第56話「遅すぎた懺悔」

【同日 10時25分 大型デパート屋上 自家菜園場】


ひさぎ 「ねぇ、もっとよく見える所に『立てなきゃ』意味ないじゃない。要領悪すぎ。馬鹿なの? 死ぬの?」

   「死なねぇよ。それに来栖崎。二本あるとはいえ主犯格は『こいつ』なんだし。こっちを目立つところに『立てないと』意味が無いだろ」

ひさぎ 「確かし」

礼音 「──おや? サンくんに来栖崎くんじゃないか。おはよう」

  「ああ、礼音さん。おはようございます。そういえば礼音さんって菜園管理係でしたね」

礼音 「ふふ、その通り。まさか朝から二人揃ってとは、もしや私の畑仕事を手伝ってくれる……って」


礼音さんは何かを発見したのか、持ってきたバケツを地面に落として目をまん丸くした。


礼音 「んななななッ?!」

  「ん? どうしました?」

礼音 「どうしましたもなにも……サンくん……その……二人は一体?」

  「二人?」


ああ、『これ』のことか。


   「ああ。いま来栖崎と一緒に新しいカカシを二本ほど立ててましてね」

礼音 「カカシ……? 私の眼には素っ裸で木の棒に縛られた、樽神名くんと姫片くんにしかみえないのだが……」

  「そう呼ばれていた時期も、このカカシにはありましたね」

ひさぎ 「ねぇ、下着もちゃんと破らないの? カカシには過ぎた布だわ」

  「いや、来栖崎。次なる戦争を生まぬための、武士の情けなんだよ」

礼音 「一体何が……」

  「ほら、土に刺したぞ来栖崎。ぷっ、こ、こんな無様なカカシが……二本も立っていれば烏も容易にゃ近づくまい……ぷぷっ」

ひさぎ 「あはは、キターコレー」

  「キター?」

ひさぎ 「……。……ふぁっく」

礼音 「ちょっと……すまないが説明願えるか、サンくん」


僕はことのあらましを丁寧に礼音さんに説明した。


礼音 「ふむ、なるほどな。私が知らぬ間にそんな戦争が」

  「全く、アドを少しでも尊敬していた自分が馬鹿みたいですよ。リーダー自ら食料をつまみ食いするとかありえません。豹藤ちゃんが苦心してるのも知らずに……」

礼音 「ふふ、樽神名くんらしいな」

   「アドらしいって、僕が来る前からずっとこんな調子なんですかこのカカシは? 幼稚すぎるというか、もうちょっと誠実な人間だと信じていたんですけどね」

礼音 「まぁ、そう詰ってやるなよサンくん。私が口にした樽神名らしい、と言うのはお菓子を盗み食いしたことじゃないよ」

   「と、いうと?」

礼音 「樽神名くんなら、こういうだろうな。おほん、『組織を団結させる最も手っ取り早い方法は、そう、外敵を作ることだ!』とかね」

  「……。……仰りたいことは理解しました」

礼音 「流石、君はやはり察しが良いというか、賢いな」

  「でも、申し訳ないですけど、それは流石に礼音さんの美化しすぎといいますか、穿ち過ぎだと思いますが……」

やちる 「──ぎょ?! ぎゃゃーッ!」


屋上の入り口から、カカシへと猫っぽい少女が駆け寄ってきた。


やちる 「たたたたた、樽神名さんッ?!」

  「ああ、豹藤ちゃん。犯人は悲しいことに樽神名だったよ」

やちる 「そ、そんな?!」

  「ごめん、穏便に済ましてってお願いされたんだけど、二度とこんな悲劇が起きぬよう制裁を加えざるをえなかった」

やちる 「ご、ごめんなさいッ……そ、そのホントに……ごめんなさい!」

  「え、なんで豹藤ちゃんが謝るんだ?」

やちる 「ぜ、全部樽神名さんが計画した作戦だったんですッ……在庫の数があわないのも全部含めて……でも……まさかここまでされるだなんて…………酷い……あんまりです」

   「……。……」

礼音 「ふむ、サンくんは怒らせたら怖いことが発覚したな」

ひさぎ 「は、なに? どういうこと? 誰か説明しなさいよ?」

礼音 「ふふ。つまりはだよ来栖崎くん。君とサンくんが仲良くなるように仕組んだ、樽神名くんの作戦だったというわけだよ」

ひさぎ 「……は?」

礼音 「君が随分サンくんを毛嫌いしているようだったからな、樽神名くんも見かねたんだろう」

礼音 「ふふ、だが作戦は成功のようでなによりだ。一緒にカカシを立ててる時の二人は、まるで親友のようだったよ」


あ、それは言っちゃダメだろうと、僕が気付いた時は既に遅かった。


ひさぎ 「…………うざ」

がたん、と来栖崎は手すりを蹴飛ばし、


ひさぎ 「頼んでねぇから。てかもう、二度と喋りかけんな」と、ガン切れのまま立ち去ってしまった。

礼音 「……」

  「……礼音さん」

礼音 「……すまん。……介錯してくれるか?」

  「腹は斬らないでください……僕は来栖崎を追うんで。アドたちを下ろしてもらっていいですか」

礼音 「本当にすまない……樽神名くんたちは心得た」

アド 「……きゅー」


礼音さんに悪気はない、寧ろ祝ったつもりだったのだろう。

礼音さんは性善説というか他人を信じ過ぎるというか、

来栖崎の捻くれっぷりに対する予想が甘かっただけだ。


【同日 同時刻 屋内階段】

   「おい、来栖崎。ちょっと待てよって」

ひさぎ 「……」


かつかつと階段を降りていく来栖崎の後を、僕は追う。


    「だからちょっと止まれ」

ひさぎ 「……」

  「だから待てって!」

ひさぎ 「……。……なに?」


来栖崎は業を煮やしてか、冷めた態度で振り返る。


ひさぎ 「馴れ馴れしく会話とかやめて、迷惑」

   「違ぇよ、会話なんてしなくてもいい」

ひさぎ 「嘘つけ」

  「嘘じゃない。正直、お前と仲良くするつもりだって僕にはないよ。ていうか、仲良くなる資格だってありゃしないと考えてる。僕はお前の、所有物に近いから」

ひさぎ 「……。……なら」

   「だから──そろそろ血の時間だよ」


僅かに──瞳の端が黒ずみだしているひさぎへと、僕は右手の人差指を差し出した。

血が滴る指を。


ひさぎ 「……」

   「もう4度目だろ、慣れるしかないだろ」


ひさぎはなにも言わず、会話もせず、

怨念に満ちた瞳で僕を睨めつけながら、静かに僕の指を咥えるだけだった。

柔らかく艶かしい感触が、指先を這う。

未だゾンビ化していない唇で包み、少女は僕の指を舐った。


ひさぎ 「ちゅぷ……ぇぅ」


清潔なチューブを常に用意し輸血するのは不可能、こうして直接飲ませる以外に方法はないのだ。


ひさぎ 「……ぅ……ぅぅ」


嗚咽を零すほど嫌だとしても、少女は憎い男の血を舐め続ける。

生き永らえ、最愛の彼氏にもう一度──会うために。

これが麗々かで平和な、僕とひさぎの日常の1ページである。

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