第18話 全部ぶっ壊す
テュポーンの一撃が荒野を割り、その先の山を吹き飛ばす。
それはS級ハンターであり、多くの怪物を屠ってきた蛇川ですら見たことのない、人知を超えた力。
「まるで怪獣映画だな……」
立ち上がった蛇川は、この怪物が人間の手に負えるものでないことは理解した。
ただ終焉を待つだけの人のように、蛇川はただその姿をぼーと見上げ、過去にあった出来事が思い出す。
十年前――。
まだ蛇川がS級の地位にもない学生時代。
綺麗な瞳をし、これからハンターとして輝かしい未来が待っていると信じて疑っていなかった頃、とあるパーティーの荷物持ちとしてゲートに潜ることになった。
「ゲートの中は初めてか? まああんまり緊張すんなよ」
「何かあったら俺たちが守ってやるから、安心しな」
「はい! 勉強させてもらいます!」
ベテランだけあり、心強い言葉。
ゲートという恐ろしい場所でも笑顔の絶えない三人のハンターたちが、蛇川にはとても輝いて見えて、尊敬をしていた。
――俺もいつか、立派なハンターになるぞ!
しかしそんな希望の未来は、一瞬で瓦解する。
「ち、畜生! なんなんだよあれは⁉」
「し、知るか! とにかく逃げろぉぉぉ!」
黒い泥の魔物たちに襲われたハンター達が必死に逃げ、その前を蛇川が走る。
「ひ、ひ、ひぃ!」
ハンターたちも一人は死に、残りは二人。
このままだと追いつかれると蛇川が思った瞬間、後ろを走っていたハンターに襟首を引っ張られて倒れてしまう。
「……え?」
囮にされた、と気付いたのはニヤリと嗤うハンターを見たから。
すぐに迫ってくる黒い泥の魔物たち。
ハンターたちは逃げだし、蛇川が死を覚悟した瞬間、泥の魔物たちが止まって道を譲る。
そしてその先から、エキドナが現れる。
「可愛そうに。貴方、置いて行かれちゃったのね」
「あ……助け――」
「ええ、助けてあげる。その代わり……」
――私の物になりなさい。
恐怖に怯え、涙目で命乞いをする蛇川にエキドナは黒い泥の魔物を口に入れる。
得体にしれない物を飲み込ませられた蛇川は、そのまま失神してしまった。
「なんでだよ!」
そして気付けばハンター協会に保護されることになった蛇川は、病室で黒スーツを着た協会員に掴みかかる。
「こいつら、俺を囮にしたんだぞ! そのせいで死にかけたのに、なんでお咎めなしなんだよ!」
ベッドにはニヤニヤと笑う、二人のハンター。
自分が罰せられないことを知っているのだ。
「ゲート内の出来事はなぁ、事故なんだよ」
「そもそも俺ら、囮になんてしてねぇし」
「っ――⁉ お前ら!」
蛇川は協会員に振り向く。
だが――。
「貴方の証言が正しいという証明も出来ない以上、この二人を罰する事は出来ません」
「はぁ⁉」
「それが協会の決まりです」
「……そうかよ!」
蛇川は病室を出て、屋上に出る。
――ほぉら、私の言ったとおりになったでしょ?
蛇川の影から飛び出してきたエキドナが、妖艶な笑みを浮かべて後ろから抱きつく。
「それじゃあ、約束通り」
「……ああ。力をくれるなら、お前の物にでもなんでもなってやるよ」
街を見下ろす蛇川の瞳と魔力は、暗く濁っていた。
囮にされたことをハンター協会に訴えかけても、何一つ相手にして貰えなかったこと。
エキドナと出会い、黒い泥の魔物を飲まされて狂気を飲み込み、強くなったこと。
それは蛇川の中にある狂気の魂を歪ませ、身体に取り込んだ魔物が喜ぶ結果となった。
雨の日の路地裏。
かつて蛇川を囮にしたハンターの二人が、血まみれでボロボロになる。
「ひ、ひぃ……助け、助けてくれ!」
「あの時は仕方が無かったんだ! だから……!」
裏切ったハンターたちが血まみれで怯えて命乞いをする。
それを見下ろすのは、大人になりS級ハンターとなった蛇川と、ウロボロスの面々。
「……二度と逆らわねぇように、遊んでやれ」
「「はい、蛇川さん!」」
そうして怒号とともにボコボコにされるハンターたちを背に向け、蛇川は歩く。
それについて行くエキドナ。
「殺さないの?」
「あんなやつら、殺す価値もねぇよ。それより、もっとぶっ壊さないといけねぇもんがあんだろ」
「ふふ、そうね。じゃあそろそろ計画を進めましょうか」
「ああ。行くぞテメェら」
――ハンター協会を、ぶっ潰す。
蛇川は雨の中、巨大なビルを見上げながら、そう宣言した。
「一度ハンター協会を全部ぶっ壊して、全部支配するつもりだったが……」
蛇川はテュポーンを見上げる。
「こんなのが暴れたら、なんも残んねぇじゃねか」
――エクスプロージョン。
蛇川が感傷に浸っていたその瞬間、とてつもない爆発がテュポーンを襲う。
「……は?」
そのあり得ない出来事に、呆気にとられてしまう。
極大の魔力光線によって割れた大地、粉々になって吹き飛んだ山。
そんな馬鹿げた威力の攻撃を、タケルは間違いなく受けた。
あれを受けて生きていられる人間などいるはずがない。
だが、蛇川の視線の先。
そこには無傷で立つタケルの姿がそこにあった。
――この程度じゃ効かないか。
先ほどよりも威力の高めたエクスプロージョンで無傷だったテュポーンを睨み、分析する。
タケルは強大な力を持ったテュポーンを相手にしても、恐怖を感じることはない。
再びテュポーンが魔力砲を放とうとするが、テュポーンの顔面にエクスプロージョンを放ち行動を防ぐ。
爆風が辺り一帯を揺らし、爆煙が晴れたところで無傷のテュポーン。
「厄介だな……」
あの防御を突破するには相当な魔力が必要だと判断したタケルは、ついそんな言葉が零れてしまう。
『ふ、ふふふ! あははははは!』
「っ――⁉」
そうしてにらみ合っていると、不意にテュポーンからエキドナの声が聞こえてくる。
『素晴らしい! 素晴らしいわぁ! 最高の気分よ! これこそ究極の力! この力さえあればあいつらだって私のことを無視できないわ!』
「……エキドナ? お前取り込まれたんじゃねぇのか?」
テンション高く高笑いをするエキドナに対して、蛇川は驚いた声を上げる。
その言葉で先ほどまで狂気に彩られていた声はやや落ち着き、ゆっくりと、その巨大な身体が蛇川を見下ろす。
テュポーンの内部に取り込まれたエキドナ。
顔には血管を浮かび上がり、狂気の瞳で外部の映像を見る。
『あら陣。それは勘違いよ。取り込まれたんじゃなくて、一体化したの。この子は私、そして私はこの子。ええ、だからこんなことも出来るのよぉ!』
下半身に蠢いている大量の蛇たちをタケルに向けられ、細かいレーザーを放ち始めた。
「ちっ――⁉」
『あはははは! 羽虫がよく動くわね! でも、いつまで持つかしらぁ⁉』
無数に放たれるそれらを躱す。
足を止めればすぐに捉えられ、魔術障壁も抜かれてしまうだろう。
いくら魔力で強化をしていても、テュポーンの攻撃に草薙尊の体がもつはずがなかった。
だからタケルは動き続ける。
『だから、効かないって言ってるでしょうがぁぁぁ!』
タケルの放った爆撃を無傷で受けて、荒ぶった声とともに反撃の光線を放つ。
『あぁぁぁぁ、気持ち良ぃぃ。最っ高の気分だわぁ!」
恍惚とした声。
明らかに正常ではなくなっているエキドナ。
対して、神に匹敵する力を持った怪物を前に一切怯むことなく立ち向かうタケルの姿は、まるで神話に登場する英雄のよう。
レーザーが当たりそうになると、手から小さな爆炎を生み出して受け流すように身体を守る。
『この力があれば予言なんて関係ない! 私がすべての支配者として君臨するのよぉぉ!』
その叫びとともに、下半身の無数の蛇が凄まじい速度で大地に伸び、まるで爆撃のように大地を穿ちながらタケルを襲った。
タケルはテュポーンの無数の頭を躱し、途中で魔物が落とした剣を拾うと蛇頭を切り裂き、道を作る。
そして一気に駆けだして蛇の上を走りながら、テュポーンの下半身から頭上まで容赦なく爆撃を加えた。
『っ――! 何度も何度も無駄なことを!』
やはり無傷のテュポーンが、蛇の上を走るタケルを空に放り投げる。
『死になさい!』
空中で逃げ場のないタケルに向けて、光線を放てるすべての蛇と本体の照準を向けた。
全砲門から放たれた光線に逃げ場はなく、タケルを飲み込もうとしたとき、足に魔方陣が生まれる。
タケルの放ったエクスプロージョンで、一瞬だけ動きが鈍ったのが胴体の中心。
「そこだ」
エリアルブーストで一気に飛んだタケルは光線を抜けてテュポーンに迫り、そのまま魔力を纏った剣で胴体を真っ二つにした。
剣はタケルの魔力に耐えきれずに蒸発してしまう。
「……は?」
地面に降り立ったタケルがすぐにテュポーンを見上げると、丁度エキドナの頭上が真っ二つに切れている状態で、あまりの状況に呆気にとられた様子。
「外したか……」
凄まじい再生力で、テュポーンは真っ二つになったはずの身体は元に戻っていくが、死にかけたエキドナは立ち上がりタケルに向けて怒りを見せていた。
「あ、あああ……死ぬところだった。もう少しで、死ぬところだったぁぁぁぁ!」
狂気はさらに深く、もはや正気すら失っているのではないかと言わんばかりに声を上げてタケルを睨む。
「そいつ自体は不死身でも、操ってる奴がいるなら話は簡単だな」
タケルは再び地面に落ちている剣を拾うと、エキドナに向けて切っ先を向ける。
明確に、エキドナを狙うと宣言しているのだ。
「ふざけるな! なんなのよアンタはぁぁぁ! 大体ねぇ! 私が死んだら、テュポーンは本当に制御から外れてすべてを壊すわよ! それでもいいのかしらぁ⁉」
エキドナにはつい先ほどまでの余裕など、もはやなかった。
彼女の感情に呼応するようにテュポーンの魔力が高まり、周囲一帯の空間が歪む。
もはや今戦っているのは羽虫ではなく、明確な敵として認識したのだ。
「そもそも、たとえ貴方が本当に予言にあった『救世主』だったとしてもねぇ、テュポーンと私に勝てるはずがないのよぉぉぉ!」
「救世主、だと?」
ぽつりと、辺り一帯の時が止まったかのような静寂の中で、タケルの言葉が響く。
同時に、エキドナは凄まじい悪寒を感じた。
「え? なにこれ……」
身体が震える中、二つに切られていたテュポーンの上下の身体が元に戻り始める。
その閉じきる瞬間、わずかに開いた隙間から、タケルが恐ろしい表情で見上げてきているのが見えた。
――この私が、恐怖してる?
テュポーンの内部にいるエキドナは今、映し出されるタケルの姿を見て恐怖していた。
「そんなはずはない! だって私は最強の力を手に入れたのよ! もうこれで、あいつらだって私を無視出来ない存在になったの!」
彼女の脳裏には、かつて自分を見下す魔族たちの影。
玉座に座り、階段の下でボロボロになり倒れ込むエキドナをなんの感慨もなく見下す銀髪の少女。
両隣で佇む無表情の黒騎士と、嘲笑している道化師。
そして実際にエキドナを倒したスクナは、遊び相手が思いの他弱くて残念そうな様子。
『ねえ人間に負けたってほんと?』
『簡単なお使いを頼んだだけなんですけどねぇ』
『ちゃんと部下の躾をしないからだよー。弱いと玩具にもならないじゃん!』
スクナと道化師の会話が自分を馬鹿にしているものだというのは分かる。
だがそれでも、逆らうことの出来ないほど圧倒的な力の差。
エキドナはただ悔しさで歯を食いしばりながら、いつかこいつらに復讐してやると心に誓う。
そして今、これまであった力の差を縮めることが出来た。
今ならあいつらですら、きっと倒せるはずだと、そう思う。
「くっ! だからこの身体の震えは――」
エキドナは過去のトラウマである幻想を振り払うように、震える自分の身体に活を入れて前を見る。
『なにかの間違いなのよぉぉぉ!』
そうしてタケルに向かって叫ぶのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます