第12話 それぞれの目的
楼蘭学園にやってきてからしばらく経ったある日。
異世界で激動の日々を過ごし、この世界にやってきてからもなぜか毎日のようにゲート関係に襲われる日々だが――学園の生徒たちは未来のトッププロだけあって優秀だった。
タケルがなにかをするより早く対処してくれるため、目立つこともなく落ち着いた時間を過ごしていた。
楼蘭学園の図書室、夕暮れ時。
放課後となり、窓際の席に座ったタケルは草薙尊に身体を返す手段を探していた。
本を閉じてため息を吐く。
「ふぅ……駄目か」
ネットも本も、実際の体験などもない怪しいものばかり。
タケルの座っている机には『魂の証明』『スピリチュアル魔術論』『ネクロマンサー大全』などの本が積み上げられている。
「やっぱり、手掛かりといえばこの人くらいだけど……」
図書館の本とは違う、買ってきたハンター雑誌の6月号を手に取って眺める。
『英霊を憑依させて戦う日本最強のハンター【軍神】上杉桔梗!』と書かれていた。
――死んだ英霊の魂を憑依させる、か。
「なんとなく、今の俺の状況に似てるよな」
――俺は、英雄なんてとはとても言えないけど……。
自身が英雄なんて大それた存在とは思っていないタケルだが、仮にも異世界を救った救世主。
その魂が草薙尊に入ったというのであれば、理屈としては同じにも思えた。
そしてその場合、上杉桔梗は本来の魂がきちんと身体に残っている状態であるので、別の仮説も立てられる。
「もしそうなら俺の魂が憑依してるだけで、尊はまだ……」
物思いに耽っていた尊が顔を上げると――。
「やあ」
「っ――⁉」
ごく自然に、目の前に座ってにっこり笑う平等院に、タケルがぎょっとする。
殺気がなかったこと、若干の平和ボケをしていたことで、接近を許してしまう。
「な、なんの用だよ?」
「ふふふ。実は君のことはずっと気になっていてね」
まるでBL展開のような言葉に、タケルがぞっとする。
いつの間にか、周囲にタケルたち以外の姿はなかった。
「君さ、本当は実力を隠してるんじゃないかい?」
唐突に、笑顔のまま平等院がそんなことを言ってきた。
対するタケルはその言葉を聞いた瞬間、感情を殺して表情を消す。
「なんの話だ?」
「僕は子どもの頃から色んな達人たちを見てきて、自分より強いか弱いかは見抜けるんだけど……君の強さはまったく想像出来なかった。いや、底が見えなかったんだ」
タケルは呆れたようにため息を吐く。
「あのな。俺は記憶喪失だし、その前だってハンターですらない普通の学生だぞ」
「その割には君の立ち姿、剣技、胆力……どれをとっても僕の知る達人以上にしか思えないんだよねぇ」
平等院はこれまでの柔和な笑みを消し、強さに魅入られたような怪しい瞳で顔を近づけながらタケルを見る。
――君の強さ、興味あるなぁ……。
そのプレッシャーの中でも平然としたタケル。
「……」
「……なーんてね!」
ぱっと、普段の笑顔に戻った平等院が、冗談だよとアピール。
「君がもし本当に強いなら、ぜひ一度戦ってみたいところだけど」
「ハンターが普通の学生に喧嘩を吹っ掛けるなよ」
「……ふふ、まあそういうことにしておこうか」
そうして平等院は先ほどのことはなかったことにして立ち去ろうとしたとき、「ん?」と興味深そうにタケルの読んでる雑誌を見た。
「草薙くん、上杉ハンターに興味あるのかい?」
「……ああ。まあ」
――本当は、この身体を尊に返す方法を調べてるんだけど……まあいいか。
事実を伝えることは出来ないので、適当に相槌を打つ。
「彼女は日本のハンターの頂点だからね。僕もこの間手合わせをして貰ったけど、まるで勝負にならなかったな」
「……え?」
「ん?」
一瞬、平等院がなにを言っているのかわからず、タケルが疑問の声を上げてしまう。
「この人に会ったのか?」
「平等院家には武を嗜む人間は集まるからね。とはいえ、上杉ハンターほどの人が来たのはさすがに初めてだったけど――」
「まだいるのか?」
少し自慢げに説明をしている平等院に対して、タケルが真剣な表情で被せるように聞く。
今までの淡々とした様子とは違う、少し感情のこもった声に平等院も少し驚いたように返事をする。
「……いや、さすがにもう帰ったよ」
「そうか……」
――もしかしたらこの人に会えば、なにかわかったかもしれないのに……。
露骨にがっかりするタケルを見た平等院は疑問に思う。
「会いたいのかい?」
「……ああ」
「簡単じゃないよ。彼女は普段、霊山に籠もり修行をしていて表に出てこないからね」
ほぼ無意識にした返事に対して、平等院は考える仕草をする。
「……でも、平等院家の伝手を使えば会えるかもしれない」
「本当か⁉」
タケルは驚いた表情で平等院を見る。
その態度に平等院はこれだと思う。
「もし君が実力を見せてくれるならなら、『日本最強のハンター』上杉桔梗を紹介しようじゃないか!」
平等院は絶妙にダサいポーズを取りながら、タケルにそう言うのであった。
桜蘭学園の敷地内には、ゲートブレイクした状態で保持された黒ゲートがいくつか存在する。
それらは特殊な魔術でボスが封印され、魔物は外に出ることもなく、生徒の訓練に活用されていた。
桜蘭学園の訓練用ゲート内部。
ギリシャの神殿に雰囲気が近い場所で、牛型のボスであるグレイトブルが鎖に捕らえた状態で睨んでいる。
そんな場所で平等院は槍を、そしてタケルは剣を持った状態で向き合った。
「ここなら人目を気にせず戦えるね!」
「牛がめちゃくちゃ怒りながら見てるけどな!」
壁に映った魔方陣から飛び出した鎖に縛られたグレイトブルを見る。
どれだけ暴れても、鎖はびくともしていない状況。
タケルは剣を軽く振って、感じを確かめながら平等院に問いかける。
「はあ……ちゃんと約束は守ってくれよ」
「もちろんさ。それじゃあ、早速始めようか!」
開始の合図もなく、突然の攻撃。
避けなければ肩を刺されていたが、タケルはそれを軽く躱して軽く剣を振るうと、平等院は少し後退。
そしてすぐに槍を突き出してきた。
――剣が届かない距離を保ったか。
一瞬で間合いを計り、連続して突きを出してくる平等院の動きを完璧に躱しながら、タケルは冷静に分析する。
「ほら、やっぱり君は強い!」
「……」
「それじゃあ僕も、もっとギアを上げさせて貰うよ!」
普段の飄々とした様子とは打って変わって、嵐のような連撃がタケルを襲う。
だが――。
――当たらない⁉
剣すら構えず、まるで焦った様子なく紙一重ですべてを避けてしまうタケルに驚く。
すべてを見透かしているような瞳と目が合い、攻撃を完璧に見切られていることを理解して、未知の恐怖と同時に興奮もした。
さらに攻撃をするとすべて躱されて、やっぱり自分の勘は正しかった、と平等院は攻撃のギアを上げていく。
「はは! 僕の槍が全然当たらない! こんなのは――」
平等院の脳裏に、先日戦った上杉桔梗との対戦がフラッシュバックする。
まったく手も足も出なかった、日本最強のハンターを連想させるタケルの存在は、とても大きく見えた。
「今から攻撃するから」
「え?」
タケルの言葉に、平等院が一瞬呆気にとられたような声を上げる。
「避けろよ」
「っ――⁉」
タケルが槍を躱して一歩前に踏み込んだ瞬間、凄まじい殺気に背筋がぞっとする。
本能が逃げろと叫び、平等院が大きく後ろに飛んだ。
遅れて振るわれた一閃は、彼がこれまで見てきたどんな攻撃よりも敵を殺すことに特化しており、同時に芸術的なものだった。
ぶわっと、全身の細胞が沸き立つような一撃。
そして、堂々と立つタケルを見る。
「満足したか?」
バクバクと、音を立てて鳴る心臓を抑え、平等院は今の一撃に見惚れて動きを止めてしまう。
「……凄い」
タケルとしては、このくらいで終わらせたかった。
だが、平等院の目は死んでおらず、それどころかさらに嬉しそうに光り出した。
「やっぱり君は僕よりも遙か高みにいた! 凄いよ草薙くん! もっとだ! もっと君の強さを見せてくれ!」
――戦闘狂か……。
結構良い奴だと思っていたタケルは少し残念に思いながらも呆れ、これ以上勝負を長引かせる必要も無いと思い、次の一撃で決めようと思った。
そんなタケルの内心には気付かず、平等院は興奮したまま語り出す。
「僕は、君たちのように強くならないといけないから――」
平等院の脳裏に過去の出来事。
傷つき膝を突く自分と、怪我をしながらも立って自分たちを守るサクラの後ろ姿が思い出される。
『ブルアァァァァ――!』
「「――っ⁉」」
平等院が自身の強くなる理由を語ろうとした瞬間、グレイトブルが大きく咆哮する。
二人が同時にそちらを見ると、鎖に捕らえられていたグレイトブルが内部から変質していく。
前足を立ち上がらせ、丸い肉体は急激に絞られて筋肉へ変化していく。
動物としての牛の姿は、まるで人と交ざり合ったような身体になり、そして――。
「あれは――?」
「あり得ない……」
平等院が恐れるように変化した魔物を見る。
「グレイトブルが、ミノタウロスになっただって⁉」
『ブルアァァァァ――!』
元々C級のボスであったグレイトブルを封印していた鎖は、A級のミノタウロスが相手では通用しない。
捕らえていた鎖を引きちぎり解放されたミノタウロスは、目の前の人間を殺そうと襲いかかった。
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