第98話「凍てついた夢」

【同日 14:35 渚輪区本島 富野産業工業地帯】


姉 「ありがとうな……ほんま……ありがとぅな……」


工場から無事脱出するや、お姉さんと思われる少女は泣き崩れるように頭を下げ始めた。

中学1年生くらいだろうか? 妹の方は恐らく小学生低学年。終始姉の後ろに隠れている。


少女A 「食われるかと……おもて……必死に隠れて……もぅだめかて……ぁりがとぅな……」

  「お礼なんていらないよ、寧ろ生きててくれて本当に良かった」

アド 「そうだーよ二人ともッ! あたしの名前は樽神名アド、ポートラルっちゅーチームのリーダーぜよ!」

少女A 「チーム……?」

アド 「君たち二人の命はあたしが保証するぜぃ、ゆえに、ゆえゆえに、もう安心していいぞよ」

栗子 「んなことより、オメェら、本当に二人だけなのか?」

少女A 「えっと……」

栗子 「幼女二人で数ヶ月生き残られるほど、この世界は甘かねぇーだろ。今日まで何してたんだ?」

  「ちょ、姫片、もう少し優しい聞き方が」

栗子 「黙れサン」


姫片はおちゃらけた普段とはうって変わり──渋い、掠れた瞳で薄ら笑った。


栗子 「境遇に差別はねぇなら、対応にだって区別はねぇんだよ」

  「そ、うだけど」

栗子 「助けてやったんだ。情報くらいもらったって、横暴にゃならねぇだろ」

少女A 「うちの名前は……沙織。──夢氷沙織」


姉は姫片の言葉を聞いてか、真剣な面持ちで語りだした。


沙織 「んでこいつは妹の沙南。豊島街から逃げて、ここまで来たんや……」

栗子 「いいね、喋れるじゃねぇか」

   「豊島街……たしか富野工業地帯の南にある街だな。距離は微妙にあるぞ」

栗子 「んじゃ沙織ちゃん、豊島街から何故逃げてきた? てか、豊島街でどうやって生きてきた」

沙織 「あのな……豊島街にはライブハウスがあってな、そこで皆で、頑張ってくらしてて。けど……ライブハウス……襲われて……沙南と逃げてきたん」


ふむ、なるほど。ゾンビに宿を襲われ、命からがら逃げてきたってわけか。

一日二日、下手したら数日間飲まず食わずだったのかもしれない。

疲労と衰弱が外見から容易に推し量れた。


   「アド、どうやら本島にも生存組合に近い組織があるみたいだな」

アド 「──とにかく沙織ちゃん、沙南ちゃん!」


僕の考察を無視して、アドはかばんをごそごそと漁りだした。


アド 「ほれ、水でも飲んで元気出すといいよ。お姉ちゃんの水だから遠慮せずにね」

沙織 「……。……ぇ?」

栗子 「お姉ちゃんの小水じゃねぇだろうな」

アド 「もうそのネタから離れて欲しいのれす……」


姫片って、身内でのノリが割りと中学生男子だよな。


アド 「まぁいいや……それと沙織ちゃん、はいこれ、あたしの秘蔵っ子もあげる。ふっふふー、虎の子ですけど特別にあげちゃうぜ」

沙織 「……これは?」

アド 「スニャッカーです、どぞどぞ」

沙織 「……。……くれる……の?」

アド 「んにゃ? もちろん、あげるけど?」

沙織 「……。……………」


ぶわっ、と。沙織ちゃんは大粒のナミダを流して泣き出してしまった。


アド 「わ、わわ?!」

やちる 「アドさん、幼女泣かしました……」

アド 「ち、ちがうよ?! え、ちょ、なんで泣くの?!」

沙織 「……ぁぅ………。……ぅぅぅ」


ぶんぶん、と。沙織ちゃんは嗚咽をこらえながら、頸を横にふる。


沙織 「違くて……食べ物……くれるなんて……。……ぅれしくて……」

僕らは皆で顔を見合わせた。

僕より地獄を知る女性陣の顔は、同情よりも共感に近かったのかもしれない。


アド 「ねぇ二人とも、もし行く当てがなかったらさ、このままお姉さんたちと来ちゃいなよ」

百喰 「アドッ……」

アド 「モグッチ」

百喰 「あ、いえ……大丈夫です。問題は全くありませんよ」

   「ああそうだな。ポートラルで暮らせば当面の食料だって問題はないはずだよ」

沙織 「……ぇぇの?」

  「当然。ちなみに、君が入ってくれれば、僕は晴れて『新入りくん』じゃなくなるからね」


沙織ちゃんは一度だけ、深くうなずいて、直ぐに妹の頭を掴んで一緒に下げさせた。

本当にこの歳で出来たお姉ちゃんだな。


アド 「ふっふふー、さぁさぁ。そうと決まればスニャッカーは本当に特別なお菓子だから、よーく味わうといいんだぜ」

沙織 「ぁりがとう……ございます……。ほら……ょかったなぁ沙南……」

沙南 「……おねぇちゃん?」

沙織 「世の中まだ……捨てたもんじゃ……ぁらへんぞ……」


美味しそうに一本のスニャッカーと水を分け合う姉妹を、僕らは複雑な気持ちで眺めた。

嬉しい半面、こんな幼女でさえ、過酷に生きなければならない世界に……、祈りと願いが、交差しぽつりと地面に落ちる。


   「ところでさ、ちょっと僕からも質問したいんだけどさ」

沙織 「なんや、なんでも聞いてくれ」

  「君たち二人は、なんでわざわざ工場内部なんかに隠れていたんだ?」

百喰 「参謀さん、ですからそれは逃げ延びて工場に隠れるに……」

  「──至らないんだよ。だってここ工業地帯は、工場内より外のが安全なんだからさ」

沙織 「それがな……隠れよて工場内入って……二階に上がったら、急にゾンビが湧いてきたん」

   「入った時にはゾンビはまだいなかったってことか?」

沙織 「せやな……」

沙織 「二階に上がりだしたら湧いてきて……逃げれんくなって……」


なるほど、あり得なくはない回答。音に反応するゾンビを使った、まるで天然の罠だ。

僕は少しだけ引っかかる部分は有ったが、栗子ほど根掘り葉掘り聞く気に慣れず、概ね納得し飲み込んだ。


沙織 「てか、……兄さん、なんで感染しとらんの?」

   「……」

栗子 「やっぱ、当然の疑問だよなぁ」


当然の疑問──つまりはやはり、渚輪区本島でも男性の生存者は異常だという証明。


アド 「ふっふふー、サンちゃんが感染してない理由はね、」

沙織 「……理由は……ごくり」

アド 「ポートラル三大七不思議の一つなのですよ」

   「悪いな沙織ちゃん、このお姉ちゃん脳みそが危篤なんだ」

アド 「酷いよ!」

礼音 「真面目に応えるとなお嬢ちゃん、実は私たちもよくわかっていないんだ」

沙織 「分かって……ないん?」

  「ああ、僕自身も自分の身体のことなんだけどサッパリさ。時間はたっぷりあるし、おいおい話していくよ」


新たな仲間も増えて、僕らの冒険は続く。

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感染×少女 ─ 少女だけが生き残った終末世界で、『僕の血』を飲むとゾンビ化を免れるそうです ─ 囚人P@猫ロ眠 @syujinP

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