第23話 改めて

 ――東京ランドシティ ヴェーンの屋外遊園地。


 一人でどこかに行ってしまったもみじを、サクラたちは必死に探し回る。


「もみじ! どこ⁉ お願い返事をして!」


 普段の冷静さなどなく、必死にもみじを探すサクラ。

 タケルも周囲を見渡しながら、どこかにいないかを探し――。


 ――あの上からだったら見つけやすいか?


 タケルの目線の先には観覧車があり、その上から見下ろせば見つけやすいかもしれないと思う。


「ん?」


 そう思った瞬間、人々がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 その表情は恐怖に彩られており、その奥でなにかが起きていることは明白だ。


 彼らは高嶺サクラを知っている。

 だからこそその姿を見つけた瞬間、安堵の表情を浮かべ、そして頼りにしてしまう。


「高嶺ハンターだ!」

「ああ、助かった!」

「お願いします! あっちでゲートが発生してるんです!」

「え? あ、その……妹が!」


 集まってくる人々は、矢継ぎ早に助けを求めて事情を説明しようとするせいで、事情が説明出来ないサクラ。


 彼らに悪気などない。

 この魔物があふれる世界において、ゲートが発生すればハンターに助けを求めるのは当然のことなのだから。


 ――助けて、助けて、助けて……。


 タケルは一瞬、脳裏に過去に救世主の自分に助けを求める人々のことを思い出す。

 だがそれはすでに乗り越えた過去。


「皆さん! 高嶺さんの妹を見ませんでしたか⁉」

「え? 草薙、くん?」


 興奮している人たちに向けて、タケルは全力で声を上げる。


「高嶺さんと同じ服を着ている、五歳くらいの子です! 頭にはリボンを――」

「私、見ました! 高嶺ハンターと同じ服の女の子! ああ、そうだ……子どもがゲートの近くにいたのに!」

「っ――!」


 その言葉を聞いた瞬間、サクラは人々の間を駆ける。

 同時にタケルも動き出し、二人揃って人々が逃げてくる方向と逆走を始めた。



 獲物を見失ったビックフットはどこにいったのかとゆっくり探し、そして遠ざかっていく。

 生垣に隠れていたもみじは、ひょこっと顔を出して離れていく魔物を見て安堵した。


「うぅぅ……ままぁ」

「……」


 隣には息を殺しながら泣いている少年。

 もみじはその頭を自分の胸に寄せ、安心させるように抱きしめる。


「大丈夫」

「え?」

「もみじのお姉ちゃんはとっても強いのです」


 泣く少年を慰めるように、自分に言い聞かせるようにもみじは言葉にする。


「だから、ぜったい、ぜぇぇぇたい助けに来てくれます!」

「ほんとう?」

「はい! だからこのまま隠れていれば――」


 その言葉の途中、二人の頭上が暗くなる。

 見上げれば、生垣の上から見下ろすビックフットが醜悪な笑みを浮かべていた。

 


「お願い、無事でいて! 貴方までいなくなったら、私は――」


 サクラが過去に両親を失ったときのことを思い出す。

 襲いかかってくる人形の魔物たち。


 血塗られて今にも倒れそうの中、二人を逃がすために両親が足止めをしていた。

 サクラの腕の中ではまだ赤ん坊のもみじがいて、サクラは泣きながら必死に走る。


「いた!」

「っ――⁉」


 タケルの声で我に返ったサクラがそちらを見ると、腕を振り上げ、今にももみじたちを潰そうとしているビックフットがいた。


「もみじ!」

「おねえちゃん!」


 大好きな姉の声に気付き、もみじがサクラを見る。

 必死に手を伸ばすが、その距離はまだ遠い。

 すでにライトニングブーストを使っている状態だが――。


 ――駄目、間に合わない!


 振り下ろされる拳がもみじに迫り、サクラの顔が絶望に染まる。


 ――いや、いや……。


「いやぁぁぁぁぁ!」

 

 その瞬間――。


「フィジカルブースト!」


 サクラの横を高速で追い抜いたタケルが、ビックフットを蹴り飛ばす。

 その隙にサクラは泣いているもみじを抱きしめ守り、同時にタケルは追い打ちをかける。

 

「子どもを泣かすなんて、マスコット失格だ」

「っ――⁉」


 サクラたちとは少し離れたところで鼻血が出ているビックフットの全身を凍らせて粉々にしてしまう。


 最初の頃は腹パンチや首を飛ばすなど、血を噴き出させてグロテスクな感じだったが、この世界に慣れて極力周囲に被害を出さないように意識も出来るようなっていた。


「ふぅ……」


 そしてタケルは、抱き合っている二人を見る。

 サクラはただただ、妹が無事で心の底から安堵した様子。


 ――間に合って良かった。


 タケルは騒ぎが大きくなる前に離れようと、そんな二人から距離を取った。




 タケルが荷物を置いていたベンチに戻って荷物番をしていると、事情聴取を終えて警察に引き継いだサクラたちがやってくる。


「草薙君、ありがとうございました」

「高嶺さんにはいつもお世話になってるんだから、気にしないでください」


 これはタケルの本心。

 自分の力を知っても隠してくれているサクラは、この世界で両親に次いで信頼出来る人で、出来る限り力になりたいと思っていた。


「お兄さん、もみじは泣かなかったんですよ!」


 褒めてくれ、というふうのもみじに対してタケルは顔を合わせるようにしゃがみ込む。


「高嶺さんが心配するから、勝手にいなくなったら駄目だよ」

「ぁぅ……ごめんなさいです」

「でも、あの子を守ろうとしたのは偉いね」


 反省している様子なので、タケルはもみじの頭を優しく撫でる。


 ――エーデルワイスもこんな気持ちだったのかなぁ。


 かつて自分が無茶をしたとき、心配してくれていた彼女のことを思い出す。


 頭を撫でられ褒められたもみじは「褒められましたー」と嬉しそう。

 そんな慈愛のある行為を見たサクラは、やはりタケルがなにか悪いことを考えているとは思えなかった。


 それでも、サクラの表情が暗くなる。

 タケルの動きは、明らかに訓練された歴戦の戦士で、記憶喪失で出来るものではなかったからだ。


「あの動きは、一般人とはとても思えませんでした」

「高嶺さん?」


 今までの親しげな雰囲気から一変、タケルを不安げに見つめる。


「どうか、教えてくれませんか? 私はもう、これ以上貴方を疑いたくない……」


 その言葉に、タケルも思う。

 あまりにも都合の良すぎる嘘を信じて歩み寄ってくれたサクラに、これ以上甘えるわけにはいかない、と。


「……そう、ですね」


 彼女なら信じて良いと思ったが『人一人の人生を奪っている』という事実を語ろうとすると、どうしても口が重くなる。

 それでもなんとか口を開く。


「実は俺――」

「お姉ちゃんは、お兄さんのことを疑ってるのですか?」


 タケルがすべてを語ろうとした瞬間、苦しんでいるようなサクラを見たもみじが不安げに声を上げる。


「いえ、疑っているわけではなくて――」

「だって、とっても悲しそうな顔させてるのです」

「「っ――⁉」」


 自分の顔に自覚がなかったタケルも、それが見えていなかったサクラも同時に戸惑ってしまう。


 たしかにタケルは辛そうな顔をしていた。

 とはいえ、このままタケルのことを放置するわけにはいかないと、サクラは妹の説得に走る。


「お兄さんは、もみじたちを助けてくれたおんじんなんですよ! 仲良くしないとだめなんです」

「でも……」

「だ・め・な・ん・で・す!」

「……はい」


 もっとも、それも一蹴されてしまうが。


 もみじに怒られたこと。

 そして自分のことで怒ってしまった妹を「も、もみじちゃんその辺で……」と必死に宥めているタケルを見て、力が抜けてしまう。


 ――私は、彼から話を聞いてどうしようと思ったのでしょうか?


 これまでの行いからタケルが善人であることはわかっていたはず。

 それでも言えない事実があるとすれば、それはきっと自分ではどうしようもないことなのだ。

 

 ――だったら、もうそれでいいのかもしれませんね。


 結局のところ、自己満足。

 サクラは大きく息を吸うと、普段の柔らかい表情に戻る。


「草薙くん」

「はい?」

「良ければ、一緒に帰りませんか?」


 好意のある人がもっと一緒にいたいと言うような誘い文句。

 普通なら勘違いをしてしまうが、タケルはその辺り鈍感のためなにも考えずに頷く。




 夕暮れ時、帰り道の河川敷の散歩道。

 遠くには電車の走る橋があり、ゆったりした時間が流れる

 もみじは疲れてしまったのか寝てしまい、サクラが抱きかかえる形。


「んー……お姉ちゃん、大好きですー……」

「はは、本当に高嶺さんのことが好きなんですね」

「もう、この子は……」


 二人の荷物は全部タケルが持ち、二人は歩く。

 お互いそんなに話すタイプではないので、沈黙が続くことも多いが、それほど苦ではなかった。


「……次会ったときはもう言えないかもしれないから」

「え?」

「今のうちに言っておきますね」


 不意にタケルが立ち止まって口を開く。


「俺、高嶺さんと出会えて良かったですよ」


 まるでこれから今生の別れを告げるような、穏やかな雰囲気。

 自分の死期を理解している人間の言葉に聞こえて、サクラは不安に思う。


「……次会ったときにはもう言えないかも、とは?」

「実は、記憶が戻るかもしれなくて」

「え? それは――」

「でも多分、戻ったら失っていた間の記憶は無くなっちゃうと思うんですよね」

「っ――!」


 サクラが出会ったのは、記憶喪失になった後のタケル。

 つまり、彼女との出会いもなかったことになる可能性があるのだと気付いた。


「俺は、本当の草薙尊じゃないから」


 その言葉に込められた意味を、サクラは正確に捉えることは出来ない。

 大和猛という別人格の魂が入っていることなど、わかるはずがないからだ。


「もし草薙くんが私のことを忘れてしまったとしても……」


 サクラは一緒にショッピングセンターで買い物をしたタケルを思い出す。

 両親を失い、ハンターとして戦ってきた日々の中であんな風に穏やかに笑い合ったのは初めてだった。


 だからこそ、今度こそはっきり言える。


「貴方は私の『友達』です」


 サクラにとって、タケルは守りたい大多数よりもさらに身内に入る存在になっていた。


「約束しましょう。もし貴方が私を忘れても、再び友達になると」

「うん」


 そして、その言葉にタケルは自覚無く救われた。

 

「俺も約束するよ。もし高嶺さんになにかあったら、絶対に助けるって」

「私はS級ハンターですよ?」

「友達に、そんなの関係ないだろ?」


 だから、初めてサクラに対して敬語ではない、友人に接するような言葉遣いをする。

 それがサクラにも伝わったのか、再び二人は笑い合うのであった。




 そして時は流れ、新幹線の中。


「「あっ」」


 通路でばったり出会ったのは、ウィンドガードの賀東守。

 彼はちょうどタケルたちが座る席の前を取っていたらしく、荷物を座席の上に置いているところだった。


「少年! 偶然だな!」

「そ、そうですね……」


 嬉しそうな賀東に対して、なぜこんな場所に? と戸惑うタケル。

 それを後ろから見ていた平等院が声をかける。


「ウィンドガードの賀東さんですよね?」

「おう! そういう君は桜蘭会の平等院君だな!」


 平等院はタケルと賀東を見て、仲が良いと思った。


「草薙くん。知り合いなら途中まで一緒にどう?」

「え”」

「お、いいな!」


 コミュ力の高い平等院が自然とそう誘うと、同じく陽の気を持つ賀東は自然な笑顔でちゃちゃっと前の座席を回転させ、斜め前に座る。


 隣には平等院。

 賀東は高崎で群馬の高崎で降りる

 東京から高崎までの約一時間。

 その間、全力で話しかけてくる二人に延々と話しかけられる状況。


 ――嘘、だろ……?


 本来ボッチ気質のタケルの精神は、テュポーンとの戦いよりもすり減らされることとなった。




 ――霊峰 黄泉岳≪よもつだけ≫

 

 遙か昔から異界と繋がる霊峰の一つとして、代々上杉の一族が守護してきた山。

 その山の上に存在する大きな武家屋敷の一角。

 

 窓一つない僧堂の中、蝋燭の火だけが揺れる灯りとなる。

 人と龍が交ざり合ったような像の前で瞳を閉じて正座をした桔梗は、その身を供物として捧げるかのように身動き一つしない。


 そして、ゆっくり瞳を開き、像を見上げる。


「……どうか未熟なこの身に、力をお貸し下さい」


 凜とした、絶対の強い意志が込められた瞳が揺れる炎に映された。

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