第7話「ポートラル」


【同日 14時45分 デパート9F 中央会議室】


アド 「やぁやぁ皆のしゅー、注もーく!」


アドは頭上で手を三度叩き、中央会議室にいる皆の注意をひいた。


アド 「敬愛なるポートラルの諸君、今日集まってもらったのは他でもない。本日は大収穫があるんですぜぃ! 聞いて驚くなかれの3,2,1ババン!──男だ!」

一同 「…………。………」

   「……。……」

一同 「「「「ななななななななんだってッ?!!!」」」」

仲良く吃驚仰天の一同。

目を剥く少女たちの視線に、僕は一歩ほどたじろいだ。

洋服売り場で着替えてからでよかった。


栗子 「ほ、本物の……男かよこいつ?」

アド 「正真正銘の男子ですぜ、リッちゃん」

アド 「生存組合『メルター』との会談帰りにさ、日々宮通りに捨てられてたから拾ったの」

   「僕は猫か」

やちる 「……しゃべった」


久しぶりの男声に感動したのか、或いは驚いたのか、

それだけで少女たちは「おお」とどよめいた。


栗子 「また樽神名の笑えねぇ冗談かこりゃ……? 男にゃ免疫がねぇはずだろ?」

百喰 「仮説であり定説ではなかっただけですね、姫片さん」


生真面目そうな女性が眼鏡を正しながら口を挟んだ。


百喰 「感染拡大から数ヶ月、男性生存者を発見し得なかった情況証拠から、憶測したに過ぎなかったわけですし。こうして反証があった以上、男性も生き残れる可能性は0じゃないのでしょう」

栗子 「はぁ……男みるだけでここまで感動する日がこようとはなぁ……」

百喰 「それで、少年さん」

  「僕の……ことか?」

百喰 「ええ。申し遅れましたが私の名前は百喰恵です。初対面で失礼ですが、幾つか質問しても構いませんか?」

   「……ああ、もちろんいいが」

百喰 「ではまず最初に、感染せずにいられた心当たりなどはありますか?」

  「……ご期待に添えずに申し訳ないが、心当たりなんてまるっきりない」

百喰 「そうですか。では今日まで、ゾンビが闊歩するこの渚輪ニュータウンで、どうやって生き延びていたんでしょうか?」

  「……分からない」

百喰 「……分からない? では何処にいたのですか?」

   「悪い、それも分からないんだ」

百喰 「ご職業は?」

  「……分からない」

百喰 「ご趣味は?」

  「……分からない」

百喰 「出身地は?」

  「……分からない」

百喰 「名前は?」

  「…………。……分からない」


百喰は手に握るペンをへし折った。


アド 「お、落ち着いてモグッチ?!」

百喰 「ゆ、許せません! この男は我々『ポートラル』を舐めています、舐め腐っています!」

百喰 「他生存組合のスパイやなにかかもしれません!」

アド 「いやモグッチ、違くて違くて。少年くんはただ記憶喪失なだけなんだって」

百喰 「ただ……? ……記憶……喪失?」


百喰は眉を潜め、二十二世紀の日本で忍者を発見したような顔をした。


百喰 「……ねぇ、本当に貴方は記憶喪失だとのたまうんですか?」

アド 「そ、大変でしょ? だからモグッチも冷静に」

百喰 「アドは黙っててください。私はいまこの男と話しています」


取り付く島のない百喰の対応に、アドは口をへの字に曲げしゅんと黙りこむ。


   「悪い、僕の受け答えが下手だったかもしれないけどさ。記憶喪失は本当。どうも……覚えてないんだよ。目が覚めたら路上で寝てて……。それでゾンビに襲われているところをアドに助けられた」

百喰 「……そんな供述を鵜呑みにしろと」


供述いうな。


アド 「はいはいギスギスした空気は終了、得ないぜ!これから一緒の仲間になるんだし、まずは仲良くやってくことが先決だったりして」

二人 「え?」

   「ちょ、待ってくれアド?? 僕が『ポートラル』の一員になるなんて……初耳なんだが」

アド 「ん? だって新入り君、行く宛ないんでしょ?」


既にアダ名が新入り君になっていた。 なんと手が早いことでしょう。


アド 「だったらあたしらと一緒にいたほうがいいくない? それとも、嫌だったかな?」

    「いや、嫌じゃないし……寧ろ、行く宛もないのは事実だから嬉しいけど……」

百喰 「私は反対です」


案の定、一番気難しそうな女性が否定を口にした。


百喰 「この男は私たちポートラルを舐めています。反乱分子は早期排除が妥当です」

アド 「モグッち、ごめんね、でもリーダーとして譲れないかもだよ。『ポートラルの理念』を忘れてないよね」

百喰 「ええ、『終末を皆でもっと楽しもう』」

アド 「そう、救助が来るその日までね。なら──」

百喰 「──ですが。 この男はその『皆』に入れるには余りに協調性がない」

アド 「新入り君は良い子だよ?」

百喰 「それはアドの主観、立証なき感情論です。記憶喪失かつ男、何よりこの舐め腐った態度。これだけで不安要素としては十分。君子危うきに近寄らず、と。君子であれとは言いませんが、愚者ではリーダーは務まりません」

アド 「でも、男の子だよ? 裏を返せば手がかりに」

百喰 「それも希望的観測に過ぎな」

礼音 「──水掛け論はよせふたりとも」


と、喧嘩に発展しそうな空気を騎士然とした女性が仲裁した。


百喰 「三静寂さん……」

礼音 「なあ百喰くん。君の論にも、些か感情論に映らなくもない点があるが、心当たりはないか?」

百喰 「私は別に……」

礼音 「翻って樽神名くん。君も猪突猛進は素敵だが、段取りが、いや果たすべき礼儀を省略しすぎている」


三静寂と呼ばれた女性は居住まいを但し、僕へ微笑みかけた。


礼音 「すまない。見苦しいところをお見せしてしまった」

   「えっと……あの」

礼音 「私も含め、いろいろ地獄を見すぎてここに立っていてな、幾ばくか疑い深くなってしまったのだ。許してくれ」

  「い……いえ、頭をあげてください」

  「百喰さんの気持ちも正直わかりますし」

礼音 「はは、優しいな君は。そうだ、まずは私に自己紹介をさせては貰えないだろうか?」

  「も……もちろんです」

礼音 「ありがとう。私は三静寂礼音、《戦闘班》の狙撃手をやらせてもらっている」

  「《戦闘班》?」

礼音 「この中央会議室にいるメンバーの通称だよ」

アド 「『ポートラル』の幹部、とも言う」

礼音 「実権を握っているわけじゃないからその言い方はあまり好きじゃないが。まぁ、ポートラルの代表として戦える人間を集めて、デパート外活動要員して気張らせて貰ってる」

百喰 「三静寂さん……まだ私との話は終わってな──」

礼音 「なぁ百喰」と、三静寂さんは話を遮った。

礼音 「冤罪は法による殺人だ、と。私は以前教えられた。冤罪の結果、その『法』事態を罪に問わねばならぬリスクの高さを、知らないわけではあるまいな?」

百喰 「そ、それは確かにそう…………ですね。ええ……そうです。 『法の崩壊』は避けねばなりませんね」


百喰は意外にも、殊勝な態度で頭を下げた。

気むずかしいのではなく、理に従順なだけなのかもしれない。


礼音 「ふむ、なら一件落着だな」

アド 「むっふーん、流石アヤネル! なら決まりだね!」


自らの意見でないにも関わらず、アドは瞳を輝かして勝鬨を上げた。


アド 「寧ろ新入り君が何者ぞか、ゆくゆく皆で解き明かしちゃえばいくない?」

アド 「一つ目標が増えるぞよ? 楽しげよ?」

礼音 「異論があるはずもない。ああ、楽しげ、だな」


凛々しいお姉さんは片目を閉じながら、戯けた調子で僕に言った。

三静寂礼音──彼女みたいな人格者がいるからこそ、

アドという暴走機関がリーダーになろうと『ポートラル』は体裁を保っているのかもしれないと、

僕は初対面ながらつらつら考えた。

 

   「ああ。ならお言葉に甘えさせてもらうよ。 ありがとう」

アド 「違うよ、新入り君」

  「?」

アド 「ありがとうじゃない──よろしく、だぜ」


ともあれ、暫くは、ここポートラルが僕の居場所になりそうだった。

暫くの間は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る