第4話 決意の在り方 前編

 荒木と争った翌日。

 タケルは『草薙尊』が通う風見高校に来ていた。


 両親は記憶喪失なのだから無理して通う必要はないと言う。

 だがタケルとしては怪我もないのに、このまま休み続けて『草薙尊』を留年させてしまっては申し訳ない気持ちがあったのだ。


「四十年経っても、学校って案外変わらないんだな……」


 校門の前に立ち、風見高校を見上げる。

 学校に行くと決めたあと、色々と調べた結果、尊の学力はあまり高い方ではなさそうだ。

 実際、風見高校の偏差値はあまり高くなかった。


 記憶喪失のため、学校の知識もなければ、友人たちのこともわからない。


「まあ、自殺するくらい虐められてたんだから、友達もいないんだろうけど……」


 校門の前で通り過ぎる学生たちを見送りながら、昔の自分を少し思い出す。

 理由もなく殴られ、笑われ、本当に嫌な思い出だ。


 だがそれと同時に思う。

 

 ――エーデルワイス。俺、強くなったよな?


 異世界で出会い、ただの高校生だった自分と寄り添い続けてくれた少女との日々を思い出す。

 一緒に魔術の練習に付き合ってもらったこと。

 こわもての冒険者たちと睨み合ったこと。

 強大な魔物から逃げたり、戦ったりしたこと。


 最期こそ悲惨な末路だったかもしれないが、それでも彼女と過ごした異世界での日々は、いじめられっ子だったタケルを強くした。

 それは、身体も、そして心も。


「さて、行くか……」


 久しぶりの学校。

 嫌な思い出しかないはずの場所に踏み込んだ足は、思ったよりも軽かった。




 復学ということで、職員室では担当から色々と説明を受ける。

 その中で、やはり屋上で遊んでいたことにされて、それが学校の共通認識であること。

 記憶喪失なのは考慮することなどを言われたが、隠蔽体質なのは今も昔も変わらないなと、内心で少しイラっとする。




 担当と一緒に教室に入る。

 一瞬、視線が自分に集まるのがわかった。

 クラスメイトたちの反応はまちまちだ。


 復学のことを聞いておらず、不思議そうにする者。気まずそうに視線を逸らす。


 ――まあ、そうなるよな。


「というわけで、草薙は怪我の後遺症で記憶喪失だ。日常生活に支障はないから復学したが、大変なことも多い。クラスメイトとして、色々と助けてやってくれよな」


 担当から記憶喪失のことを告げられ、クラスメイトたちは驚きと罪悪感の混ざった表情をした。

 草薙尊が日常的に虐められていたのを、知っているのだろう。


 とはいえ、感心があるのもそれまで。

 説明が終わった担当が一度職員室に戻ると、すぐにいつもの様子に戻る。

 彼らにとって、タケルが記憶喪失であることなど、日常の中で起きたわずかなイレギュラーの一つでしかないのだ。


 虐めがあったことを知っていて止めなかったのであれば、止められない理由があっただけの話。

 まあそういうものだろう、と自分の席に向かうと、教室の奥に知っている者がいた。


「それでよぉ、いきなり現れたオーガを俺がぶっ飛ばしてやったんだ!」

「マジかよ荒木くん!」

「すげぇな!」


 ゲラゲラと下品に笑い合う男たち。

 カチューシャで髪あげてるお調子者と、喧嘩自慢そうな二人は見覚えがない。

 だが中心にいる荒木は昨日も会ったばかりなので、見間違えることはなかった。


「まあ俺にかかればあんなん……あん?」


 不意に、荒木がタケルと目が合い、笑いを止める。

 一瞬だけ顔が引き攣ったのは、昨日のことを覚えているからだろう。


「ちっ――!」


 顔を背けた荒木に、同類であるクラスメイトたちが不思議そうな顔をする。


「荒木くん?」

「どうしたんだよ?」

「なんでもねぇ!」


 なんでもない、という割にこちらに対する殺気を隠しきれていないし、睨みつけているのもわかる。

 こっちも知らない振りしてるんだから、面倒な態度を取らないでくれ。

 タケルはそう呆れながら、自分の席に座る。


「草薙くん、記憶喪失って、大丈夫なの?」

「うん?」


 腫物扱いされるだけかと思ったら、隣の席の男子に声をかけられたのでそちらを見る。


「えーと」

「あ、そっか。記憶喪失だから僕のこともわからないよね」

 

 タケルが困った顔をしていたら、メガネをかけた男子が柔和な笑みを浮かべながら一冊の雑誌を取り出した。

 それは、尊の家にもあったハンター系の情報雑誌。


沢村拓郎さわむら たくろうだよ。覚えてないかもしれないけど、お互いハンター好きとして草薙くんとはよく話してたんだ。改めてよろしくね」

「……ああ、よろしく」


 少し反応が遅れたのは、沢村という存在を少しだけ疑ってしまったからと、そして――。


 ――友達いたんだな……。


 少し失礼なことを考えてしまったタケルであった。

 



 放課後。


「お、終わった……」


 久しぶりの授業は、今のタケルにとって予想以上に大変なものだった。


 教科書にノート、それに黒板もなく、すべてタブレットやホロウィンドウでの遠隔授業。

 学校の外観はほとんど変わっていないのに、授業形態はタケルの知っているものとまったく全然違っていて、これが四十年の差かと圧倒されてしまったのだ。


 ――元々勉強が出来たってわけじゃないし、わかってたことだけど……。


 実際に授業を受けてみて、ほとんど理解出来なかったのは、わかっていても地味にショックだった。


 異世界に行っていて、高校生の勉強を忘れたのはもちろんある。

 ただそれ以上に、すべてのものが新しすぎたのだ。


 新しいことを知るのは面白いのだが、怒涛のように飛んでくる情報に脳の処理が追い付かず、頭がパンクして湯気を出しながら机に俯いてしまう。


「だ、大丈夫? 草薙くん」

「……未来の授業は進んでるな」

「あ、ははは。記憶喪失だと、そんな感じなんだ……」


 授業中も結構、この席が隣のクラスメイトには助けてもらった。

 それに沢村は、色々と草薙尊のことも知ってそうだ。


「それにしても、草薙くんって記憶喪失の割に悲壮感がないというか……」

「まあ、気にしても仕方ないし」


 ――実際、記憶喪失ってわけじゃないし。


「ああ、ところで」

「ん、なに?」

「沢村から見て、草薙尊ってどんなやつだった?」

「――っ⁉ そ、それは……」


 この身体の持ち主のことを尋ねようと顔を上げると、沢村が答えづらそうに視線を泳がす。

 理由は察したのでもういいか。


「なあなあ。せっかく草薙が戻ってきたんだし、またサンドバックにしてあそぼーぜ」

「おー、いいねぇ!」

「……」


 そう思っていると、嫌らしい声が聞こえてきた。

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