第17話 応酬

 異世界を旅して、多くの魔物と戦ってきたタケルも初めて見る巨大な蛇の魔物。

 蛇川が切り札と称しただけあり、これまで現代で見てきた魔物たちとは一線を画す力を感じた。


『グオオオオオオオォ!』


 大地を揺らす巨躯から放たれた雄叫びとともに、八つの頭がタケルに襲いかかってきた。


 躱して、頭の一つを爆発させる。

 だがヒュドラは止まることなく、他の頭がタケルを噛み砕こうと迫った。


「それぞれ別なのか?」


 頭を一つ潰されたというのに痛みすら感じていない様子のヒュドラを、タケルは冷静に見る。


 戦いながら分析をするのはタケルの癖で、瞳を鋭くさせてヒュドラを睨む。

 魔物にはそれぞれ特性があり、持っている能力によっては一発で詰む可能性もあったがゆえの戦い方だった。


 再び迫ってきた躱した頭を吹き飛ばし、二つ目。


「残り、六……っ⁉」


 そう思った瞬間、予想外のところから飛び出してきた頭を躱す。


 どこから? と思って見ると、最初に吹き飛ばしたはずの頭が復活していた。

 さらに他の吹き飛ばした頭も再生されていて、八つ揃った状態で怒りの形相で睨んでくる。


「再生したのか⁉」

「そうさぁ! ヒュドラは不死の怪物だ! たとえお前がどれだけ強くても、勝ち目はねぇぜ!」


 蛇川の言葉にタケルは瞳を鋭くする。

 このレベルの魔物で再生能力を持っているのであれば、たしかにS級ハンター達に対する切り札になるだろう。


「だけど、本当に不死身の生き物なんているはずがない」


 八つの首すべてを吹き飛ばすつもりで魔力を高めた瞬間、危険を感じたヒュドラが強力の破壊光線を打ち出してきた。


「っ――」


 その場を飛び退き、それぞれの頭から放たれる光線を避けていく。

 タケルの身体はどう言っても普通の少年の肉体。 

 どのくらいの威力を持っているか分からない光線を、当たるわけにはいかなかった。


 八つの頭から絶え間なく続く光線の嵐。

 それを躱しながら、三つほど纏めてフレアバーストで頭を飛ばす。


「フリーズ」


 同時に、再生箇所を凍らせる。

 再生しようとするヒュドラの首が氷漬けになるがすぐに突き破りながら頭が再生した。


 ――この程度の魔術じゃ駄目か。


 凍らせることに意味が無いと、タケルは再び頭を潰しながら、フレアバーストで根元を吹き飛ばす。


 首の半分が吹き飛び、それでもヒュドラはすぐに再生を開始し始めたとき――。


「もう一発」


 タケルが全体を吹き飛ばそうとフレアバーストを放つと、残ったヒュドラの頭が何かを守るように固まり、そしてまとめて吹き飛んだ。


「おいおい! 無駄だって言ってんだろうが!」

「――見つけた」


 明らかに今、ヒュドラは焦って動いた。

 それはとある部分に攻撃が届かないよう、守るように。


 表で見えている八つの頭とは違う位置、最初からずっと地面に隠れている尻尾をタケルは見る。

 そしてそこに向かって一気に駆け出した。


 野生の本能か、危険を感じたヒュドラが慌てて再生した頭で襲いかかるが――。


「遅い」

 

 一気にトップスピードに入ったタケルがヒュドラの首を最小限の動きで抜け、置き去りにし、ヒュドラの胴体を駆けてそのまま背後に飛ぶ。


 空中で体勢を整えながら、地面奥深くに隠れている巨大な尻尾に向けて手を向け、凄まじい魔力が生まれる。


 それを離れたところから見た蛇川が、呆然とする。


「おい、ヒュドラは過去にS級ハンターを何人も殺してきた怪物だぞ? まさかそれを……」


 不死属性を持つヒュドラは対S級ハンターにおける切り札だ。

 いくらタケルが怪物だと認識していても、不死身のヒュドラを倒せるはずがないと思っていた。



 ヒュドラの頭が焦ったように迫る。

 だがそれよりも早く、タケルの魔術は解放された。


 ――エクスプロージョン。


 轟音とともに大地に巨大なクレーターが発生し、ヒュドラの尻尾から先が完全に吹き飛ぶ。

 そして迫っていたヒュドラの頭は完全に制止し、そのまま地面に崩れ落ちた。



 動かなくなったヒュドラの前に着地したタケルは、油断なく蛇川達を見る


「次はお前たちの番だ」

「くっ――⁉」


 振り返ったタケルがファイアーボールを複数放つと、蛇川は大蛇を召喚してその火球を飲み込ませた。


 大蛇の身体が一気に膨れ上がり内部から爆発。


 蛇川はその衝撃をすべて抑えきるが、爆風の中をタケルが距離を一気に詰めようとし――。


「っ――⁉」


 しかしすぐにタケルはその足を止めて横に飛ぶ。

 ほぼ同時に、タケルのいた位置に巨大な魔力刃が大地を切り裂いた。


「ヒュドラを殺して調子に乗ってるみてぇだが……あんまり俺をなめんなよ?」


 魔力刃を放ったのは蛇川。


 手には蛇が巻き付いた禍々しい杖を握っていて、魔力を垂れ流しながら強者のオーラを漂わせている


「たしかにテメェは怪物だ。だが、戦いは強ぇやつが勝つんじゃねぇ」


 同時にタケルの周囲に魔方陣が生まれ、そこから大蛇が顔を出した。


「勝ったやつが強ぇんだよ!」


 蛇川の言葉と共に、毒のブレスを吐く。


 ブレスを躱すために距離を取ると、その着地点の先に魔方陣が生まれ、大蛇が顔を出し毒を吐く。


 タケルは回避に専念しながらファイアーボールを対抗するが、召喚された大蛇はその場から消え、あらゆる方向の召喚陣から再度生まれながらタケルを追い詰めた。


 タケルの正面に新しい召喚陣を見る。

 飛び出すと同時に魔術を使おうとしたが――。


 蛇川がニヤリと嗤う。

 召喚陣から飛び出してきたのは、先ほどまでの大蛇とは異なる魔物。


 ――バジリスク!


「見たな」

「っ――⁉」


 タケルはそちらを見てしまい、一瞬身体を硬直させる。


「こいつはテメェの親に使ったのとは比べものにならねぇ特別製だぜ!」


 同時に蛇川が杖を振るうと、立ち止まったタケルを囲うように大量の大蛇が召喚される。


「死ねやぁ!」


 タケルに向かって大量の毒が吐きだされる。

 だがタケルは、自分に魔術を使っていた。

 

「リカバー」


 その一言で石化を解除し、タケルは毒を置き去りにして一気に蛇川に駆け抜ける。


「――は?」


 慌てた蛇川が杖を振るい大蛇を召喚してタケルに襲いかからせるが、それを躱しながら燃やして蛇川の腹部を殴る。


「がはっ――⁉ 


 追撃をしようと倒れる蛇川に向かうと、空から銀槍を持ったエキドナが強襲。

 それを躱したあとも連続して槍を振るってくるエキドナを、タケルは蹴り飛ばす。


「くっ⁉」


 エキドナは体勢を整えながら蛇川の近くに着地。

 同時に迫るファイアーボールを蛇川がなんとか起き上がり、大蛇を盾に防ぐが、その隙にタケルはもう二人の目の前まで迫っていた。


「「なっ――⁉」」

「吹き飛べ」


 タケルがゼロ距離からフレアバーストを放ち、二人の姿が爆煙に飲まれる。

 その威力に耐えられず、蛇川は遠くに倒れる。


 煙の中から、銀の槍が飛び出した。


 タケルはそれを後ろに跳んで距離を取ると、蛇の下半身をし、背中からは蝙蝠の羽が生えたエキドナの姿が現れる。


 眼光も鋭くなり、明らかに人とは違う存在がそこにはあった。


「やっぱり魔族だったか」


 ――魔族のことを知っている⁉ ならやっぱりこいつが『予言』の……!


 タケルの言葉に、エキドナが内心で驚く。


 現代において、まだ魔族の存在は知られていないはずなのに知っているとしたら、タケルこそ異世界で予言にある存在で間違いないと判断したからだ。


 エキドナの瞳が鋭く光る。


「ふ、ふふふ……ようやく見つけた! 貴方さえ――」

「なら、手加減する必要も無いな」

「えっ……?」


 エキドナの言葉を遮ったタケルが殺気を放つ。

 タケルにとって、魔族は多くの人を殺してきて『敵』であり、救世主時代の感情が蘇る。


「あ……あ、あぁ……」


 一瞬で心が折れそうになるエキドナが、恐怖に顔を歪ませ、ガタガタと身体を震わせる。

 そんなエキドナの肩を抱きながら、蛇川が隣に立つ。


「陣?」


 蛇川の表情はどこか虚ろで、服はボロボロ。

 眼鏡もどこかに飛んだため裸眼でタケルを見ていた。


「魔物は全滅。俺の切り札だったヒュドラもぶっ殺されて、これじゃあもう計画もクソもねぇ」


 そう言いながらも、蛇川は幽鬼的な雰囲気を宿し、エキドナに声をかける。


「で、どうすんだ?」

「え?」

「『俺の』計画は終わった。ならもうあとはお前のやりたいようにすりゃいい」


 蛇川に肩を抱かれたエキドナは、恐怖から少しだけ落ち着きを取り戻す。


「……『私の』計画を前倒しにするわ。本当はハンター協会を全部潰した後の予定だったけど」

「おいおい。俺の計画をぶっ壊す気だったのかよ」

「ええ。実はそうなの……ところで陣。お願いがあるんだけど」

「言ってみな」


 二人は少し楽しそうに、悪巧みをするように話し合う。


「私のために、少しだけ時間を稼いでくれる?」

「『あれ』を相手に時間を稼げ、ねぇ……」


 ニヤリと蛇川が嗤ってラスボスの風格を出すタケルを見る。


「また無茶を言ってくれるじゃねえか!」


 そう言いながら、蛇川は杖を向けてタケルに小さい蛇を大量に召喚する。

 正面から戦えば一蹴されてしまうため、ただの嫌がらせ。


 蛇を吹き飛ばされ、蛇川がタケルに向かって魔力刃などを飛ばすが、打ち消されて蛇川が再び殴られる。


「ぐっ……おおおおお」


 ボロボロになり、杖も落としながらも、恥も外聞もない意地だけでタケルに食らい付く。


 ――こいつ……!


 その執念に、タケルも厳しい目を向けた。




 蛇川がタケルに食らい付いている間に、エキドナがヒュドラに近づく。


「異なる二つの世界に存在する次元の壁。ゲートのように小さな穴では時間をかけないと弱い魔物しか通れないけれど……」


 エキドナはヒュドラに触れながら、独白するように言葉を紡ぐ。

 その言葉に惹かれるように、魔物に取り込まれていた黒い魔物たちがヒュドラの上に集まり始めた。


「常軌を逸したような大規模な術式を使うか、次元の壁すら破壊するエネルギーがあれば、世界は一つに繋がるわ」


 ボトボトと、粘性のある泥がまとわりつくように黒い魔物たちがヒュドラの肉体を内部から変形させていき、どんどんと肥大化していく。


 鈍い音をたてながら泥は蠢き、エキドナがそんな泥を抱きしめるように自らの身を沈め始めた。


「さあ、一緒に生まれ変わりましょう」


 まるで愛しい子どもに語りかけるような声色とともにエキドナの身体が泥に沈み、強大な魔力の高まりが大地を揺らす。


 タケルもこれまでとは状況が違う状況に泥に向けて魔術を放とうとするが、ボロボロになった蛇川が食らい付いてきた。


「ちっ――⁉」

「蛇てのはなぁ! 一回噛みついたら、しつこいもんだぜぇ!」


 そんな蛇川をタケルが振り払い、泥を見ると、完全に泥と同化したエキドナが目を血走らせながら叫ぶ。


――さあ、生まれなさい! 神をも殺す最強の怪物――テュポーン!


 狂気に満ちた瞳とともに、ヒュドラとエキドナを覆っていた泥が天に向かって伸び、禍々しい魔力が解き放たれる。


『ヴォォォォォォォ』

「っ――⁉」


 脳裏に響くような怨嗟の声。


 同時に、先ほど吹き飛ばしたはずのヒュドラの尻尾――本体部分だったところが黒い泥達によって塗りつぶされ、形を変えていく。


 本体だった部分が上半身となり、黒い翼を生やしたそれはまるで悪魔のような肉体へ。


 下半身は元々あったヒュドラの八頭がさらに無数へ広がり、うねうねと蠢いている。


 ヒュドラだったときと比べものにならないほど巨大なそれは、世界を滅ぼす怪物そのものに。

 一度は最高神ゼウスすら倒した、ギリシャ神話最強を名乗る怪物――テュポーンが天に向かって雄叫びを上げる。




 テュポーンが発生したと同時に、日本に黒雲が漂い、大量のゲートが発生した。


 怯えたように飛び出したゴブリンなど弱い魔物たちと、それを追いかけるように飛び出した蛇の魔物。

 まるで魔物が餌だと言わんばかりに、蛇たちによって弱い魔物たちは食べられていく。

 ハンターなど見向きもしない、捕食行為。


 それが日本中で発生していた。




「こいつがエキドナの切り札か……ぶっ飛んだもん用意してんじゃねぇよ」


 タケルに倒された蛇川は、呆れた表情で巨大な怪物を見上げる。 


 暗雲から天地をとどろかせる雷鳴。激しく吹き上がる火山。

 ここが世界の終末だと言われれば誰もが納得するような、そんな世界が広がり始めていた。



―――――――――――――――――――――――

【あとがき】

原作となる漫画は隔週『火曜日』

【となりのヤングジャンプ】または【異世界ヤンジャン様】にて更新されます。

詳しくは下記近況ノートで!

https://kakuyomu.jp/users/heisei007/news/16817330647516105256


※注意

こちらのお話では、ノベル限定の内容も含んでおります。

それらが漫画原作になにか影響を与えることはございません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る