第5話 そういう事でよろしく

「誰だ――っ⁉」

「あ? 草薙?」

「なんだあいつ。もしかしてわざわざ来たのか? 見逃してやったのに?」


 タケルの言葉に荒木だけが一歩後退る。

 それに対して残りの二人は首をかしげるだけ。


 身体の持ち主に返すとき、あまり注目を集めておかしな環境を作っておきたくはないと思っていた。

 

 だがこの身体の持ち主が、沢村を助けろというのであれば――。


「これくらいはしてもいいよな」


 ちらっと倒れた沢村を見る。

 たしかに彼は弱いが、しかし過去の自分や見て見ぬふりをしてきただけのクラスメイトたちより、ずっと強かった。


「つかあいつ、さっきなんて言った? 俺がお前らを叩き潰しても問題ないとか言わなかったか?」

「おいおい、あいつあれだけボコってやったのに……記憶喪失ってすげぇな」

「……」


 感心とも嘲笑とも持てる態度を取る不良たちに対して、荒木は少しだけ気まずそうにしている。


 それを無視して、タケルは一歩一歩前に進み、まずは沢村のところに向かった。

 ところどころ怪我はしているが、大したことはなさそうだ。


「ヒール」


 タケルが手をかざすと、気絶している沢村の身体を淡い白色の光が包み、擦り傷などが治っていく。

 他者を癒す、聖魔術『ヒール』。


 あまり完治させてしまうと不自然だが、この程度ならいいだろう。


「さて」

 

 タケルが三人を叩きのめそうと決め、まずは一番近くにいた男の顔面を殴る。


「ぐぇ⁉」

「ちょ、お前なにやってんだよ⁉」


 ――敵を前に、ずいぶんと悠長なこと言う。


 反撃すらする素振りも見せないもう一人の不良に近づくと、同じように殴り飛ばした。


 フィジカルブーストは使わない。

 タケルにとってこんな不良程度、今まで戦ってきた『経験』だけで十分すぎる。


 立ち上がり反撃してきた二人を、さらに蹴り飛ばすと、二人並んで地面に転がった。

 

「――っ⁉」

「い、いてぇ……いてぇよぉ……」


 倒れた二人を見下ろしたあと、呆然と立つ荒木を見る。

 昨日散々叩きのめしたし、このまま大人しくなるなら――。


「ち、畜生! この野郎!」

「……なんで向かってくるんだよ」


 呆れながらも、荒木のパンチを避けたタケルは、先の二人と同じように殴り飛ばす。


「ぐわぁ⁉」


 そうして三人並んで地面に蹲り、涙目でタケルを睨む。


「ちっくしょー」

「草薙のくせに……調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 どうやらまだ戦意は喪失していないらしい。

 魔王軍との戦いでもそうだった。

 敵に手心を加えた結果、村を失い、多くの人々が死んだ。


「それなら――」


 この程度で終わらせたら、また翌日には沢村をターゲットに虐めをするかもしれない。

 二度と敵対したいと思わないようにしなければ。


 そう思い、踏み出した瞬間――。


「お、おいあれ⁉」

「え? あ、ゲートじゃん! しかも蒼だ! ヤバいぞ!」


 廃工場に蒼白いゲートが現れた。


 ゲートには二種類ある。

 一つは青色のゲート。

 もう一つは赤色のゲート。

 

 赤の場合、発生してからしばらく魔物は現れないのだが、蒼は、すぐに魔物が現れる。


 ゲートからオーガが出てくる。

 オーガは周囲を見渡すと、獲物である人間がそこにいることに気付いて醜悪な笑みを浮かべた。


「お、おおおオーガだ!」

「だ、大丈夫だって! こっちには荒木くんがいるんだから!」

「そ、そうだった! やっちゃってよ荒木くん!」


 不良二人からすれば、先日オーガを倒したという荒木がいるというのは、安心材料なのだろう。

 荒木自身、先日の件を本当に自分の功績だと思っていた。


 ゆえに――。


「お、おうよ! オーガごとき俺の敵じゃねえからな! ファイアァァーボォォル!」


 炎の火球を生み出した荒木は、それをオーガに向かって投げる。

 ファイアーボールはオーガの顔面に当たり、しかし怪我一つなく無傷だった。


「なっ――⁉」


 驚く荒木だが、タケルからすれば当然だろうと思う。


 オーガは王国の騎士が複数人で当たる、凶悪な魔物。

 本来、ファイアーボール程度でダメージを与えられる魔物ではないのだ。


「グォォォォォ!」

「ひっ⁉」


 ドカドカと大股で近づいてきたオーガは、その太い腕で荒木薙ぎ倒す。

 タケルが殴ったときとは比べ物にならない音とともに吹き飛ばされ、そのまま気絶したように地面に倒れた。


「あ、荒木くん⁉」


 死んではいないが、完全に気を失っている荒木に興味を失ったオーガは、不良たちを見る。


「ひぃ⁉」

「だ、駄目だ! 逃げろ!」


 不良の二人は一目散に背を向けてその場から逃げてしまう。


「グオォォォ!」


 オーガは近くに合った鉄工を手に取ると、逃げる二人に投げる。

 ギリギリ当たらず、逃げることに成功した二人。

 オーガが苛立ちを覚えていると、まだ残っている人間に気付いて嬉しそうな顔になる。


 そんなオーガに向かって、タケルは掌を向けて――。


「ファイアーボール」


 荒木と同じ魔術。

 炎魔術の中でも最下級にあたるそれは、荒木のものとは比べ物にならないほど巨大なものだった。

 火球はオーガを飲み込み、消し炭にしてしまう。


 まるで最初から、そこにはなにもいなかったかのように――。


「さて……」


 タケルは倒れている荒木のところに向かう。

 ピクピクと身体を震わせ小さく呻くだけで、まるで瀕死の虫のようだ。

 放っておけば死んでしまうかもしれない。


「……ヒール」


 淡い白色の光が荒木を包む。

 それと同時に彼を蝕んでいた痛みが嘘のように引いていった。


「え? あ……?」

「荒木」

「く、草薙……?」


 倒れた荒木と少しでも視線を合わせるために、タケルはしゃがみ込む。

 そして、あえて力の差を見せつけるために強力な魔力を解き放つ。


「ひぁっ⁉」


 初めて見る圧倒的強者を知り、荒木が恐怖に震える。


「俺はもうお前の知ってる草薙じゃない」

「あ、あ、ぁ……化け、物……」


 化け物、その言葉に思わず苦笑してしまう。

 何度も、何度も言われた言葉だ。


「見ての通り、お前を一瞬で消し炭にするだけの力もある。だがな、俺は目立たず静かに暮らしたいんだ。わかるか?」

「あ、ああ……」


 普通に授業を受けて、普通に生活する。

 ただそれだけが、化け物と呼ばれたタケルの望みだった。


「ここにいたオーガは、お前が倒した」

「え? でも、俺……」

「目撃者はいないんだから、それでいいんだよ。お前がバラさなかったらな」


 もう一度、念のため魔力を高めながら肩を叩く。

 ミシミシと、肩の筋肉が鳴る音。

 荒木は状況を理解したのか、コクコクとただ首を縦に振った。


「学校じゃもう俺と、それから……」


 タケルは一瞬、未だ気絶をしている沢村を見る。


「あいつにも関わるな。というより、虐めなんかするな」

「わ、わかった……」

「さっきの二人にも徹底させろ。もし近寄ってきたらお前が止めるんだ」


 もう一度念押しで魔力を解き放つ。

 荒木から見たら、今のタケルは強大なドラゴンのようにも見えるだろう。


「わかった、もうわかったから! もうお前に近寄らないし今日のことも誰にも話さないから、だから殺さないでくれぇ!」

「よし」


 恐怖がピークに達したことで、涙目になりながら荒木が叫ぶ。

 完全に敗北を認めたことを確認したタケルは立ち上がると、廃工場の外に目線を向ける。

 外から複数人の気配。先に逃げた二人が、ハンターを連れてきたのだろう。


「それじゃあ俺は行くから、うまく誤魔化してくれよ」


 もはや返事を聞く必要もない。

 そう判断したタケルは、外からやってくる気配とは逆方向へと向かって行った。




 ――桜蘭学園。

 

 日本ハンター協会が運営し、多くの優秀なハンターを送り出してきた日本有数のハンター育成専門の学校である。

 小学校から大学まで一貫となったマンモス校で、ここでハンターとしての教養、実技を学び、それぞれがハンターに関わる仕事に就いて行くことになる。


 全国に同じようなハンター協会直轄の学園はいくつかあり、日本のハンター組織を支える重要な場所となっていた。


 そんな桜蘭学園の高等部に、誰もが認める才女がいる。


「なるほど……報告は以上ですか?」

「は、はい!」

 

 史上最年少S級ハンター、高嶺サクラ。

 本来、学園から部屋を与えられるのは『ギルド』だけなのだが、彼女はどのギルドにも所属していないながらも、特別に部屋を与えられていた。


 サクラは自室で渡された報告書を見る。

 その報告書を渡した女子生徒は、先日とある高校付近に現れたオーガを討伐するために向かったハンターの一人だ。


 ただし、サクラはギルドに所属していないため、彼女の部下というわけではない。

 あえて言うなら、彼女のファンクラブのようなもの。


 ゆえに女子生徒は、憧れとも言えるサクラの凛とした美貌に見惚れながら、緊張した面持ちで次の言葉を待つ。


 ――こういう視線は、苦手ですね……。


 そう内心でため息を吐きつつ、個人で動いている以上情報を持ってきてくれる存在は無下に出来なかった。


「貴方たちが着いたときにはもう、オーガもゲートもすでに跡形もなく消えていた。間違いありませんね?」

「はい!」


 不自然なゲートの消滅。

 その場にいた男子生徒たちの証言では、やったのは一人の男子らしいが。


「どう考えても、その男子がオーガを倒せるとは思えませんでした。それに、残された跡地に残った魔力の残滓は……その、普通の人間のものを大きく超えていて……あんな、怪物級の……」

「そうですか……」


 魔力の残滓は、所詮残滓だ。

 だというのにそれが時間が経ってなお、この学園の優秀な生徒が怯えるほど色濃く残されたなど、あり得る話ではない。


 だからこそ、この女子生徒も今回サクラに報告に来たのである。

 学園で唯一、日本でも有数のハンターである高嶺サクラに。


「この男子、見覚えがありますね」


 写真を見れば、昨日ブラッディオーガを倒したと公言していた男子と同じ。

 とはいえ、それが出来ないのはすぐにわかった。


 謎の人物が倒したという記事が今日出回っていたことから、マスコミたちもすでにわかっているのだろう。


「……情報ありがとうございます。あとは私が調査しますので、下がってください」

「は、はい! よろしくお願い致します!」


 女子生徒がいなくなり、サクラは窓の外を見る。

 魔術の鍛錬をしている者や、昼寝をしている者。遊んでいる者など、多くの生徒たちがいた。


「魔力の残滓だけで、怪物クラスに思われる存在ですか……」


 そんな中、先日のブラッディオーガが死んだ現場を思い出す。


「本来なら赤ゲートクラスの魔物の、イレギュラーなゲートブレイク。それを被害なしで収めた、正体不明のハンター……」


 ――いったい何者なのでしょうか?


 報告書にある学校名は、風見高校。

 どちらのイレギュラーにもいたという、荒木という男子生徒。

 そしてブラッディオーガが現れる少し前、荒木は誰かと争っていたという報告もある。


 争っていたのに、現場にはいない存在。

 それこそ、イレギュラーの正体だと睨んでいた。


「明日、風見高校に向かってみましょう」


 この男子に話を聞けば、少しはこのイレギュラーに近づけるだろう。

 

「家族を危険に巻き込まないために、イレギュラーな存在は放っておけませんから」


 テーブルに置かれた家族写真を見ながら、サクラはそう決意する。

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