第3話 この街で一番強いやつ
「おいおいおい、なんだぁその目はよぉ! 俺はお前のせいで警察に色々聞かれるわ、学校は停学なるわ、親父にはぶん殴られるわで散々だったんだぜ!」
「……で?」
人が一人死にかけて、それでもここまで自己中心的なことを言える男に、タケルの心はどんどんと冷めきっていく。
そんなタケルに違和感を覚えたのか、荒木が目を丸くする
「お前さ、何か調子に乗ってね? 俺の後ろに先輩たちがいるのわかってんのか? 先輩らまじで凄くてよ……あの人たちの力ならな、テメェごときが死んだって揉み消せんだってもうわかっただろ?」
「だから?」
「っ——!」
あの今までの言葉とラインの件でわかっていたが、やはり元凶はこの男なのだと再確認する。
その先輩たちのせいで、警察なども動かなかったということも……。
——胸糞わるい。
かつて救世主として世界を救ったのに、最後は全世界の人類に死を願われた。
彼にとってこうした『理不尽』は過去を思い出させられて、とても気分が悪かった。
「なに睨んでんだよ……」
荒木が怒りを隠さない様子で近づいて来る。
高校生の平均値くらいのタケルに対して、荒木は大柄な体躯。
正面から対峙すれば見上げる形になるが、特に怖いと思うことはなかった。
救世主であった『タケル・ヤマト』は、城ほど大きなドラゴンとさえ正面から殴り合ったことがあるのだから――。
「さっきからすかしやがって……なに調子乗ってんだ⁉ なあ草薙、なあ⁉」
「煩い。汚いつばも飛ばしてくるな」
タケルがそう言った瞬間、荒木の瞳が明らかに狂暴的なものに変わった。
「自殺しようと逃げた臆病もんが、今度こそ死にたくなるまでぶん殴ってやんよぉぉぉ!」
そうしていきなり殴りかかって来る荒木のパンチ。ボクシングを習っていることもあり、そこらの不良程度であれば叩きのめせるだけの実力があるのだろう。
少なくとも、タケルを虐めていた不良たちよりもずっと鋭いパンチだ。
だが――。
「遅すぎる」
「は?」
荒木はまさか躱されるとは思わなかったのか、呆けた様子でこちらを見ている。
そしてすぐに顔を真っ赤にして、怒りをあらわにした。
「て、てめぇぇぇ! この、この、このぉぉぉ!」
空気を斬るほど早い連続するパンチ。
最初は力任せに殴ろうとしていたが、当てることが出来ずにイラついたのだろう。
本格的にボクシングのようにジャブやときおりフェイントを入れながら、確実当てに来る。
それでも、タケルにその攻撃が当たることはなかった。
「な、なんで当たらねぇんだ⁉ 草薙のくせに、雑魚ナメクジのくせに!」
前提として、尊の身体は身体的に恵まれている方ではない。
さらに病室で寝ていた通り、怪我が治っても体力は落ちてる。
それでもこうして荒木の攻撃を躱せているのは――これまでずっと戦い続けてきた『経験』からだった。
たとえ腕力で勝てなくとも――。
「そんな力任せ出来たら、隙だらけだ」
「がっ――⁉」
荒木のパンチに合わせるように突き出した拳は、正確に彼の顎を捉える。
タケルの力だけではなく、荒木の力も利用した一撃は、体格差を無視してダメージを与えた。
白目になった荒木に対して、そのまま鼻・喉・みぞおち、と中線上を打ち抜く。
かつて異世界で出会った格闘家が得意としていた連撃は、手加減したとはいえただの高校生が耐えられるはずもなく――。
「うげぇぇ⁉」
その場で蹲って身体を震わせる。
体格に恵まれて、今まで散々好き放題してきただろう男の情けない姿。
それを見下したところで、大して爽快感も得られず虚しいだけだ。
「もう俺に関わるなよ」
「がっ、ぐ、ぁ……て、めぇ」
そうして荒木の横を通り過ぎて歩いていると、背後から殺気を感じて振り返る。
同時に目の前に飛んでくる火球。
以前見たそれと比べてずいぶんと杜撰なものだが、それでも当たれば大けがは避けられないもの。
「ちっ――」
躱して火球の出所を睨むと、荒木が目を血走らせてこちらを睨んでいた。
その手の平には、再び歪な形をした火球。
「殺してやる! ぜってぇ殺してやる!」
「……いつから高校生はこんなに物騒になったんだ?」
「うぉぉおらぁぁぁ! ファイアーボォォォォル!!」
まるで野球のピッチャーが投げるように構えると、そのままファイアーボールを飛ばしてきた。
大したスピードではないため避けるが、背後にあった木にぶつかり燃え上がる。
「ちっ」
周囲の人たちも騒然としている。
それを見て、さすがにこれが『この時代の日常』というわけではないことにホッとしたが、同時にいつまでもこのまま放っておくわけにはいかないだろう。
「……」
「へへへ、次こそ当てて火だるまにしてやるぜ!」
「次があると思うなよ」
――フィジカルブースト。
自分の心臓に手を当てて小さく呟いた瞬間――タケルの心臓が一瞬跳ねる。
異世界では騎士たちが一番最初に覚える基礎中の基礎であるこの魔術は、極めれば――。
「草薙のくせに生意気にも魔術使いやがって! だがなぁ、フィジカルブーストくらい小学生だって使える基本的な……ガハァッ⁉」
荒木はその言葉を最後まで言うことは出来なかった。
なぜなら、アスファルトを踏み潰したタケルが一気に飛び出し、誰の目にも止まらない速さで荒木の身体を地面に殴りつけたから。
「ァ……ぁ……」
地面に埋め込まれるほどの一撃で失神した荒木を見て、今度こそ問題ないだろう。
それと同時に、先ほどの雰囲気からこの男は絶対に反省しないというのが分かる。
「どうするか……」
この男に恨みがあるかと言われたら、この身体の持ち主的にはもちろんあるだろう。
だがしかし、自分としてはこれ以上追い打ちをかけるべきか悩んでしまう。
「ん?」
そんなことを考えていると、先日車で見たときと同じように、突如青白い空間の揺らぎが現れた。
この時代で目覚めてから一週間、その間にスマホを駆使して調べたそれは――。
「ゲートブレイクか」
今から四十年前、タケルが異世界に召喚されたあとくらいから、突如世界は変わった。
ゲートによって異世界と地球が繋がり、そして魔物があふれてくるようになったのだ。
魔物たちは人間を襲い始め、重火器が効かない未知の生物に人々は恐慌した。
しかしすぐに、どこからともなく魔術師たちが現れて魔物たちと戦いを始める。
そして魔術師たちは魔術を学問だと言い、誰でも覚えられるものだと伝え始めたのだ。
そうして魔術は人間にとって必須の学問となり、次第に魔物たちを倒す者たちが増え始める。
魔術を研究する者をメイガス、そして魔物を倒す者をハンターと呼ぶようになり、こうしてゲートから魔物がやってきても被害は
ほとんどなくなった。
ハンターが、近くにいたときだけは。
「さて……」
ゲートから飛び出してきたのは前回と同じオーガ、よりも一回り以上大きい存在。
黒いオーラを纏い、周囲に与えるプレッシャーはオーガの比ではない。
タケルの知識ではブラッディオーガと呼ばれ、異世界でも中規模程度の騎士団であれば壊滅しかねないほど危険な魔物だった。
先ほどの荒木程度が千人集まっても勝てる相手ではなく、このまま放っておけば大きな被害が出てしまうだろう。
「なんで俺のいるところばっかり」
本来ゲートブレイクはそう起こるものではない。
だというのにこの短期間で目の前で発生したというのは、まるで神が自分のことを嫌っているのではないか、と疑ってしまうくらいだ。
--目立ちたくないって言ってるのに……。
周囲を見渡す。
荒木が暴れたせいで人々はおらず、誰かに見られることもない。
それを確認してから、タケルはゆっくりとブラッディオーガに近づいていく。
「誰も見てないこのタイミングで出てきたのが運の尽きだったな」
「グオォォォォォォ――」
思い切り拳を振り下ろしてくるブラッディオーガのそれを受け流し――。
「死ね」
拳を突きだした。
その瞬間、巨躯の腹部が吹き飛び丸い穴が空く。
「……グォ?」
ブラッディオーガは自分が死んだことも気付けないまま地面に倒れ、腹からは大量の血を流し、近くで倒れていた荒木の方へと流れていく。
「あ……」
そうして血の海に沈む荒木の完成である。
本人に怪我はほとんどないので大丈夫だろうと思うが、ぱっと見ではホラーだ。
「まあいいか」
遠くからサイレンの音が聞こえる。
おそらく荒木が暴れたときに呼ばれたものだろう。
そうでなくても、ゲートブレイクが起きた時点で他のハンターたちが対処のために近寄ってくるはず。
出来るだけ目立ちたくないタケルは、目の前でゆらゆらと揺れているゲートに魔力をぶつけて霧散させ、そっとその場を離れるのであった。
「これは――」
タケルが去ったあと、警察がブラッディオーガを囲っているところに金髪の少女が現れる。
A級ハンターですら複数人以上で対処が必要だと言われるほど危険な魔力濃度のゲートブレイク。
それを対処するためにハンター協会から派遣されて来てみれば、すでにゲートは閉じられ魔物は死んでいた。
「信じられない。こんな強力な魔物を、いったい誰が?」
警察に事情聴取を受けている少年は、まるで自分の偉業を語るように大声で説明していた。
最初は彼が倒したのかと思ったが、感じる魔力は極々わずかなもの。
ハンターにはなれるだろうが、あの程度で倒せる魔物ではない。
そもそもあのレベルの魔物を倒せるハンターなど、この街にはほとんどいないだろう。
自分なら勝てる、という自負はあるが、あれはどうみても『一撃』で倒されている。
「まさか、この街に私より強いハンターがいる?」
ふと思うのは、先日オーガを倒したように見えた同世代の少年。
しかしすぐに首を横に振る。
あれは自分の見間違いだと判断したのだから。
「おい見ろよあれ! 高嶺ハンターだ!」
「え? 史上最年少でS級になったあの⁉」
「顔ちっさ! かわいっ! え? あれ本当にハンター? 女優とかアイドルじゃなくて⁉」
「……仕方ないですね」
周囲が自分の存在に気付いて騒めき始める。
これ以上ここにいても得られるものはないし、事情はあとで警察から聞くことも可能だ。
そう判断した『S級ハンター』高嶺サクラは、その場から離れていくのであった。
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