第11話 人は見かけによらず

「楼蘭会ってなんですか?」

「よくぞ聞いてくれた!」


 その言葉と同時に、平等院とその周囲にいる生徒達が新しいポーズを取る。


「桜蘭会は高嶺サクラを称え同時に女神のごとく美しい彼女の思想に惚れた者たちが集まり凶悪な魔物から街の平和と一般市民を守る桜蘭学園最大規模のギルドである!」


 平等院の勢いある早口に圧倒されて、中身が頭に入ってこない。

 どうしたものか、困っているとタケルのメッセージを見たサクラが慌ててやってくる


「ゲートブレイクがあったのはここですか⁉」

「あ、高嶺さん。この人たちが――」

 

 振り返ると、桜蘭会の面々はもういなかった。

 ファンクラブのことは非公認のため、サクラにその姿を見られるわけにはいかないと、彼らは忍者のようにその場から消えていた状態。


「いないのかよ」


 さっきの圧はなんだったのか……ついツッコミを入れてしまうタケルであった。



 翌日 

 タケルは昨日のことを思い出していた。

 とりあえず蒼ゲートから出てきた魔物は、通りすがりの生徒たちが助けてくれたとサクラに説明。

 わざわざメッセージ一つで、自分のために駆けつけてくれた少女を思うと、感謝の念が湧いて来る。


 ――高嶺さんには頭が上がらないな……。


 そう思いながら教室の扉を開くと、目の前に平等院が満面の笑みで立っていた。


「おはよう!」

「うおおおおお⁉」


 あまりに突然の出来事に驚きすぎて、思わず声を上げて扉を閉めてしまう。


「はっはっはー! 朝から元気じゃないか!」


 しかしすぐに奥から平等院が激しい勢いで扉を開き、明るく挨拶をしてくる。


「っ――⁉」


 タケルが慌ててクラスのプレートを見ると、2-Cと書かれていて、間違ってなどいない。


「……な、何でここに⁉」

「ここが僕の教室だから、さ!」


 語尾が光り輝きそうな勢いで言われて、タケルは昨日の自己紹介を思い出す。


 たしかに平等院はいた。 

 ついでに平等院の取り巻きでサクラのファンクラブ、桜蘭会の面々も全員いた。


 ――マジかぁ……。


 もしかしてこのテンションの男に、ずっと付きまとわれるのではないか。

 そんな不安を感じるタケルであった。




 その予想は的中し、タケルはずっと平等院の視線を感じていた。

 

 普通の授業中もずっと見てくる。


 ――なんだ……?


 トイレに行けば付いてきて横からガン見してくる。


 ――なんなんだ?


 昼食中もジーと見つめてくる平等院。


「なんなんだよあの人ぉ⁉」


 沢村と向かい合って昼食を食べている間も感じる視線に、タケルは思わず頭を抱えて声が出てしまう。

 そんなタケルを心配する沢村。


「だ、大丈夫? 草薙くん……」

「……沢村さ、あいつのこと知ってる?」

「あいつ?」

「……平等院相馬」


 依然として見つめてくる平等院に反応すると変に絡まれると思い、タケルはあえて小声で伝える。


「ああ、もちろん知ってるよ」


 ハンターオタクの沢村は、質問されて嬉しそうに眼鏡を光らせる。



 ――平等院相馬。

 戦国時代から続く『平等院流槍術』の正当後継者にして、幼い時から神童として名を馳せた人物。

 学業も優秀で、桜蘭学園でも五人しかいないA級ハンターとして、プロ顔負けの大活躍。

 去年、次世代を担う優秀なハンター20人を選ぶ、『次に来るハンター!』にも選出された。




「優秀なハンター?」

「高嶺ハンターを除けば、同じ年のハンターで一番かもってくらいにはね」


 依然としてタケルを見てる平等院に、タケルが信じられないという気持ちしかない。

 たしかに槍捌きは高いレベルにあったが、それでもバカな雰囲気の方があまりにも強かったからだ。

 バカっぽい雰囲気のまま見てくるので、タケルが指さし――。


「……あれが?」

「あはは。ちょっと変なところがあるけど、ハンターってそういう浮世離れしたのも魅力の一つだから……」


 ちょっと……か?

 初対面から変な絡み方をされたタケルとしては、あのハイテンションぶりはちょっとで済まされないレベルだと思う。


「次の授業で、きっとわかるよ」


 意味深に笑う沢村に、タケルは首をかしげる。




 ジャージに着替えたタケル、沢村、荒木は、鍛錬場に集められていた。

 グラウンドのような土で、周囲はコロシアムのように囲まれている。


「次の授業って、これのことか……」


 楼蘭学園の生徒たちが準備運動をしていて、それぞれがハンターとして活動するための服を着ている

 周囲を見渡していると、ゴリラみたいな顔と身体をした、厳つい教師が竹刀をいい音させながら叫ぶ。


「貴様らぁ! 準備はいいかぁ!」


 周囲から返事やゴリ先と呼ばれて、妙に熱い。


 ――なんかあの先生だけ時代が違わないか?


「ハンター演習。普通の高校だとハンター協会が来たときにしか出来ないけど、普通に授業の一環に入ってるなんて、さすがハンター育成校だぁ」


 嬉しそうに瞳を輝かせている沢村だが、タケルは正直今から何が行われるのかよくわかっていなかった。


「……ハンター演習ってなに?」

「あ、そっか。草薙くんが戻ってきてからは初めてだもんね」


 沢村がハンター演習について説明してくれる。


「ハンター演習っていうのは、DSモンスターと戦う練習のすることだよ」

「DSモンスター?」

「うん、あれがそうだね」


 沢村が指さしたところには、小型戦車のような機械があり、そこからポコポコと丸いスライムのような物が生み出される。


「……なにあれ」

「ドッペルスライムって言って、DSハウスに記憶させた魔物に変身するんだ。あ、ちなみにDSはドッペルスライムの略称だよ」


 と補足説明を受けながら、ドッペルスライムを見てみる。

 沢村の言葉の通り、グネグネと形を変えていき、ゴブリンやオーク、オーガに変身していった。

 見た目は完全に、普通の魔物だ。

 

「……」


 異世界を旅したタケルですら知らない魔物。

 その異常な光景に、唖然とする。


「すごいよね」

「すごいけど……あれって大丈夫なのか?」

「うん。優秀なメイガスが作っただけあって、危険性はないよ」


 魔物を倒す者をハンター、魔術を研究するものをメイガス。

 見た目はそのまま魔物で、タケルが少し心配になる。

 しかしこの世界では常識のため、誰も気にしない。


 とりあえず、タケルは消防訓練みたいなものだと思うことにした。

 そんなとき、隣からずっと黙っていた荒木がボソッと一言――。


「てめぇに危険とかありえねぇだろ」

「ん? 今なにか言ったか?」


 笑顔でプレッシャーをかけるタケルに、荒木は顔を青ざめて首を横に振った。




 授業が始まり、楼蘭学園の生徒たちが魔術や武器を使って魔物を倒していく。

 それを見ながら、タケルが学校のレベルを測る。

 おそらくウィングガードの面々より少し弱いくらいが平均値だと認識。


「ん?」


 ほとんどの生徒が魔物と一対一の中で、一人だけオーガに囲まれた生徒がいた。


「沢村、あれいいのか? 一人に集中してるけど」

「……うん。彼はこの楼蘭学園の中でも特別だからね」


 スライムのバグか何かじゃないのかと思ったタケルに対して、沢村が自信満々でそう答える。

 オーガの巨体で隠れて姿は見えないが、そこから声が聞こえてきた。


「はっはっはー! この平等院相馬の絶技を見よ!」


 瞬間、オーガの頭部が一斉にはじけ飛ぶ。

 倒れたオーガはドッペルスライムに戻りはじけ飛んだ部分もくっついて、勝手にDSハウスに戻っていった。



「どう、あれが平等院くんだよ」


 やっぱり格好いいよねー、と呟く沢村に、周囲も平等院のパフォーマンスに沸く。

 そんな中、タケルは不思議に思うことがあった。


「……ずいぶんと派手にやるんだな」

「え?」

「いや、なんでもない」 


 自分を助けたとき、魔物の心臓を一点突破させていた。

 ただ魔力を込めて突けば、先ほどのオーガのように頭は弾け飛ぶし、そちらの方が簡単だ。

 一点、鮮血すら飛ばさない一撃の方がはるかに高度なはずなのに、と内心で思っていると――。


「次ぃ! 風見高校の三人! 来い!」


 ゴリ先に呼ばれて、沢村、荒木、タケルの三人のジャージ三人衆が向かっていく。 

 目の前にはいやらしい笑みを浮かべたゴブリンたち。


「武器でも魔術でも、やりやすい方でいいからな!」


 ゴリ先の言葉に沢村と荒木が構える。

 二人は魔術で倒すことを選んだため武器を持っていないが、タケルは下手に魔術を見せて威力調整をミスしたら怖いので、剣を借りた。


「ひ、久しぶりだから緊張するなぁ……」


 げらげらと馬鹿にしたようなゴブリンたち。

 再現性が高いな、と思っていると、一斉に襲い掛かってくる。


「ふぁ、ファイアーボール!」

「うおおおおおお! 死ねやぁぁぁぁぁ!」


 沢村と荒木は魔術で撃退。

 ゴブリンたちが悲鳴を上げて、ドッペルスライムに戻る。


「や、やった!」

「しゃー! おら見たかぁ!」


 そしてタケルは――。


「ギャギャギャ!」

「……」


 ――遅すぎる。


 ゆっくり前に歩き、手に持った剣ですれ違いざまにゴブリンの首を切る。


 早すぎて誰もタケルが斬ったことに気づけず、平等院とゴリ先だけがタケルの動きに気付く。


「ぎ、ぎぎ、ぎぎ……」


 これで終わりだな、と思って振り向くと、ゴブリンはドッペルスライムに戻らずその場にいた。


「あれ?」

「沢村! ドッペルスライムは攻撃のフリをしてくるだけだからな! 頑張って攻撃するんだ」

「そうだよ草薙くん。生き物を攻撃するのは怖いのはわかるけど、これも訓練だから……」

「いや、俺ちゃんと斬ったけど……?」


 たしかに斬ったのに、と首をかしげていると、ゴブリンが一歩、二歩と歩き出す。


「ぎ、ぎぎぎ……」


 数歩歩いたところで、その動きが止まり、そのまま首が落ちる。

 そしてドッペルスライムへと戻り、DSハウスへと戻っていった。



 静寂。

 驚くゴリ先と、楼蘭学園のクラスメイトたち。

 少しずつ、騒めき始める。


 ――え、今のなに? もしかして自分が斬られたことに気づいてなかった、とか?

 ――いや、ていうか……いつ斬ったんだ今?


 脱力状態から無駄をそぎ落とした動きは、初動から残心までの一連の動作があまりにも自然で、この場にいる誰も見えなかった。


 ――こいつならこれくらい余裕だろ。

 ぼそっと荒木が当たり前のように呟く。


 そんな声が聞こえてきたタケルは、内心で焦る。


 ――やばい……。


 フィジカルブーストを使っていない、素の動きだから大丈夫と油断していた。

 隣の沢村も、驚いた顔をする。


「く、草薙くん……?

「な、なんかマヌケなドッペルスライムだったなぁ!」

「……え⁉」 

 

 突然大声を出したタケルに、沢村が驚く。


「いやだってさ沢村! 自分が斬られたことに気づかないとか、普通ないだろ⁉」


 そして荒木を睨み、フォローしろとアピールする。


「は、はっはっは! ほんと、間抜けなスライムだぜー!」

「だよな荒木!」

「お、おう!」


 そんな二人を見て、周囲もそうだよなと呟きだす。


「あ、うん。そうだよね。普通そんなこと、ないもんね」


 沢村も、若干腑に落ちない様子の雰囲気で同意して笑う。


 そんな中、平等院が面白そうにタケルを見て、笑っていた。

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