第10話 新しい学園生活
ゲートブレイクによる魔物の被害が常態化している現代。
ハンター協会直営のハンター育成専門学校は、有事の際に避難所として機能するように設計されている。
今回の風見高校のように、魔物の襲撃によって授業が出来なくなった場合、広大な土地を貸し出して授業なっていた。
タケルと沢村、そして荒木の三人は、楼蘭学園に受け入れてもらうことが決まり、授業を再開することになる。
楼蘭学園――二年C組の教室。
風見高校のだらっとした雰囲気とは違う、スーツをきっちり着こなした真面目そうな教師が、教壇から生徒たちに語り掛ける。
「我がクラスでは被害にあった風見高校から三名の生徒を受け入れることになった。彼らは我々ハンターが守るべき市民であると同時に、同じ勉学をともにする仲間でもある」
淡々とした雰囲気。
生徒たちもエリートらしく、真面目な空気を出す。
そして教団の前に立つタケルたちは――。
――なんでこの
――草薙くんと一緒なのは嬉しいけど、よりによって荒木くんもなんて……。
――どうして、この三人なんだ……。
尊にボコボコにされた荒木、荒木に虐められていた沢村、力を隠したいタケル。
三人が教壇に立ちながら、気まずそうな顔をする。
「それでは三人とも、自己紹介をしてくれ」
「……荒木」
「さ、沢村です!」
「……草薙です」
気まずい空気のまま自己紹介。
そんな中、タケルは先日のアンノウンのニュースを思い出す。
午前中は学校案内。
そして午後になり、沢村と食堂へと向かうため廊下を歩いていた。
「やっぱり楼蘭学園はすごいね! 特に有名なのは最年少Sランクの高嶺ハンターだけど、卒業生にはトッププロも多いし、全国から集められたエリートたちは現時点で並のプロより強いって話だ! ビルとかを構えられない中小ギルドのオフィスとかにもなっていて、設備もそれに見合った最新式の物ばかりだし……うううー、感動だぁ……!」
もともとハンターに強い憧れを持っている沢村は、いつもの穏やかな雰囲気とは一変して、テンションの上がったオタク状態になっていた。
タケルも最初は反応しようと思っていたが、早口で永遠と語り続ける沢村が楽しそうだから、何も言わなくていいかと適当に相槌を打つ。
――それにしても……。
その間にチラっと周囲を見渡すと、いつでも戦えるようになのか、武器を携帯している生徒が多い。
――沢村の言ってる中小ギルドのハンターかな?
廊下の外にある鍛錬場には、明らかに生徒ではない武装したハンターたちが武器や魔術を使って訓練を行っていた。
「今回の風見高校のゲートブレイクもたまたま近くにいた高嶺ハンターが一人で解決したんだよ。助けてもらった生徒たちが言うには
横では沢村がサクラについて永遠と語っていたが、ふいに思い出したように口調を変えた。
「あ、そういえば草薙くん。高嶺ハンターとは会えた?」
「っ――⁉ な、なんで?」
いきなり自分とサクラの話が出てきて動揺してしまう。
先日家まで来たことは、自分たち以外は知らないはず……。
「高嶺ハンターが草薙くんのスマホを届けるために、住所教えて欲しい言ってたからだけど?」
「あ、ああ……家まで届けてくれて、お礼も言ったよ」
サクラに住所を教えたのが沢村だったことを初めて知ったタケルは納得する。
「うわぁ、いいなぁ。雑誌とかテレビ以上に可愛くて……羨ましすぎる! あ、もしかして連絡先交換したとかは?」
「は、はは……ま、まさか……」
「そうだよねぇ……もしそうだったら、僕は君を許せそうにないなぁ……」
「っ――⁉」
眼鏡から本気の目が見えて、普段の大人しい沢村と違いすぎてタケルは思わず顔を引きつらせる。
だがすぐにいつもの明るい沢村に戻る。
「なーんてね。そんな漫画みたいな展開あるわけないか」
「あ、ああ。あるわけないって」
――今の、絶対本気だった……連絡先交換したこと、絶対にばれないようにしよう。
「でも高嶺ハンターには学園に過激なファンクラブがあるって噂だから、気を付けてね」
「気を付けろって言われても――」
「もし直接スマホを届けてもらったなんて知られたら……あ、噂をすれば」
正面からサクラが歩いてくる。
特に取り巻きなどはなく、ただ彼女が歩くだけで周囲からは羨望の的な状態。
それを見た沢村が再び嬉しそうにする。
「うわぁ、やっぱりこの楼蘭学園でも高根の花って感じなんだね」
「そうだな」
――友達いないのかな?
失礼なことを心の中で考えながら歩いていると、サクラも正面から歩いているタケルに気が付く。
スマホを届けてもらったのに無視は悪いと思い、タケルがとりあえず軽く会釈だけすると、サクラは柔らかく微笑む。
お互い何も言わずにすれ違い、少ししてから沢村に肩を掴まれ――怖い顔を間近で見せつけられる。
「ねえ草薙くぅん? 今のなにかなぁ?」
「な、なにって……?」
「草薙くんに微笑んでたよねぇ。クールで有名な彼女が「私たちの関係は秘密ですね」みたいな意味深な雰囲気でさぁ!」
――ちょっと笑っただけで深読みしすぎだろ。
しかしタケルのことを秘密にしてもらっているため、おおよそ間違ってないのが怖いと思う。
「そ、そんなわけないだろ。ほら早く学食行かないと、昼の授業遅れるぞ」
「あ、ちょっと、まだ話は終わってないよー」
タケルを追いかける沢村。
その場にいた楼蘭学園の生徒たちがタケルの背中を見続ける。
放課後。
一緒に帰ろうと誘ってきた沢村に断りを入れて、タケルはサクラの執務室にいた。
レッドゲートの奥にいた敵の存在をサクラに伝えるためだ。
「それで、ゲートの中に入った、と」
「うぐ……」
「ボスを撃破。さらに謎の敵から放たれた、森を吹き飛ばすような攻撃を防いだわけですね……」
黒ゲートに入れるのは認められたハンターのみ。
ましてやハンターの資格もない一般人が入るなど、自殺行為でしかない。
そんな想いでサクラに真顔でじーと見つめられ、言葉で追い詰められるタケル。
サクラが指を振るうと、タケルの正面にディスプレイが表示される。
そこには先日の事件の跡地が残されており、テロップに『正体不明のイレギュラー、その正体はいったい⁉』と書かれていた。
「その結果がこれですか。ねえ『イレギュラー』さん?」
「その呼び方は止めてください!」
ウィングガードのシーフである知佳が、インタビューを受けている動画。
『彼の正体はわかりません。顔も隠されてましたし。ですが、もう死ぬしかないと絶望していた私を救ってくれた彼は、紛れもなく救世主でした!』
動画を見たタケルは気まずそうに視線を逸らす。
「ハンター協会は今、この件で大騒ぎです。そしてこのイレギュラーはいったい何者だ、と」
「そんな騒がなくても……」
タケルの言葉にサクラが険しい顔をする。
「黒ゲートは、内包する魔力によってボスの強さがわかります。そして今回のゲートはD級……ウィンドガードだけで十分クリア出来るはずでした」
――たしかに、命がけのゲート攻略直前って割に、あの人たち余裕があったな。
サクラの言葉で、タケルはウィングガードの面々が自信満々だったことを思い出す。
「しかし、実際にいたのはA級のボス サイクロプスでした」
「……」
「今回の件、本来なら悲惨な事故で有望なハンターが失われた、で終わりだったでしょう」
再び画面がイレギュラーのテロップに戻る。
敵か味方か、などとワイドショーは取り上げているが、本当に敵だったらハンター協会にとってあまりにも大きすぎる脅威だ。
「問題なのは、そんなイレギュラーの場にハンター協会に所属していない、『不審者』が『偶然』いたこと」
「うぐ……」
「さらにあなたの言う、強大な力を持った敵がいたのであれば……」
不審者呼ばわりに対して、何も言い返せないタケルはただ困る。
「これを、騒ぐことじゃないと言いましたか?」
「ご、ごめんなさい……」
サクラの言いたいことを理解して、タケルが素直に謝罪する。
すると彼女は少し困ったような顔をしたあと、頭を下げた。
「……いえ、私もきつく言いすぎました。すみません」
「え?」
「人を救った草薙くんの行為は、間違いなく正しいもの。ですが……」
サクラは一瞬、自分の机に置いてある『両親のいない家族写真』を見る。
そしてまっすぐタケルを見つめる。
「どれだけ特別な力を得ようと、平穏を望むあなたは守られるべき『一般人』です」
「……」
――この人は……。
「私は約束しましたよね。あなたの日常を守ると」
そうして柔らかく微笑む。
「危ないことは、私たちハンターに任せて下さい。草薙くんには心配してくれるご両親もいるのですから……」
サクラの執務室から出たタケルは、広い中庭を歩いていた。
「高嶺さん、いい人だったな」
――あれはファンクラブが出来るのも納得だ。
「ところで……いくらなんでも俺の近くにゲート出すぎじゃないか?」
目の前に現れた赤ゲート。
さすがにこれだけゲートが現れると、タケルもだんだんと慣れてきた。
飛び出してくるゴブリンの群れ。
脅威ではないが倒さなければ、と思った瞬間、四人の生徒たちが一斉に飛び出してきてゴブリンたちを狩りだした。
ゲートのボス格である、大きなゴブリンが手に持った大剣を振り上げながらタケルに迫る。
「キシャ―!」
自分の部下を殺されて怒りに吠えながら、大剣を振り下ろそうとしたとき、ホブゴブリンの背後から槍が飛びだし心臓を一突き。
心臓を貫いた槍はそのままタケルの目の前まで迫り、そしてピタっと止まる。
「グ、ガ……」
刺さった槍が引き抜かれると、ホブゴブリンが地面に崩れ落ちる。
「いやぁ、危ない危ない。驚かせてすまなかったね!」
そして倒れた後ろから槍を持ったイケメンの男子生徒が現れた。
さわやかな金髪の優男は、少しも悪いと思わない様子だ。
「いや、おかげさまで制服も汚れなかったから大丈夫です」
「制服?」
ドリルでくり貫かれるような穴をあけたホブゴブリン。
普通に突き刺せば心臓とともに肉片と血が飛び散っていたところだが、男性生徒の超高速で回転させられた突きは無駄をすべて削いで、ただ必要な穴だけを空けた。
槍が目の前に来たとしても、動きを完全に見切っていたタケルは特に思うことはなく、普通の対応。
しかしそれは、一般人としてはあり得ない反応でもある。
「なるほど、たしかに汚れていないな」
命の危機に瀕した直前だというのに、そのようなことを気にするタケルに、男子生徒はほほー、と感心した様子を見せる。
「面白い」
にやり、と彼は笑うと、指を高く上げてパチンと鳴らす。
それを合図に生徒たちが平等院の近くに集まり、片膝をついて並ぶ。
――え?
突然の奇行にタケルが目を丸くする。
そんな中、男子生徒が、槍を突きつけてきた。
「風見高校二年 草薙尊!」
「なんでフルネーム……?」
「親愛の証さ! なにせ君はこれから、我らと同志になるのだから!」
「……同志?」
タケルが疑問に思った瞬間、伏せていた生徒たちが立ち上がり前に出る。
「この方の名は
「平等院流槍術の正当後継者にして」
「若くしてA級となった天才ハンター!」
「そして――」
平等院の取り巻きたちが順番に声を上げていく。
そして自分の番だと、平等院は槍を構えて声高々と叫ぶ。
「高嶺サクラ様のファンクラブ、
理解を拒みたくなるような情報をぶち込まれて、反応に困るタケル。
決まった、と満足気な様子の平等院と取り巻きチーム。
「お、おお……」
ただ一人、言葉を失い戸惑うタケルは、とりあえずサクラに『中庭、助けて』とメッセージを送るのであった。
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