第21話 各々の思惑
異世界のとある城。
玉座には銀髪の少女が座っていた。
彼女の膝元にはスクナが猫のように丸まり、その頭を撫でている。
背後には黒騎士が控え、まるで彼女を守る騎士のようだ。
「と、言うわけで姫様のご命令通り、エキドナは排除。盗まれたパンドラはこうして回収しましたよー」
そんな銀髪の少女が見下ろす先にいるのは仮面の道化師ライアー。
彼は身振り手振りを使い、おちゃらけた道化師のスタンスを崩さず、演劇を披露するように報告を続け、黒い小さな箱を見せびらかせる。
「そして予言に出てくる『救世主』と思わしき人物ですが、そちらは相手にせずスルーしてきましたとも」
「ええ、それでいいわ。今はまだその時じゃ無いもの」
「スクナは、あのお兄ちゃんと遊びたかったなぁ……」
少女の膝に甘えるように足にくっついていたスクナがぽつりと呟いた後、不満げに顔を上げる。
「遊び、たかった、なぁぁぁぁぁ!」
「ふふ……」
不満を報告するスクナの言葉を聞いた少女は、彼女の顎を猫撫でするように愛でる。
「ふにゃぁぁ……」
するとスクナは気持ちよさそうに目を細め、大人しくなった。
そして銀髪の少女は一瞬だけ、意味深に黒騎士を見る。
「いずれ、ね」
これから起きることを楽しみに思うよう、薄く笑うのであった。
ハンター協会の一室。
広い会議場では長机が多数並び、しかし空白が目立つ。
教壇の前に立つのは、スーツを着た男性。
年齢は四十歳程度、体格も良く、野性味のライオンのようなロン毛、左目に傷があるのは歴戦の戦士であることがわかる。
協会直属のS級ハンター、
「さて……緊急招集のため、S級ハンターは全員集まるように伝えたはずだが――」
苛立ちを隠せないのか、こめかみをピクピクとさせながら、周囲を見渡す。
座っているのは四人のハンターたち。
真面目に正しい姿勢で座る高嶺サクラ。
全然興味なさそうにスマホをいじくる赤ピンク髪のギャル――
腕を組んで威風堂々とした態度の巌――
卑屈そうな青年――
「全国で五十人いるS級ハンターの内、俺を含めて五人しか集まらないってどういうことだぁぁぁ!」
うがぁぁぁ、と両手を広げて十河は不満を爆発させる。
対して五十嵐が自信ありげに訂正する。
「おう十河。蛇川がS級剥奪されたから今は四十九人だぜ」
「そんな誤差はどうでもいいんですよ先輩!」
我慢できずに教壇を叩くと、隼だけがビクっと反応。
その状況にサクラが手を挙げて反論する。
「あの十河さん。少なくともここにいる人たちはちゃんと集まっている方たちなので、当たるのは良くないかと」
「……おぉ、そうだな。お前らすまん」
カレンは机に肘を突いた状態でスマホから目を離さないまま、小馬鹿にした気配で十河に声をかける。
「というかぁ、こんな時代にわざわざ集めるなんて原始的なことするからじゃなぁい?」
「機密性のある話をするんだから仕方ねぇじゃねぇか」
「それなら高級旅館とか用意して欲しかったわねぇ」
顔を上げないまま馬鹿にした様子のカレンに、十河の瞳が鋭くなる。
「おい、ハンター協会は国営事業だ。この意味わかるか?」
ピリピリとした空気が会議室を走る。
同時にその場にいたS級ハンターたちにも緊張が走る。
「税金使って高級旅館なんて取ったのバレたらなぁ、真面目に仕事しててもネットで炎上しちまうんだよぉぉぉ!」
――ハンター協会、税金使って大・豪・遊!
――ゲートの大量発生、死者多数でもハンター協会に危機感無し!
――協会直属S級ハンター十河、少女侍らせダブルピース!
そんな見出しのネット記事が十河の脳裏に過った。
「あははははー! 世知辛ーい!」
「それもこれも全部……」
十河の苦労を滲ませる声が絞り出される。
「テメェら民間ギルドが好き勝手するうえに金を吹っかけるからだろうが!」
「私はその分ちゃんとみんなを守ってるからぁ、そんなこと言われる謂れはありませーん」
「あ、俺も俺も」
「あ”ぁんっ?」
「な、なーんちゃって……」
おどおどとしながらもちゃっかりと、小さく手を挙げて便乗する隼だが、ギロリと十河に睨まれると、視線を逸らして手を下げる。
そして身体を縮こませたところで、突然その首根っこを引っ張り上げられた。
隣に座っていた五十嵐に捕まれた形だ。
「おいおい天空! 男ならもっとシャキっとしようぜ! なぁ天空ぅ!」
「あの五十嵐さん。いつも言ってますけど、その中二っぽい名前嫌いなんであんま連呼しないで頂けませんかねぇ」
「いいじゃねぇか俺は最高に格好と思うぜ! それに若くしてS級にもなって名前負けもしてねぇしな! なあカレン嬢ちゃんもこいつは格好良いって思うだろ⁉」
「んー、私の好みって弱くても誰かのために行動出来る優しい年下なのよねぇ。隼さんはぁ……」
んー、とジロジロと見つめると、あまり女性に慣れていない隼はドキドキしながら審判を待つ。
もしかして、彼女いない歴イコール年齢から脱出出来るのでは? と期待していると――。
「正反対でまったく好みじゃないかなぁ」
「……」
ニヘラっと笑いながら残酷に宣言されて、隼がぴしっと固まる。
「おお、残念だったな」
「へ、へへへ……告ってもねぇのに振られちまった……もう帰って良いっすか?」
「ちなみにサクラ嬢ちゃんはどうだぁ⁉」
「すみません。今は誰かとお付き合いとか考えていないので」
ぴしっと手を前に出して、サクラは真面目に答える。
「はっはっは! 真面目に即答とはこりゃ脈なしだな!」
「あははー! サクラちゃんひっどぉい!」
サクラの態度に五十嵐とカレンは爆笑。
もう帰る! と涙目でキレて帰ろうとしている隼。
「テメェらぁ――⁉」
「相変わらずみんな楽しそうでなによりだ」
「っ――会長⁉」
子どものように騒ぐ彼らに怒りを露わにした十河が再び声を上げようとした瞬間、スーツ姿の壮年の男性が入室してくる。
四十代後半、銀髪にも近い白髪を短髪にした渋みのありながらも穏やかそうな男性。
彼が入ってくると同時に他の面々も騒ぐのを止めて椅子にちゃんと座り直す。
――こいつら、俺の前だとちゃんとしなかった癖に……⁉
十河はそう言いたかったが、見た目に反して真面目な彼は上司の前では我慢した。
「今日は忙しい中、集まって貰ってすまなかったね」
「いえ会長、ビックリするくらい集まってないんですけど……」
「そうか……まあ他のS級たちには、十河くんが直接回ってくれればいいさ」
――え、残りのやつら全員? 四十人以上いるんだが?
さらっと酷いことを言われて内心でショックを受けている十河を無視して、会長はスクリーンを発生させる。
「さっそくだが本題に入ろうか。先日蛇川が起こした大規模テロについてだ」
「あんな弱い男が、よくこんな大それたことできたわよねぇ」
「同感っす。ギルドの規模と態度だけがでかいだけで、本人は雑魚なのに」
同じS級ハンターと言っても、その実力は天と地ほど離れている。
最上位の彼女たちからすれば、蛇川はなぜS級になれたのか、というレベルでしかなかった。
「それについてだが……」
スクリーンには蛇川と行動するエキドナが映し出される。
「今回の件は魔族が関わっていることが判明した」
「なっ⁉ 魔族だと⁉」
驚いたのは五十嵐だけ。
残りの面々は魔族? と首を傾げる。
そんな存在がいることを初めて知った、という風だ。
「魔族というのはゲート内の世界に存在する……そうだな、『異世界人』とでも思ってくれればいい」
会長の言葉に、カレンたちはそれぞれ思ったことを口にする。
「それはまた、漫画やゲームみたいな話ねぇ」
「たしかに、ゲートの奥に文明があったこと把握していましたが……」
「魔物だらけで人が生きられる環境じゃないし、とっくの昔に滅んだと思ってたんですけどねぇ」
「若いお前たちが知らないのも無理はねぇよ」
そんなカレンたちの言葉に五十嵐が答える。
「奴らが表に現れたのは二十年以上前に一度だけ。しかも俺が倒してそれっきりだ」
「ふぅん……どうしてそれを隠し続けていたのかしら?」
「魔族が人に似た姿をしただけの、残忍な化物だったからさ」
値踏みするようなカレンの言葉に対して、直接対峙したことのある五十嵐が断言する。
それを補足するように、十河が口を開いた。
「当時のハンター協会は小さな組織だったからな。異世界に知的生命体がいるとわかった政府に交渉をさせろ、なんて言われたら逆らえねぇ。それがたとえ、相手がどんな化物でも、だ」
「五十嵐君の話を聞き、有効的な関係を築くのは不可能と判断した我々は、ハンターや人々を守るために政府や人々に魔族の存在を秘匿することを決意したのだよ」
十河と協会長の言葉に、カレンは理解したように頷いた。
「……なるほどねぇ」
当時のハンター協会と五十嵐が隠蔽した出来事は、その後も魔族が出てくることはなかったため公表されなかった。
もしその後も魔族の侵攻があれば大問題だったが、それもなく自然と情報を出すタイミングは失われていたのである。
「事情はわかりましたけど、今後はどうするんすか?」
「先日の件、公にすれば社会が混乱するだろう。故に、まずはS級ハンターおよびS級ギルドにのみ公表し、体制を整える」
「それ、隠蔽の片棒を担ぐってことなんじゃ……」
「社会のためだよ」
嫌そうな顔をする隼に対して、にっこりと笑う会長。
この時点で逃げ場などないのだと理解し、諦めたように肩を落とす。
――魔族……まさか?
サクラは過去の出来事がフラッシュバックする。
ゲートブレイクが発生し溢れた人形の魔物たち。
明らかに統率された動きをし、多くのハンターが討ち取られ、民間人であった両親も殺された。
さらに言葉こそ介さなかったが、魔物たちを指揮していたであろう人型の存在は涙を流して悔しがるサクラを前にして、残虐な笑みを浮かべて見逃した。
その光景は今もなお心に刻まれている。
サクラはあの魔物こそが魔族だったのではないか、と疑っていた。
「さて……次の件だ」
「っ――!」
そんな考え事をしているうちに魔族の話は終わってしまい、モニターに映し出されるのは『草薙尊』の姿。
――草薙くん? なぜここで⁉
カレンは驚きすぎて目を見開き、小さく「たっくん?」と零す。
五十嵐は真剣な顔つきで無言のまま画面を睨み付ける。
「この少年はウロボロスと魔族を一人で壊滅させたと思われる少年だ」
「ん? ニュースじゃ十河さんたち協会直属のハンターたちが捕まえたことになってたっすよね?」
「俺らが辿り着いたときにはもう全滅した後だったんだよ」
全員が複雑そうな顔をしている中、隼が疑問を口にすると十河が悔しそうに答える。
「どうやら彼はハンター協会に所属していないようでね。現在調査中なのだよ」
――だからもし君たちの中で彼の情報を持っている者がいたら、教えてくれたまえ。
柔和な笑みを浮かべた会長が、意味深にそう言い放った。
ハンター協会 高層ビル上階にある会長室。
太陽の入る大きな窓、執務机、来客用のソファとローテーブル。
「ははは、結局誰も情報を教えてくれなかったねぇ」
笑いながら執務机で仕事をしている会長に対して、ソファに座った十河が疑問を投げかける。
「それで会長、あの茶番はなんだったんですか?」
「茶番? いったいなんのことかな?」
「わざわざ『あの四人だけ』を呼んで真実を教えたことですよ」
あの会議にはS級ハンターを全員呼んだというのは嘘で、元々会長によってピンポイントで指名された者たちだけが集まっていた。
――わざわざあんな演技までさせて、会長はいったいなにを考えてるんだ?
十河は先ほどの自分の大げさな叫びなどを思い出し、少し恥ずかしく思う。
「十河君は俳優でもやっていけそうだね。その調子で、他のS級ハンターたちには真実が漏れないように頼むよ」
会長はにこりと笑いはぐらかす。
「ハァ……ハンター協会に未所属でS級ギルドと魔族を滅ぼすなんて、洒落になんねぇんですけどね。まあいいですよ」
話す気はない、ということがわかった十河は大きくため息を吐いて、立ち上がる。
「それじゃあ俺は、他のやつらに嘘の説明をしなきゃなので、これで」
そうして部屋から退室した十河を見送り、会長は自身のモニターに、広げている写真を見る。
そこには五歳ほどの草薙尊が少し年上のカレンと手を繋いでピースをしている写真や、一緒に走り回っているような写真。
他にも五十嵐に肩車をされて喜んでいる写真や、隼と一緒にアイスを食べている写真など、あの場にいたサクラ以外の三人それぞれと尊が一緒に映っている。
そしてその写真はどれも幸せそうな雰囲気があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます