第28話 約束

 封印の地にて、二人の女性が斬り刻んでいた。

 一人は上杉桔梗。もう一人は上杉椿の姿をしたなにか。

 刀がぶつかり合う度に凄まじい衝撃が辺り一帯に走る。


「あははははー! どうしたの桔梗ちゃん⁉ 私を討つんじゃなかったの⁉」

「っ――⁉」

「ほらほらほら、守ってばっかりだったら勝てないよー!」


 椿は楽しそうな声を上げながら、桔梗を追い詰めていく。

 その中身が別物だとしても、上杉椿は史上最強と呼ばれる存在。

 神の依り代である器として、その才気は本物だった。


「さあ、これはどう受ける⁉ 秘剣“青龍”!」

「っ――」


 楽しそうな声を上げる椿が気を纏った刀を振り切ると、蒼い龍が桔梗に迫る。

 だがそれを防ぐでもなく掻い潜った桔梗は、一瞬で距離を詰めた。


「お?」

「はぁぁぁぁ!」


 受けていれば一手遅れたであろう中、最も無駄のない行動に椿が少し驚いた顔をする。

 取った――と桔梗が思った瞬間、椿はニヤリと醜悪な笑みを浮かべ、その剣を受け止める。

 

「ふふふ、こうして姉妹で剣を重ねると、昔を思い出すねぇ」

「っ――!」

 

 まるで自分こそが本物の上杉椿だとでも言うような台詞。

 姉との大切な思い出を穢された桔梗は、怒りから歯をぎしりと食いしばる。

 そしてこれまで守りに徹してきたのが嘘のように、過激な攻めに転じる。


「姉様の声で……」

「そうそう。よく鍛錬なんて嫌いって泣いて逃げてたっけ」

「姉様の顔で……」

「そんな桔梗ちゃんが、こんなに強くなっちゃって――」

「私たちの思い出を、穢すなぁぁぁ!」

「いいねぇその表情! 可愛すぎて食べちゃいたいなぁ!」


 怒りで激しく攻撃する桔梗と、それを見て恍惚に興奮する椿。


 椿の剣を受け流し、桔梗が攻め手に回り始めた。攻守逆転。しかし表情を見れば、どちらの方が余裕かなど一目瞭然。

 しかし怒りで我を忘れている桔梗は、そのことに気づけない。


「おっ、これは……」

「守りが甘い! 姉様ならこの程度、簡単に防いだ!」


 更に攻撃が激しくなり、次第に椿の守りを越えて斬りつけ始める。

 そして力任せに椿の剣を弾き、態勢を崩させた。


「あ……」

「上杉の剣は守護の剣! この程度で崩れるやつが、姉様のはずがない!」


 これで決めると、桔梗は刀を上段に構える。

 咄嗟に防御の態勢を取る椿。


「秘剣“影虎”!」

 

 幻想のように揺らぐ剣が椿の剣をすり抜け、胴体を袈裟斬り。

 更に切り返すように下から上に切り上げる。


「あ……」


 膝をついた椿が、桔梗を見上げる。

 桔梗はそんな彼女の首を斬ろうとさらにもう一歩踏み込んで振り下ろした瞬間――。


「桔梗ちゃん……もう、死にたくないよ」

「っ――⁉」


 潤んで恐怖に怯えたような椿の瞳。


 そんなことを言う人ではない、そんな弱い人ではないとわかっていて、それでも“大好きな姉を殺す”という行為を実感してしまった桔梗は、青ざめた表情で剣を止めてしまった。


「はっ、はっ、はっ――!」


 斬らないといけない、だが腕が動かない。

 桔梗が荒い息を吐きながら動揺していると、椿が醜悪に嗤った。


「やっぱり人間は情に弱い」

「なっ――⁉」


 大地から黒い影が桔梗の身体に巻き付き拘束される。


「ぐっ、ぅ……あ⁉」


 首を絞められ、腕も足も拘束された桔梗は苦しそうにうめき声を上げる。

 椿は醜悪に嗤いながら影に乗り、苦しむ桔梗の目の前までやってくると色気のある手でその顔に触れる。


「ふふふ……こいつの記憶でも知ってたけど、桔梗ちゃんは本当にいい器だなぁ」

「な、にを……?」

「約束通りぐちゃぐちゃに犯したあと、私が使ってあげる」


 ――こいつらみたいにね。


 椿の足下から黒い影が大地に溢れ、そこから上杉家の人間が現れる。

 上杉本家の四人が無機質な瞳で桔梗を見つめた。


「みん、な――⁉」

「そう、もう桔梗ちゃんは、一人じゃないよ」


 幼い頃から自分たちを見守ってくれていた上杉本家の人間たち。

 そしてその背後にさらに生まれる上杉分家の人たち。

 先ほどの幻影ではない、実態を持ったそれはまるで人形のよう。


 桔梗にとって血の繋がった家族同然の人間たちが、この魔族に喰われたのだと理解して、悔しく涙を流してしまう。


「だから安心して、お休み」

「ぁ……」


 そして桔梗の心臓に刃が突きつけられ、影が拘束を外すと力なく地面に落ち――。

 叩きつけられる前に、タケルが抱きしめた。



「君は誰かな?」

「……」


 椿の言葉を無視して、タケルはそっと地面に桔梗を下ろす。


「タケル……くん? ごふっ」


 桔梗の瞳には生気がなく、口と腹部からは血が流れ、命の灯火が消えゆくのがわかった。


「私、だめだった……姉様の顔したあいつを……斬れなかった!」

「喋らないで下さい」

「ごめ、ごめんなさい! う、ぅ、ぅぅ……!」


 無警戒に近づいてくる椿は、タケルのすぐ背後に立つ。


「無視は酷いなぁ。こんなところまで入りこんじゃって、君は桔梗ちゃんの恋人? それとも私たちの仲間になりたいのかな?」


 タケルは椿を見ることなく、裏拳で殴ったが、それは黒い影の壁を展開した椿は余裕そうな顔をする。

 壁にはトゲのようなものが並び、触れれば拳がズタズタになるだろう。


 しかしタケルの拳は無傷のまま、あっさり壁を壊して、そのまま余裕そうな顔をしていた椿を殴り飛ばした。


「ぐっ⁉」


 自分の絶対的な自信を持っていた壁をあっさり打ち砕かれ、ダメージはないが予想外の力に驚愕する。

 地面を滑りながらタケルを睨むが、タケルは一瞥することもなく桔梗を癒やしていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 悔しそうに歯を食いしばり泣く桔梗に回復魔術を使うが、軽度の傷を治す程度のそれでは回復することはない。

 血の気を失い、もはや瞳の焦点も合わず、死を待つだけ。


 ――傷が深すぎる。このままじゃ……。


「大丈夫」

「え?」


 タケルに置いて行かれていたキツネがやってくる。


「桔梗ちゃん……これ、返して貰うね」


 キツネは桔梗の髪紐を加えて解くと、そのまま身体の上に乗った。

 そして傷口に紐を置いた瞬間、桔梗の身体を白い五芒星が桔梗を守るように光り輝く。


「お前、生命力を……」

「あいつを滅ぼすには、上杉が持つ神気が必要なの。だから桔梗ちゃんじゃないと、倒せないんだ」

 

 自らの生命力を使っている事に気付いたタケルが声を上げようとしたが、キツネはなにも言わないでという風に言葉を重ねて笑う。


 その間にも、苦しんでいた桔梗の表情が徐々に和らいでいき、傷が塞がり始めたことに気が付いた。


「君、約束はちゃんと覚えてるよね?」


 ――その子の事、守ってあげて欲しいんだ。


 髪紐を探しているとき、その約束をした。

 そのときからキツネは、こうなることを想定していたのだと理解した。


「……わかった」


 タケルは立ち上がると、桔梗とキツネを守るように立ち塞がると、前に進む。

 あまりにも不気味すぎる情報のない敵に、椿たちも警戒した様子でそれを見守った。


「ずっと一人で戦ってきて、誰かを守りながら戦うのは苦手なんだ。だから――」


 タケルは剣で自分と椿たちの間の地面に線を描いた。


「この線を越えたら殺す。それが嫌だったら、大人しく待ってろ」

「ふぅん……君、面白いこと言うねぇ」


 椿と上杉家の本家・分家の影の軍勢を前に、タケルは立ち塞がる。


「やれるものなら、やってみなよ!」


 向かい合う影の軍勢が飛び出した。




「うわぁ……あの子本当に強い。影は偽物とはいえ強さは変わらないはずなのに、たった一人で上杉の全戦力を抑えてるし」


 たった一人で影の軍勢を抑え込むタケルを見て、狐はドン引きしたように呟く。

 椿が動いていないとはいえ、あの様子なら大丈夫そうだと思った。


「うっ――!」

「っと、見てる場合じゃなかった」


 穢れた血を吐きながら苦しむ桔梗を助けるため、狐は自らの生命力を流しこむ。


「ねえ桔梗ちゃん、今だから言うけどさ。私も元々はそんな明るい性格じゃなかったんだよね。見えないところでいつもうじうじしてた」


 椿が語りかける内容は、意識を失っている桔梗には届かない。だからこれは、ただの自己満足だ。


「両親が病死して当主を継いで、みんなの期待に応えなきゃって不安な気持ちを押し殺しながら明るくしていたの」


 ほんの少し、桔梗が身じろぎをする。血が止まり始め、うっすらと瞳からは涙が流れ落ちた。


「桔梗ちゃんが素直に感情を出せのが羨ましかったし、ちょっとだけ鬱陶しいなって思うときもあったんだ」


 でもね、と椿は続ける。


「それでも貴方が“姉様”って呼んでくれるたびに、私は独りじゃないだんって思えた。不安な気持ちが和らいでいったんだよ」


 ――私が戦ってこれたのは、貴方のおかげ……。


「大切な、大好きな妹だから……」


 ――必ず助けるよ。桔梗ちゃん。


「ほら桔梗ちゃん、もうちょっとだから頑張って」


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※この作品はとなりのヤングジャンプ様で連載している漫画を、原作者である私がノベライズしているため、漫画の更新と同時に小説も更新されます。

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