第4話 決意の在り方 後編


 声の方を見ると、ニヤニヤとこちらを見ている二人のクラスメイト。

 その隣では荒木がやや気まずそうな、苛立ちを見せるような複雑な顔をしていた。


「荒木くん? なんか朝からおかしくない?」

「もしかして前の警察の件でびびってんじゃねえの?」

「……おい、誰がビビってるって?」


 荒木が二人を睨むと、不良たちは若干気まずそうに視線を逸らす。

 どうやら三人の中では、荒木が一番の権力者らしい。


「この間のこともあるから、これ以上はややこしくなるだろうが」

「あー、まあそれもそうか」

「警察、超うざかったもんなー」


 自分たちが悪いことをしたなど、欠片も思っていない様子。

 

「まあ今は、代わりがいるから別にいっかー」

「だな」


 ――代わり?


 タケルが疑問に思っていると、不良の二人が近づいてきた。

 ニヤニヤと、こちらを馬鹿にする笑みだ。


「ってことで沢村ー。また今日も遊ぼうぜー」

「あ、いや、その……今日は……」


 ――まあ今日は草薙もいるし、お前がどうしてもって言うならこいつでもいいんだけどよ。


 不良の一人が小さな声で沢村に囁くと、彼は勢いよく立ち上がる。


「あ、その! 一緒に行くよ」

「お? いいねぇ。行こうぜー」


 肩をガシっと掴み、逃げ出さないように教室の扉から出て行こうとする。


 ――しょうもない。


 タケルが止めようと立ち上がるが、すぐに沢村はその助けを拒否するように目を背け、慌てた様子で教室の外に向かおうとする。


「じゃ、じゃあ草薙くん。また明日ね!」

「……あ、おい」


 不意に、周囲のクラスメイトを見る。


 揉め事を前に怯えている者。

 自分がターゲットにされずにホッとしてる者。

 少しこの状況を楽しんでいる者。

 単純に興味がない者。

 

 ――ああ、この光景……。


 タケルがまだ異世界に行く前、まったく同じ状況。

 あのとき自分はただヘラヘラと笑っていただけだが、心の中では世界ごと滅んでしまえばいいと思っていた。


「ひっ――⁉」

「な、なに? 急に寒気が……」


 クラスメイトたちが怯えたように身体を震わせる。


 ――しまった。


 見れば荒木たちも顔面蒼白だ。

 自分の殺気が漏れ出てしまったのだと気付いたタケルは、すぐにそれをひっこめる。


 不良たちやクラスメイトたちはいったいなんだったんだ? と周囲を見渡した。

 だが結局、何事もなかったかのように元の雰囲気に戻り、不良たちも沢村を連れて教室から出て行ってしまう。


「なあ、あいつらどこに行ったんだ?」


 タケルの虐めは屋上で行われていたというが、自殺、もしくは虐めに使われた屋上など、学校側も入れるようにしているわけがない。

 とはいえ、虐めの常習犯である彼らにとって、屋上は人目を避けて虐めをする場所の一つでしかなかった。


「は……? えっと、多分校舎裏にある廃工場だと思うけど」

「そうか……わかった」


 鞄を持ち、率先して出ていくタケルに、クラスメイトたちは呆気にとられた様子を見せる。


「あいつ、なんか変わったか?」

「記憶喪失だから、なにも覚えてないだけ、だよな?」


 堂々と出ていくタケルの姿に、クラスメイトたちは呆気に取られながら見送った。



 廃工場は、鉄工などが無造作に置かれ、天井などもボロボロになっていていかにも汚らしい場所だ。 

 タケルの知ってる時代から四十年が経過し、科学や魔術が発展した今も、こうして昔ながらに放置された場所は変わらない。


「へっへー、大人しくしろー」

「あ、あ、あ……」


 タケルが廃工場の中を覗くと、不良の一人が沢村の身体を抑えて、荒木が走りながらラリアットを喰らわせているところだった。


「いくぜぇ、おらぁ!」

「――あぐっ⁉」

「しゃー!」

「ストラーイク!」


 勢いよくメガネが飛び、地面に転がる沢村。

 不良と荒木はテンション高く手を合わせていて非常に楽しそうだ。


 ニヤニヤと、残った不良たちは倒れた沢村を見てあざ笑う。

 その手にはスマホも握られていて、倒れて苦しむ沢村を動画で撮っていた。


 ――さて、どうするか……。


 無計画にここまでやってきたが、しかし上手な解決方法もまだ思いついていなかった。

 この場でこの三人を叩きのめすのは簡単だが、それは草薙尊がやるべきことだろうか? とも思ってしまう。


 ここでことを荒げて、将来的にこの身体の主が――。


「しっかしお前も馬鹿だよなー。あのとき草薙に助けを求めればよかったのに」

「だな。そしたら俺らの気も、あっちに向いたかもしれないのによ」


 不良たちが沢村の襟を掴んでを立ち上がらせ、ケラケラと笑う。


「お前がこうして虐められてるのも、草薙が自殺しようとしたからなんだぜー」

「あいつがもうちょっと気合あれば、こんな目にも合わなかったのによ」


 不良たちが好き勝手なことを言いながら、荒木がサンドバックのように何度も殴る。

 そのせいでも自分の力では立てなくなって沢村は、もうふらふらだ。


「だ、だって……」

「あん?」


 不良の一人に無理やり立たされた状態の沢村が、口を開く。


「僕は、草薙くんを見捨てちゃったから……友達なのに……」


 涙を流しながら歯を食いしばるように荒木たちを睨む。


「なんだこいつ?」

「顔汚ねぇなぁ」

「僕らは、誰の迷惑にもならず、ただひっそりと生きていただけじゃないか……」


 ぽつりぽつりと、切れてしまった口から紡がれる言葉は、小さなものだがタケルの耳に入って来る。


「学校だって、君たちの邪魔にならないよう、大人しくしてきた……」

「はぁ?」

「だから?」

「僕らはずっとそうやって生きてきた! それなのに!」


 沢村は思い切り顔を上げて不良たちを強く睨む。

 その顔は涙で濡れ、口は切られ、ボロボロだ。


「ただ普通に生きたいって思うことの、なにが悪いんだよ!」


 その言葉に、廃工場の入口で見ていたタケルは少し昔を思い出した。

 

 ――ただ誰もが普通に笑って生きられる、そんな世界を作りたいんです。


「草薙くんに助けを求めろだって? 出来るわけないだろ! 自殺するまで苦しんで、それでも最後まで一人で戦ったんだ! 僕を巻き込もうとすれば、出来たのに!」


 少しだけ、タケルの心臓が熱くなる。

 それはまるで、草薙尊が助けろと言ってるようで――。


「一度見捨てた僕にこんなこと言う資格はないけど、でも……もう僕は友達を見捨てたくない!」

「あっそ……じゃあ、一生俺らの遊び相手になってくれよ」

「ひぐっ――!?」


 沢村の叫びに対する返答は、荒木の渾身の右ストレートだった。


「うっはぁ、荒木くん容赦ねぇー」

「すげぇ飛んでったな」 


 完全に気絶した沢村を、不良二人が再びあざ笑う。


「ダセェこと言いやがるぜ。おい、そいつ裸にひん剥いて、起きたら土下座の動画撮るぞ。俺らに立てついてごめんなさいってな」

「さらに追い打ち。ひっでぇー!」

「沢村ってこんな面白いやつとは思わなかったな。くくく」


 悪意、愉悦、嘲笑。

 彼らからはそれしかなかった。


 結局のところ彼らにとって草薙尊を虐めることも、沢村を虐めるのも、楽しいからという理由以外はないらしい。

 

「なら、俺がお前らを叩き潰しても問題ないよな」


 尊の心臓が、沢村を助けてやってくれと言っている。


 この身体がそう望むなら、そうしよう。

 後の事は考えず、タケルは廃工場へと足を踏み入れた。

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