第19話 そうじゃないやつら

 テュポーンを通して叫んだエキドナの言葉と同時に、下半身が地面に落ちて泥の海が生まれ始めた。

 そこから発生した大量の泥の魔物たちがゆらりと動き、一斉にタケルを見る。


『行きなさい!』


 気持ちの悪い動きで飛び交う魔物たち。


 それをタケルは剣で一閃。

 ワンテンポ遅れて、黒い泥たちは纏めてはじけ飛ぶように切り裂かれた。


 淡々と、もはや作業のように無機質な瞳でテュポーンを見る。


『っ――⁉ なんなの……? なんなのよアンタはぁぁぁ!』


 恐れを振り払うように、テュポーンは我武者羅に光線を放つ。

 地面に波打つ黒い泥。吹き飛ぶ魔物たち。


 強大な力を持ったそれはタケルを飲み込むが、彼の前に展開された半透明の魔術障壁によって防がれていた。


 ただタケルはじっとテュポーンを見て一言。


「終わりか?」

『ひっ――⁉』


 一歩、二歩、タケルがゆっくりと前に進む。

 ベチャ、と泥を踏みしめ、それがより一層エキドナの恐怖を浸透させた。


 ――こ、こうなったら!


 もはや最初のころにあった余裕などない。


『――む、向こうの世界がどうなってもいいのかしら!』

「……なに?」


 その一言で、タケルの足が止まった。

 それに勝機を見出したエキドナは、やや気持ちを立て直す。


『これを見なさい!』


 テュポーンの頭上に巨大な空間の歪みが生まれ、波打つように空間が揺らぐ。


 まるでモニターのように現実世界を映し出し、テュポーンの眷属である黒い蛇の魔物たちが各所を襲っている姿。

 ハンターたちが必死に抵抗しているが、学校などの避難先で泣き叫ぶ人々の姿もあった。


『今、テュポーンの眷属が日本中を襲っているわ! 貴方の大切な人だって、この中には含まれてるのよ!』


 タケルはただじっと、現実世界を見る。


『私を殺したらテュポーンの力は完全に解き放たれるの。そうなったら今とは比べものにならない数の眷属が日本を壊して、取り返しのつかないことになるでしょうねぇ。ふ、ふふふ……そう、だから貴方は私を殺せない……』


 まるで自分に言い聞かせるように言うエキドナの言葉に対して、タケルはただじっと、そこに映る人々を見上げていた。

 それぞれ名も知らないハンターたちが、街や日本を守ろうと戦っていた。


 ――ああ、そうか。


 それを見て、タケルの口元が少し優しくなる。

 懸命に戦っている人々を見て、自分一人で戦っているわけではないという気持ちに浮かんできたのだ。


 そんなタケルのことなど気付かず、エキドナは完全に優位に立ったのだと興奮し始めた。


『私ならこの蛇たちを全部制御出来るわ! 日本が滅茶苦茶にされたくなかったら大人しく従って――え?』


 エキドナが言葉を止めたのは、目の前の光景が信じられなかったから。

 タケルの立っている場所を中心に、黒い泥がまるで蒸発するように消えていた。


『なによ……あれ?』


 タケルの手には黄金に輝く雷そのものが握られていて、それを一振りした瞬間、その場の泥がすべて消滅した。


『なっ――⁉』


 驚くエキドナに対して、タケルは憑きものが落ちたような笑みを浮かべる。


「俺は、一人で戦ってるわけじゃないから……」




 深夜の時間帯。

 避難所に向かう途中の親子が、走りながら蛇の魔物に襲われる。


「はぁはぁはぁ!」

「あっ――⁉」


 そのうち、娘がこけて倒れてしまう。

 両親は慌てて子どもに駆け寄るが、無情にも魔物はそのまま親子に襲いかかり――。


「この街は俺たちが守る!」

「絶対に街の人を傷つけさせない!」


 避難所に向かう途中の親子を賀東が守り、知佳と友一が黒い蛇を倒す。


「さあ、これでもう痛くないよ」

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして。あと少しだから、頑張ろうね」


 茉莉が泣いている子どもの膝にヒールをかけて怪我を治し、笑顔を見せる。


「みんなが、守ってくれるから」


 そして親子を背に庇うようにし、魔物の群れと戦うウィンドガードの背を見つめた。


 別の場所では――。


「桜蘭会とは!」

「高嶺サクラ様を称えると同時に!」

「女神のごとく美しい彼女の思想に憧れた者たちが集い!」

「凶悪な魔物から街の平和と一般市民を守るために存在する!」


 桜蘭会の面々がそれぞれ声を上げながら、街を襲う魔物と蛇を切り裂いていく。


「絶好調!」

「さあ、次行きましょ――⁉」


 黒い泥の蛇たちが混ざり合い、家より巨大な蛇となった。


「こいつは――⁉」


 桜蘭会のメンバーも強力な力を感じて不味いと思った、その瞬間、蛇の胴体がぶち抜かれる。

 蛇をぶち抜いたのは、平等院だった。


「なるほど……確かに身体が少し慣れてきたな……」


 屋根の上に着地した平等院は、自分の力が明らかに上がっていることに感心する。


「会長!」

「すごい!」

「これならS級になれる日だって近いんじゃ――」


 桜蘭会の面々が興奮したように声を上げた瞬間、さらなる巨大な蛇が天に向けて発生する。

 

 これは無理だ、と誰もが思うと同時に、天から巨大な落雷が魔物を一撃で消滅させてしまった。


 その魔術を放ったのが誰なのか分かった平等院は、嬉しそうに苦笑する。


「S級は、まだまだ遠そうだ」


 他も面々の、天すら操る最強のハンターの雷を、まるで神を見るように尊敬しながら見ていた。


 


「次、お願いします」

「はい!」


 ハンター協会のビルの屋上に立つサクラは、モニターを見ながら雷の魔力を発生させる。

 そこに映っているのは巨大となって脅威度の高くなった魔物たち。


 サクラは鋭くその方向を向くと、集中するように目を閉じる。

 そして彼女の身体に雷が放電し、髪の毛などが一瞬浮かび上がると――。


「ジャッジメント・レイ」


 その言葉と共にサクラを纏っていた雷は消失。

 連動するように、モニターに映っていた魔物が巨大な落雷によって消滅した。


「東京で発生した大規模魔獣、掃討終了しました! 凄い!」


 サクラの背後でモニターを操作していた女性協会員は、興奮した様子で告げる。

 対するサクラは冷静に、自分のしたことを誇ることもなく、次を促す。


「なら範囲を関東圏に広げて下さい」

「はいっ!」

「たとえどれほどの魔物が現れようとも、絶対に守ってみせます」


 その様子を離れたところから見ていた若い協会員は、驚いたようにサクラを見る。

 

「あの先輩? 今の……ここから東京中の魔物を倒したってことですか?」

「ああ。それどころか、今からは関東全域で同じ事をやるってよ」

「……人間業じゃない」

「そうだな。そんで、それが出来るから『S級』ハンターなんだろ」


 感動した様子の若い協会員と、それを見て恐ろしいような者を見る先輩協会員。

 二人の対象的な視線の先にいるのは、まだ高校生の女の子だった。



「なんだ、ありゃ……」

 

 タケルとテュポーンから離れたところに立って見ていた蛇川は、呆然とそれを見る。

 テュポーンを見たとき、これ以上の力はないと思った。

 だがタケルの持つ雷の力は、そんなテュポーンの力をも上回っていて、神々しささえあった。


 黄金の雷を持つタケル。

 エキドナの想像を大きく上回っているその力に恐れを抱き、同時に彼女の脳裏に、再び過去の敗北の記憶がよぎる。


『っ――⁉ ふっざけんじゃないわよぉぉぉ! 私は負けない! 二度とあんな惨めな想いはしない! こんなところで、終わるわけにはいかないのよ!』


自らを鼓舞するよう、ヒステリックに叫ぶ。

そして自らの身体や手足に纏わり付いている蛇を引きちぎった。


『テュポーン! もう貴方を縛ったりはしないわ! その代わり、すべてを出し切りなさい!』


 その瞬間、暗く沈んでいたテュポーンの瞳に光が宿る。


『ウヴォォォォォォォォォー!』


 エキドナの制御から外れたテュポーンは天に向かって咆哮。

 それはただ世界を破滅に導くためだけに生まれた生物そのものの声だった。


 テュポーンは、遙か上空へと飛ぶ。

 そして、この場で唯一の脅威であるタケルを睨むと、再びエネルギーを溜め始める。

 それは先ほどまではエキドナによって縛られていたときとは比べものにならない威力を秘めていた。



 タケルは自分の心臓に少しだけ手を当てて、尊のことを思う。


「尊、ごめん。少しだけ無理させる」


 タケルが手に持った雷に濃密な魔力を込めると、最初はただの雷でしかなかったそれが、徐々に形作り始め、巨大な魔力で編まれた雷槍を作り出した。


 激しいスパークを放ち、神々しささえあり――。


『すべてを破壊しつくすのよぉぉぉ!』

『ウヴォォォォォォォォォー!』


 テュポーンが雄叫びを上げながらレーザーを放つ。

 迫り来る光線を前に、タケルは雷槍をやり投げのように構え。


 ――裁きの雷霆ケラウノス。 


 音を置き去りにしながら閃光となって突き進む雷槍は、テュポーンの放った光線を消滅させながら一気に上空へ。


『あ、あああ……あぁぁぁ⁉』


 迫る閃光に恐怖するエキドナ。


『あぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 そんな声で止まることなく、空中に漂うテュポーンを飲み込み、神の怒りに触れた轟音とともに、巨大な身体は完全に消滅した。

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