第27話 進むか戻るか

 屋敷の門の前。

 稽古で顔を腫らしまくってボロボロになっている平等院と、桔梗が申し訳なさそうに立っている。


「それじゃあ、上杉さん。お世話になりました」

「せっかく頼りにしてくれたのに、力になれなくてごめんね」

「まったくだよね――おご⁉」


 調子に乗った平等院が殴られダメージを受ける。

 それを見ながら相変わらず仲が良いと思ってタケルは苦笑した。


「また別の方法を探してみますよ」

「あのね草薙君……」


 すると桔梗は柔らかく微笑みながら、タケルに語りかける。


「たとえ悪霊が取り憑いても、それは一時のことだけなんだ」

「え?」

「すぐに身体が“異物”を弾いて元の魂に戻そうとしてしまうからね。悪霊が長時間、取り憑いた相手の主導権を奪い続けることは不可能なんだよ」


 真剣な表情の桔梗が言葉を紡ぐ。

 

「だから少なくとも、君は祓わないといけない“悪霊”じゃないかな」

「……そう、ですか」

「うん、そう」


 桔梗なりの励ましなのだとわかり、タケルはその言葉をありがたく受け取った。

 なにも事情を教えて貰っていない平等院が隣で悪霊? と疑問に思っている。


「ありがとうございます」


 お礼を言って、二人と別れる。




 タケルは黄泉岳を下山しながら、別れの際の桔梗の言葉を思い出して溜め息を吐く。


「しかしこの身体に尊の魂がないなら、どこにあるんだ?」


 手掛かりがなく振り出しに戻る状態となった今、今後の動き方をまた考えないと……。

 と悩みながら下山していた瞬間、山が胎動し、大量の鳥たちがなにかから恐怖で逃げ出すように飛び出した。

 同時に溢れる強大な魔力と瘴気。


「っ――⁉」


 咄嗟に山の方を見る。

 とてつもない力を感じて、その表情は険しくなった。




 同時刻、鍛錬をしていた桔梗と平等院。


「桔梗さん、これってまさか……」

「ごめん、私のミスだ。まだ時間があると思ったんだけど……」


 真剣な表情になった桔梗が背を向ける。

 

「相馬は急いで山を下りて、出来るだけ遠くに離れるんだ」

「一人でどうするつもりですか⁉ 僕も一緒に――え?」


 立ち上がって食いかかった平等院の腹部に木刀が刺さる。


「な、んで……?」

「今の相馬じゃ足手纏い。それにこれは、上杉の宿命だから」


 薄れゆく平等院の意識の前、桔梗は悲しそうに笑う。

 力なく倒れ込む平等院を支えると、そのまま羊の背に乗せた。


「アニラ、相馬をお願い。こんなのでも、可愛い弟分だからね」


 同時に、手の震えながらアニラの頭を撫でると、不安そうな鳴き声で返事をされる。

 

「大丈夫だよ。この日のために十年も準備をしてきたんだから」


 平等院を乗せたアニラに頼んだよと言った瞬間、アニラが走り出した。

 それを見送った桔梗は、震える手を止めるように刀に触れ、歩き出す。


「さて……私も行かないと」




 平等院を背に乗せたアニラが全力で走る。

 石山の大地から太い枝が生まれ、それらが黒い影に浸食されながらうねりを上げて襲いかかるが、アニラは躱しながら走り続けた。


「くっ⁉ 戻れアニラ! このまま桔梗さんを一人にしたら駄目だ!」

「めぇ~!」


 すでに気絶から目を覚まし、しかしアニラの毛皮に絡まって身動きが取れない平等院が必死に叫ぶ。

 しかしアニラは桔梗が初めて生み出した使い魔だった。

 彼女が望むのは平等院が安全な場所まで辿り着くこと。


「めぇっ⁉」

「アニラ⁉」


 躱しきれない敵の攻撃を何度も受けながら、それでも平等院だけは守り、怪我をさせず、主の言葉を必死に山を駆け下り続ける。


 アニラはまだ幼い中で一人になり、泣いている桔梗を思い出す。

 泣き虫なのに手が血塗れになりながらも剣を振ることを止めなかった。

 怖い夢を見て泣いて、一緒に寝た。

 彼女の傍で雨の日も雪の日も、アニラはずっと守ってきた大切な人だ。

 椿によって生み出された意思を持つ式神のアニラにとって、桔梗は大切な家族だった。


 ――頼んだよ、アニラ。


 だから、そんな桔梗の最後のお願い。

 たとえ自らが消滅しても、これだけは叶えてみせると覚悟を持って走り続けた。


「めぇぇぇぇぇぇ!」


 傷付きながら守られ、足手纏いだからと置いて行かれ、平等院はかつて無力を感じていた幼い頃の自分を思い出す。


「アニラ、頼む……僕はハンターなんだ」


 平等院は涙こそ流さないが、悔しさで唇を噛み血を出しながら身体を震わせる。


「たとえ力が足りなくても、ここで戦わないと僕は……っ⁉」


 その瞬間、アニラが足を止める。

 自分の想いが通じたのだと平等院が顔を上げた瞬間、巨大な壁のように道を塞ぐ大樹がそびえ立っていた。


「なん、だ……これ? さっきまでこんなの無かったはずじゃ……」

「めぇ~」


 アニラはすぐに動き出すが、それより早く大樹から枝が伸びてきて平等院たちを襲う。

 それは先ほどまでとは比べものにならない精度で迫り、アニラが吹き飛ばされ、トドメを刺されそうになった瞬間――。


 ほぼ同時に、強烈な爆発によって大樹が吹き飛ばされた。


 異常な魔力を感じて下山した山から再び全力で駆け上がってきたら、平等院たちがピンチだったので助けに入った。


「平等院! この状況って前に言ってた災厄が復活したってことでいいのか⁉」

「そ、そうだと思う! 草薙君! 一緒に戦っ――」

「めぇぇぇぇぇ!」

「てぇぇぇぇぇぇ⁉ アニラ止まれぇぇぇぇぇ!」


 道が開けた瞬間、アニラは桔梗の願いを守るため、タケルを無視してそのまま止まらず下山していく。

 それをタケルはその姿を呆然と見送ることしか出来なかった。

 

「どこに向かえば……ん?」


 再び山に登ろうと振り返ると、以前出会った狐がそこにいた。

 狐はトコトコと近づいていてくると、人懐っこい笑みを浮かべて見上げながら口を開く。


「やあ少年。道案内は必要かい?」




 同時刻

 桔梗は一人で封印の地へと続く洞窟を進んでいく。


「やあ桔梗ちゃん。待ってたよ」


 椿は桔梗の思い出と同じ姿、同じ笑顔で待っていた。


「その髪型……ふふ。昔から私の真似が好きだったもんね」


 昔の口調で話しかけてくる椿。


「姉様……それに……」

「一人は寂しかったよね? だけどもう大丈夫だよ」


 そして椿の背後には取り込まれた上杉本家や分家の戦士たちが幻影のように現れ、幸せそうな笑顔で見つめてくる。

 それは一人となった桔梗にとって、あまりにも残酷すぎて甘すぎる偽物。


「っ――⁉」


 桔梗はかつて幸せだった時を思い出す。

 ここにいるのが敵だということは理解していた。

 しかしそれでも、厳しすぎる現実に比べて甘く優しい虚構の世界に思わず浸りたくなってしまう。


「みんなも一緒だからさ」


 屋敷にいたのは式神で模倣しただけの、仮初めの家族。

 上杉家の分家・使用人達は全員前回の事件で山に取り込まれてしまい、桔梗は一人ぼっちだった。


 昔と変わらぬ笑顔で求めてくる椿は、動揺して動けない桔梗に近づき、抱きしめる。

 桔梗からは見えない角度で、残虐に嗤いながら、甘く蕩けるような声で囁く。


「さ、おいで。姉妹仲良く、幸せになろうよ」

「……」


 ――オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ


「っ――⁉」


 桔梗の持つ破邪の力を前に、椿は邪気を削られながら咄嗟に離れる。

 そして桔梗を睨み付けるが、彼女は関心がないように一人謳う。


――我が身は神の器。

――我が業(わざ)は魔を絶つ剣。

――我が心は人を守る誠実の花。


 桔梗の詩と同時に蒼白い晴明桔梗の五芒星の魔方陣が封印の地の大地に広がっていく。


「これは、結界⁉」


 彼女を惑わせようとしていた一族は消え、残されたのは桔梗と椿だけ。


「我が名は上杉桔梗……まつろわぬ神を滅ぼす毘沙門天の化身なり!」


 これまで以上に強い破邪の力を身に纏った桔梗が、鋭い眼差しで椿を睨む。


「これ以上姉様が穢される前に、貴様を討つ!」


 それを見た椿は、ショックを受けたように顔を伏せる。


「そっか……桔梗ちゃんは私を受け入れてくれないんだ……」


 しかしそれも一瞬で、次に顔を上げたときその表情は笑顔。


「だったら……その澄ました顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるまで犯してあげる。助けて姉様ぁ! って懇願してももう許してあげないからね」

「……」


 狂気に彩られた椿が剣を構え、桔梗はこれ以上の言葉は不要と無言で構える。

 奇しくも二人は同じ構えで向かい合い、そして同時に飛び出して剣をぶつけ合った。

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