒騎士は動きが鈍るであろうタケルに対し、剣で防ぐ。


 一瞬、黒騎士の剣とタケルの拳がぶつかり受け止められる。


「――⁉」


 しかし、タケルの勢いは殺されず、そのまま黒騎士を床に押しつけ――。


「うおおおおおおおぉぉぉぉ!」


 三人がかりでもタケルは止まらない。

 鎖で拘束されているにもかかわらず、反対の拳を振り降ろした。


「ちょ――⁉」

「わぁぁぁぁ⁉」


 ブチブチと鎖は千切れ、あまりの勢いにスクナは吹き飛ばされ、巨大な鈍器同士で殴り合ったような轟音が鳴る。

 魔王城の床を破壊しながら、黒騎士が下へと落ちていく。


「……一人」


タケルが黒騎士を落とした穴を見て、呟く。


 無防備に立つタケルに、空間から大量の人形を取り出したライアーが攻撃を仕向ける。


「行きなさい!」


 かつて多くの冒険者たちを斬り刻み、臓器を抉ってきた攻撃に特化した人形たち。

 それをタケルは魔術を使わず、凄まじい速度で一つ一つ殴り壊していく。

 まるで、獣が力を見せつけて、恐れさせるように……。




「くっ! さっきと動きが全然違う! これじゃあ援護しようにも……」


 離れたところから見ていたカレンは、まるで暴雨の化身のように暴れ回るタケルの援護をしようと隙を窺う。 

 しかしどれだけ待っても止まることのないタケルに、自分が邪魔になることを恐れて援護が出来ないでいた。


「落ち着きなさい! そんな戦い方してたら、あんたの身体が保たないわよ!」

「ああああぁぁぁぁぁぁ!」


 カレンの制止の声も聞こえず、タケルは暴れるように人形たちを破壊していく。咆哮しながら殴り飛ばしていく姿は、人というよりも自然災害そのものだ。


 その姿が、カレンの目には泣きながら暴れる子どものように見えた。


「……タケル」


 ――あんた、なんて悲しそうに戦うのよ。


 カレンもカルミアのプレッシャーとは比べものにならない負の力に恐れを抱き、自然と身体が震えてしまう。




 タケルによって粉々にされていく人形たち。

 しかし無限に出てくる人形によって一時的に戦況は膠着状態となっていた。


「恐ろしい力だ……しかし、怒りで我を忘れているようでは駄目ですよ」


 真剣な表情で呟くライアーが、チラッとスクナを見る。

 離れて戦闘していなかった彼女は、魔力をチャージして、黒い雷を集め、空間を歪ませていた。


「バチバチバチ……!」

「一撃の破壊力なら、スクナちゃんも負けてませんからね!」

「っ――⁉」


 自分にとっても脅威となる威力。

 本能的にそう判断したタケルがその場から離れようとするが、人形たちが四方から一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 死を恐れない人形たちは、ただ足止めの為だけにどれだけ壊されようと絡みつくように抱きついていた。


「邪魔、だあああぁぁぁ!」


 一気に人形を吹き飛ばす。同時に、スクナの魔力が解放される。


「バッチコォォォォン!」

「ちぃ⁉」


 タケルに仕掛けた人形を飲み込みながら、巨大な雷の砲撃がタケルに向かって飛んでいく。

 タケルはそれに掌を向けて障壁を展開するが、そのまま押し込まれて壁に手を付け、さらに押される。


「ぐ、ぐ……」

「あはははははー! ぶっ飛んじゃえぇぇぇ!」

「はぁぁぁぁ!」

「うえぇぇぇぇ⁉」


 魔術障壁の角度を変えて、天井に手を向けることでスクナが放った雷の砲撃を空へと飛ばす。

 自分の最大攻撃を逸らされたスクナは、高笑いから一転、驚きの声を上げる。


そして殺気だけをまき散らしながらゆっくりと歩く。


「いやはや、これは大変だ……姫様、手伝ってくれません?」

「駄目よ、今いいところだもの」


 ライアーから渡されたファイルを眺めていたカルミアは、薄く嗤うとスクナに声をかける。


「でもそうね、思ったよりは強いみたいだから……スクナ」

「う?」

「本気でやっていいわよ」

「え”⁉ いや姫様、それは……」


 カルミアの言葉を聞いたライアーが嫌そうな顔をする。

 言われたスクナは、純粋な表情でカルミアを見る。


「……いいの?」

「ええ。貴方の強さ、救世主に見せてあげなさい」

「……うん!」


 無邪気な子どものように笑うと、ゆっくり近づいてきているタケルを見る。

 黒騎士とライアーはそっと彼女から離れ、カルミアの方へ。

 そうしてタケルとスクナが向き合う形となる。


「よーし……やるぞぉぉぉ!」


 その一言で、スクナの身体から金色の魔力が吹き上がる。

 同時に髪紐は解け、長く伸び始めた。


「なっ――⁉」


 その異質な魔力にカレンは驚く。

 スクナとは先ほど戦ったが、自分でもなんとか抑えることの出来た敵だ。

 それが幼子のような姿から、怪物の肉体へ変化していく。

 同時に、内包している雷の魔力が激しく外に出ようと暴れ回り――。


 ――身体が……それに魔力がどんどん大きくなってる⁉


「気を付けて! そいつ、普通じゃないわ!」


 恐れを抱くカレンに対し、その変身を見て困った顔をするライアー。


「スクナちゃんは二つの顔を持った存在です。無邪気な表の顔。そしてもう一つ、裏の顔は――」


 リョウメンスクナは表と裏、二つの顔を持つ。


「――破壊と暴虐の限りを尽くす鬼神の子」


 ライアーの言葉をカルミアが嗤いながら引き継ぐ。


「うおおおお!」


 変身中でも問答無用で襲いかかるタケル。

 スクナを殴ろうとし、拳を突きつけた。

 だが、その拳は四本の腕によって受け止められる。


「っ――⁉」


 大きくなった身体の背中からは四つの腕が生え、六本の腕、そして二足で立つ姿はまるで蜘蛛と大鬼が混ざり合ったよう。

 全身に雷を纏い、それが怒りを表しているようにも見える。


 異形の鬼となったスクナは真っ赤に染まった瞳でタケルを睨むと、残った二本の腕を組んでタケルの頭上から振り下ろした。


「ちぃっ――⁉」


 離れようとするが、タケルの拳をスクナが掴んでいたため離れられない。

 片腕で受け止めたタケルだが、凄まじい威力に片膝をついてしまう。


「ガアアァァァァァ!」


 理性を無くして怪物になったスクナは止まらず、四本の腕で上から何度もタケルを叩きつける。

 そして最後の二本を広げると、そのまま挟み込むように勢いよく叩き込んできた。


「タケル⁉」


 カレンの目にはタケルが完全に潰されたように見える。

 しかし――。


「ガァ?」


 スクナからしても。潰しきった手応えがない


「……おい」


 スクナの叩きを両手で防いだタケルは、再び黒い魔力を身体から放出しながらスクナを睨む。


「調子に、乗るなよ……」


 タケルの魔力が増大し、スクナの両腕を弾く。

 同時にその身体に向けて殴りかかろうとした。


「うおおおおぉぉぉ!」

「ガアアアアァァァ!」


 タケルの殺意に一切怯まず、むしろ敵対心に怒りを感じたスクナが叫び、タケルと拳を打ち合い続ける。


 六本の腕から放たれた連打と、タケルの二本の拳。

 スピードはタケルが圧倒しているが、手数の多さでカバーしたスクナが互角に打ち合う。


 しかし戦闘経験の差でタケルが打ち勝ち、その腹に拳を抉る。


「ガッ――⁉」


 壁に飛ばされたスクナは四つん這いならぬ八つん這いとなって、蜘蛛のように着地。

 そしてタケルに向かって口を開くと、黒い球体が生まれ――。


「バハハハハァァァァー!」


 先ほど以上の威力を秘めた黒い光線が飛び出した。

 ノーチャージで放たれるそれは彼女が顔を動かす度に連動し、なぎ払うように放たれ続ける。


「くっ……なんて馬鹿げた威力よ⁉」


 カレンは避難しながら思わず腕で顔を庇う。


「決まりましたか……ところでこれ、誰が直すんですかねぇ……?」

「もちろん貴方よ、ライアー」

「……」


 すでに観戦モードとなっていたライアーが、ファイルから目を離さない主の言葉に嫌そうな顔をする。


 あまりの衝撃に魔王城の外壁まで丸見えの状態となり、赤黒い空が見えた。

 だが、そこにタケルの姿はなく―― いつの間にか自分の頭上に移動していた。


「っ――⁉」


 驚くライアーと、そうだろうと予想していたカルミア。

 スクナも遅れて気付くが、もう遅い。


「ガッ――⁉」


 タケルは黒く燃え上がる巨大な炎の剣を振り上げ――。


「終わりだ」


 淡々と呟く声とは裏腹に、籠められた力は尋常なものではなかった。


 スクナは六本の腕でガードをするが、そのうち四本が斬り裂かれて地面に叩きつけられる。その衝撃で気絶したスクナは元の小さな身体に戻り、戦闘不能となった。


「二人……」


 黒騎士とスクナが倒れ、そう呟く。

 残ったのはライアー。そしてファイルから顔を上げたカルミアの二人だけ。


「その脆弱な身体で、よくぞスクナを倒したものね」

「次はお前たち――」

「でも、もう限界でしょ?」

「っ――⁉」


 その瞬間、タケルの心臓が強く跳ね、前に進もうとしたタケルの身体がふらつき倒れそうになる。

 焦点の合わない視界。呼吸は荒く、心臓が早鐘を打ち、手で押さえる。


「はっ! はっ! はっ!」


 草薙尊の身体では追いつかない戦いをしてきたツケが、このタイミングで来た。


「さて……これでようやく話が出来る」


 そう言ってカルミアは、口を半月状につり上げながら嗤うのであった。

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