第14話 夏休みになったら

 王都のメイン通り。

 広く作られたその道に、一台の牢馬車が現れた。


 牢馬車の中には、まるで奴隷か咎人のような格好をしたタケルが魔力封じの手枷を付けられ、人々に見せつけるようにゆっくりと進む。


 ――化け物! この世界から消えろ! 早く死んでくれ!


 この世の憎しみをすべて込めたような群衆の声。

 耳を塞ごうにも拘束された身体では出来ず、受け入れるには心は虚ろで、もはや少年に出来ることはなにもなかった。


 魔王を倒し、世界を救った救世主――大和猛はただ思う。 


 ――なんで?


 自分はこの、やり直すチャンスをくれた世界を愛していた。

 いつも笑いかけてくれてた人々を守りたいと思っていた。


『救世主様! 守ってくださって、本当にありがとうございます!』


 ――魔王軍から救った人々も。


『救世主様! 俺らの命、いくらでも使ってください!』

 ――魔王軍を前に、最期まで一緒に戦った兵士たちも。

 

『タケルよ、我が友よ。いつも我らのために戦い、傷つき……我の力が足りぬばかりに……すまない』


 ――力のないことを嘆き、すべての責任を背負って足掻き続けた幼い王も。


 みんな応えてくれた。

 頑張った分だけ笑顔を見せてくれたし、戦った分だけ信頼をしてくれた。


 ――なのにみんな、どうして⁉


 涙を流してそう叫んだ瞬間、石が飛んできた。

 それを投げたのは怯えながらもなにかに憤るような表情をした子ども。


「お前なんか、死んじゃえー!」


 それを見た瞬間、タケルの心が折れて、彼の世界から色が消える。


 今、この世界のすべての人間がタケルの死を望んでいた。

 そして、馬車の進む先にはそんなタケルを殺そうと、鎧に身を包んだ処刑人と、宰相が待ち構え――。




「っ――⁉」


 まだ朝日も出ておらず、薄暗い中、タケルは恐怖に駆られるように、勢いよく布団から飛び起きる。


「はっ! はっ! はっ!」


 呼吸は荒く、酷い汗。


「夢……?」


 タケルは咄嗟に首に手を当てて、きちんと首が付いていることに安堵する。

 同時に、実際にあった首が千切れる感触を思い出し、タケルの心が沈む。




 朝の夢のせいで気分の悪いまま少しぼうっとした様子で朝食を食べるタケル。

 両親と朝食を食べながら、先日のことを思い出す。


 平等院とともにゲートを出た後、彼は疲れ切った様子で地面に座りながらも、満足げな笑顔を見せる。


 自身の限界を超えられたことに嬉しく思ったのはわかるが、タケルからしたらもっと重要なことがあった。


『平等院、約束は覚えてるよな?』

『上杉ハンターを紹介するって事だろう⁉ もちろん覚えているさ! なんなら我らが女神サクラ様に誓おうか⁉』

『いや、そういうのは別にいいから……』


 ――ケル?

 ――この身体は俺の物じゃない。


 上杉桔梗――過去の英霊を憑依させて戦う、日本最強のハンター。

 彼女なら、尊に身体を返す手段も見つかるかもしれない。


 そうなればもちろん、自分は消えてしまうだろうけど――。


 ――どうせ一度は死んだんだ。今更惜しむことなんて……。


「尊!」

「っ――⁉」


 いきなり声を荒げられて驚いたタケルが顔を上げると、父親が心配そうな顔で見ていた。


「大丈夫か?」

「……え?」

「顔色悪いぞ」


 父親がそう言った瞬間、隣に座る母もまたタケルの顔を見て緊張した面持ちになる。


「本当だわ! た、大変! 病院に行きましょう!」

「いや……ちょっと夢見が悪かっただけだし病院に行くほどでは――」


 流石に大げさ過ぎる、と両親を制止しようとするが、二人は止まらない。


「駄目だ!」

「駄目よ!」

「っ――⁉」


 二人同時に一蹴される。


「お前は入院して記憶喪失にまでなってるんだぞ! もし脳になにか問題とかがあったらどうするんだ!」

「そうよ! もし貴方にこれ以上なにかあったら、私たちは……!」

「あ、その……」


 凄い剣幕で心配してくる父、涙ぐみながらも手を握りながら必死の母。

 そんな尊の両親を見て、タケルは戸惑いながらも大切にされて、必要とされている『自分』に心が軽くなる。


 ――あ……。


 夢で見たトラウマによる心の重さは、いつの間にか消えていた。

 これが二人の温かさのおかげだと気付いて、大切に思われることのありがたさを思い出す。


「……」


 だから、タケルは二人に微笑んだ。


「もう大丈夫です」

「「駄目!」」

「あ、はい……」


 結局、この日は学校を休んで病院に行くことになった。


 


 病院に来て検査をしたあと、待合室で待っていると女性の驚いたような声が聞こえてくる。


「あ……」

「え?」


 タケルがそちらを見ると、私服の知佳がいた。

 ウィングガードの面々もそれぞれいて、大怪我をしていた賀東を含めた三人は今日が退院日だったらしく、それぞれ軽装。


「……」

「……」


 知佳とタケルはお互い、なんとも言えない渋い表情で見つめ合う。

 ウィングガードの三人はそんな知佳の姿を見て、不思議に思い視線の先を見る。


「ん? おお少年はたしかあのときの――⁉」

「おい賀東。頼むから病院ではデカい声出すな」


 タケルの姿に気付いた賀東が声を上げようとして、友一に口を押さえられる。


「……どうも」

「おう」


 タケルに挨拶をされた友一も、格好悪いところを見せたとやや気まずそうな表情。

 ウィングガードがタケルの姿を覚えていたことに少し焦るが、自分のことを言っていないようでホッとする。


「知佳ちゃん、さっきからどうしたの?」

「えーと……」


 知佳と一緒に居た茉莉が疑問をぶつける。

 挙動不審な反応をしつつ、どう答えたものかと悩む。


「……」


 そんな知佳の反応を見て真剣な表情になった賀東が、タケルを見て小さく呟く。


「そうか……」 

「賀東?」


 友一や茉莉が賀東の態度に不思議そうにした瞬間、タケルを肩に担ぎ――。


「え?」

「「「え?」」」


 その場にいた全員が一瞬呆気にとられて、同じ思いを抱いた瞬間、賀東は何も言わずに走り出した。

 肩にタケルを担いだまま。

 

「「「おおおおいいいいいい⁉」」」


 リーダー奇行に、三人は声を上げる。




 あまりに突然の出来事に驚きすぎて、タケルは抵抗もせずに病院の屋上まで連れてこられた。

 そして地面に降ろされて、真正面には賀東の顔。


「あの……本当になんなんですか?」


 肩をがっしりと掴まれて、真正面から真剣な表情で見つめてくる賀東。


「……少年なんだな?」

「……何の話です?」


 その言葉の意味がわからないタケルではないが、もちろん答える気などなかった。

 賀東は何かを言いたげな表情をした後、不意に背を向ける。


「ありがとう!」

「っ――⁉」


 突然の大声に困惑するタケル。

 そんな大きな声で、一体なにを言う気だ? とそわそわする。


「俺は馬鹿だが、仲間の考えてることくらいわかる! だからこれ以上はもう言わん!」

「……はい」


 賀東の言いたいことが分かったタケルは、ただ一言そのお礼を受け取った。


 賀東はその言葉を背中越しに聞いて、頷いた。

 そして言葉を続ける。

  

「……俺は大好きなこの街も、大事な仲間も守れなかった弱い男だ」


 ――君が守ってくれた! 助けてくれた!


「だけど俺は強くなる! 今よりももっともっと強くなってみせる!」


 ――なぜ少年が力を隠しているのかは知らないが、きっと理由があるんだろう。だからそれは聞かない!


「この街は俺が、俺たちが守る!」


 ――ただ俺は、もし少年の身になにかあったときは、必ず助けになる! なれるだけ強くなる!


「だから少年は何の心配もせず、安心して過ごしてくれ!」


 振り向き、笑顔でそう言った瞬間、扉が開いて知佳たちが入ってくる。


「おいこら賀東! テメェふざけんな!」

「賀東くん! さすがに今回は怒るからね!」


 友一が誘拐した賀東を蹴り、茉莉が説教をしながら、知佳が焦ったように頭を下げる。


 それを見たタケルは知佳に向けて大丈夫、と軽く手を上げてそのまま病院内に戻っていく。


「ありがとう……か」


 階段を降りながら、タケルは少しだけ笑う。


 救世主として活動し、多くの人に感謝されてきた。

 それが自分の原動力になって、戦い続けることが出来た。


 たとえ酷い裏切りにあったとしても変えられない、タケルの――困っている人がいたら助ける『救世主』の本質だった。




 病院からの帰り道。

 タケルは違う道を通れば良かったと、心の底から思った。


 目の前にはゲートブレイクで発生したであろう、ゴブリン、オーガなど鬼系の魔物たち。

 それが死骸となって、山のように積まれている。


 タケルが気になったのは、その死に方。


 顔面が潰されて撲殺されたモノ、身体が引きちぎられたモノなど多様。

 共通しているのはすべて力尽くでやったことと、これをやったものの残虐性を表している。


「おぉい八潮! あいつだろ!」

「ええ。写真の通り、間違いありませんね」


 二人の男が、タケルを見て会話していた。

 

 一人は魔物の死骸の上から、お山の大将のように座りタケルを見下している、ドレッドヘアーの上に革ジャンを着た、肌の黒いいかにもアウトローの雰囲気を持つ巌のような男。


 手には金属で出来たナックル。

 血と肉片がついていることも気にせず、にやにやとタケルを見下ろし、自分の方が上であることの優越感に浸っている。


 もう一人は、魔物の上から威嚇している男とは対照的な、いかにも優男という雰囲気のスーツの男。

 こんな現場でなければ、どこにでもいる、ただのサラリーマンにしか見えない。


 二人の狙いは、明らかにタケルだった。


 ――なんだこいつら?


 嫌な予感がして、反応せずにいようと思っていると、優男の方が胡散臭い笑顔を見せてくる。


「草薙尊さんですね」

「……」

「私は八潮。そして上の男は島」


 八潮と名乗った男は、懐から一枚の名刺を取り出す。


「S級ギルド「ウロボロス」リーダー蛇川の命令によって、貴方をスカウトしにきました」


 そう物腰低く近づいてきた八潮の眼光が、一瞬だけ鋭く光った。



 ――ウロボロスって、前に高嶺さんが言ってた……。


『ウロボロスが貴方のことを探っています。全国屈指の巨大ギルドではありますが、黒い噂も多く……平穏を望むのであれば、近づかないのが賢明でしょう」


 ハンターとして活動する気はないから大丈夫だろうと思っていた。

 しかしこの目の前の二人の瞳は、他者を落としてでも自分たちの利益を取ろうとするものだ。


 ――ちゃんと見れば、悪意って案外わかるものなんだな。


 以前のタケルは、ほぼ無条件で異世界の人を信用していた。


 しかし凄惨な裏切りに合い、まず疑うことから入るようになった今、二人の悪意が手に取るようにわかる。


「そう警戒しないで下さい。風見高校の件を伺いたいだけですから」

 

 八潮は笑顔で、しかし顔の半分は醜悪な闇を抱えた顔で話しかけてくる。


「だったら学校に――」

「もし貴方から話を聞けないなら仕方ありません。それでは他の、彼なんかに……」


 八潮が懐からスマホを取り出し写真を見せる。

 そこには隠し撮りをされた沢村と小さく荒木が写っていた。

 

 ――こいつら……。


 下手に避けてこいつらを沢村に近づける訳にはいかないと思い、付いて行くことにした。




 案内されたのは、映画でチャイニーズマフィアなどが使いそうな中華料理屋。

 貸し切り状態で、客は一人も入っていない。


 そこで笑顔の八潮からタケルの待遇について書かれた資料を渡される。

 その横では島が不機嫌そうな状態。


「どうぞ、こちらが貴方を迎え入れたときの条件です」


 タケルは資料を受け取りながら、呆れた様子を見せる。


「風見高校の件を聞きたいんじゃなかったんですか?」

「そんなのは建前ですよ、『イレギュラー』さん」

「……」


 サクラだって個人で調べられたのだから、こうして組織が本気で捜索すれば、隠れきるのは難しいのはわかっていた。

 資料に目を通すと、幹部待遇、年収五千万に加え活躍に応じてインセンティブあり。

 さらに家族・友人をあらゆる危険から守ることの確約と書かれている。

 

「ずいぶんと破格の条件ですね」

「我々はそれだけ貴方のことを評価しているということです」


 八潮の顔は、優しげな笑顔と同時に半分は悪意にゆがんでいた。


 ――もし最初に会ったハンターがこいつらだったら、全員嫌いになりそうだな。


「それで、どうでしょうか?」

「お断りします」


 最初に会ったのが高嶺さんで良かった。

 そう内心で思いつつ、タケルは資料をテーブルに置いて拒絶の意思を伝える。


「……これだけの好条件を無碍にすると?」

「ハンターに興味がないので」


 じゃあ話は聞いたのでこれで、と立ち上がると、八潮の笑みが残酷に深くなる。


「そうですか。では残念ですが――」

「無理矢理連れて行くしかねぇよなぁ!」


 獰猛に笑いながら立ち上がった島が、テーブルを乗り越えてタケルに迫る。

 巨躯な彼が飛び出すと、まるで鎖に繋がれていた獣が解き放たれたようだ。


 同時に、八潮は後方に飛んで壁に立てかけられていた蛇腹剣に手に取った。

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