第29話 可能性の塊

 ――昔から姉様は凄い人だった。


 屋敷の道場。

 椿の周りに人が集まる姿を、少し離れたところから幼い桔梗が見ている。


 ――いつも自信満々で、みんなの中心にいて、明るい笑顔で溢れている。


「それに比べて、私は……」


 恐る恐る、その輪に入ろうと手を伸ばしてみるが、次の一歩が踏み込めない。

 そうして二の足を踏んでいるうちに、輪の中の一人が桔梗に気付く。


「っ――!」


 瞬間、幼い桔梗は声をかけられる前に逃げ出してしまった。

 強迫観念になにかから逃げるように廊下を走り続けながら、脳内で過去の出来事がフラッシュバック。



 門の入口で大きな荷物を持った使用人たちが、弱々しい顔で話し合うシーンが流れる。


『残ったのが桔梗様だけじゃ、な』

『残念じゃのぉ。椿様さえ生きてくれていたら……』

『もういない人のこと言っても仕方ねぇよ……ほら、行こうぜ』


 まるで桔梗がいても無意味だと、そう突きつけるような言葉とともに使用人たちは桔梗に背を向けて下山していく。



「っ――!」


 幼い桔梗から大きくなった桔梗は、その過去を振り払うように強く歯を食いしばって剣を強く握る。

 そしてそのまま外に飛び出し、黄泉岳を駆け巡って溢れる魔物の群れを一人で切り払う。 


 ――弱い自分が嫌い! 前を向けない自分が嫌い!

 ――強くならなきゃ! 姉様みたいに! みんなを守れるように!

 ――もっと、もっともっと強く!


 魔物を斬って、斬って、斬って斬って斬って――。

 雨が振り、地面に死体が溢れる中、暗雲漂う空を見上げながら孤独に立ち尽くす桔梗。


「強くなったはず、なのに……」


 ゆっくりと視線を下げた先には、幼いときに見たときと変わらず、温かくみんなに囲まれている椿の姿。

 そしてそこに自分の姿はない。


「どうして、誰も認めてくれないの……ずっと、一人なの?」


 二人の距離は幼いときから変わらず、一人で立ち尽くす桔梗は雨に紛れて涙を流しながらその光景を憧れてるように見続ける。


「あ、ぁぁぁ……あぁぁぁ!」


 耐えきれず桔梗はその場にしゃがみ込んでしまう。

 うぐ、うぇ、と言葉にならない声をあげ、小さな子どものように涙を流し、声にならない声でただひたすら謝り続けていた。


「わた、わたじは――!」

「桔梗ちゃん」

「……え?」


 顔を上げると、椿が微笑みながらこちらに手を伸ばしていた。

 まるで、桔梗を迎え入れるように。


「姉、さま……?」

「どうしたの? こっちにおいでよ」

「ぁ……」


 ――そっか、一人じゃないんだ……。


 心の弱った桔梗は椿に縋るような声を上げ、フラフラと幽鬼のように歩き出す。

椿の元へと辿り着くと、みんなに見守られながら抱きしめられる。


 偽物だとわかっていたとき、近づいて来た椿を拒絶出来た桔梗。

 だが今回は、完全に心が弱り、受け入れてしまった。


 ――こうすればほら、口下手な桔梗ちゃんだって、ちゃんと気持ちを伝えられるよ。


 ――頑張ったねって、褒めてくれるかな?


 ほんの少しだけでいいから、自分のこれまでを認めて欲しい。

 そう期待を込めて抱きついた桔梗が少しだけ口元をほころばせた瞬間――。


「疲れたよね。もう、なにも考えなくていいんだよ」

「え……」


 椿はかつて、抱きしめれば気持ちが伝わると言っていた。

 いつだって読み取ってくれた。


 なのに、想像していたこととは違う言葉が出てきて桔梗が動揺する。


「違うよ姉様……っ⁉」


 少し離れようとした桔梗が椿を見ると、彼女はニタァと醜悪に嗤っていた。


「お前は姉様じゃない⁉」

「もう遅い」


 桔梗がハッと恐れるように突き飛ばそうとする。しかしそれはもう手遅れだった。

 彼女たちの足下に黒い泥が現れ、そのまま勢い吹き出すと、二人を飲み込もうとする。


「ぅ、ぁ……ぁ……」

「それじゃあ桔梗ちゃん、今度こそ一緒になろうね」


 泥の身体の大半を飲まれ、苦しむ桔梗に、椿だったモノは笑顔を浮かべる。

 

 ――ねえ、さま……みんな……ごめ――。

 ――大丈夫。桔梗ちゃんは私が守るから。

 

 その幻聴のような声とともに、桔梗の髪紐が光り輝く。


「なっ――⁉ これはまさか、貴様ぁぁぁぁぁ――⁉」


 強烈な光は泥を一気に吹き飛ばし、椿も驚いたように声を上げると共に幻想の世界から弾き飛ばされて消えてしまう。


 桔梗が力なく前に倒れそうになったとき、誰かが抱きしめてくれた。


 その存在がなんなのか、たとえ顔が見えなくても桔梗は一瞬でわかる。

 なぜならそれは、ずっとずっと自分のことを大切に想ってくれていたことが伝わる温かさだったから。


「こんなに大きくなったのに、泣き虫なところは変わってないなぁ」

「う、ぇ……?」

「うん、伝わってくるよ。頑張ったんだね」


 その言葉で、本物だと心が理解する。

 そしてそれは、これまでずっと耐え続けてきた心の蓋が決壊するように壊れ、一気に感情の波が押し寄せてくる。


「う、う、う……あぁぁぁぁぁ!」


 まるで迷子の子どもが母を見つけたかのように、桔梗はぎゅっと自分を抱きしめてくれる存在にすがりつく。


「よーしよし、そんなに一人が辛かったんだ。うん、だったらさ――」


 ずっと抱きついていた椿が、桔梗の肩を掴むと少しだけ離す。

 そしてゆっくりと、その額に自分のおでこをつける。


 ――私たちの想い、教えてあげる。


 そして椿の中に、椿の記憶が流れ込む。



 封印の地に立った桔梗は、目の前に記憶にない光景が広がっていた。

 それは桔梗の知らない、椿たちがナラクの死闘を終えたあとの出来事。


 全員が瀕死で地面に崩れ、お腹を貫かれた椿がそれでも封印を施している。


『貴様らぁぁぁ! 許さん、許さんぞぉぉぉ!』


 晴明桔梗の五芒星が浮かんだ柱にどんどんと取り込まれていく悪魔は、怨嗟の声を上げる。


『ふ、ふふふ……』

『笑っているのも今のうちだ! いずれ封印が解けた暁には、神気を操る貴様らのいない人類などすべて取り込んで――』

『無理だよ』

『っ――⁉』


 たった一言、瀕死の人間の言葉なのに、なぜかナラクは無視出来ない圧力を感じて、言葉を止めてしまう。


『ね、みんな?』


 椿が笑いながら尋ねると、全員が瀕死になっているのに笑っていた。


『あの子は優しくてねぇ。たとえ枯れそうな花でも、最後まで声をかけて愛するんだ』

『小さいくせに、俺より飯食うんだぜ。米は一粒残らずな!』

『勉強が嫌いで、よく逃げるんですけどね。でも必ず戻ってきて謝るんですよ』

『良く泣き、良く食べ、良く遊び、良く笑う。我らが愛する童はそれでいい』


 それぞれが思い思いに一人の少女のことを語る。

 全員が自信を持って言い切れることがあった。


 それは、上杉桔梗が成長したら、“この程度の神を名乗るなにか”など敵ではないということ。

 そして未来の上杉であれば、必ずこの敵を滅ぼすであろうことを。


 ナラクはたかが人間が自分を恐れさせるなどあり得ないはずと分かっているのに、何故か彼らの言葉に恐怖を感じた。


『なんだ? なんだんだ貴様ら⁉ なにを言っている⁉ 負けたくせに何故笑っていられる!』

『負けてないからだよ』


 椿は死に身体でありながら、強い輝きに満ちた瞳で断言する。


『私たちは未来に希望を繋げたんだ』

『戯れ言を! ならば封印を破った暁には、真っ先に貴様らの希望とやらを殺し犯してやる!』

『だから無理だって。貴方は私の可愛い可愛い桔梗ちゃんか、その子どもか、またそのずっとずっと先の子に負けるんだから!』


 その言葉に、上杉の面々は全員笑いながら頷く。

 それは椿たちにとって確定事項だった。

 

 だからこそ当たり前のようにそれを言い切れる。


『ふっざけるな! こ、の……! わたし、が……わたし、がぁぁぁっ……』


 ナラクは椿たちに激昂しながら、柱に飲み込まれるようにして封印されていく。



 それを最後まで見続けていた桔梗は、ぽつりと呟く。


「みんな、こんな私のことを信じてくれてたんだ……」


 笑いながら最期の時を過ごす上杉家の面々の言葉は、もう聞こえてこなかった。

 ただ彼らが皆、終わりのときまで自分を信じて愛してくれていることを知る。


 桔梗とタケルの会話を思い出す。

 

 ――どうやって変われたの?

 ――自分のことを、認めてくれる人たちがいたんです。


「本当はずっと、認めてくれてたんだ……!」


 そうして静寂が広がる封印の地で、椿は振り向いた。


『さて、桔梗ちゃん』

「っ――⁉」


 その瞬間、それまで夢のように曖昧だった意識が覚醒し、椿が自分に語りかけているのだと認識した。


 同時に、いつの間にか真っ白の空間になる。

 涙を浮かべたままの桔梗に、椿がゆっくりと近づいて向かい合った。


「私たちの想い、伝わったかな?」


 桔梗はなにも言わず、ただコクリと頷いて抱きつく。

 それを受け入れた椿は安心させるように同じく抱きしめた。

 気付けば、周囲に上杉家の面々が立って、二人を見守っている。


 ――信じてるって、言って欲しいな。


「信じてる。たとえ死んでも、ずっと」

「……うん」


 桔梗の立ち直った声を聞いた椿は安心して笑い、微笑みながら粒子になって消えて行く。




 上杉の本家を模した一人、女性の剣士が嵐のように大太刀を振り回し、魔術で剣を作り出したタケルと打ち合う。

 そんな中、他の面々はタケルの死角に回り込むように素早く動く。


「っ――⁉」


 打ち合いをしているタケルの背後に回り込んだ巨漢の男が叩き潰すように棍棒を振り下ろしてきた。


 棍棒を回避したタケルが二人を斬り裂こうとした瞬間、防御陣に防がれる。

 魔力を追ってチラッと見ると、札を持った男による仕業だと判断。


 先に始末するか、と考えた隙に懐に入ってきた老人が一瞬動きを止めたタケルに居合いを放つ。

 同時に、女性剣士と棍棒を持つ大男も攻撃に移り、上下正面、三方向からの攻撃だが――。


「「「っ――⁉」」」


 タケルは足で居合いを止め、剣で大太刀を受け止め、プロテクトガードで上から振り下ろされた棍棒を止めた。


 感情のない殺戮マシーンのように動いていた上杉たちが初めて驚愕を見せるが、タケルは止まらない。


 目にも止まらぬ早さで三人を一気に斬り裂き、同時に離れている男に剣を投げる。

護符で防御陣を展開するも、あっさり貫かれ、彼らは泥のように消えていった。


 本命の椿を睨むと、すぐに影から同じ上杉たちが再生する。

 だがタケルはそれ以上追撃せず、自分の描いた線の後ろに立ち、冷たい瞳で敵を射貫く。


「その線を超えたら殺すって言っただろ」



 椿はそんなタケルの動きに動揺を隠せなかった。

 再び迫る戦士たちと、線を越えた先から始末していくタケル。


「上杉は一人一人が人類最強クラスの戦士だよ。私でさえ追い詰められ、最後は封印された。なのにあれはいったい……」


 上杉の本家四人がかりでも、タケルに傷を負わせるどころか、呼吸を乱すことすら出来ていない。



 それからしばらく、何度も同じことが繰り返された。

 再び目にも止まらぬ動きで二人の上杉を斬り裂く。


「「っ――⁉」」


 斬り裂いた二人は再び泥になって椿の近くで再生。


 ――これで四度目だけど……。


「神気がないと滅ぼせないってのは本当みたいだな……ん?」


 気配を感じて振り向くと、桔梗が立ち上がっていた。

 貫かれた胸は完治し、血の跡だけが残っている。


「ずっと守ってくれてたんだね」


 彼女は先日までタケルが見ていた姿とは大きく異なり、憑き物が落ちたような、なにかを吹っ切れたような柔らかな表情をしていた。


「上杉さんを守ってたのは、俺だけじゃありませんよ。その人はもういませんけど……」


 タケルは自らの生命力と引き換えに桔梗を守り続けた存在を思い浮かべ――。

 

「『最強に可愛くて無敵の桔梗ちゃんなら大丈夫! 頑張って!』とのことです」

「……そっか」


 それが椿の遺言だということに気付いた桔梗は一瞬だけ顔を俯かせる。

 そして次に顔を上げたとき、その瞳には強い決意が宿っていた。


「タケル君は、認めてくれる人がいたから強くなれたって言ったよね?」

「はい」

「その気持ち、今なら私もわかるよ」


 その言葉にタケルは柔らかく笑うと、ゆっくり線のところまで歩いて行く。

 お互いがやるべき事は、言葉にしなくても伝わったから。

 

 タケルの背を見送った桔梗は深呼吸をすると、剣を正眼に構えて決意を露わにする。


「私は……姉様が、みんなが信じてくれた私を信じる!」


 その瞬間、彼女から炎が浮かび上がった。


――――――――――――

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すごく面白い漫画になってますので、もしまだの方はぜひ一度読んでみてください!

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