第13話 導く者
C級ボスであったグレイトブルが、A級のボスであるミノタウロスに変化した。
その異常事態に平等院が驚き焦るが、そんなものは関係ないとミノタウロスは一番近くの柱を両手でつかみ取り、武器にして襲いかかってくる。
『ブルアァァァァッ』
「「っ――⁉」」
タケルと平等院は二人同時にその場から飛び退き、その攻撃を避ける。
「……」
――魔物が進化した? それじゃあ、この間のサイクロプスも?
異世界での戦いでも見たことのない、初めての出来事。
タケルは冷静さを保ちながら、状況を把握しようとしていた。
過去にミノタウロスを倒したことはあるが、当時と違い口元には黒い泥のようなものが零れており、どこか普通とは異なる様子。
「あの泥……」
そんな思案をしていると突然、平等院がタケルを背に庇うように前に出た。
「ここは僕が抑える……草薙くんは逃げるんだ!」
「……は?」
平等院の言葉を、タケルは一瞬理解出来なかった。
先ほどの立ち会いでタケルの強さを知っているはずなのに、なぜ自分に逃げろというのか。
「平等院。あの程度なら――」
「桜蘭会とは!」
「っ――⁉」
これまでの飄々としたものとは違う、喉が切れそうなほど決死の言葉と気迫に、タケルが一瞬驚く。
「高嶺サクラ様を称えると同時に! 女神のごとく美しい彼女の思想に憧れた者たちが集い、凶悪な魔物から街の平和と一般市民を守るために存在する!」
槍を横にして、タケルが前に出られないようにする。
そして振り向いた平等院の表情は穏やかに微笑んでいた。
「分かっているさ、君が僕よりもずっと強いことも。そして、あのミノタウロス程度、一人で倒すことが出来ることも……」
「だったら――」
「だけど君はハンターじゃない『一般人』だ! なら僕は彼女の思想の体現者として、桜蘭会の会長として! 魔物から君を守る義務がある!」
――どれだけ特別な力を得ようと、平穏を望むあなたは守られるべき『一般人』です。
平等院の言葉は、決して上辺だけのものではない。
高嶺サクラの心棒者を自称するだけでなく、正しく人々を守るハンターとしてのあるべき姿を見せつける。
ミノタウロスが石柱を投げてくる。
「はっ!」
平等院はそれを高速回転させた槍で弾き、自信満々な表情を作る。
「すまなかったね。力を隠したいのに、無理やり付き合わせてしまって。でも僕は、どうしても強くなりたかったんだ」
――あの人の、隣に立てるくらい……。
己の愚かさを笑うように苦笑した平等院は、すぐにミノタウロスを睨む。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
叫び、一気に距離を詰めてミノタウロスの心臓に向けて槍を突き出した。
だがその槍は硬い皮膚に防がれ、わずかばかりの傷を付けるだけで終わってしまう。
「ちぃ――⁉」
反撃とばかりに拳を振り下ろされるが、それは間一髪で回避。
しかし体勢を整える前に、筋肉隆々の腕がなぎ払ってくる。
「く、ぅ――!」
槍でガードするも、一気に後退させられる。
巨漢の割に動きの速く、一撃喰らえば致命傷になりかねない威力。
それを紙一重で躱して反撃をするが、彼の攻撃はまるで通用していない。
「無茶だ」
それを見ていたタケルは、思わずそう呟いた。
ミノタウロスは、今の平等院一人で倒せる相手ではない。
そんなこと、平等院本人も分かっているはず。
「強くなりたい? 守りたい? そんなの、死んだら全部終わりだろ……」
途中で石柱を拾ったミノタウロスが、平等院の槍とぶつけ合う。
完全に力勝負になっていき、徐々に押されてボロボロになっていく平等院。
「く、この……」
「ブルアァァァァ!」
「ぐわぁ――⁉」
そしてついに、ミノタウロスの一撃が彼を捉えて、タケルの傍に吹き飛ばされた。
ボロボロとなった平等院は膝を付き、槍を支えになんとか立ち上がろうとする。
「平等院……」
「ん? まだ逃げてなかったのかい? 心配しなくても、あんなの僕一人で倒してみせるから……」
タケルの疑問に、平等院は安心させるような笑顔を見せる。
「お前はどうして――」
――ハンターとしての在り方にそこまで拘るんだ?
タケルの言いたいことを理解した平等院が、一瞬苦笑する。
「……弱くて、情けなくて、最低な自分をやり直したいからかな」
「っ――⁉」
――四年前。
「ぐおぉぉぉ⁉」
「そこまで! 勝者、平等院相馬!」
「へへ! ハンターって言っても、大したことないね!」
――平等院相馬 中学一年生
道場に倒れる大人の強面の武芸者を、平等院は馬鹿にしたように見下す。
大した鍛錬などしなくとも大人顔負けの槍捌きを見せる彼は、神童の名にふさわしい才能の持ち主だった。
「この強さ……やはり相馬様には天賦の才が宿っておる」
「大人でも相馬様に勝てるのは、もう当主様だけですからなぁ」
平等院で槍を学ぶ大人たちも、そう言う。
そういう賞賛の言葉を聞くのが、相馬は好きだった。
ゆえに、そんな環境と言葉に囲まれた相馬は才能に驕ってしまい、父である当主の言葉すら聞き入れようとしないまま育ってしまう。
「相馬! たとえ技術を高くとも、相手に礼を尽くせなければ真の強者にはなれんぞ! いいか、真の強者とは――」
「いかなる困難にも折れない心を持ち、正しく人々を守り導く者。もう耳にタコが出来るくらい聞いたって」
「それがわかっているなら――!」
父の言葉も、彼には届かない
事実、中学一年生の時点で当主以外の誰よりも強かった彼は、自身の実力に驕りを持っていた。
「相馬ぁ! また鍛錬をサボったなぁ!」
そんな状況ゆえに、相馬は鍛錬を怠けて逃げる癖があり、胴着から私服に着替えて街を遊び回っていた。
「まったく、父上も同じ事ばっかりだ。心なんて関係なく、強いやつは強いじゃないか。もうすぐ僕に負けそうだから焦ってるのかな……ん?」
人だかりの出来た黒ゲートを発見する。
――先に入ったパーティーどころか、助けに行った救助隊ももう一日以上帰ってこないらしいぞ。
――それじゃあもう……。
悲壮感漂う野次馬達の話を聞いて状況を把握した平等院は、にやりと笑う。
「僕に足りないのは、鍛錬じゃなくて実戦経験なんだよね」
相馬が野次馬たちの横を駆け抜けていく。
彼がゲートに潜ろうとしていることに気付いた一部の人間が叫び声を上げた。
「あ! 君――!」
「駄目だ戻れ!」
――A級パーティーを待たないと!
その声は最後まで聞こえず、相馬はゲートをくぐってしまう。
「ああ……なんてこった」
――どうされたのですか?
悲痛な声を上げる野次馬たちに、少女が声をかける。
「それが、子どもが一人で……あ、貴方は⁉」
その声の主である高嶺サクラを見て、野次馬たちは驚く。
――僕は平等院家の後継者だぞ。実力だってそこらのハンターより強いんだから平気さ。
そう思ってくぐったゲートの先は崩落した城だった。
道中の魔物を倒し、玉座まで辿り着いた平等院を待っていたのは、死んだあとに糸で吊されて弄ばれているハンターたちと、ケタケタと笑う大量のマリオネット。
突如自身の身体を拘束する糸。
相馬は崩れ落ちたマリオネットのようになってしまい、眼下には自分で遊ぼうとしているマリオネットたち。
隣では死んでなお串刺しにされ続けているハンター。
「ひっ――⁉ 誰か! 誰か助けて⁉」
魔物たちが武器を構え、相馬に突き刺そうとしたとき、雷光が迸り魔物が一掃される。
拘束から解き放たれるも、恐怖で身体が竦んで動けない相馬の目の前で、一人マリオネットたちを相手に戦うサクラ。
それをぼうっと見ていると、平等院に鎌を持ったマリオネットが近づいていて、振り下ろした。
それに気付いたサクラが平等院を庇うように飛び込んで、背中を大きく負傷する。
「あっ――⁉」
「っ――⁉」
すぐに魔物を倒し、血だらけの背中を見せながら平等院を庇うように立つ。
そして安心させるような笑みを浮かべて、振り返った。
「怪我はありませんか?」
「へ、あ……はい……」
「なら良かった。では少し下がっていてください。今から、派手にやりますので!」
――真の強者とは、いかなる困難にも折れない心を持ち、正しく人々を守り導く者。
大怪我を負いながらも一人で魔物の群れに立ち向かい、自分を守るために戦うサクラの姿を見た相馬は、怯えて動けない自分があまりにも情けなくなった。
「僕はなんて……どうして……」
――こんなに弱いんだ!
動けないまま時間だけが過ぎていき、サクラが魔物を全滅させてしまう。
「さあ、これでもう大丈夫。帰りましょう」
手を伸ばすサクラは全身血まみれで、彼女をして苦しい戦いだったことが分かる。
しかしそれでも、相手を安心させる微笑みはとても美しかった。
――現代。
平等院はボロボロの状態でミノタウロスに再び挑み続ける。
「あの心の強さに憧れた! あの輝きに憧れた!」
S級とA級の間には才能という大きな壁があった。
平等院流が千年という時間を費やして磨いてきた技術すら、突然変異で現れたS級一人にあっさり超えられてしまう残酷な世界。
どれだけ努力をしても追いつけないのではないかという不安を抱えながらも、あの日以来、平等院はただ一度も鍛錬を欠かさなかった。
「サクラ様と対等に並び、守るために! 僕は今よりももっと! もっともっと強くならなければならないんだ!」
――みんなを守るために、強くならないといけないんだ!
タケルはほんの少し、自分の過去を思い出した。
ミノタウロスの一撃が平等院をなぎ払い、掠っただけで大きなダメージを受けるが、怯むことなく責め立てる。
「ぐっ――⁉ まだまだぁ……」
「平等院」
タケルは立ち上がろうとする平等院の傍に行き、彼の肩に触れる。
「なにかな? まだ僕は、死んでいないよ……」
タケルの手を払い、立ち上がる。
「平等院家は千年続く槍の名家。その神髄は――」
「お前は技に拘りすぎだ」
「……え?」
「たしかに千年磨いてきたその技術は、『人』を倒すために有効かもしれない」
ミノタウロスが怒号を上げて迫り、勢いよく拳を振り下ろす。
「逃げ――!」
「だがそもそも、相手は、人じゃない」
タケルはあえて目に見える形で魔力を高めて受け止めた。
その圧倒的な圧力に、ミノタウロスが圧倒される。
「魔物が相手の場合、必要なのは『技』じゃなくて『力』だ」
そして反対の手で、再び平等院の肩を触れると、無理矢理魔力を覚醒させる。
全身から溢れるような魔力の高ぶりに、平等院が驚き自分を見た。
「なっ――⁉ こ、これは⁉」
「お前の中に眠る魔力を無理矢理起こした。今回は一時的なものだし、あとで死ぬほどキツいけど――」
――慣れればS級にもなれるんじゃないか?
そう言ってタケルは抑えていたミノタウロスの腕を押し返すと、体勢を大きく崩して身体を起き上がらせる。
まるで、心臓を差し出すような体勢。
「じゃあ、あとはよろしく」
「力が漲ってくる! これなら――!」
タケルがその場から退くと、平等院が槍を力強く握り、これまでと違って大きく槍を引く。
「ハァァァァ! 喰らえぇぇぇぇ!」
技名もない、ただ全身の魔力ごとたたき込むだけの力任せの一撃。
それは先ほどまでは皮膚で止まっていたミノタウロスの身体を打ち抜き、そのまま胴体を大きく貫いた。
「格上の魔物が相手なら、死ぬくらいの気合いを出した攻撃が一番だよな」
そんなタケルたちの戦いを、小さな蛇が見ていた。
ウロボロス本部 地下のバー。
ローテーブルの上にタケルやその両親、沢村や荒木の写真がずらりと並ぶ。
ソファに座った蛇川はニヤリと笑う。
「くくく……これで二度目か」
「せっかく魔物を強くしてあげたのに、また誰も殺せずにやられちゃったのね」
ソファの背後から、蛇川の首に絡みつくように抱き着く女性。
紫色の長い髪で片目を隠した、色気のあるドレスを着たスタイル抜群の美女は、蛇川の後ろからタケルの写真をのぞき込む。
そして彼女の瞳が獲物を見つけた蛇のようにニヤリと笑った。
「次こそ捕らえれる?」
「ああ。S級ハンターより強かろうが、人間には弱点っつーもんがあるからな」
蛇川の言葉に、美女が妖艶な笑みを深くする。
そして蛇川の首に舌を這わせて、親愛を見せた。
「絶対に逃がさないでね」
「は、俺様を誰だと思ってやがる」
手に持ったタケルの写真を放し、ひらひらと落ちる。
「待ってなイレギュラー、いや――」
――草薙尊。
残忍な笑みを浮かべる蛇川と美女。
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