第77話「振り返らざる門出」

【同日 10時10分 ペトラ大橋 渚輪ニュータウン側】


橋を埋め尽くすゾンビ──。

ペトラ橋を埋め尽くすゾンビの大群に、僕らは呆然と立ち尽くした。


やちる 「橋の……床が……ゾンビさんで見えません」

栗子 「ちょ……橋から溢れそうじゃねぇか。ゾンビの橋詰ソーセージかよ」

アド 「そかそか、リっちゃんとやっちーも来るのは初めてだっけ」

栗子 「やちると私は古参じゃねぇからな……」

百喰 「で──どうです参謀さん? 我々が渚輪区本島へ渡らない理由が、決して日和ってたからではないと理解できたでしょう」

  「驚いた……正直、予想以上の寿司詰め状態だな」

百喰 「ゾンビが何ゆえ橋に詰まっているのか、未だ原因不明の現象です」

アド 「ポートラル三大七不思議の一つともいう」

  「なんだその無駄にカウントし辛いカテゴリーは」

百喰 「して、参謀さん。どうしようとお考えですか? 現時点でしたら作戦が甘かったと、踵を返すことも吝かではありませんけど」

   「いや、作戦には全く問題ない」

百喰 「……問題ない?」

  「予想以上ではあったけど、想定外じゃないってこと。実はある程度の寿司詰め状態は覚悟してたんだよ。ただ……そうじゃなければいいなって、期待していただけ。でもまぁ……普通に考えれば、そうだよな……」

アド 「ご、ごめんサンちゃん。勝手に納得されちゃったりしても、お話に追いつけないかもしれやむ」

  「アド。別にゾンビ寿司詰め橋なんて、七不思議でもなんでもないよ」

アド 「三大七不思議ね」


真顔で訂正されてしまった。


   「三大七不思議でもなんでもないよ」

百喰 「……なら。貴方にはこの現象の理由が……分かるのでしょうか?」


僕は敢えて肯定せずに、説明を開始する。

できればしたくない説明を。


   「なぁ百喰。もしも自分がペトラ橋近郊にいるとき、周囲の人間が次々に空気感染でゾンビ化し始めたらどうする?」

百喰 「……それは当然、渚輪区本島へ避難しようとします」

  「そう。避難するにはペトラ橋を渡るしかない。自然と橋の上にゾンビが増える」

百喰 「だ、だからなんですか」

百喰 「橋にゾンビが多い理由にはなりますが、寿司詰めになるほどとは」

   「なぁ百喰、誰も渚輪ニュータウンのペトラ橋近郊とは言ってないだろ?」

百喰 「……? ……あ」

  「そう、ペトラ橋近郊は、当然渚輪ニュータウン以外にももう一箇所ある」


みんな答えを悟ってしまったようで、固まってしまった。

勿体ぶって説明する程でもない、当たり前の事実。

橋は2つの地点を、結ぶのだ。

この当たり前に、きっと気づかない彼女たちではない。

ただ気づいていて、気づきたくなかったのだ。


   「今から渚輪区本島へ渡るぞって時に、種明かししちゃうみたいで心苦しいんですが……まぁ、つまりはそういうことですよ」

一同 「……」

  「分かってたこと。そう、分かってたことじゃないですか」


元より僕らは、そう知っていて本島を調査しに行くのだ。

感染が何故起きたのか? ウイルスは何者なのか?

どうすれば生き残れるのか? 世界が──どうなっているのか?

僕らは知らなければいけない。

『渚輪区本島も滅んでいるかも知れない』ごときで、止まる理由にはなりえない。


   「来栖崎」

ひさぎ 「なに? 会話? 情報伝達?」

  「情報伝達だ。この量──殺れるか?」

ひさぎ 「はっ、冗談で言ってんのかしら」


紅く煌めく刀を掲げ、来栖崎は凄惨に笑った。


ひさぎ 「超余裕だから」

少女の残像が──屍体の群れへと侵入するッ。

瞬きを一度──終えた頃には、既に空を舞う三つの生首。

舞い散る血飛沫は花弁のように、吹き飛ぶ屍体は垂れ幕のように、少女を包み込む。

しかし──全てが躰に触れるのも待たず、

驚速に踊る少女の刃は、間隙に道を──抉じ開けるッ。

ペトラ橋攻略戦、開始だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る