第6話 いざこざ

 荒木たちとの揉め事から一夜明けた、翌朝。

 タケルが教室に入ろうと扉を開けると、クラス内は妙に騒めいていた。


 なんだ? と思ってクラスメイトたちの視線を追いかける。


「……は?」


 そこにいたのは、荒木だった。

 ただし、七三分けでメガネをかけ、制服をきっちりと着こなし、姿勢よくタブレットとペンを持ち、勉強している姿。

 あまりの変貌ぶりに他のクラスメイト同様、タケルも思わず口を半開きにして、固まってしまう。


 そんな荒木の姿があまりにおかしいからか、仲間の不良二人が馬鹿にしたように笑っていた。


「荒木くん、なんだよそれー!」

「し、七三って! それにその恰好、なにがあったらそうなるんだよ!」

「……」

「「ぐげっ⁉」」


 荒木はそんな不良二人を無言で殴ると、眼鏡をクイっとして再び勉強を再開しようとして、ふとタケルと目が合った。


「っ――⁉」


 一瞬怯えたように目を見開き、そしてすぐにタブレットに目を落とし、勉強を再開する。

 静かに、誰の邪魔にもならないようにしようという意思表示。

 その姿はかつて虐められていた自分と瓜二つで、関わらないでくれという気持ちは十分伝わってきた。


「あー……」


 ――昨日、脅し過ぎたか……?


 荒木の不自然な態度に、クラスメイトたちの視線がタケルに向く。


 ――あれ、草薙がなにかしたんじゃないか?

 ――昨日荒木たちを追いかけてたし……。

 ――でもアイツ、ついこの間まで虐められてたやつだぞ?


 疑惑の視線と、ひそひそとした会話が聞こえてきた。


 これまで力任せに好き勝手やってきた荒木だ。

 しかも気に入らない相手を自殺未遂にまで追い込んだ暴君。


 そしてクラスメイトたちは昨日、沢村が連れ去られたあと、タケルがどこに行ったのかを聞いていたことを目撃している。

 そんな暴君がたった一日でここまで変わるなど、なにか原因があったと考えるのが普通だろう。


 ――失敗したな……。


 元々嘘が下手な男である。

 顔から汗がだらだらと流れ、誰の目から見てもなにかを隠しているのが一目でわかった。

 そうして、なんとも言えない緊張感がクラスを包んでいると――。


「おはよう草薙くん!」


 顔中傷だらけになっている沢村が教室が背中から挨拶をしてきた。

 昨日あれだけ虐められていたというのに、意外と元気だ。 

 もしかしたら、ずっと言いたいと思ってため込んでいたことを、全部言い切ってすっきりしたからかもしれない。

 それならそれで良かったなと思いつつ、挨拶を返す。


「おはよう沢村」

「……」


 しかし、タケルの挨拶に沢村は無反応。

 教室内、荒木を見て、タケルと同じように固まっていたからだ。


「……まあ、そうなるよな」


 そして、チャイムが鳴り授業が始まった。



 ――その後も荒木は真面目に授業を受けていた。


 不良二人は休み時間になるとタケルたちに絡みに来ようとすると、荒木が慌てて殴って止める。

 さらに不良たちを連れて行き、そして戻って来る頃には二人はボロボロで、それ以降タケルたちに近づいて来ることはなかった。


 そんな風に時間が過ぎていき、イレギュラーなことが起きても人は慣れるもので、昼休みになる頃には荒木の奇行は見慣れたものとなるのであった。




 風見高校の校庭では、体育の代わりに魔術の授業が行われ、校舎の窓からは授業を受ける学生たちの姿がある。

 校門前に立った少女――高嶺サクラはそんな極々普通の学舎を見上げていた。


「ここですね」


 日本有数のハンター育成学校である桜蘭学園と異なる『普通の学校』。

 それは幼いころから戦いに明け暮れてきた彼女にとって、縁遠い場所であった。


「ハンターの役目は、そんな『普通』を守ること……」


 サクラはそんな、己の原初の想いを小さく呟く。


 地球上に魔物が現れ、それに対抗するように突如現れたのが魔術師たち。

 そんな魔術師から力と知識を得て、魔物すら狩る『ハンター』という存在が生まれたのが三十年前の話だ。


 この時代、ハンターたちは協会によって管理されている。

 しかし強力な力を手に入れた人間が、それを使わずに抑えることは難しい。

 傍若無人に、ただ己の力をただ自分のためだけに振るい、そして他者を傷つける存在もこの世には存在するのだ。


「だからこそ、ブラッディオーガや昨日の事件を解決したのが誰なのか、はっきりさせないと――」

「おいおい、なんでこんなところに戦乙女ヴァルキリーがいやがるんだよ?」


 サクラがその声に振り向くと、長身の男が立っていた。

 男にしては長い、肩口まで伸びた茶色の長髪。

 メガネに派手なシャツという出で立ちは、インテリヤクザという雰囲気がまさにぴったりだ。

 

大蛇オロチ……あなたこそなぜここに?」

「なぁに、ちょっと気になることがあってな」


 気になること、という言葉にサクラの目が細まる。


「くく、そう睨むなよ」

「……ウロボロスは東海地方で活動するギルドですよね? ギルドマスターの貴方が東京まで来ている暇なんてあるんですか?」

「俺様がいなくたって、うちのギルドは優秀な奴が多いからな」


 ――よく言う。

 

 相手の気持ちを逆なでさせるような言い方で嗤う男に、サクラは苛立ちを感じた。


 S級ギルド『ウロボロス』のギルドマスター蛇川へびかわ じん

 自身もS級ハンターとして活動している、日本トップクラスのハンターだ。


 性格は狡猾にして残忍。

 自らのギルドを大きくするためなら他ギルドの人間ですら強引にスカウトをし、時にはギルドそのものを傘下に落とすなど、手段を選ばないことで有名な男である。


 ――そんな男がわざわざ東京まで出てきたというなら……。


 サクラはチラっと風見高校を見る。

 蛇川の目的も、自分と同じハンター協会に属していない『イレギュラー』の存在だろう。

 そしてもし、本当にそんな強い存在がいるというのであれば、この男に出会わせるわけにはいかない。


「そういえば最近、ウロボロスは甲信越地方のギルドとやり合っているという噂を聞きましたね」

「へぇ……」


 サクラがわざと意味深に呟くと、蛇川が面白そうに嗤う。

 

「どこともつるまねぇガキのくせに、意外と情報持ってんじゃねえか」

「貴方でも、軍神が怖いですか?」

「あんな目の前しか見えてねぇ正義馬鹿、どうとでもなるさ。そもそも、奴はギルド間の抗争に興味がないからな」

「……」


 サクラは新潟県を拠点にする日本最強のハンターを思い浮かべ、たしかにそうだと思う。


「とはいえ、田舎侍どもには上下関係ってのをきちんと躾けてやらないといけねぇ」

「私たちハンターは、人を守るために力を振るうべきです」

「守るためには、強い力で纏まるべきだろ? ハンター協会なんて甘ちゃんどもの集まりじゃなく、より強力な支配者の下でだ」


 ハンターたちは凶悪な魔物から人間を守る守護者であり、同時に破壊者であった。

 強い力には責任が伴う、などという言葉はごくごく普通の、善人にしか通用しないのである。

 蛇川ほど極端な者は少数でも、多くの強力なハンターたちは自分たちこそが『選ばれた特別な人間』と思っていた。


「で、だ。テメェがここにいるってことは、例のやつがこの学校にいるのは間違いみたいだな」

「……なにをするつもりですか?」

「くくく」

「っ――⁉」


 突然魔力を高め始める蛇川に、サクラは危険を感じて構える。


 ――騒ぎを起こして、無理やり炙りだす気ですか⁉


「やめなさい!」

「俺様に命令すんな」


 睨むサクラと、嗤う蛇川。

 二人の強者が放つ、圧倒的な魔力が辺りを包み始めた、その瞬間――。


「「っ――⁉」」


 突如、学校に巨大な魔力が生まれた。

 それは一瞬で消えるが、同時に校舎から悲鳴のような声が響き、騒然とし始める。


「こいつは……」

「まさか、校内でゲートブレイク⁉」

 

 校舎から校門の方へ走って来る学生たち。

 その顔はみな、恐怖に彩られていた。


「ちっ」


 それを見て蛇川は舌打ちをする。

 校舎からやってくる学生たちを見て、煩わしく思ったのだ。


「なにをしているのですか⁉ いきますよ!」

「断る。俺様は暇じゃないんでな」


 そう言いながら、蛇川は背中を向けて離れていく。


「くっ、それでもハンターですか⁉」

「ああ。それも日本最高のS級ハンター様だ」


 引き留めようとするサクラだが、もう蛇川を相手をしている暇はない。

 いくら授業で魔術を習うとはいえ、ハンターでもない普通の学生ではゲートブレイクを止められないのだ。


「ライトニングブースト」

 

 蛇川への苛立ちは忘れ、サクラはその一言とともに青白い電撃をその身に纏う。

 通常のフィジカルブーストとはレベルの違う、圧倒的な身体能力を得ることのできる魔術。

 サクラが戦乙女ヴァルキリーと呼ばれるのは、助けてもらった人々から見たとき、彼女の身に纏う雷が神々しいからだ。


「……」


 そうしてサクラは、逃げてくる生徒たちの流れに逆らうように、雷のごとき速度で校舎へ走り出した。




「……あの、一瞬感じた魔力」


 風見高校から離れた蛇川は、遠く離れた校舎をじっと睨む。


 彼が想像していた以上の魔力の渦。そしてそれを完全に消して日常に紛れるその魔力操作の技術。

 どれをとっても、『怪物』というに相応しい力量を感じた。


「こいつは、色々と準備が必要そうだな」


 意味深に笑い、学生たちに気付かれないよう、そっと去っていくのであった。




 スケルトン、グール、そしてウィルオ・ウィスプ。

 オークよりも弱い、雑魚モンスターと呼ばれるような魔物たちだ。

 しかしそれでも、一般人にとっていきなり襲い掛かって来る敵というのは、恐怖でしかなかった。




 サクラが校舎に入ると、死霊系の魔物たちが、生徒に襲い掛かっていた。


 煩雑とした校舎で、迂闊に攻撃魔術を放てば生徒に当たる。

 そう判断したサクラは、閃光のごとく一瞬で距離をつめ、生徒に襲いかかる魔物たちを雷魔術で作り出した雷剣で切り裂いた。


「あ、ありがとうございます!」

「お礼はいいので、早く逃げてください」

「は、はい!」


 助けた生徒を背に、サクラはすぐに廊下を走り出す。


 ――思ったより、数が多い。


「いやー!」

「た、助けてくれー!」


 悲鳴のする方を見ると、生徒の集団が魔物たちに追われているところだった。


「きゃっ⁉」


 後方を走っていた女子生徒が転び、しかし他の生徒たちは助けようとしない。

 ただ必死に、自分が追い付かれないように必死に逃げるだけだ。

 とはいえ、それも仕方がないだろう。

 ハンターからすれば弱い武器、弱い魔物でも、一般人から見れば正真正銘の刃物であり脅威でしかないのだから……。


「あ、いや……うそ! なんでみんな⁉ 助けて――」


 女子生徒が涙を浮かべながら手を伸ばすが、誰一人振り返らない。

 その間に追い付いたスケルトンが鈍い剣を振り上げる。

 さらに奥からはゾンビや宙を浮きながらやってくる火の玉のような魔物たち。

 

「っ――⁉」


 少女は死にたくないと思いながら、目をつぶった。


 同時に、サクラがやってくる生徒たちを避けるため、壁や天井を走りながら翔る。

 剣を振り下ろすスケルトンを切り裂き、やって来る魔物たちは小さな電撃に放っていく。


『ガタガタガタ!』


 突然天井が崩れ、落ちてくる巨大スケルトン。

 それにサクラは動揺することなく、天井を切り裂きながら振り下ろしてくる剣を避け、すれ違いざまに一閃。

 真っ二つにされた巨大スケルトンは、そのまま地面に崩れ落ちる。


「……あれ?」


 いつまでも衝撃が来ない、と女子生徒が目を空けると、そこには死屍累々の魔物たち。

 小さな雷がバチバチと周囲に輝きながら、その中でただ一人、美しく佇む少女の姿。

 それはまるで、古の戦乙女のように見えた。


「S級ハンター、高嶺サクラです!」


 恐慌状態だった生徒たちが圧巻の光景に見とれていると、サクラは大きな声を上げる。


「魔物は私が倒します! 皆さんは落ち着いて、協力しながら校外へと脱出してください!」


 その言葉を皮切りに、恐慌状態だった生徒たちが落ち着きを取り戻し、言われるがままに外へ向かう。


「さあ、貴方も」

「あ……あの」

「大丈夫。私に任せてください」


 そしてサクラは空いた天井から二階へと飛ぶ。

 そこにいた魔物たちも倒しながら生徒を救出し、さらに階段へ。


 ――しゃー! さすが荒木くん!

 ――変な格好になってもやっぱりつえぇ!」


 上の階では、何人か戦闘経験のある生徒たちのおかげで、魔物の死体が並んでいた。


 ――スケルトン、それにグールはゴブリンより弱い最下級の魔物ですから、生徒でも十分倒せますね。


 魔術を使ってくるウィル・オ・ウィスプは少し危険だが、そう数も多くない。

 もし生徒たちが落ち着いていれば、生徒たちだけでも対処できただろう。


「まあ、ハンターでない人が、こんな異常事態で冷静に行動できるわけありませんが……」


 ――だからこそ、私たちハンターが魔物の脅威から守らないと……。


 この階は大丈夫だろうとサクラは、ゲートの発生地である屋上へと向かって行く。

 

 そしてサクラが扉を開き――。


 ――セイクリッド・サークル!


「え――?」


 屋上を埋め尽くすほど大量のアンデッド系モンスター。

 入口から背を向けた一人の学生が、地面に掌を付けている状態。

 学生の正面には青いゲートを守るように立ち塞がる、ぼろきれのローブを着て、骨の杖を持った巨大な骸骨の魔物――レイス。


 そして、地面から生まれた白い閃光が解き放たれた瞬間、その場にいた魔物たちが一斉に消滅していった。


「……」


 レイス自体はオーガと同じD級であり、決して強い魔物というわけではない。

 ゲートブレイクによって魔物が大量発生することも、決して珍しいことではない。

 サクラが驚いたのは、たった一人の学生が放った魔術の一撃で、レイスを含めた数十を超えるであろうが全滅したからである。


 ――彼がイレギュラーの正体だ。


 そう確信したサクラだが、動けなかった。

 それほどまでに今放たれた魔術は強く、見惚れてしまう美しいものだったから――。

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