第8話 5000億点の邂逅 後編

 魔王軍との戦争における最前線――城塞都市カナン。

 異世界に救世主として召喚されてから一年が経ち、タケルはその地で魔王軍と戦い経験を積んでいた。


 とはいえ、常に魔王軍と戦っているわけではないため、空いている時間は修行に当てられる。

 魔術はエーデルワイス。そして剣を使った修行は王国でも有数の実力者であるグラド将軍が担当をすることになっていた。


 将軍はすでに老齢とも言え、もう髪も白く染まっている。

 それでも鍛え上げられた肉体は並の兵士よりも大きく、年齢を感じさせない物だった。


 訓練場で木剣を持って打ち合う。

 フィジカルブーストを使った、激しい高速戦闘。


 すでに並みの騎士をはるかに超えた実力を持つタケルの猛攻に対し、グラド将軍は余裕をもってその剣を受け止め続ける。


「はぁぁぁぁぁぁ!」

「ふふふ」

「くそっ! なら――!」


 細かい連撃に埒が明かないと思ったのか、タケルが木剣を持つ手に力が入り、大きく振りかぶる。


「相手の体勢も崩していないのに、そんな大振りしたら――」


 大振りのタケルの剣を躱した将軍が、にっこりと笑う。


「こうなります」

「痛っ!」


 頭を叩かれ、タケルが蹲る。

 それを見たエーデルワイスが慌てて回復魔術をかけ、その姿を見てグラド将軍は豪快に笑う。

 

「はっはっは! 救世主様もまだまだですなー」

「くそぉ……」

「そう睨みますな。ワシがこうして痛めつけると、エーデルワイス様に介抱されて役得でしょう?」


 からかうように言う将軍の言葉に、タケルとエーデルワイスは照れながらも治療を続ける。

 その体勢のまま、タケルとグラド将軍は鍛錬の反省会をする。


「ねえ将軍。なんで俺の攻撃は当たらないんだ?」

「ワシは魔王軍を相手に四十年戦い続けてきたのですぞ! まだこの世界に来て一年程度の小童に負けるわけないでしょう、と言いたいところですが……」


 グラド将軍は孫の成長を喜ぶ祖父のように、優しい視線を向ける。


「もう速さではワシを超えております。さすがは救世主様」

「でも当たらないじゃないか」

「そうですなぁ……」


 治療が終わり、タケルが立ち上がると、グラド将軍が懐から一枚のコインを取り出し上に弾く。

 タケルがそれに視線を奪われ、そしてコインが地面に落ちる頃には、首元に木剣が付きつけられていた。


「まあ、こういうことです」

「……いや、今のずるくない?」

「命を懸けた戦場でもずるいと言いますか?」

「……」


 そう言われては黙るしかない。


「まあ今のは置いておきましょう。今回ワシは救世主様の視線を動かして木剣を突き付けたわけですが、攻撃が当たらない理由がわかりましたかな?」

「相手の目を見て、攻撃を予測する?」

「ふむ……まあ三十点、といったところです」

「さん……」


 普通なら赤点だということに若干のショックを受ける。


「まあこれは明日の課題としておきましょうか。一夜、じっくりと考えてみてください」

「……わかった」


 そして翌日、再びタケルとグラド将軍は訓練場で向き合う。


「それで、答えは出ましたかな?」

「ああ……」

「よろしい。それでは――っ⁉」


 その瞬間、凄まじい殺気に二人が振り向く。

 そこには先ほどまでいなかった、黒く細い人型の魔物が立っていた。

 人型、と言っても腕や足があるように見えるだけ。

 生物としての機能をそぎ落とし、ただ敵を殺すためだけに生まれたようなフォルムは、ただただ人間に恐怖を感じさせる。


「魔物が、なぜここまで――⁉」


 魔物に感情はないのか、ゆらりと剣のような腕を揺らすと、一気に飛び出してきた。


「くぅ⁉」


 突然の出来事に、それでもグラド将軍は木剣を構えて受け止めようと構える。

 しかし目にも止まらない速度で振り下ろされた剣のような黒い腕は、木剣を切り裂き将軍の片腕を落としてしまう。


「ぬあぁぁぁ⁉」


 これまで見てきた魔物とは一線を画すその強さに、将軍は焦りを隠せない。


「将軍⁉」

「救世主様! 逃げるのです!」


 残った腕で腰に差した剣を取り出し、襲い来る敵の攻撃を受け止める。

 しかし片腕からは血が流れだし、敵の攻勢は激しさを増していく中で、受け止めきれずに将軍の身体は傷だらけになっていく。

 

 ――逃げなきゃ。


 後ずさりをしながら、タケルは恐怖に体を震わせていた。

 現れた魔物は、これまでタケルが見てきた者とは比べ物にならないほど強い。

 このままこの場に残ったら、今の自分では殺されてしまうだろう。


 そうしてタケルが逃げ出そうとした瞬間、ホッとした様子のグラド将軍と目が合った。


 ――もしこのまま俺が逃げたら、将軍は?


 彼が自分を逃がすために時間を稼ごうとしているのは分かる。

 だがしかし、逃げた先になにがある?

 将軍は倒れ、他の兵士や街の人々があの魔物に襲われて、そしてこの街は――。


「あ……」


 いつも一緒に訓練をしてくれる兵士たち。

 こんな危険な街でありながら、笑って日々を生きる街の人々。

 そして共に過ごしてきたエーデルワイス。


 ――その全ての首を落とされ、血で染まる街が鮮明に映った。


 明確に見てしまったビジョンに、タケルの下がる足が止まる。

 この街で過ごしてきたタケルにとって、人々はもう守るべき存在だった。


 なにより、自分はこの異世界に来たときに決めたのだ。


 嫌いだった自分を捨てて、すべてをやり直して、頑張るのだと――!


「あぁぁぁぁぁ! こっちを見ろぉぉぉぉぉ!」

「っ――⁉」

「救世主様⁉」


 腰の剣を抜き、魔力を全力でかけ、タケルは飛び出す。

 そして大きく剣を振りかぶった。


「そんな大振りでは⁉」


 グラド将軍が叫ぶ。

 どんなに強い攻撃でも、相手の体勢も崩さずに放てば自身の隙が大きくなるだけで、攻撃は当たらない。


「ギギッ」


 魔物もタケルの隙だらけの攻撃を見て、馬鹿にしたように笑い、そして剣の腕を突き出そうとする。


 その瞬間、タケルがグラド将軍を見る。

 自分のモーションに対して、魔物が目に見えてわかりやすい行動を取った。

 そんな、自分の狙い通りの行動を取ってくれたことに笑い、将軍に合図を送る。


 グラド将軍も、タケルの意図に気付く。


 タケルは振りかぶった剣は振り下ろさず、そのまま突き出してきた剣を自分の剣で受け止めた。


「ギッ――⁉」


 まさか防がれるとは思わなかった魔物が、歪な声を上げる。

 当然そうなれば、魔物は一瞬隙が出来――その隙を経験豊富なグラド将軍は逃さない。


「おぉぉぉぉ!」

「ギィャァァ⁉」


 片腕で魔物の腹を突き刺す。

 普通なら致命傷な一撃。

 だが魔物はまだ生きていて、自分を刺している将軍の首を落とすため、剣を振り下ろそうとした。


「そんな大振りしたら――」

「ギッ――⁉」

「隙だらけだぁぁぁぁぁぁ!」


 相手の体勢が崩れたその瞬間、今度こそ大きく振りかぶったタケルの剣が、魔物の首を落とす。


 魔物が完全に動かなくなったと同時に、タケルとグラド将軍は二人揃って地面に倒れる。

 異変を感じた兵士とエーデルワイスが近づいて来る中で、二人は空を見上げていた。


「……まったく、無茶をし過ぎですぞ」

「それを言うなら、将軍だって」

「ワシはいいのですよ。人々の未来を紡ぐ、救世主様を守るのが使命なのですから」

「……そんなのはいいからさ」


 ――さっきのは、何点だった?


 タケルがそう言うと、グラド将軍は一瞬なにを言われたのか理解出来ず呆然とするが、意味を理解した瞬間爆笑する。

 そして笑いながら――満点でした、と告げるのであった。



 タケルの目の前には、涙を流し崩れ落ちる賀東の姿。


「……畜生。俺が、俺がもっと強ければ……俺がみんなを守らないといけないのに……俺らを逃がすためにあいつが……!」


 ――もしあのとき、俺が逃げていたら将軍は、街の人々は……。


 賀東は逃げてきたことに酷く後悔し、今はたとえ死んでもいいと前に進もうとしていた。

 それはもしかしたら、あり得たかもしれない自分の過去。

 

 だからだろう。

 今叫んでいる賀東と自分を重ね合わせてしまい、後悔しないように自然と身体が動いてしまっていた。


「……」

 

 タケルはそっとパーカーのフードを被り、野次馬たちの間を抜けて真っすぐ進む。

 賀東たちのやり取りに注目している野次馬たちは、誰もタケルの動きには気付かない。


 タケルは誰にも聞こえないように、小さく魔術を唱える。

 すると指先から小さな火の玉を生まれ、それがゆっくりと空へと浮かんでいく。


 しばらくしてその小さな火の玉が、遥か上空で巨大な炎となってはじけ飛ぶ。


「っ――⁉」

「な、なんだ⁉ は、花火⁉」


 その場の人々が驚き、上空を見た瞬間――。

 

 ――待っててください。

「え……?」


 賀東にそう声をかけて、タケルはゲートの中に入る。

 その姿を認識できた者は、誰もいなかった。



 崖の上から広大な森を見下ろすよう少女がいた。

 大鬼の肩に乗った角の生えた少女は、何かに気付いたようにそちらを見る。


「……また誰か来たみたいだね」

 

 ペットの大鬼の頭を撫でながら、遊んでくれる相手が来たのだと、つい口角が上がってしまう。


「今度は、すぐに壊れないといいなぁ」


 そうして少女は、崖の上から森を見下ろすのであった。

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