第八章 摘み食い狂想曲

第50話「ネコ娘の悩み」

【翌日 6月8日 9時00分 デパート4F 女子トイレ】


ひさぎ 「……消えろよ糞が」

  「ダメだ。断る。僕はここから一歩も動かない」


女子トイレ個室前に胡座を掻き、自信満々に不動を宣言する男がいた。

悲しいかな、僕である。


   「分かるだろう来栖崎。定期摂取は4時間周期とはいえ、発作は突発的に起きるんだ」

  「どんな時でも僕は、お前から離れる訳にはいかない」

ひさぎ 「……」

ひさぎ 「……じゃあ……耳塞げよ……」

  「わかったって、じゃあ塞ぐぞ。はい塞いだ」

ひさぎ 「聞いたら……嬲り殺すわよ」

  「はいはい、わかってるわかってる。聞こえてませんよー」

ひさぎ 「聞いてるじゃないッ!」

  「じょ、冗談だって来栖崎、扉蹴るな怒るな喚くな」

  「出す時に言ってくれればちゃんと耳塞ぐから」

ひさぎ 「だ、だだ、出しますなんて宣言する女子がどこにいるのよ……」


ご尤もなご意見だ。


   「じゃあさ、今から耳塞ぐから。それでいいな?」

ひさぎ 「……嫌よ」

ひさぎ 「だってそれじゃもう……私が今からするって宣言したのと同じじゃない……」

  「はぁ……じゃあどうすりゃいいんだよ。我が儘言うなっての」

ひさぎ 「我が儘じゃないッ!」

  「悪いが、できれば耳なんて塞ぎたくないんだよ。する瞬間だけならいいけどさ、トイレに入ってる最中ずっと、数分間も耳塞いでたら、発作に気付け無いかもしれないだろう」

ひさぎ 「……」

    「……」

ひさぎ 「……塞ぐって言え……頼むから言え」

  「無理な相談だ。そもそもこのデパートはさ、トイレに金を掛け過ぎなんだよ。個室の扉があつすぎて、寧ろ耳を済まさなきゃ聞こえな────痛ッ。おいだから中から扉を蹴るなって! 壊れたらどうすんだよ」

ひさぎ 「……変態……本っ当に気色悪い」

  「おいやめろ! 僕は変態じゃない!」


一旦落ち着いて、真剣な声色で僕は言い直す。


   「来栖崎。生きて彼氏に会うんだろ? その為に僕も力を貸すと誓った。だから、今は一秒たりともお前の側から離れる訳にはいかない。トイレだけじゃない、風呂も寝床も着替えも食事も──全部だ。逆に僕も同じだ。慣れるしかないよ、お互いさ」


返事は、音となって帰ってきた。

僕ら二人の間に、人間としてのプライバシーは──ない。



【同日 9時15分 大型デパート3F 食材管理室】


   「在庫の数が合わないだって?」


食料管理係を務める豹藤ちゃんの台詞を、僕は復唱した。


やちる 「はい……。ここ数日なんですけど、屋上菜園で採れた野菜も、地下倉庫に格納してある食材も、記帳してる在庫数より実際の在庫数のが少ないんです……」

  「ふむ、なるほど。それは困るな。ポートラルに泥棒でも潜り込んだのか」

ひさぎ 「アンタじゃないの、変態」

  「僕は泥棒でもないし変態でもない」

やちる 「いえ……サンさんが来る前からですので……それに泥棒はちょっと言い過ぎかと」

   「言い過ぎ、というと?」

やちる 「ホント、減ってるのは大した量じゃないんです。スナック菓子が一袋とか、苺一房程度の可愛い量……」

  「苺一房って、随分きっちり管理してるんだね」


だらしなそうに見えて、とは思っても言わない。

てか、どうして豹藤ちゃんはいつも裸ギリギリなんだろう。

一応一人とはいえ男の僕もいるわけで、眼のやり場に非常に困る。


やちる 「だから……勝手に食べちゃった人も……出来心でつまみ食いをしちゃってるだけだと思うんです。配給も多くはないですし、ひもじい想いのなか、つい」

「なるほどね。だからこそ、こっそりその娘を見つけて、注意して、穏便にことを済ませてほしいって訳だ」

やちる 「はい……。お願い……できますか?」

  「もちろんだよ。けどアドじゃなくてなぜ僕に?」

やちる 「それは……アドさんって優しいから……お腹すかせてる子がいるって知ったら……自分の食事まで分け与えてしまいそうで……アドさんに迷惑掛けたくないんです」


あれあれ? その理論で僕にお願いするのはどういう意味だい?


   「ま、分かったよ。請け負わせてもらう。食料問題はきっちりしないと、下手したら暴動とか起きかねない議題だしさ。ポートラル参謀として僕が対処させてもらうよ」

ひさぎ 「ただの雑用じゃない」

   「僕は雑用でもないし泥棒でもないし変態でもない!」

ひさぎ 「……根に持ちすぎワロタ」

  「ワロタ? え、おまえネラーなの?」

ひさぎ 「…………黙れ縊り殺すぞ」

やちる 「……と、とにかくありがとうございます。是非、穏便に、穏便によろしくおねがい致します」


穏便にと重ねる豹藤ちゃん。本当に優しい子なんだなと僕は感心した。


   「ああ、軽く注意して穏便に終わらせるよ」



【同日 9時35分 デパートB1F 地下倉庫入り口】


ひさぎ 「で、地下倉庫前を張るとか、単純すぎ。単細胞生物のが考えて生きてるわよ」

   「うるさい。穏便解決ってのは現場を抑えるのが一番いいんだよ。調査で犯人を特定したとしても、言い逃れしようと策を弄されれば弄されるだけ問題は大きくなるからな」

ひさぎ 「ふーん。てか、なんで私まで付き合わされなきゃなんないわけ?」

  「いや……そりゃごめんって。でもしょうがないだろう? ポートラルの一員としてやるべきことはやるべきだし、かといって僕らは離れるわけにもいかないんだしさ」

ひさぎ 「……はぁ。だとしても張り込みとか……絶対時間の無駄。犯人が都合よく来るわけ無いでしょ、アホくさ。何時間待つ気よ」

  「おい、少し静かに、誰か来たぞ?」

ひさぎ 「は?」


いかにも怪しげな人影 「(キョロキョロ)」

    「暗くて顔がよく見えないが……なんか周囲を警戒してるぞ。犯人あいつだろ」

ひさぎ 「まじなの……意味不明」

  「お、倉庫の中に入ってった。うっし、こっそり僕らも後を追うぞ」

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