第70話「セーブポイント」

【同日 17:00 渚輪ニュータウン 垓三陸橋上】



アド 「ひ、ヒサギンナイスファイトッ!」


使命感を感じてか、

アドは重苦しい空気を打ち破るべく両手を振った。


ひさぎ 「……」

アド 「いやぁ! スゴイじゃんヒサギン!」

アド 「しゅばばばっばって、まるでスーパーウーマンみたいだったぜい!」

ひさぎ 「……」

アド 「なんていうかさ、あたしらも頑張ったけど『もうあいつひとりで……いいんじゃないかな?』状態だっ──」

   「──こっちにこい、来栖崎」

ひさぎ 「……。……だから命令するなって」

  「自分の目を、見てみろ」


来栖崎は橋の金具に映る自分の瞳を確認し──、その赤さに唾を飲む。


ひさぎ 「……っ」

   「悪い、アド」

アド 「およ? どった?」

  「今の戦闘で僕さ、ちょっと足くじいちゃったみたいで。少し休めてから行くから、先に鹿担いでデパートに戻っててもらえるか?」

アド 「ん? で、でも君だけ残しちゃ……」

   「問題ない。僕が残るってことは、強制的に来栖崎も残るってこと、それにお前も言ってただろ? 来栖崎ひとりいれば大丈夫だって。来栖崎の側の方が、寧ろ安全なくらいだよ」

アド 「んんー、まぁ、それもそうっすね! OKいいぜ! じゃあアタシらはちょちょいーっと先にGO HOMEして、鹿さん屋上に運んで待ってるんで! 家が君たちの帰りを待ってるぜ、アデュー」

   「ああ、悪いな」

アド 「うし、じゃあ皆! 我々は帰ってお肉様をお迎えする準備に取り掛かるぜ! 肉の前に変異種ゾンビなど些事な疑問さ、そうだろ野郎ども!」

一同 「……」


来栖崎の力について、また変異種について、そして変異種の知識を持つ僕についてと──皆、疑問だらけで明らかに戸惑っていた。

しかし、徒に騒ぎ立てても仕方ないと納得したのだろう。

アドに従うように「ニクパじゃぁ!」と叫び直した姫片に助けられ、和気藹々と帰途についた。


   「……」

ひさぎ 「……。……ぅ」


そして──ポートラル御一行の背中が小さくなるに連れ、

徐々に来栖崎の息が荒くなっていく。


ひさぎ 「……ぅぅはぅ」


次第に肩で呼吸し、僅かに足が痙攣を初め、遂に見えなくなったところで──


ひさぎ 「ぁあ゛ん!」


唸り声を挙げると蹲ってしまった。


   「よく我慢した。待ってろ、すぐに血を飲めるようにするから」


僕はナイフで人差し指に切込みを入れ、自らの躰を抱きしめる来栖崎の唇へと近づけた。


ひさぎ 「殺したい殺したい殺したごろじだい゛……」

   「安心しろ、僕で良ければいつでも構わない。けど──まだ生きるんだろ」


僕は小さな歯と歯の間に指をねじ込む。


ひさぎ 「ぁぐむぅぅ……ごろぶ……ごぼぃぁぃ」

   「おい抵抗するな。わかってる来栖崎。今じゃない、今じゃないだけだから」

ひさぎ 「ぅぅぐぅぅ……。……。……ぺろ」

  「そうだ。今はそうしてくれると、救われるよ」

3分間──憎悪と涙を瞳に宿したまま、来栖崎は僕の血を啜り続けた。

眼球の赤みは完全に消え、息も整い正気に戻ったところで──来栖崎は僕の指から口を離した。


ひさぎ 「ぅぷ……」


直ぐ様、来栖崎は橋の柵へと走り寄り、河川目掛けて嘔吐する。


ひさぎ 「ぉ゛ぇ………………はぁ……はぁ。……ぅぅぅぅ」

  「……」

ひさぎ 「ぐそぅ……ぐそぅぐそぅぐそぅ。あいつら……またアタシのことを……あたしの……ことぉぅ……」


化け物をみるような目で見やがって、そう言いたかったのだと僕は悟ってしまった。


ひさぎ 「真司……しんじぃ……ごめんなさぃ」


ペンダントを握りしめ、来栖崎は縋るようにへたり込む。


   「……。さぁ帰ろう……来栖崎。みんなが待ってる」


返事はない。

けれど、未だ屍ではない。

生きている限り、この苦痛は続くのだ。

ならば救いは、いずこに揺蕩っているのだろうか

今の僕らには、難しい問題だった。

30分後──僕は来栖崎が泣き止むのを待ってから、ポートラルへと戻った。

帰途、会話はない。だから僕は、赤く染まり始めた空を見上げながら歩いた。『未だ幸せな日々の香り』を、胸に一杯に吸い込み続けながら。

季節は気付けば、水無月を終えようとしていた。

来栖崎に、いや僕らに、残されている時間が幾ばくなのか、知る者はいない。


もし今日という日にセーブポイントがあったのなら、

僕は未来、

今日という日を、ロードし続けるのだろうか、

君は、ロードし続けたいのだろうか。

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