第16話 だが断る

 夜の繁華街。


 蛇川に指定された場所に向かうタケルは、酔っ払いのサラリーマンや夜の店の人間などの声で騒がしい道を歩く。


 そんな中、私服で一人歩くタケルを見た若いキャッチの男が、横について歩調を合わせてきた。


 少し離れたところでそれを見ていた仲間のキャッチは、未成年に声をかけた馬鹿野郎だと思って呆れてしまう。


「一人ですかー⁉ 今なら可愛い女の子がいま――っ⁉」


 キャッチは勧誘をしようとタケルの顔を覗き、そして怯えたように顔を引き攣らせて足を止める。

 そんなキャッチなど最初から目もくれず、タケルは黙ってそのまま進んでいく。


 怯えた男に、キャッチの仲間が呆れたように声をかける。


「お前さぁ、何やってんだよ。あんなの後ろ姿でも未成年ってわかるだろ」

「あ……」

「ん?」

「悪魔……」


 怯えた様子のキャッチに、仲間の男は不思議に思う。

 彼が見ているのは、タケルの背中。




 街を歩き、一軒のいかがわしい雰囲気の店に辿り着く。

 その店の前には、一人の美女が立っていた。

 

「お待ちしておりましたよ」

「……お前は?」


 にっこりと、親しみのある笑みを浮かべる美女。


「私はエキドナ。ウロボロスの副ギルドマスターをやらせて頂いております」


 タケルはかつて異世界で戦ってきた魔族の気配に近いと思うが、敢えて何も言わない。


「私の顔に何か?」

「いや……それで、お前が案内してくれるのか?」

「ええ。こちらへどうぞ」


 誰もいない店の中を歩いていくと、広いホールにソファとテーブルがあり、そこからVIPルームに入ってさらに奥の部屋。


 そこには椅子もテーブルもなく、ただ黒いゲートだけがゆらゆらと浮かんでいた。


「マスターはあの奥でお待ちです」

「……」




 タケルがゲートを通ると、そこは周囲一帯に火山の広がる荒野だった。


「よぉ。会いたかったぜイレギュラー。いや、草薙尊」

「お前が蛇川か」


 タケルを見て、余裕のある笑みを浮かべる蛇川。


 彼の背後にはオーガやオークだけでなく、蛇やイノシシ、狼の魔物など、動物型も彼に付き従うようにその場に整列していた。


「壮観だろ? こいつらは全部、俺様の言うことなら何でも聞く魔物たちだ」


 まるで子どもが玩具を自慢するような仕草。

 タケルは魔物には興味を示さず、代わりに見える大穴を見る。


 ――アー……アー……。


 大量の黒い魔物が、まるで地獄の釜に茹でられているかのように集まり、怨嗟の声を上げながら這い上がろうとしていた。

 棍棒を持ったオーガが、穴から這い出ようとしている黒い魔物を落としていく。


「あれは……」


 そんなタケルの視線に気付いた蛇川が、嗤って指を弾く。

 空中に現れた魔方陣から蛇が召喚され、黒い魔物を落としているオーガの一匹を拘束。


 命令を聞くとはいえ、恐怖はあるのかオーガはバタバタと暴れだす。

 その隙に黒い魔物が穴から飛び出し、オーガの口に入った。


『が、ぼぼぼぼぼ――⁉』


 まるで内部から細胞が入れ替わっているかのように膨張し、そしてオーガはさらに巨大で強力な魔物、サイクロプスへと変貌した。


 そしてサイクロプスは暴れるわけでもなく、蛇川の背後に付く。

 代わりに、別のオーガが同じように穴に近寄って、這い上がろうとする黒い魔物を落としていく。


 変化したサイクロプスを見て、タケルは先日グレイトボアがミノタウロスに変貌した件が脳裏によぎる。


「……お前の仕業だったのか」

「そうとも! 昨日のミノタウロスも、それに調子に乗っていたC級の雑魚どもを潰したの俺様の仕業さ!」


 自らをやった悪事で起きた被害など気にした様子もなく、悪意を持って説明する蛇川。


 タケルの頭の中でミノタウロスが進化したこと、サイクロプスのせいで大怪我を負い、涙を流して叫ぶ賀東が思い浮かんだ。


「くくく。でかい図体した野郎が動けねぇ状態で泣き叫んで、ありゃ傑作だったぜ!」

「お前……何がしたいんだ?」


 その瞬間、蛇川の雰囲気が変わる。


「ぶっ潰すんだよ」

「なに?」


 凶悪な雰囲気で嗤い、紫色の強大な魔力が暴れ回って一帯の空間を歪み始めた。


「今の協会上層部は権力を守ることしか頭にない肥えた豚どもばかりだからな! そんなクソ共が作ったルールも! それに従う馬鹿なギルドやハンターも全部ぶっ潰して! 俺様がこの国を支配するのさ!」


 蛇川のあざ笑うような声を皮切りに、オーガたちに蛇が絡まり動けなくなる。

 そして黒い魔物たちが穴から飛び出していき、魔物たちに襲いかかった。


『グオォォォォ』


 多くの魔物がうめき声を上げ、苦しそうに姿を変えていく。


「この魔物どもを使ってなぁ!」


 正気とも思えないような言葉を、狂気に彩られた瞳で禍々しい魔力とともに言い放つ。


 先ほどよりも強大になった魔物の軍勢が並ぶ、地獄のような光景。


 一匹一匹が平等院を苦戦させたミノタウロス並の力を持ち、もし普通のハンターがこの光景を見れば絶望し、蛇川に屈するしかないだろう。


 だが、そんな蛇川の姿を見たタケルは、興味の無い瞳でまっすぐ見据えるだけ。


「その程度じゃ、S級ハンターには勝てないだろ」


 タケルの知っているS級ハンターはサクラだけだが、彼女の動きを見ればこの魔物が束になっても勝てない事は分かる。


 それにウロボロスほど強大な組織でも、本当にハンター協会が危機に直面すれば全国のS級ハンターも集まり、反乱は鎮圧されるのは間違いない。


 そのとき、S級ハンターに対抗できるのが蛇川一人ではどうにもならないだろう。


 一時的な混乱を引き起こすが出来ても、根本的にひっくり返す事などできるはずがなく、蛇川の計画は最初から頓挫しているのだ。


「ま、お前の言うとおりだ」


 タケルの言葉に、蛇川は怒るでも言い返すでもなく、ただただ冷静に受け答える。

 そんなことは、彼自身も分かっていたからだ。


「やつらに対する切り札も用意してるが……S級ハンターってのはマジモンの化物だからな」


 そう言って蛇川は懐から試験管を取り出すと、それをタケルに投げてきた。

 それを受け取ったタケルは、蛇川を訝しむように見る。


「……どういうつもりだ?」


 試験管は薄い緑色の液体が入っており、それが解毒剤であろうことは推測できるが、意図が理解出来ない。


「元々この光景を見せて話せりゃ、解毒剤は渡す気だったさ。お前とは敵対する気もねぇからよ」

「家族を人質に取っておいて、よくそんなことを――」

「テメェが力を隠してるのはわかってる」


 怒るタケルの言葉を遮って、蛇川が真剣な表情を見せる。

 本気でタケルを勧誘できると思っている目をしていた。


「だが草薙、よく考えてみろ。なんで強い力を持ったやつがコソコソと生きないといけねぇ? 『人から外れた力』を持ったなんてバレたら、世論を盾に首輪を付けられて飼い殺しにされるからだよなぁ?」


 蛇川はまるで、タケルの理解者である風を装いながら言葉を紡ぐ。


 まさか別の人間の魂が入っているなどというイレギュラーは想定できるはずもなく、タケルがこれまで力を隠していたのは世間の目を誤魔化すため、そして両親を庇うためだと思っていた。


「あいつらは分かってねぇんだ。何のためにそんな力を持って生まれかなんて」

「……何のために?」

「本当はお前も、力を存分に使いたいんだろ?」

「……」


 タケルの雰囲気から、自分の言葉を聞く気になったのだと思った蛇川は演説を続ける。


「変えてやるよ。お前みたいなやつでも自由に力を振るえるような、力がすべての世界にな。テメェの親だって全力で守ってやる。だから草薙、何も考えずこっちに――」

「少なくとも、お前の下について暴れるためじゃないな」


 タケルは手に持った試験管を手放し、地面に落とす。

 パリンと割れ、液体は乾燥された地面に吸い込まれた。


 蛇川はタケルの行動が理解出来ず呆気に取られたあと、睨み付ける。

 

「……おい、どういうつもりだ? そいつがなきゃ――」

「バジリスクの瞳」

「っ――⁉」


 蛇川の言葉を遮り、タケルがぽつりと言葉を零す。


 異世界の毒であり、まだ現代でも表に出てきたことのないはずの名を言い当てられて、蛇川が驚くように反応する。


 エキドナもまた驚きながら、同時に歓喜を抑えるために唇に手を当てる。




 タケルはここに来る前、病院に寄ったときのことを思い出す。


 現代医学やメイガスたちでも解明出来ない毒とされて、面会謝絶となったタケルの両親。


 面会謝絶の札が貼られた扉の鍵を壊し、無理矢理病室に入ったタケルは、苦しむ両親に解析魔術を使う。


 ――アナライズ。


 かつて異世界で経験したこともある、石化にする魔物の毒だと気付く。


 ――良かった。これなら俺でも治せる。


 転生した直後、首を切り裂かれてタケルは心が弱っていた状態。

 それを今の両親に抱きしめられて、その大切にされている心の温もりに安定した。


 タケルは「リカバー」によって石化の毒を解除しながら、二人のことを大切に想う。


「俺のせいで、すみませんでした」


 治療が終わり、両親の苦しそうな顔が穏やかになったことを確認したタケルは念のため二人にプロテクトガードをかける。


 そしてバレる前に部屋から退出した。

 これ以上自分のせいで、草薙尊やその周囲を巻き込むわけにはいかないと、覚悟を決めて。




「毒なら、もう治したぞ」

「だったらわざわざここまで来る必要は――」


 蛇川の言葉を遮るように、圧倒的な魔力で解き放ったフレアバーストが魔物の軍勢の一角を大きく吹き飛ばす。


 今まで現代では周囲の被害を気にして力を抑えていたタケルが、本気の一端を見せた瞬間である。


「テメェ……」


 蛇川は、ビキビキと血管を浮かばせながら怒りの形相でタケルを睨む。

 対してタケルは淡々と、蛇川と対峙する。


「お前さっき、何のために強い力を持って生まれたかって聞いたよな?」


 タケルの脳裏に、この世界で出会った人たちが思い浮かぶ。


 タケルの両親、沢村、サクラ、賀東、平等院、出会った人たちはみな、一度すべてを裏切られた自分に笑顔を見せてくれるいい人達ばかりだった。


 ――一度は世界に裏切られたけど……。


「大切な日常を、壊させないためだよ」


 さらにもう一発、フレアバーストを放つ。

 淡々としたその声と動きとは裏腹に、尋常ではない威力で蛇川の軍勢が吹き飛んだ。


「かかって来い。お前もこの魔物の群れも、全部消し飛ばしてやるから」

「そうかい……」


 タケルが放つ圧倒的強者の雰囲気。

 対して蛇川は、これまでの狂気を放っていた姿とは打って変わり、冷徹な瞳でタケルを見る。


「なら、やってみろや」


 大量の魔物が一斉に襲いかかる。


 大穴はまるで底なしの沼のように、黒い魔物たちもどんどんと這い出てきて、魔物たちを進化させていく。


 そんな中、タケルは魔物の群れに中に入って魔物たちの数を削っていくが、途中で違和感を覚える。


 ――数が減ってない? むしろ……。


 ふと蛇川を見れば、召喚陣を横一列に生み出して、そこから魔物がどんどんと追加されていた。


 S級ハンター蛇川陣は、超強力な召喚術の使い手。

 普段の狂気を飲み込めば、後は冷静に油断せず、ただ敵を殺す事に特化した精神の持ち主。


「どんどん行くぜ。テメェの体力が尽きる、その瞬間までな」


 魔物の軍勢が、タケルの放った爆炎によってはじけ飛ぶ。


「くっ――⁉」


 爆風が届き、その威力に目を細める蛇川は、魔物の群れから見えるタケルの瞳を見て、一瞬ぞっとする。


「もう一度言うが……」


 ――お前も、この魔物の群れも、『全部』消し飛ばしてやる。


 『エクスプロージョン』


 タケルを中心に、今までとは比べものにならないほどの大爆発が起きて、魔物たちが纏めて吹き飛んだ。




 咄嗟に召喚した大蛇の影に避難して難を逃れた蛇川に、少し楽しそうなエキドナが声をかける。


「どうするの陣? このままだとせっかく用意した魔物、本当に全部殺されちゃうわよ?」


 エキドナの言葉に蛇川は苛立ちながらギリっと歯ぎしりをする。


「テメェから貰ったあいつ、使うぜ」


 蛇川の切り札。

 それはタケルがいなかった場合、S級ハンター達を倒すために用意していた最強の怪物。


「ええ。好きにしなさい。あれはもう、貴方のモノなんだから」




 今までとは規模の異なる、超巨大な魔方陣がタケルの前に浮かび上がる。


「これは……?」

「怪物を殺すのは、怪物の役目だ」


 空間が軋むほど桁違いな魔力が込められたそこから、巨大な八頭の蛇――ヒュドラが現れた。


「ぶっ殺せ、ヒュドラァ!」


 蛇川の声に反応するように、ヒュドラの首がタケルに向いて咆哮を上げるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る