第22話 友達って

 ――東京ランドシティ ヴェーン。


 サクラは妹のもみじと一緒に、ショッピングモールと遊園地が一体化している大型商業施設に来ていた。


「お姉ちゃーん! はやくはやくー!」

「もみじ、走ったら危ないですよ」

「大丈夫ですー!」

「もう……」


 制服姿のサクラは、はしゃぎながら走るもみじを追いながら、会長とした話を思い出す。



 昔と違い、協会の権力は盤石だ。

 警察や政治家といったあらゆる権力者も、このモンスターが現れる世界ではハンターや協会に頼らざるを得ない状況。

 それはつまり、この世界において最高権力と言っても過言ではない。


 サクラが最初にタケルを追いかける切っ掛けになった小さな事件とはワケが違う。

 明確な被害も出ていて、それを解決したであろう人間の映像まで出回っているこの状況で、その人物がわからないなどあり得ない。


 すでに風見高校の生徒であることも、桜蘭学園に来ていることも、そして自分と交友があることくらい、協会なら掴んでいるだろう。

 それでもこうして遠回しなことをしているのは、なにか狙いがあるはずだとサクラは思った。


 協会も一枚岩ではないことはサクラもわかっていた。

 タケルの力を利用しようとする者は必ずいる。


 日常を守ると約束した以上、協会に彼の情報を勝手に伝えるわけにもいかないため、タケルの連絡を待っている間に一人取り残されている状況。


 十河と会長の説明が終わり、呼ばれたハンター全員がいなくなった会議室。


 ――まずは草薙くんに事情を聞かないと……。


 タケルに送った『これを見たら連絡を下さい』というメッセージは既読にならず、スマホを見ながら頭を悩ませていると、唐突に残っていた会長が口を開く。


「今回の件、ウロボロスが『彼』の両親に毒を盛ったことが原因だ。ゆえにハンター協会は『彼』を罪には問わないので、そこは安心して欲しい」

「え?」


 スマホから顔を上げたサクラは、穏やかに笑う会長と目が合う。


「その代わり、表向きは十河君たちが解決したことにさせてもらうがね」

「会長は、彼のことをご存じなのですか?」


 あえて名前を出さないのだと気付いたサクラは、同じように彼という言葉を使って尋ねる。

 会長はやはり穏やかな表情で、しかし言うつもりはないという雰囲気。


「……質問を変えます。なぜ私にそのことを?」

「君が『彼』の友達だからだよ」

「え?」


 ――友、達? 誰に? 私?


 これまで友達が出来たことのないサクラは、その言葉の意味を理解するのに時間がかってしまう。

 そんな成長途中の若者を見守る会長は、終始穏やかな雰囲気を変えないまま――。


「どうか、これからも『彼』と仲良くしてくれ」


 そう言った。




 結局、タケルとの関係を聞けないまま終わってしまった。


「草薙くんは、何者なんでしょうか……?」


 記憶喪失というのは嘘?

 会長との関係は?

 本当に、私の……友、人?

 

 これまでの人間関係がわからなくなってしまい、サクラの頭の中はモヤモヤとしてしまう。

 

「……お姉ちゃん、どうしたんですか?」

「え?」

「おめめがこーんな風になってました!」


 もみじは小さな手で両目をつり上げて、真剣な風の表情を作る。

 そして手を離し、ちょっと悲しそうに目を伏せた。


「やっとお姉ちゃんのおしごとが終わって一緒に遊べるようになったのに、もみじはさみしいのです」

「ご、ごめんなさい! つい考え事をしちゃって!」


 あわあわと、泣き真似をするもみじにサクラは慌てる。


「大好きなもみじが許してくれるなら、お姉ちゃんはなんでもしますよ!」

「本当ですか?」

「はい!」


 そう言った瞬間、もみじの瞳がキラリと光り、レディースの服が置いてある店を指さす。


「それじゃあ、あれを一緒に着て欲しいです!」

「……え”」


 そこには母娘コーデを推奨してある看板と、手を繋いでいる親子マネキン。

 ノースリーブのシンプルながら可愛らしいワンピースだった。



 手に登山靴の箱が入った紙袋を持ったタケルが、ヴェーンの通路を歩く。


「登山用の靴は買ったし、あとは――」

「わっ⁉」

「ん?」


 殺気が無かったため足下に走ってきていたもみじに気付かず、当たってしまう。

 見下ろすと、小さな女の子が頭を抑えながら尻餅をついてしまっていた。


「ごめん。大丈夫だった?」

「あう……もみじもちゃんと前を見てなくて、ごめんなさいなのです」


 起き上がるのを手助けしてあげると、もみじはきちんと頭を下げて謝る。

 そんなもみじに対して、タケルは妙に丁寧な言葉で話す子どもだなと思った。


 ――あれ? この子……。


 見栄覚えのあるリボンにサクラそっくりの顔を見て、もしかしてと思うと――。


「もみじ! だから走ったらダメだって――」


 聞き覚えのある声に振り向く。


「あ、高嶺さん」

「え? く、草薙くん……?」


 普段は制服で生活をしているサクラが、可愛らしい私服を着て立っていた。




 ――ど、どうして草薙くんがここに⁉


 普通に考えれば近場にある大型ショッピングセンターなので居てもおかしくは無い。

 しかしずっと連絡がつかない中で、突然居合わせたことでサクラは驚き戸惑ってしまう。


「こんにちは。妹さんと買い物ですか?」


 そんなサクラの内心など気付かず、普通に接するタケル。


 ずっと連絡が取れなかった彼が出会えた。

 そのことが先行し、状況も構わず言葉が出てしまう。


「草薙くん……どうして連絡を返してくれなかったんですか?」

「あ”っ――」

「ずっと、待ってたんですよ……」


 ――やばい、怒られる!


 それがウロボロスの件だとすぐにわかり、気まずい表情になる。


 心の中で言い訳をするとすれば、ウロボロスの件は伝えなかったのではなく、伝えられなかったのだ。


 蛇川たちとの戦いでスマホを壊してしまい、しかもサクラが登校してこなかったので連絡が出来なかった、ということ。


 今日も夏休みになってようやく、登山の準備とスマホを買いに来たのである。


 なんとなく怒っている風のサクラと、それに対して言い訳をしているタケル。

 もみじの目には、おばあちゃんがよく見ている昼ドラの夫婦のようにも見えた。


「……はっ!」


 そんなサクラとタケルをそれぞれ見たもみじは、頭の中でピコンと電球が光る。

 もみじ、わかっちゃいました! という雰囲気。

 

 彼女の頭の中では、ずっと連絡を待っている乙女のサクラが想像された。

 そして二人がモヤモヤしている間、もみじがサクラに声をかける。


「お姉ちゃんお姉ちゃん」

「ん? どうしました?」

「このお兄さん、お姉ちゃんの彼氏さんですね!」

「は? ……ち、違います! なにを言ってるんですか!」


 予想外の言葉を突きつけられてしまい、サクラは焦ったように思考を巡らせる。


「草薙くんはえっと、その……そう! 友達です!」

「え?」

「え?」

「「……」」


 サクラは会長との会話を思い出していたこともあり、友達という単語が出てしまう。


 まさか友達と言われると思わなかったタケルが疑問の声を上げ、疑問の声にサクラは自分の思い上がりだったのか、とショックを受ける。


「そ、そうですよね。私たちって、そういう関係じゃなかったですもんね……」

「あ……」


 ――そうだ、高嶺さんって友達いないんだった!


『お姉ちゃんは学校でも人気者なんですよー』

『お姉ちゃん凄いです!』


 タケルの脳内で、小さな妹に良い格好をしているサクラを想像する。

 それがまさか学校でボッチだと、小さな妹に思われたら大変だと慌て始めた。


「た、高嶺さんって学校でも凄く人気者だから! 友達だなんて光栄すぎて驚いちゃったなぁ!」

「え? ちょ、あの……草薙くん?」


 棒読みで適当なことを言い出したタケルにサクラは戸惑い始める。

 しかしそんな嘘もお姉ちゃんっ子であり、小さな子どものもみじは信じ始めた。


「お姉ちゃん、学校でそんなに人気なんですか⁉」

「そりゃあもう、みんな高嶺さんとは友達になりたいって思ってるよ!」

「草薙くん⁉」


 なに言っちゃってるんですかこの人⁉ と言葉を止めようとするサクラだが――。


「おおー!」


 サクラの学園生活を聞いたもみじがキラキラとした顔をする。

 それに対してサクラは突然ウソを言い始めたタケルに戸惑うばかり。


 ――いつもお世話になってますし、妹の前で恥はかかせないですよ!

 

 そんなアイコンタクトも虚しく、二人の考えはすれ違う。

 ちょっと、これ以上適当なことは、と止めようとしたそのとき――。


「もみじはもっと学校のお姉ちゃんについて教えてほしいのです! なのでお兄さん! 一緒にお買い物をしましょう!」

「「……え?」」


 まさかの展開に、タケルとサクラの二人の声がハモる。




 ヴェーンはショッピングセンターと遊園地が合わさった商業施設。


 しばらくもみじによって振り回された二人は、洋服を見たり、雑貨屋さんを見たり、スマホを買い換えたり、一緒にアイスを買ったり、ショッピングセンターでデートを楽しむ。


 二人とも武器には興味があるため一番話が弾み、一緒に武器の善し悪しを話していると、もみじの目がちょっとつまらなさそうな感じになる。



 ウィンドガードの面々が休暇中にカフェで祝賀会をしていた。

 いつでも動けるようにするためお酒は控え、その代わりケーキやジュースで乾杯をする。 


「やぁー! ついにあたし達もB級パーティーかぁ!」

「ま、ゲート攻略を失敗してボロボロになった身としちゃ、浮かれてばっかりもいられねぇけどな」

「もぉ、友一くんも今くらい素直に喜ぼうよぉ」


 三人はB急に昇格したことで嬉しそうに話し合う。

 ふと、知佳が窓の外を見ると、タケルを見つける。


「あ、あの子だ……ぶっ――⁉」


 そしてその横にS級ハンターの高嶺サクラを見て、まさかデート⁉ 驚いてしまう。

 他の面々もそれに気付いて窓の外を見る。


「ほー、やるな少年」

「うわぁ、若いっていいねぇ」


 そんなおじさんおばさんのような感想を話し合っていると、賀東は一人真剣な表情だった。


 

 

 色々な買い物が終わり、遊園地側に移動する。


「わーい! こっちですー!」

 

 そして反対側に行った瞬間――。


「さて、草薙くん」

「……」


 横に立つタケルの方に顔を向けたサクラは、誰もが見惚れるほど満面の笑顔。

 ただし、笑顔が威嚇と呼ばれるような、と頭に付く。


「先ほどのあれは、なんの冗談だったのでしょうか?」

「すみませんでした」

 

 笑顔のサクラの圧力に屈したタケルがすぐさま謝る。


「まったく。たしかに私には友人はいま――少ないですが、見栄なんて張っていませんからね」


 そう怒りながら、サクラは二人きりになった今こそハンター協会のことを聞くべきかを悩む。

 もみじ相手に再び手を振っているタケルをじっと見つめるが、悪意は感じない。


 その表情は真剣なのだが、タケルはさっきの件を怒っているのだろうと思い居心地が悪かった。


 そんな二人の様子を、メリーゴーランドに乗ったもみじが、キラキラした表情で見る。

 もみじのフィルターには、タケルを見るサクラが恋する乙女に見えている状態だった。


「……やれやれ、お姉ちゃんはしょうがないですねぇ」


 ふふ、とまるですべてを見通しているお姉さんのように、姉の恋を応援しようと思った。

 

 そしてメリーゴーランドが終わり、もみじはそのまま二人からご機嫌に離れていく。

 足取りは軽く、どこまでも行ってしまいそうな雰囲気で。



 ――やはり、聞きましょう。ハンター協会のこと、それに本当に記憶喪失なのかを。


 もみじが消えたことに気付かないサクラは、ようやく決心して問いただすことを決める。


「貴方には聞きたいことが――」

「高嶺さん……もみじちゃんは?」

「……え?」


 慌ててメリーゴーランドを見ると、すでに次の回が始まっており、もみじが帰ってくる気配はない。


「うそっ⁉ もみじ!」


 サクラは顔面蒼白になりながら駆け出すと、そこにもみじの姿はどこにもなかった。



 五歳の子どもが一人で外を歩いていることに周囲が疑問な表情で見送る中、もみじはご機嫌に遊園地を歩く。


「ふふふ。もみじは恋のキューピットさんなのですー」


 もみじの脳内ではサクラがタケルに好意を持っていると認識されている。

 そんな姉を幸せにしたのだと、るんるん気分。


「あぁぁ! ママァ!」

「あら、迷子になっちゃったんだね」

「そしたら迷子センターまで一緒に行くか?」


 親と離れて迷子になった少年が泣き出し、近くにいたカップルが助けに行く。

 しかしその瞬間、近くでゲートが発生し、ギョッとする。


「う、うわぁぁぁぁぁ!」

「ゲートだ⁉ 逃げろぉぉぉ!」


 これから起きる出来事を『理解している』大人たちは大慌てで逃げ出した。

 姉の話をいつも聞いているもみじもまた、落ち着いた様子でその場から離れようする。


「ぁ……」


 そんな中、ふと少年を見ると、その場で大泣きするだけで動かない。

 今ここがどれほど危険な状況か理解出来ていないのだ。


 もみじは逃げ出す大人たちと反対方向に進み、少年の手を掴む

 ほぼ同時にゲートからビックフットが飛び出し、もみじたちを見る。


「一緒に逃げるのです!」

「ぇっ?」


 もみじが引っ張り、逃げ遅れた二人は走り出した。

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