第2話 変わらないモノ

 夜――。

 自分の部屋だと案内された場所で、タケルはなにかこの身体のことがわかる物がないかと探していた。

 このまま記憶喪失で通していくしかないのだが、それでも多少知っている方がいいと思ったのだ。


「まあ、この身体の持ち主が大のハンター好きってことくらいしかわからなかったが……」


 持っている雑誌の多くは、ハンターが魔物と戦うものだった。

 エロ本などがあっても困るが、日記なんかでもあればよかったのにと思ってしまう。


 この世界にはハンターランキングなどというものもあるらしく、まるで芸能人のように特集が組まれていた。

 それに対して思うことを尊が書いたのだろう。


 ――いつかこのギルドに入りたい、このハンターはここが凄い、このギルドは怪しい部分がある。


 本人にはハンターとしての適性はほとんどなかったらしく、その分憧れが強いのだと思う。


「まあでも、やっぱり車で聞いたのは間違いじゃなかったか」


 ここがどういう場所なのかは分かった。


 まず、車で見たニュースの通り、今は西暦2040年。

 タケルが異世界に行ったときよりも四十年も先の時代だ。

「四十年も経てば、これくらいは変わるか」


 自分の物らしき携帯電話。

 父に聞いたら『スマートフォン』というらしいが、いまいち使い方がわからず困惑してしまう。


「使い過ぎて使用料が馬鹿みたいに取られたら不味いよな……」


 タケルには携帯電話というのは迂闊に使ったら大変なことになる記憶があった。

 それよりも遥かに高性能であるこんなもの、いったいどれほどの額になるというのか。


「ん?」


 そんな風に思っていると、ピコンと不意にスマートフォンから音が鳴った。

 使い方などわからないんだが、と思ってとりあえず持ってみると、暗かった画面が明るくなる。

 どうやら指紋かなにかで反応したらしい。


 とりあえずメールのようなものが来たので恐る恐る開いてみると――。


『おい草薙! 目を覚ましたらしいな! 自殺とかふざけたことしやがって! テメェのせいで警察が俺のところまで来たじゃねぇか! 絶対に許さねぇからな!』


 そんなメッセージが短い文で一つ一つ入っており、タケルはとりあえずゆっくり深呼吸をしながら、一度目をつむる。

 そしてもう一度ピコンという音が鳴り、改めて見てみると――。


『学校来たら今までとは比べ物にならないくらい酷い目に合わせてやるから覚悟しろよ!』


 やはりそんな文章が引き続き書かれており、とりあえずこの身体の持ち主が病院にいた原因はこいつかと思うタケルであった。





 ――しばらくは学校に行かなくてもいいからな。


 そんなことを両親に言われて一週間。

 途中で警察や病院などにも行ったが、そもそも記憶喪失として動いているので答えられることはなにもない。


「まるで浦島太郎だからな」


 一先ず世の中のことを知らないと思い、家の周辺を歩いたりすると、やはり変わったなぁと思う。


 まず衝撃を受けたのは、現金を使う機会がほとんどないことだ。

 コンビニに行くと店員はおらず、誰もが勝手に持って帰っているように見える。というより実際にお金を払わずに出ている。


 その理由が『無人決済』。

 入口に入るとスマホが反応し、物をもって出ると勝手にお金が支払われるシステムだったのだ。

 自分がいた時代ではありえない、まさにアニメの中の未来の話が現実になり、コンビニで一人右往左往していたのは正直恥ずかしい思い出である。


「というか、スマホって便利過ぎるだろ」


 母に使い方を教えて貰い、自分でも触れてみてようやく慣れてきたが、これは小さなパソコンと言ってもいいものだ。

 便利過ぎて機能を全然理解しきれていないタケルであるが、どこでもネットを自由に使えることは凄いことだと感心した。


 無人決済がないところでも、スマホに溜まっているハンターズポイント、通称『HP』を払えば大抵のところで現金と同じように使えるのだ。

 四十年で時代は変わったな、と思っているとこちらを睨んでいる男が見えた。

 

 髪の毛を金色に染め、刈り上げたその男はいかにも不良という風に制服を気崩している。

 なぜ睨んでいるのか、と思ったところであれが『草薙尊』の知り合いだということに気付き、タケルの視線も自然と鋭くなった。


「おい草薙! テメェ俺のメッセ無視しやがって、良い度胸じゃねぇか!」

「……」


 尊のスマホに入っていたメッセージの画像に、この男がボクシングをしている写真があった。

 名前はたしか――。


「荒木か」

「あ? あぁん⁉ 呼び捨て⁉ おいおい草薙てめぇ今俺のことを呼び捨てにしたのか⁉ いつもみたいに荒木君じゃなく、荒木ぃ⁉」


 どかどかと近づき、唾を吐き散らしながら睨みを利かせる男に、昔の自分だったら委縮していただろうと思う。

 そしておそらく、この身体の持ち主である草薙尊も昔の自分と同じようにこの男に怯えていたのだ。


 そう思うと、なんとなく自分がこの身体に入った理由が分かったような気がする。


 ――この草薙尊は、『異世界に行かなかった俺と同じ』なのだ。


 そして思う。

 四十年経って世界が大きく変わっても、変わらないモノは変わらないのだな、と。

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