第9話 通りすがりの 後編

「っ――⁉」

「え?」 

 

 前を歩いていたタケルが、まるで知佳に襲い掛かるように、急に振り向いて近づいて来る。

 そして手に持ったナイフを掴んだと同時に、凄まじい魔力がタケルから吹き荒れる。


「あ……」


 殺される。

 そう思ったのは今日二回目だ。

 しかも先ほどのサイクロプスとは比べ物にならない強烈な力を前に、生物としての本能がそう告げた瞬間――。


「借ります!」

「え?」


 知佳がなにかを言うより早く、肩を掴まれてタケルの背中に引っ張られる。


「きゃっ⁉」


 いきなりのことで態勢を整えられず、尻餅を付いてしまった。

 同時に、どこか遠くから巨大な閃光がこちらに迫って来たのが見える。

 それはまるで、アニメなどで出て来るよう人工衛星のレーザービームのようで……。


 ――今度こそ、死んだ。


 知佳の知っている常識から大きく外れた、どう考えてもおかしい攻撃。

 走馬灯のようにスローモーションに流れる時間の中で、知佳は生きることを諦めた。

 だがその中で、知佳から奪ったナイフに魔力を通したタケルの姿が見える。


 そして、一閃。


 ただのナイフだったはずのそれが、巨大なレーザーを切り裂き、その先にいる『なにか』を切り裂いた。


 その剣閃はそれで止まらず、レーザーの先まで続き――。


『へ? えええええっー⁉ ちょ、ま――⁉』


 あり得ない事態に少女は驚き、そして彼女の傍にいた四足歩行の鬼が少女を守るように立ち塞がる。

 最上級の鬼の魔物であればどんな攻撃でも防げるはず、という少女の思惑は、タケルの一撃によって切り裂かれ――。


『うっそぉ⁉ きゃぁぁぁぁぁ!』


 剣閃は少女を飲み込みそうになるが、間一髪で当たらなかった。


 彼女のいた場所を通り、そのまま空すら切り裂いて消えていく剣閃。

 少女を守った鬼の上半身は完全に吹き飛んでいた。


『びっくりしたぁ……』


 剣閃の衝撃によって尻餅を付いた少女は、驚いた表情で自分のペットを見る。

 鬼の魔物の中でも最強格のはずのそれが、たった一撃で吹き飛ばされた。


『……あはっ』


 その事実を認識した瞬間、少女が嗤う。

 小さな八重歯が可愛く見えるが、少女から感じられる魔力は凶悪の一言。


 立ち上がり、片腕を空に上げる。

 すると空中に紅い巨大な魔法陣を展開され、バチバチと紅雷のような魔力が空間すら歪ませ始めた。


『バチバチ、バチバチバチ、バチバチバチバチバチ!』


 少女は歌うようにバチバチと紡ぎ、魔法陣の周囲を走る紅雷は膨大な力を増していく。

そして内包した魔法陣が完成したところで――。


『さあ! 今度はこっちの番……あれぇ?』


 少女が森だった場所を見ると、すでにタケルたちはいない。

 どこ行ったー? と探してみると、いつの間にかゲートの傍にいて、女の方はもう先に入ろうとしているところだった。


「え? もしかして……?」


 逃げる気? と気付いたときには、女の方がゲートに入る途中だった。

 そしてゆっくりとゲートに入っていき、そして消えていった。


『ええー! これからが楽しいのになんでぇぇぇ⁉』


 そうしてなにか小さな丸い玉をゲートの外に放り入れた少年も、ゲートの中に入ろうとしていた。

 その途中、少女と目が合う。

 完全に自分のことを認識しているのに逃げるなんて、少女にとって許せないことだ。


『やだやだ逃げちゃやだ! っていうか逃がさないもん! バッチ……コォォォン!』

 

 少女が腕を振り下ろした瞬間、魔法陣から生み出された巨大な赤雷が広大な森を薙ぎ払った。

 しかしその時にはもう、タケルはゲートの中に入り、その場には誰もいなかった。


「逃げられちゃった……もっと遊びたかったなぁ」


 少女はそんな、無邪気に残念さを出しながら、ガックシと肩を落とすのであった。



「な、な、な……」


 森の木々を吹き飛ばすような一撃で、辺りは大きな空間が広がっていた。

 その場所で知佳は尻餅を付いたまま、ただ何も言えずに驚くことしか出来ない。


「外したか……」


 魔物を斬った感覚はあったが、もう一人いた強い力を持った存在には当たらなかった。

 あれが暴れれば、この辺り一帯が吹き飛びかねない。

 そうなったら、タケルはともかく知佳は巻き込まれて死んでしまうかもしれないと思う。


「行きますよ!」

「え、ちょ……きゃぁ⁉」

 

タケルの判断は早い。

 知佳をお姫様抱っこで抱きかかえ、そのまま一気にゲートの方へと走っていく。

 その道中、タケルの力に耐えられなかったナイフが粉々に砕け散った。


「あ……」

「ひ、ぃぃぃ⁉」


 タケルは走りながら気まずそうに知佳を見る。


「すみません。ナイフ、壊しちゃいました」

「そ、そんなの今どうでもいいからぁぁぁ!」


 正直今、知佳にとって武器が壊れたことはどうでもよかった。

 それより遠くに見えている紅く巨大な力を持った魔法陣と、この尋常ではない速度で走っているこの状況の方が怖いのだ。


「ところで、ゲートで外に出たときに人目を隠せるアイテムとか持ってませんか?」

「その質問、今いる⁉」

「大事なことなので」


 真剣な表情のタケルに、知佳は焦った状況で懐から煙幕玉を取り出して渡す。


「っ……こ、これ……煙幕玉」


 火を付ければすぐに発動できるそれを見て、タケルは満足げに笑った。


「ありがとうございます」


 そうして遠くの紅い魔法陣が完成したときには、ゲートに辿り着いていた。


「さあ、先に」

「え、えっと……その……」

「外に出たら、俺のことは黙っててくださいね」

「わ、わかったわ……」


 そうして知佳がゲートの中に入ったのを見届けたあと、煙幕に火をつけて、ゲートの中に放り込んだ。

その後タケルは一瞬だけ崖の上から強大な魔方陣を作っている少女を見る。


 目が合い、そしてすぐに逸らしてゲートに入った。

 そのすぐ後、広大な森は一撃で吹き飛んだ。



 ゲートの外は騒めいていた。

 賀東の怪我が酷く、雨宮の回復魔術では回復しきるまでに時間がかかる状態。


 本来なら専門のヒーラーがいるところに行かなければならないのに、賀東はそこから動こうとしない。


 それどころか、ある程度回復したからと、ゲートの中に入ろうとするので、そんな賀東を周囲が止めるというやり取りが続いていた。


 周囲が騒がしくなっている中、急にゲートが活性化し始めた。


「なっ⁉ ゲートブレイクか⁉」

「いや、だけどまだ時間があるはず……」


 周囲がゲートに注目する瞬間、ゲートの中から小さな丸い玉が出て来る。


「なんだこれ?」


 野次馬の誰かがそう言った瞬間、煙幕が広がった。

 一瞬騒ぎになる中で、タケルはその隙に凄まじい速度でゲートから飛び出し、そして誰の目にも映らないうちにゲートから離れてしまう。


「今、なにか通らなかったか?」

「え? いや、わかんないけど……」


 野次馬や近くを警備していた警察たちが混乱している中で、賀東は騒ぐのを止めてただ茫然としてしまう。


「な、なんだったんだ……?」

「ごめんなさい」

「え?」


 煙が晴れると同時に、一人の女性がゲートから出てきた。

 信じられない、しかし本物の彼女の姿を見た賀東が、大きな身体を振るわせて涙を浮かべる。

 それは、賀東がなによりも望んでいた光景だった。

 



 タケルは近くの木に身を潜めながら、その光景を眺めていた。

 大きな身体で知佳ー、と叫び抱き着こうとする賀東と、それを必死に抑える知佳の二人を見て、笑ってしまう。


「まあ、これで良かったよな」


 そして、誰にもバレないうちに、その場から去るのであった。




「それで知佳! ゲートの中でいったいなにがあったんだ⁉」

「それは……」


 ――俺のことは誰にも言わないように。


 ゲートの前でそう言って、知佳から貰った煙玉をゲートに投げるタケル。


 その姿はまるで悪戯を仕掛ける子どものような仕草で、それでいて真剣な顔。

 知佳の常識を大きく逸脱したタケルが、その力を見せたくないというのは、なんとなくわかった。


 だから知佳も、その正体を誰かに話そうとは思わない。


「正義の味方が、助けてくれたのよ」


 知佳の言葉を理解出来る者はその場におらず、全員が首をかしげるような仕草をするのであった。

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