第十一章 始まり、始まり

第71話「酒池に映る月」

【翌々日】

【6月26日 9時15分 大型デパート9F 中央会議室】



アド 「今日集まってもらったのはぁ他でもない。くっくくー、おめぇら、金玉と覚悟ぉ、引っさげて集まったんだろうな」

   「なんだこのテンション」

栗子 「昨日書店で極道漫画読んでたぞ」

  「なるほど、小学生か」

アド 「くっくくー! 邪推はぁよくない、あぁよくないぜぇ──ってなわけで! 記念すべき第一回『南の海まで修学旅行大作戦──母なる海をたずねて三千里──』の始動だぜ!!」


おなじみのお手製横断幕の真下で、アドは膨よかな胸を突き出した。


百喰 「第一回……ですか」

やちる 「不穏です……」

アド 「せいせいせい! てめぇらちょいとお黙りなさいだぜぃ! あたし立案の作戦にケチつけようなんざ、片腹痛いぜぇ! オゥ、ストマックペインフォ!」

栗子 「腹立たせる天才かこの姫は」

やちる 「アドさん立案……不安です……」

   「はいはい、皆こっちに注目。今回の作戦、立案こそアドですが、監査から計画まで僕が全部やらせてもらってますんで、安心してください」

一同 「ならよかった」


鹿肉によって勝ち取った信頼は絶大だった。


   「なので、一応ですが僕から説明させていただきますね」

栗子 「お、鈍器配布はねぇんだな」

  「二度と鹿肉解体してやらんぞ」

栗子 「おいおい寂しいこと言わないでくれよサン、あたしとオメェの仲だろ?」

アド 「『サンザイ先生……鹿狩がしたいですッ!』」

  「……ったく。とまぁ、まず作戦概要についてですが、アド語を簡略に翻訳すれば作戦名は『南方調査遠征作戦』となります」

百喰 「南方……遠征調査とは、まさか」

  「ええ、そのまさかです。今回は渚輪ニュータウンの──そのさらに南方」


僕は一呼吸置き、可能な限り真剣味を帯びさせてから口を開いた。


   「渚輪区本島への上陸を決行します」



【一昨日 20:00 大型デパート屋上】


一部上場アマゾネスども 「肉じゃ肉じゃぁぁぅぉぉぉぉぉんぉんぉん!!」

一部上場アマゾネスども 「あひゃひゃひゃもっとやれぇ!! 脱げ脱げぇ!!」


感涙を流しながら肉を貪る『知性を忘れし者たち』を眺めながら、

僕は香ばしく焼きあがったソテーを頬張った。

ポートラルで暮らす30名近い人間による『屋上大無礼講謝肉祭』といったところだろうか。

もぐもぐ。まぁ、悪くない。


礼音 「ふふ、君は宴会が嫌いだったかな」

   「礼音さん……いえ、僕は混ざる派じゃなくて、眺める派なだけですよ。宴会は、どうやら好きみたいです」

礼音 「そうか、それはよかった。──隣、座ってもいいか?」

  「もちろんです」

礼音 「ありがとう。よいっしょ、っと──私も眺める派だったのでな、あちらに混ざる勇気がなかったゆえ、助かるよ」

  「まぁ、アドみたいに素っ裸で腹踊り始めることが勇気だとしたら、臆病で正解ですよ」

礼音 「ふふ、違いない。だが、男性の目がなければ女など、皆こんなものだよ」

   「一応僕がいるんですけどね」

礼音 「しょうがないよ。サンくんはサンくんだからな」

  「どういう意味ですか……」


礼音さんに言われると悪口も嫌な気がしない。

寧ろ、慕ってるがゆえの戯れつきのように感じ、

少しだけ心地よかった。


   「あの、礼音さん。一つ確認してもいいですか?」

礼音 「ふむ、なんだ?」

  「昼間の話の続きなんですけど──渚輪ニュータウンが軍事要塞として、四方が断崖絶壁になってる件です」

礼音 「おお、その話か。残念ながら真実だよ」

   「あ、いえ、僕も疑ってるわけじゃないんですよ。宴会前に本屋で調べてみましたし、仰るとおり渚輪ニュータウンは海抜30mの断崖絶壁に囲まれた人工出島でした」

礼音 「だろう。私たちは狭いニュータウンから出ることも儘ならない。故に、私たちには知りようがないのだよ」

礼音 「このニュータウンの外がどうなっているのか。このウイルスは何処からやってきて、何処にゆくのか。世界に今、何が起きているのかさえ、な」

   「その件です、礼音さん。僕が確認したいことは」

礼音 「と言うと?」

  「ニュータウンって、従来は単なるレジャー施設街なんですよね? なら本島との接続方法が皆無なんてこと、普通に考えてありえなくないですか?」

礼音 「ご明察だ。確かに渚輪区本島とニュータウンを繋ぐルートは一つ存在する」

   「ペトラ橋、ですよね」

礼音 「おや、知っているのか」

  「調べました。全長800mを超える、海に掛かる長い海浜橋です」

礼音 「ふむ、君は既に理解している顔だが、敢えて答えさせてもらうとな、ペトラ橋はゾンビで埋まり、とても渡れる状況じゃない」


礼音さんは落胆するでもなく、平淡な調子で言った。


   「礼音さんや甘噛がいても、ですか?」

礼音 「私たちポートラル戦闘班も、強者揃いとはいえ所詮人間だ。無尽蔵の化物に囲まれれば勝ちようなどない。故に基本非交戦を念頭に、必要最低限の接触で回避しているに過ぎないのだよ。想像してもみろ──片側一車線の細長い道路に、大量のゾンビが800mも蠢いている光景を」


想像しただけで、肉がまずくなる光景だ。


礼音 「以前、アドたちと様々な策を弄して攻略を挑んだが、未だイトグチすら見つかってない現状さ」


お恥ずかしい、と礼音さんはワイングラスに揺れる赤い液体を口に運んだ

幽かに赤みを灯す頬は、恥ずかしさ故か、あるいは──。


   「そこでちょっと、僕からの提案があるんですが──」

アド 「──すぅぉぉぁぁぁぁあああああん、ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


裸踊り真っ最中の空気ブレイカーのご登場である。


アド 「愛と勇気の美少女戦士、樽神名アドただいま参上」

   「悲哀と狂気の苦笑女戦士、弛みナードただいま惨状、の間違いだろ」

アド 「た、弛みナード……」


いまさら腹隠してもおせーよ。


   「んで、なんだよアド。僕は礼音さんと大事な談話中なんだけれど」

アド 「ふっふふー、あたしだってサンちゃんに大事な話が有るんだもんねー! ちょー大事なお話がー!」

  「うわ酒臭っ、おま、アルコール類は有限なんだぞ、あんまりバカスカ飲むなっての」

アド 「どぅあーから! だーいじなお話がぁ!」

   「はいはい、分かったから、夢の中で聞いてやるって」

アド 「違うよぅ! 次の作戦についてだよぅ!」


くるくる、と裸踊りの延長のようにアドは一回転し、

そのまま腰に手を当て決めポーズ止まる。


アド 「ヒサギンのお力お借りして──ペトラ橋を攻略するんだぜぃ」


──にか、っと笑った。

……なんだよこの女は全く。

馬鹿で、脳髄反射っ娘で、1ミリも考えてないように見えて、──誰よりも気が利く、クールな女なんじゃないか。


アド 「考えたんだよ。ヒサギンがいてくれればさ、あたしらは世界の果てまでだって、いけそうじゃん?」



【回想終了 大型デパート 9F中央会議室】


百喰 「……本島上陸とは、具体的には本島のどこまで調査する予定なのですか?」

アド 「ふっふふー、何処までとはモグッチ、知ってて質問してるぞね?」

百喰 「いえ……答えは?」

アド 「南の海岸線」

がしゃん、とみな手に持っている物を落とした。


百喰 「南海岸線って……ニュータウンは本島の北の海岸線にあるんですよ?? つまりは本島を縦断するという意味に他ならない……無謀も極まれりです」

百喰 「本気じゃないですよね?」

アド 「本気も本気、『アド』レナリン出まくりです、はい」


百喰は参謀である僕を睨んできたが、目を逸らして誤魔化すしかない。

アドを御するところまでは参謀の仕事じゃありません!


アド 「喜ぼうぜみんな! だって本島調査はみんなの待望だったはずじゃないかい?」

百喰 「……しかしペトラ橋はゾンビに封鎖されて」

アド 「そう。こわーいゾンビが沢山邪魔して断念してた……けどぉー……じゃじゃん! 今はスーパーサイキン人、ヒサギンがいるから実行にうつせるではないか!」

ひさぎ 「ぶふぉっ」


次いで、いよいよ来栖崎が飲んでいた水を吹きこぼした。


ひさぎ 「……スーパーサイキン人って、アンタ」

アド 「ふっふふー、穏やかな心を持ちながら激しい怒りで目覚めた戦士のことだよ」

ひさぎ 「……」

アド 「ヒサギン。あたしらさ、こんな狭いニュータウンに閉じ込められて、救出待ってるだけじゃダメだって。──違うね。救援なんて本当は来ないんじゃないかって、薄々気づいてる」


皆は半分驚くも、黙ってアドの言葉を聞く。


アド 「けど、今日まで諦めないふりして諦めて、今を生き残る努力に注力して、誤魔化してきた」

ひさぎ 「アド……あんた」

アド 「だけど、ヒサギン。君の力があれば。あたしらはこの小さなニュータウンから出て、真実を知れるかもしれない。希望を掴めるかもしれない。だから」


力を貸してけれ、と。 アドは優しくはにかんだ。

アドの意見に反対する理由も、人間もいなかった。それはもちろん──


ひさぎ 「……最低」


来栖崎本人も含めてである。

意見は一決した。

かつてない大規模作戦──

南方調査作戦の幕は上がる。

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